第89話 冒険者23

 レンが警戒しているとヘルムから声が聞こえてくる。


「えっと……、どちら様でしょうか?」


 迫力のある見た目と違い、間延びした透き通る女性の声で緊張感がまるで感じられなかった。それ以前に鎧が話すこと自体にレンは戸惑いを隠せない。

  

『……あ、そのだな、私はレンというものだ』


 鎧に名乗るのは違和感があったが、何も答えないでは失礼に当たる。レンは戸惑いながらも名前を名乗り、ヘルムから除く紅い瞳を見つめた。

 恐らく魔物であろうが敵意は感じられず、ただヘルムから見える紅い瞳がレンを観察するように見つめている。


「レン様でございますね。私はデュラハンと申します。以後お見知りおきを。それで、今日は此方にどのようなご要件でしょうか?」


 デュラハン?レンは首を傾げる。

 レンの記憶にあるデュラハンはゲームでよく見かける首無しの魔物。目の前にいるのも同じような首無しの鎧だが、レンの想像するデュラハンとは随分と違って見えた。

 なんというか、話し方が丁寧でおっとりしていて魔物らしくない。抑、魔物が普通に会話をしているのが驚きであった。


『どのような要件と言われても困るのだが――遺跡の探索をしようと思ってな』


 デュラハンは崩れた天井をじっと見つめてレンに視線を戻した。


「私の家に遊びに来るのは良いのですけれど、天井を壊されるのはちょっと……」


 デュラハンは困ったように言葉尻を濁した。

 レンは家と聞いて改めて周囲を観察する。氷で覆い尽されているが、部屋の中には調度品やテーブル、椅子などの様々な家財道具が置かれ、ここで生活しているのが窺えた。


『ここはお前の家なのか?』

「はい。長年暮らしてきた愛着のある家ですが、これではもう暮らせませんね……」

『そ、それはすまないことをした。本当に申し訳ない』


 レンが頭を下げるとデュラハンは不思議そうに口を開いた。


「レン様は私を殺そうとしないのですか?」

『ん?なぜ殺す必要がある。少なくともお前からは敵意を感じないし、意思疎通もできる。殺す理由がないではないか』

「人間は私を殺そうとします。私が人間と仲良くなりたいと思っても、人間はそうではありませんでした。私も昔は人間と共に暮らしたくて街に入ったこともあります。ですが、誰も私の話を聞いてくれず、私の正体が分かると直ぐに人間たちに襲われました。幾つかの街や村で試しましたが結果はどれも同じ、誰も私を受け入れてくれませんでした」

『魔物だからか……』

「はい。私は仕方なく森や洞窟など人のいない場所で暮らしてきました。この場所を見つけてからは本や家具などを集めて人間のことを学びました。あの頃は人間たちの戦争で多くの街が焼き払われましたから、その中から本や家具、調度品を見つけるのは簡単でした。その後は、この場所に引き篭り静かに暮らしていたんです」


 悲しそうに話すデュラハンにレンは何も言えなくなる。

 そして何よりも大切な住処を破壊したことが悔やまれた。


『お前の住処は責任を持って私が直す。私の知り合いにそういう事が得意なものがいる。信じてくれ』


 しかし、デュラハンは即答しない。暫し考えるような間が空いてから重い口を開いた。


「いえ、それには及びません。最近上の方が騒がしくなり、この住処も出ていかなければと思っていたところです」

『何故お前が出ていく必要がある!相手を追い返せば良いではないか!』


 レンも言っていることがおかしいと分かっている。何度追い返してもきっと冒険者はやってくるだろう。敵わないと知れば倍の人数で、それでも敵わなければ更に倍の人数で。結局は住処を荒らされ殺されるだろうことも分かっていた。

 しかし、一部の人間の我が儘で大切な住処を追い出されるのは間違っている。

 レンはそのことに憤りを感じ自ずと声を荒らげていた。


「そういうわけにはまいりません。あなたのように話が通じる人間は極希です。私はできることなら誰とも争いたくないのです」

『ならば私の元に来い。お前が安全に暮らせる場所を用意してやる』

「え?」


 不憫に感じたレンは咄嗟に口に出していた。竜王国であれば自分の庇護下で守る事ができる。誰にも手出しはさせないと息巻く。

 デュラハンは驚きのあまりそれ以上何も言えなかった。人間から優しい言葉をかけられるのが嬉しくて唯々呆然としていた。


『私の元に来い』


 レンはデュラハンの意思を確認するように再度力強く声をかけた。


「はい」


 デュラハンは嬉しそうに、ただ一言頷き返した。同時にデュラハンの鎧と剣が黒い霧となって消失していく。

 レンが驚いていると霧の中から女性の肢体が現れた。大切そうに自分の首を抱き抱えた満面の笑顔の女性が。


 二十代と思しき若い姿の女性は、フリルのついた黒いドレスを身に纏っていた。

 血の気のない青白い肌にルビーのような紅い瞳、髪はタンザナイトのような紺色をしており、シニヨンと呼ばれる髪型で、後ろで団子のように纏められている。髪を解けば長く美しい髪であろうことが予想できる。

 首の断面は黒い靄のようなもので覆われ中は窺い知ることができない。首が繋がっていれば美しい貴族の女性にしか見えなかった。

 その美しさにレンも思わず息を呑む。


『その姿が本来のお前の姿なのか?人間と殆ど変わらないようだが……』


 デュラハンの胸元に抱き抱えた首が嬉しそうに目を細めた。胸が大きいせいか、顔が一回り小さく可愛らしく見える。


「はい。鎧は自分の身を守るために身に纏っていたものです」

『首を繋げたら見た目は人間と同じではないか』

「私も昔はそう思い、首を繋げるように手で押さえて街に入りました。ですが、首を抑え続けての行動は他人から見れば奇怪に見えたのでしょう。直ぐに正体がバレて街を追われることになりました」


 デュラハンは昔のことを思い出し表情を曇らせる。時折、瞳を閉じて短い溜息を漏らしていた。


『首を繋げる魔道具があれば人間と変わらないな』


 レンの言葉にデュラハンは困ったように苦笑いを浮かべる。


「実は私もそんな魔道具がないか調べたのですが――やはり、そんな都合のいい魔道具は見つからず……」


 デュラハンはそう語り俯くもレンには心当たりがある。そのためには先ず、ここを出てメイと合流する必要があった。

 それに外の様子も気になる。自分たちを殺そうとしていた冒険者はどうでもいいが、遺跡を離れた冒険者たちを巻き込んでいないか心配であった。


『先ずはここを出よう。家財道具は後で取りに戻ればいい』


 レンが手を差し出すとデュラハンは静かに歩みより、その手に自分の手を重ねた。

 レンはデュラハンの手を握り体を引き寄せ、お姫様抱っこのように抱き抱える。咄嗟のことでデュラハンが目を丸くしていると、レンは大きく壊れた天井から上空を見上げ一言告げた。


『飛ぶぞ』


 その言葉が聞こえるやいなや、レンたちは上空に躍り出ていた。眼下に広がるのは氷に覆われた銀世界。

 遥か上空から地表を見下ろし、レンは眉間に皺を寄せる。思ったよりも広範囲に氷が広がり、遺跡から去った冒険者を巻き込んでいるのではと心配になる。

 瞳を凝らして冒険者が去った方角に視線を移すと動いている人影が見えた。冷気で体を白くしているが全員無事らしく、互いの安否を確認するように確かめ合っている。

 彼らは至極まっとうな冒険者、無事を確認してレンはほっと胸を撫で下ろす。

 暫く上空に滞空したあとレンたちは地上に落下した。足元の厚い氷が粉々に砕け散ったことから、その衝撃の大きさが窺える。

 レンはなるべくデュラハンに衝撃が伝わらないように、その手で緩衝材の役割を果たしていたが、そんなものは微々たるものだ。

 レンは慌ててデュラハンに視線を移し、安否を確認した。


『予想以上に高く飛びすぎてしまった。怪我はないか?』


 レンの心配を他所に、デュラハンは何事もないかのように「大丈夫ですよ」と微笑みを浮かべていた。

 デュラハンはレンの腕の中から出ると氷の景色を見て頬を緩める。


「綺麗ですね」


 確かにデュラハンの言葉通であった。氷に覆われた大地に幾つも突き立つ氷柱、それに太陽の光が反射して一面輝いて見える。

 遺跡で見た光景も幻想的で素晴らしいものであるが、これもまた見事な光景であった。

 レンも同意するように頷き返し、時を忘れてその光景を見続けていた。


 ふと、デュラハンが何かに気がついたのか遠くを見て眉を顰めていた。

 レンはその方向を見て苦笑いを浮かべる。


『大丈夫、あれは私の仲間だ』

「仲間ですか?」


 遠くからベヒモスが勢いよく走ってくるのが見えた。

 仲間と聞いて安心したのか、デュラハンはベヒモスに怯えることなく悠然とその姿を見ていた。

 ベヒモスの姿は瞬く間に大きくなり、レンの直ぐ目の前で立ち止まった。ベヒモスの上からはメイが飛び降りレンの元に駆け寄ってくる。

 アンジェは意識を失っているのか、ベヒモスの背中に横たわったまま身動き一つしない。レンも気になり駆け寄ったメイに即座に訪ねた。


『メイ、無事だったか。アンジェは大丈夫なのか?』

「大丈夫なの。ベヒちゃんが急に全力で走ったから驚いて寝てるの。そのうち目を覚ますの」

『無事ならば良いのだ。取り敢えず紹介しよう。彼女はデュラハン、仲良くするようにな』


 レンはデュラハンに視線を移してメイに紹介する。

 メイは屈託のない笑顔で手を差し出して握手を求めた。


「メイなの」

「デュラハンです。よろしくねメイちゃん」


 自分を見ても怯えないメイに嬉しいのか、デュラハンはメイの手を握って離そうとしない。

 メイも嫌がる様子もなく「デュラよろしくなの」と手をぶんぶん振っている。

 メイは空いてる手でベヒモスを嬉しそうに指差した。


「この子はベヒちゃんなの。背中で寝てるのはアンジェなの」

「ベヒちゃんとアンジェさんですね。教えてくれてありがとうございます」


 デュラハンがベヒモスに向かってお辞儀をすると、ベヒモスもそれに応えるように頭を下げた。


『メイ、すまないがお前と二人で屋敷に一度戻りたい。デュラハンは少しここで待っていてくれないか』

「はいなの」

「構いませんが街まで距離が……」


 デュラハンが言い切るより早く、レンとメイの姿は突如として目の前から消えていた。

 

「消えた?」


 デュラハンは抱き抱える首を傾げた。周囲を見渡すもレンとメイの姿は見当たらない。

 残されたベヒモスに視線を向けるも答えてくれる訳もなく、寝ているアンジェを起こすわけにもいかない。デュラハンはその場で佇むことしか出来なかった。

 暫くするとレンとメイが音もなく目の前に現れた。目を丸くするデュラハンに、レンは『あっ』と思い出したように小さく声を上げた。


『そういえば言ってなかったな。今のは[転移テレポート]の魔法だ。離れた場所に瞬間移動できる』

「瞬間移動?そんな魔法があるんですね」

『デュラハン、自分の頭を持って首を繋げてくれないか?』


 デュラハンが魔法に感心していると、レンに奇妙なことを言われて思わず「え?」と声が漏れていた。


「構いませんが、どうしたのですか?」

『お前に贈り物がある』

「贈り物?」


 疑問に思いながらも、デュラハンは言われた通り首を繋げる。  

 レンはそれを確認してデュラハンの首に手を這わせた。慎重に首に何かを巻きつけるレンにデュラハンは申し訳なさそうに顔を顰める。


「あの……お気持ちは嬉しいのですが、布なでど首を固定しても直ぐに外れてしまいます」


 布や紐での固定は以前何度も試したことがあるため、デュラハンには無駄だと分かっていた。僅かに首を動かしただけで簡単に外れてしまうのだ。

 それでもデュラハンはレンの優しさが嬉しかった。魔物と分かって優しくしてくれた人間はいままでいない。

 そのため、デュラハンは自分の言葉を聞いても首に何かを巻きつけるレンを止めたりはせず、その行為を感謝の気持ちで受け入れていた。


『よし、これでいいだろう』


 レンはデュラハンの首を見つめて満足げに頷いた。そこには黒いチョーカーが巻きつけられ、正面には真珠のような真っ白な宝石が埋め込まれていた。

 首の繋ぎ目はチョーカーで隠され一切見えず、傍から見れば人間と全く変わりがない。

 

『首を動かしてみてくれないか?』


 デュラハンは言われるまま首を動かし、信じられないと瞳を大きく見開いた。

 何度も確かめるように頭を傾げたり左右に振ったり、終いには頭を持って首を引っこ抜こうとしている。


「外れない!レン様、外れません!」

『そのチョーカーは首を繋ぎ止める魔道具になっている。壊れない上に特定の者しか取り扱うことができない。誰かに外される心配もないから安心するがいい』

「信じられない。まるで人間のようです」


 デュラハンは嬉しそうにその場で何度もくるくる回っていた。


『お前の家も用意した。後で遺跡の地下から家財道具を運び出そう』

「家ですか?」

『ここから北に竜王国という国がある。そこに私の知り合いがいて空家を譲り受けた』

「そこを私が使ってよろしいのですか?」

『勿論だとも』

「嬉しいです。本当にありがとうございます」


 デュラハンはレンに飛びつき、そのまま背後に手を回して抱きついた。大きな胸が潰れて無くなるのでは、と思うほど力強く抱きしめ、レンの胸の中で何度もお礼の言葉を繰り返す。

 一頻りお礼の言葉を告げると我に返り、デュラハンは「申し訳ございません」と恥ずかしそうに体を離した。

 レンも感謝されて悪い気はしない。少し余韻に浸りながら恥かしそうに俯くデュラハンを眺めていた。

 そして、ふと疑問に思う。他のデュラハンも同じように意思疎通ができるのだろうかと。


『聞きたいのだが、デュラハンとはみんなお前のように言葉を話すのか?』

「私も仲間がいないか調べたのですが、死霊系の魔物に自我が目覚めるのは極希のようです。デュラハン自体も数が少なく、私も他のデュラハンに会ったことはございません」

『そうか……、そう言えばお前に名前はあるのか?』

「ございません。もし、よろしければ名前を付けていただけませんか?」

『私がか?』

「はい、是非レン様に名前を付けていただきたいのです」

『そう言われてもな……。ではデュラハンなのだし、分かりやすくデュラで良いか?メイも先ほどそう呼んでいたしな』

「はい、今から私はデュラです。ありがとうございますレン様」


 安直な名前であったが、それでも名前を貰って嬉しかったのだろう。デュラは満面の笑みで優雅なお辞儀と共にお礼の言葉を返した。


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