第12話 l:

 ある時からキャメルの味が変わってしまった。あのターキッシュなテイストは、気づいたらもう、失われていた。

 さよならオールドジョー。君の独特な香りが好きだったよ。

 なので、僕は新しくなったキャメルをゴミ箱に放り投げ、新規開拓のつもりでマルボロのメンソールを吸うことにした。

 クラッシュの歌詞にあるように、一晩中プールで過ごしたことはなかったけれども、彼女が好きな曲にちなんで僕もメンソールにしてみた。そしてわかったことは、メンソールは僕に合っているということだった。パッケージのグリーンも綺麗な色をしていて、僕好みだったことも理由のひとつなのだと思う。

 そんなメンソールのパックを視界に入れながら、僕は目の前のゴーヤチャンプルをつつくと、彼女と同じオリオンビールのジョッキを傾けた。

「何は無くともビンタンじゃなかったのかい?」

 オリオンもビンタンも暑い国のビールだ。飲み口はすっきり感重視。悪くないが僕には少し物足りない。

「夏はオリオンビールもありなんだな。いや、むしろ積極的にいきたいね。特に、沖縄料理ならね」

 そう言って彼女はラフテーにかぶりつく。綺麗な歯型を残して、身の半分が消えて無くなった。

「うっんまっー!」

 彼女は本当に旨そうに食べる。たぶん食と幸福が直結しているのだろう。旨ければハッピーなのだ。

「少しは僕も食べたいんだけどね」

 そう。旨ければハッピーなのだ。僕だって。表現に違いはあれど。

 ちらりと残り半分になったラフテーを見やる。

「君はこの世界の理を知らないのかね? この世は弱肉強食だよ?」

 外連味たっぷりに彼女がはじめる。こういう展開は非常に彼女好みだ。

「人を人たらしめているモノは、おもいやりだと思うけどね、僕は」

「おもいやりでは腹は満たされない」

「心は満たされるような気がするけど」

「君、それは気のせいというものだよ」

 芝居がかった口調で彼女はそう言うと、無慈悲にも残りの半分を一口で平らげた。

「理とやらの味は、さぞや美味しいんだろうね」

 僕はため息混じりに呟いてみせる。

「イジケなさんな。もう一皿頼んであげるよ。わたしだって鬼じゃないからね」

 そして彼女はオリオンビールを一口ぐびりとやって喉を鳴らす。

「それはありがとう。ちょうどいま、君は青なのか赤なのか、考察していたところだったんだ」

 言いながら僕はマルボロのパックに手を伸ばしかけて止める。食事中には吸わないルールだった。

「こんなに可愛い鬼がいたら、地獄も天国だよね」

「どうだろうね。僕なら下りてきた糸に真っ先に飛びつくかな」

「そうか、君はラフテーがいらないとみえる。残念だよ。あんなに柔らかくておいしいのにねぇ」

 彼女はわざとらしく大きくため息をつくと、首をふるふると左右に振りながら、オリオンビールのジョッキを呷った。

「僕はそろそろ泡盛も飲みたいんだけどね」

「おぉ、いいねぇ。あっ、おねーさん!グルクンの唐揚げください!」

 彼女が勢いよく右手を挙げて店員さんを呼び止める。

「えっ? 泡盛頼むんじゃないの?」

「あぁ、そうだったねぇ。いやー、今日のオススメが目に入っちゃってさ、つい脳がグルクンでいっぱいに」

 壁に貼られたビラを指差しながら、彼女は愉快そうに笑みを浮かべた。

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