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「何の足跡もない、真っ白な世界だよ」

 そう言った秋の顔は少し悪戯だ。

「あぁ、本当だ」

 秋の肩越しに外を見て答える。

 一面の銀世界。何にも侵されていない真っ白な世界。不可侵の領域。

 そこへ二人して足を踏み出す。

「ふふ」

 扉の少し先に同じサイズの靴跡が付いた。同じように二つ。

 なぜだろう、どうしていけないことしている気分になるのか。

 そしてそれでいて、心の底からわき上がるこの気持ち。簡単に言うなれば、優越感。

 背徳的で、優越な行為。

 俺は誰も踏み入れていない雪の上を歩くのが好きだ。そしてそれは秋も同じ。

「あぁ、良い気持ち」

「だな」

 火照った体に風が気持ちいい。いい気分だ。

 しばらく二人して雪の上に足跡を残す。まるで子供に戻ったかのよう。

 はぁっ、と息を吐くと、白い息の向こうで鼻を赤くした秋が視界に入った。

「…戻ろうか」

「うん」

 先ほどの眠気はいつの間にか何処かへ吹き飛んでしまったようだ。

 すっきりとした冴えた頭で、二人して作業場へもどる。

 そして、机の上を見た。

「「あ」」

 二人して零した。それから顔を見合わせる。

 試作品を見て驚いた。

「これ」

 いつ脱線したのかも思い出せない。ただの鬼では面白くないんじゃないか、なんて話していたことまでは思い出せる。でも、なんで、こうなった!?

「「普通のコロネじゃん!」」

 目の前にあったのは普通のチョココロネだった。

 いつの間にか盛り上がった俺達は鬼のパンを作るはずが、鬼の角と称したチョココロネを作っていたらしい(豆 = 黒豆 = 好き嫌いがあるかもしれない = 色も黒いし、チョコレートにしよ!)。

 しかもそれが結果的にチョココロネになった事すら気づいていなかったとは、俺達は二人して何をしていたのか。作業場の熱にやられたか?

 呆然として秋を見ると、自然と笑いが零れた。秋も同様だ。

「ふふふ」

「ははは」

「僕達何してたんだろ」

「あんだけ考えてチョココロネって」

 二人して腹を抱えて笑った。ひとしきり笑ってから眦の涙を拭って秋に声を掛ける。

「さ、もう一度考えるか」

「うん! 兄さん!」

 

 パンを作るのが好きだ。オリジナルの新しいパンを考えるのが好きだ。秋と二人でパンを創るのが好きだ。今まで何度も失敗して失敗して、そしてお客さんが笑顔になるパンを作ってきた。

俺達のパンを見て、食べて喜ぶお客さんの笑顔が好きだ。それから、それを見て幸せそうに笑う秋が好きだ。だから俺はこれからも秋と一緒にパンを作って行こうとその度に思うのだ。

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