第87話 冒険者21
「どうするの?死霊系の魔物は厄介よ。レンは攻撃魔法を使えたりしないの?」
『使えないな。私の槍も魔力を帯びているから問題はないと思うが』
「ねぇ、もう一度聞くけど本当に攻撃魔法が一つも使えないの?」
『使えないと言ったはずだ』
「第十等級魔法の転移が使えるのに、何で攻撃魔法が一つも使えないのよ……」
アンジェは顔を手で覆ってしまった。
言われてみれば不自然この上ない。初歩的な魔法が一つも使えないのに、最上級の魔法を使えるのはどう考えてもおかしい。
気付けばアンジェがじと目でレンを凝視していた。あたかも嘘をつくなと言っているようで、レンは居た堪れなくなる。
レンは話題を変えるため、先ほど受け取った遺跡のマップを広げて見せた。少し字は汚いが分かりやすく階段の場所なども記されている。
『まともに攻略したら時間が掛かりそうだな』
レンの言葉にアンジェもマップを覗き込んで同意するように頷いた。
マップにはおおよその広さも記されており、その広さはレンの居城にも匹敵する。
しかも、魔物や罠を警戒しての移動となると、時間は大幅に取られることになる。
「新たな拠点探しは暫く後になりそうね」
遺跡がこの広さなら、ダナンの情報は金貨十枚でも安かったのかもしれない。
遺跡の広さからマッピングには膨大な時間を費やしたであろうことが窺える。
ダナンの言葉を信じれば、遺跡は広いだけではなく深いかもしれないというこだ。しかし、レンたちからすれば問題にはならない。転移を使えば攻略した場所までの移動は簡単で直ぐに帰宅もできるからだ。
『遺跡ともなれば真っ暗なのだろうな。それを考慮して必要な道具を揃えるか』
「そうね。先ずは道具屋で明かりを灯せる魔道具を購入しましょう」
『魔道具?
「レンは死にたいの?地下にある遺跡や迷宮では火を使用したら駄目なのよ。何でも空気がなくなって死ぬらしいのよね」
『酸欠になるのか。当然と言ったら当然だな』
「酸欠?よく分からないけどそういうことよ」
『取り敢えず道具屋に向かうか』
実際はレンに明かりなど必要ない。鎧の機能でどんな暗闇でも昼間のように明るく見えてしまうのだから。
しかし、アンジェはそうではない。明かりがなければ敵の察知どころか移動もままならないだろう。アンジェのためにも明かりは必要不可欠であった。
レンたちはベヒモスの背に乗り移動を開始した。道具屋は歩いて数分の場所にあり、レンはベヒモスに乗る必要がなかったのでは?と首を傾げる。
アンジェに尋ねると、「乗りたかったんだからいいでしょ」と顔を膨らませていた。
道具屋の店主はベヒモスに驚いていたが、連日近くの冒険者ギルドにベヒモスがいるのを目撃しているため逃げ出すようなことはない。
それでも、外に視線を向けて震えているのは仕方のないことだ。
「い、いらっしゃいませ」
『明かりを灯す魔道具を探している。何か良い物はないか?』
「何処でご使用なさるのかで、お勧めする物は違ってくるのですが……」
『遺跡に潜る際に使用する』
「それでしたら、こちらなどは如何でしょうか?」
店主が差し出してきたのは額に巻いて装着するものだ。これなら両手が使えて武器を自由に振ることができる。
試しに明かりを灯してもらうが、光量が少ないように感じられた。明るい室内のためそう感じるだけかもしれないが、ある程度遠くまで光が届かなければ不安である。
魔物に暗闇から襲われでもしたら、レンは兎も角アンジェはひとたまりもないからだ。
『私は光が小さいように感じるのだが――アンジェはどう思う?』
「私も同感ね。先を見通せないと危険だわ」
アンジェが渋い顔を見せると店主が店の奥から大きな筒状の魔道具を持ち出してきた。
如何にも重量感があり持つだけでも大変そうである。店主はそれをカウンターの上にドン!と乗せて、これならどうだと言わんばかりにレンたちに視線を向けてきた。
レンは試しに魔道具の明かりを灯してもらった。光が一直線に何処までも伸びている。確かにこれなら申し分ない。しかし、どう考えても扱いづらい。
しかも、持続時間を聞いたら二時間しか持たないという。正直使い物にならなかった。アンジェに視線を移すと首を横に振っている。
その後も数種類の魔道具を見せてもらったが、どれも光量が少なかったり扱いづらかったり、しっくりくる物がなかった。
店主の話では、他の冒険者たちは先ほど見せてもらった魔道具を使用しているらしい。
しかし、余りに危険が大きすぎる。レンとアンジェはそれでよしとはしなかった。
「これからどうするの?」
店を出て、開口一番アンジェが不満そうにレンに訪ねた。
レンも金貨十枚をドブに捨てるつもりはない。折角購入した情報なのだから有効に活かしたいと思っていた。
仕方ない。困ったときのアテナさんに頼るか。
『魔道具に当てがある。アンジェはベヒモスとここで待っていてくれ』
「メイちゃんも連れて行くの?」
『ああ、メイも必要だ』
「どうして?」
『……メイの知り合いに頼むからだ。メイ、屋敷に戻るぞ』
「はいなの」
レンは逃げるようにその場から消えた。アンジェは何も説明もしてくれないレンに不満があり愚痴を零す。
「同じチームなんだから説明してからいきなさいよ……」
アンジェがベヒモスの上で寝転んでいると、程なくしてレンたちが戻ってきた。レンの手には魔道具らしき物が握られており、アンジェの視線はその魔道具に注がれている。
「随分と早かったわね。その球体が魔道具なの?」
『そうだ。何でも使用者の上空に浮かび、周囲を広範囲に照らすらしい』
「浮かぶ?それどうなってるの?」
『私にも詳しくは分からない』
アンジェはレンから球体を受け取りまじまじと眺めていた。レンは魔道具と言っていたが、傍から見れば唯の透明なガラス玉にしか見えない。
「これ、どうやって使うのよ」
『ライトと言えば上空に浮かんで光りを放つ。もう一度ライトと言えば光りは消える』
「ふ~ん。ライト」
アンジェの声に呼応して、ガラス玉は上空に浮かび周囲に眩いばかりの光を放った。アンジェが真上を見上げれば眩しすぎて全くガラス玉が見えない。
余りの眩しさにアンジェは再び「ライト!」と叫んだ。
途端にガラス玉から光は消えアンジェの手の中に収まった。
「ちょっと眩しすぎるんじゃない?光で視界が遮られるんだけど」
『使用するのはアンジェだけだ。自分の真上を見なければ問題はない』
「レンたちは眩しくないの?」
『私もメイも平気だ、気にするな』
「そうなんだ……」
レンは他に何か買うものがないか思い浮かべる。しかし、これといって必要なものがない。長時間遺跡に篭るわけではないからだ。転移で行き来するため保存食も必要なければ寝泊りの準備も必要ない。
『他に準備するものは――ないな』
「保存食は必要ないの?」
『夕方になったら街に戻る。必要ない』
「やっぱり街に戻るのね」
アンジェも分かりきっていた事だが、それを聞いて少し安心した。アンジェとて年頃の女性に変わりない。魔物がいる遺跡での寝泊りなど御免である。
それに、レンのチームは人数も少なく、交代で仮眠を取るにしても安全面で不安が残る。
アンジェも、この時ばかりは転移という便利な魔法があることに感謝をした。
『さて、それではいくか』
「遺跡の場所は分かってるの?」
『それは問題ない。遺跡には興味があったのでな。事前に場所は調べてある』
「遅かれ早かれ、初めから遺跡に行くつもりだったのね」
『……まぁ、そういう事だな』
レンが決まりが悪そうに答えると、アンジェはやれやれと溜息を漏らしていた。
街の北門まではベヒモスに乗ってゆっくりと移動する。街の住民はまだ慣れないのか、相変わらず蜘蛛の子を散らすように逃げるばかりだ。
「ベヒちゃんはこんなに可愛いのに、何で必死に逃げるのよ」
アンジェがレンの背後で何やら呟いているが、最初にベヒモスが現れたとき、誰よりも遠くに逃げていたのはアンジェである。
レンから言わせればまるで説得力がない。
北門の衛兵たちもベヒモスを見て道を勝手に開けてくれる。俗に言う顔パスというやつだ。尤も、衛兵は恐怖で顔を引き攣らせて震えているため、一般の顔パスとは大幅に違うのだが……
そんなVIP気分を味わいながら、レンたちは街の外へ無事出ることができた。
『遺跡までは距離があるから飛ばすぞ。アンジェ、しっかり掴まっていろ』
その言葉に、アンジェがレンの腰に手を回してがっしりとしがみついた。
メイはと言えば、いつの間にかおやつの干し肉を美味しそうに頬張っている。
『メイ、ベヒモスを走らせるが大丈夫か?』
メイは口いっぱいに干し肉を頬張り話ができないのだろう。振り返り唯々頷いていた。レンは頷き返しベヒモスに指示を出す。
『ベヒモス、東に向かって全力で走れ』
ベヒモスは待ってましたとばかりに唸り声を上げる。四本の足で力強く大地を蹴ると、前方から凄まじい風圧が襲いかかってきた。
レンも思わず身体強化を上げてベヒモスの体毛にしがみついた。後ろからは変な叫び声が聞こえてくるが、取り敢えず落ちていなければ問題はない。
レンはそのままベヒモスを走らせ続けた。ベヒモスも全力で走れることが嬉しいのか、心なしかはしゃいでいるようにも見える。
まるで跳ねるように大地を蹴って走っていた。途中で魔物を見かけるが、そんなものはおかまいなしに吹き飛ばしながら走り続ける。
レンはベヒモスに方向を示しながら、遺跡のある方に誘導した。暫くすると遥か遠くに冒険者らしき姿が見えてくる。周囲にはテントのようなものが設置され、その直ぐ傍には人工物らしき大きめの石などが転がっている。
『ベヒモス、止まれ』
ベヒモスは四本の足を大地につきたて、土煙を上げながら滑るように止まった。
ベヒモスが急に止まったことにより、レンたちは前方に投げ出されそうになる。
アンジェはレンの肩を掴み激しく揺すりながら抗議してきた。
「何で急に止まるのよ!」
レンは前方を指差し視線を向けた。
『冒険者たちが大勢見える。恐らくあそこが遺跡だろうな』
アンジェはレンの指差す方向に瞳を凝らすも何も見えない。それもその筈、レンは身体強化で視界も強化しているからこそ見えるのである。普通の人間に見える距離ではなかった。
「何も見えないわよ?」
「メイも見えるの。人がいっぱいいるの」
「メイちゃんも見えるの?」
「メイ見えるの」
「そう、見えるんだ……」
アンジェは自分だけが見ることができず除け者にされた気分になる。メイちゃんは案外凄いのね、などと思いながらその場で項垂れた。
「遺跡まで距離はあるのに、どうしてベヒちゃんを止めたの?」
『このままベヒモスを走らせたのでは冒険者に警戒心を与えてしまうからだ』
「まさかベヒちゃんを置いていくつもり?ベヒちゃんもチームの一員なのよ」
『まさか、そんなことはしない。冒険者に警戒心を与えないように歩かせるだけだ』
「それならいいのよ」
『そういう事だ。分かったなベヒモス』
ベヒモスは頷き歩き出した。さながら遠足といったところだろうか、途端に和やかな雰囲気になる。アンジェはメイの向かいに座り直し、おやつの干し肉と水筒を受け取っていた。
二人は干し肉を頬張りながら、楽しそうに話したり寝転んだりと幸せそうにしている。
暫く進むとアンジェも冒険者を捉えたらしく「大勢いるのね」と呟いていた。
アンジェが冒険者を捉えたということは、相手からも此方が見えているということだ。何せベヒモスは大きい、アンジェより先に此方を捉えていてもおかしくない。
その証拠に数人の冒険者が此方に近づいているのが見えた。アンジェは瞳を凝らして観察する。全員武器を構えて明らかに此方を警戒していた。
『数人の冒険者が近づいているな』
「恐らくベヒちゃんを普通の魔物と勘違いしているのよ。この場所は周囲に何もないから、少し大きい程度の魔物だと錯覚しているんでしょうね」
『まぁ、向こうから近づいてくるなら好都合だ。話が通じれば良いのだが』
「ほんと、そうなって欲しいわ」
アンジェの読みは的中する。まさに、冒険者たちは邪魔な魔物を討伐するために派遣されていた。
徐々に大きくなる魔物に、冒険者たちの歩みは遅くなり遂には立ち止まってしまう。魔物はまだ遠くにいるにも関わらず、大きさが有り得ないことになっている。
「馬鹿な!大きすぎる!」
「俺たちだけでは無理だ!」
「撤退だ!仲間に報告して対策を練るんだ!」
気が付けば、冒険者たちは踵を返して駆け出していた。
レンはその光景を見て『またか……』と呟いている。アンジェも釣られるように愚痴を溢し始めた。
「ベヒちゃんを見て逃げるなんて失礼な奴らね」
だからお前がそれを言うなよ。レンは内心突っ込みを入れつつ冒険者の行動に一抹の不安を感じていた。
魔物が巣食う遺跡へ探索に来るような冒険者たちだ。恐らく腕が立つ冒険者が多いはず、中にはベヒモスを討伐して名を上げようとする冒険者がいてもおかしくない。
レンは冒険者たちが襲いかかってきた時のことを考えていた。
先ずは話を聞いてもらわなければ。
だが、これまでのことを考えても俺の話を素直に受け入れるとは思えない。
やはり、ベヒモスは一旦城に戻すか……
いや、ベヒモスも俺のチームの一員だ。
冒険者ギルドで登録だって済ませている。
仲間を蔑ろにはしたくない。
でも、襲われたらどうする?
出来れば誰も傷つけたくはない。
しかし、そんな綺麗事で仲間が傷ついたら?
最悪命だって落としかねないのに、自分の仲間の命より相手の命を気にするのか?
そんなことは絶対に有り得ない、そんなことがあっては駄目だ!
『アンジェ、相手にはベヒモスのことを説明するが、それでも襲ってきたら私は応戦する。お前はベヒモスの上で待機してくれ』
「はぁ?私もチームの一員でしょ、戦うに決まってるじゃない」
『……そうだな。だからチームの一員として頼みたい。メイを守ってくれ』
「そういう事ね。それなら初めからそう言いなさいよ」
『頼んだぞ』
「言われなくても分かってるわよ」
そうこうしてる間に、討伐に出ていた冒険者は遺跡に戻り仲間と何やら話をしていた。冒険者たちの動きが慌ただしくなるのを見てレンは顔を顰める。
俺の話を受け入れてくれよ。今のレンにはそう願うしかなかった。
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