新しい差別

にゃういずむの究極目的は、機会の均等化にある。その一環として、教育機会も均等化される。生まれや資産によって、高等教育を受けられるか否かが決まってはいけない。どのような社会階層であっても、能力さえあれば、高等教育を享受できる社会であらねばならない。

しかし、平等なスタートラインに立たされた社会では、能力差が可視化されるという現象が起きうる。努力と能力による格差は是認されることの裏返しでもある。

機会が与えられているにもかかわらず、それを利用せず、底辺に甘んじる人はどうなるだろうか。考えることをしない、ただ欲に従って動く人を、ここでは「知的ルンペン」と名付ける。

知的ルンペンは往々にして、「ルンプロ」(ルンペンプロレタリアート)であることが多い。教育、知識に対して、正当な評価をせず、そういったものに対して、お金を払うことを考えられない者は、競争意識がなく、ルンプロの身分に落ち着いてしまう。そしてルンプロはルンプロを子どもという形で、次世代に継承していく。これが格差の固定化にも繋がってしまう。

にゃういずむにおいて、知的ルンプロは革命の主体となり得るかと言えば、実に微妙である。衣食住の保証という、わかりやすい政策方針を打ち出しているので、どんな階層でも理解されると思いたいが、底辺階層は奇妙故に読めないところもある。彼らの奇奇怪怪さは、深夜のコンビニなどで体感できるだろう。

マルクスはルンプロに対して否定的であり、窮民革命に懐疑心を抱いている。果たして最底辺の窮民が、今日のごはん以外のことに、目を向けられるのかと言われれば、懐疑的にならざるを得ない。

速やかに革命を成し遂げ、最底辺であっても、革命の果実を味わえる状況が求められる。

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