第85話 冒険者19

 集まっていた冒険者たちがレンたちに視線を移しては俯いてを繰り返す。

 何度も口を開こうとしているが言葉は出ず、話しづらそうにしていた。恐らくレストアの果実をどこで採取したのか聞きたいのだろう。

 そんな、周囲の冒険者にアンジェは鋭い視線で睨みつけた。それだけで周囲の冒険者は怯んでいる。

 アンジェはGランク、それに対し取り囲んでいた冒険屋はEランク以上、中にはCランクの冒険者もいた。

 アンジェの方が各下であったが誰も何も言い出せずにいた。それもそのはず、アンジェの実力は今や誰もが知るところ。敵に回したいと思う冒険者はここにはいない。

 更に、耳の早い冒険者はアンジェがレンのチームに入ったことを知っていた。アンジェもまた一目置かれる存在になりつつあるのだ。

 アンジェは周囲の冒険者を疎ましそうに手で追い払う。


「レン、行くわよ。まだ依頼の途中なんだから」


 レンは兜の下で顔を顰めた。依頼の途中なのはアンジェのせいである。声を大にして言えたらどれだけいいことか。

 しかし、レンがそんなことを言っては、アンジェがまた怒り出すのは火を見るより明らかだ。今日は記念すべきチーム発足の日、ことを荒立てたくないレンは大人しくアンジェに従うことにした。


『分かっている。そう急かすな』


 レンとアンジェがギルドを出る。他の冒険者たちは声をかけられず、レストアの果実の情報を得ることができない。

 地団駄を踏む思いで二人の後ろ姿を目で追っていた。


 森まではベヒモスで移動するため二人はベヒモスの背に飛び乗る。街の南門に差し掛かるとアンジェがレンの腰に手を回してきた。

 レンが振り返るとアンジェが恥ずかしそうに耳まで真っ赤にしている。


『どうした?』

「べ、ベヒちゃんに振り落とされないように掴まってるだけよ」

『ああ、なるほどな。一度振り落とされそうになっているからな』


 アンジェは何か言いたげに口を開いたが、諦めたように俯いた。レンはアンジェから見れば飄々としていて、何を言っても聞き流されているように感じていた。

 まさに、暖簾に腕押し、ヌカに釘だ。実際はそんなことはない。しかし、レンの表情が見えない分、傍から見れば無感情のように映っていた。


 レンはアンジェがしっかり掴まっているのを確認してからベヒモスを走らせた。

 鎧を着ていなければアンジェの密着した胸が上下に激しく揺れて間違いなく赤面していただろう。しかし、レンは完全密閉型のチート鎧を身に纏っているため何も感じられない。

 地球で言えば宇宙服の上から抱きつかれるようなものだ。更に言えばアンジェもミスリルの胸当てをしている。レンは僅かに期待したが柔らかな感触などあろうはずもなかった。


 程なくして森の入口にたどり着く。レンは先程のような希少素材はもう懲り懲りであった。それに、もしかしたらあの果実が鳥などに運ばれて新たな木が芽吹くかも知れないのだ。

 ベヒモスならレストアの果実をまだ見つけられるかもしれない。しかし、長い目で見れば乱獲をするのは間違っている。


『ベヒモス、先程のような果実は不要だ。葉の生い茂る若いレストアの木を探してくれ』


 ベヒモスは首だけ振り返り頷いた。だが、アンジェは納得しないのかレンに抗議する。


「何でレストアの果実を採取しないのよ。ベヒちゃんなら探すことが出来るんじゃないの?」

『乱獲は良くない。そんなに金が欲しいのか?』

「お金の為じゃないわ。世の中には魔物に襲われたり、戦争に巻き込まれたり、体の一部を失った人が大勢いる。そんな人たちを少しでも助けたいのよ……」


 アンジェは俯き、悲しそうに何かを思い出している。知り合いに手足を失った人がいるのかもしれない。

 その様子に、レンもどうしたものかと考え込むが、やはり乱獲をすべきではないと考えた。新たなレストアの木が生まれた方が、より多くの人たちを助けることになる。

 尤もヘスティアやジュライに頼めばいくらでも増やせそうだが、レンにはそんなことをさせる気は更々ない。

 過剰に増やしても、どこかで不和が生じる恐れがある。薬草が大量に出回ることで、戦争が長引いたり激化することも考えられた。

 何より自然のままが一番いいに決まっている。


『アンジェ、レストアの木を未来に残すことも大切だ。果実を乱獲すれば、それだけ新たな木が生まれなくなる』

「……そうね、分かったわ」


 アンジェは俯いたまま小さく返事をした。好奇心は猫をも殺すという言葉もある、本来であれば聞くべきではないのかもしれない。

 しかし、レンはアンジェのことが気になり聞かずにはいられない。気が付けば自然と口を開いていた。


『誰か知り合いに体の一部を失った人がいたのか?』

「……私に幼い頃から剣を教えてくれた先生よ。腕利きの冒険者なのに左手を失って冒険者をやめたの。先生は口癖のようにいつも言ってた。もし、左手が無事だったら、今も仲間と一緒に世界中を回っていたのにって。結局、先生は冒険者に戻れなかった……」

『……その先生は?』

「もう高齢だったし亡くなったわ。私にとってはとても優しい、お爺ちゃんのような存在だった」

『そうか……」


 レンはその一言しか言葉が出てこなかった。気不味い雰囲気にアンジェが努めて明るく声を上げる。


「レンの言った通り未来に新たな木を残すことも大切よ。確かに乱獲は良くないわね」

『そうだな。それに乱獲しても望む人の元にそれが届くかは疑問だ。それほど希少な素材ならば最高級のポーションとやらは値段が高いのだろ?』

「滅多に市場にも出回らないし値段は高いでしょうね。買えるとしてもお金のある豪商や一流冒険者、それに貴族や王族だけだと思うわ」

『そうだろうな……』


 二人の話を聞いてベヒモスは迷っているのか、尋ねるようにレンを見ている。


『すまんな。初めに言った通り葉の生い茂る若いレストアの木を探してくれ』


 ベヒモスは小さく呻き声を上げて移動を開始した。

 暫くするとレストアの木は直ぐに見つかる。しかし、採取された後で頂上付近にしか葉は残っていなかった。

 当然、レンが採取することは出来ずアンジェに頼る事になる。


「任せて」


 アンジェは一言そう告げると木へ飛び移っていた。高い場所は平気なのか、先程と同じように頂上の付近の細い枝に軽々と着地をする。

 暫くしてアンジェが戻ると袋は半分以上埋まっていた。


『ご苦労だった。この調子なら依頼は達成できそうだな』

「これもベヒちゃんのお陰ね」


 ベヒモスの背を撫でていたアンジェがその手を止めた。

 何か思い出したのかレンの肩ごしにメイを覗き込んでいる。


「そう言えば、レストアの果実はメイちゃんが教えてくれたわよね。上に薬草があるって。ベヒちゃんの言葉が分かるの?」

「分かるの。いつもベヒちゃんとお話するの」

「やっぱり分かるのかぁ~。ねぇ私にも分かるようになるかな?」

「アンジェは無理だと思うの」

「えぇ~。どうして?」


 このまま会話が進めばメイが種族のことを言ってしまう恐れがある。不味いと思ったレンは即座に間に割って入った。


『メイは昔から動物に慣れ親しんできた。そのお陰やメイ自身の才能もあるのだろう。真似をして出来ることではない』

「確かに誰でも出来たら話題になってるはずよね」

『そういう事だ。ベヒモス、次の木を探してくれ』

「ちょっと残念ね」


 動き出したベヒモスの背中でアンジェが肩を落としていた。メイと同じようにベヒモスと話がしたかったのだろう。

 レン自身もベヒモスと会話が出来たらと思ったことはあるため、アンジェの気持ちが分からなくもない。

 アテナに頼めば魔道具を作ってくれるかもしれないが、チート魔道具を持ちすぎても問題がある。魔道具の出処をアンジェに説明しなければならないだろうし、何処から情報が漏れるか分からない。

 レンやメイは問題ないが、二人がいない時にアンジェが盗賊に襲われでもしたら目も当てられない。


 ベヒモスが次の木を見つけ動きを止めた。

 上空を見上げれば木の頂上付近にしか葉が残っていない。やはり森の入り口付近は採取が終わっているようだ。

 それでも、こちらには身軽なアンジェがいる。他の冒険者は採取できなくてもアンジェならば問題なかった。

 アンジェは新たに何も入っていない袋を手に取ると「よし!」と呟いて木に飛び移った。先ほどの採取でギルドから渡された袋はそれなりに重量がある。そのまま持って登ったのでは枝が折れかねないと判断してのことだ。

 アンジェは見る間に頂上付近に駆け上がり手早く採取を済ませて降りてきた。

 袋の中身を移し替えると、ギルドから渡された袋はレストアの葉でいっぱいになる。


「これで依頼完了ね」

『私は結局なんの役にも立たなかったな』

「チームなんだから気にすることないわよ。適材適所、自分にできることをすればいいのよ」


 随分としっかりしている子だ。レンは自分より年上なのでは?と思ってしまう。外見はどう見てもレンより年下に見えるのだが見た目と年齢が違うことは得てしてよくあることだ。

 レンは女性に苦手意識があることからアンジェの年を聞き出せずにいた。

 気にはなっていたが焦る必要はないと自分に言い聞かせる。これから親しくなれば互いのことは自ずと知ることができると思っていたためだ。

 街に帰ろうという時にメイが振り向きレンを見上げてきた。


「レン様、お腹空いたの」


 時刻を見ればもう昼の時間になっていた。レンは街に戻ってから食事を、と思ったがベヒモスのこともある。


『そうだな。では森を出て草原で食事を取るか』

「街に戻らないの?」

『ベヒモスの居場所もないだろうしな。通りを塞ぐのも忍びない』

「ベヒちゃんの居場所か……」


 アンジェはベヒモスの背中を撫でながら思いに耽っていた。なにか思う所があるのかもしれない。


『ベヒモス、草原に出てくれ』


 ベヒモスはレンの言葉に頷き歩き出した。メイは既にリュックを下ろして食事の準備を始めている。

 僅か数分で森から出ると、メイは待ってましたとばかりにバスケットと水筒を取り出した。


「ご飯なの!」


 メイは嬉しそうに満面の笑みでバスケットの中に手を入れている。


『アンジェ、メイの向かいに座るがいい。お前の食事も用意してある』

「私の?」

『ああ、お前も私のチームの一員だ。メイだけ食事を取ったのでは不公平だろう?』

「私も食べていいの?」

「アンジェも一緒に食べるの」


 レンの背後から覗き込むアンジェにメイが笑みを見せた。

 アンジェがメイの向かいに腰を落とすと、メイがバスケットからハンバーガーを差し出した。昨日のものとは中身が少し違うらしく二人が感嘆の声をあげている。


「今日のご飯も美味しいの」

「本当に美味しいわね」


 アンジェのための水筒まで用意されメイが水を注いでいた。


「こっちはアンジェのお水なの」

「メイちゃんありがとう」


 二人の仲むつまじい光景にレンの表情にも笑みが溢れる。一時はどうなるかと思ったが、笑っているアンジェを見て一安心した。

 気が付けばアンジェが不思議そうにレンを見つめている。


『どうした?私の顔になにか付いているのか?』

「そうじゃないけど、レンは食べないのかなって」

『私は必要ない』

「……もしかして、私が食べてる分がレンの食事なんじゃないの?」

『そうではない。私は屋敷に帰らなければ鎧が外せないのだ』

「なにそれ?兜くらい外せるでしょ?」

『簡単に外せたら苦労はないのだがな……』


 レンは分かりやすいように盛大に肩を落としている。それでも信じられないのか、アンジェの瞳は怪訝そうにレンを捉えていた。


「レン様の鎧は普通には外せないの」

「どういう事?」

『この鎧は特殊な魔道具になっていて取り外しが困難なのだ』


 メイに会話を続けさせては必要ないことまで暴露するかもしれない。レンは咄嗟に割って入る。城に戻ったらメイに口止めをしなければ、レンは心に刻んでいた。


「特殊な魔道具?まぁ見た目から普通じゃないもんね。どんな効果があるの?」

『そうだな。攻撃魔法を常時無効化する、とかかな……』


 本当は攻撃魔法どころか全ての攻撃を完全無効化できる。実際はその他にもチート機能盛りだくさんだ。だが、真実を伝えては規格外過ぎて怪しまれることは間違いない。

 攻撃魔法無効化だけなら問題ないと思っていたレンだが実際はそうではない。常識で考えれば攻撃魔法を常に無効化するなど有り得ないことだ。

 僅かな時間魔法を無効化する魔道具は今までも存在していた。だが、常に無効化できる魔道具など御伽噺でも聞いたことがない。

 レンの予想に反し、アンジェは当然のように食いついた。


「攻撃魔法を常時無効化するですって!本当にそうなら凄い鎧じゃない!一体どうしたのよ?」

『以前言ったと思うが――いや、あの時はアンジェはいなかったな。これは竜王国の重臣に貰ったものだ。譲り受ける際に外では絶対に身につけるように言われている。そのため呪いのようなもので外では絶対に外すことができないのだ』

「それで食事を取らないのね。常に攻撃魔法を無効化するなんて凄い鎧よ。竜王国の国宝かしら?」

『さぁどうだろうな。私も詳しくは知らされていない』

「こんな鎧を持っているなんて竜王国は凄い国なのね……」


 国宝と聞いてレンは顔を顰めた。実際の国宝は薄汚いリュックだ。本当の国宝を知ったらどんな顔をすることか。

 レンはそれを思い少し悲しくなる。いっそ、この黄金の武具を国宝にした方が良いのではと考えていた。

 実際、それだけの価値があるのだから国宝にしてもおかしくないはずだ。

 何も知らないアンジェは、レンが一人で小さく頷くのを見て首を傾げるのであった。


 二人の食事は和やかに進み、今は二人ともベヒモスの背中で寝転んでいる。

 二人とも満足したのか、お腹を擦り幸せそうな表情を浮かべていた。


『そう言えば魔物を全く見かけないな』

「私は何度かコボルトを見かけたわよ。でも直ぐに森の奥に逃げていったわ」


 アンジェが寝転んだままレンに答えた。ベヒモスの毛が気持ちいいのか起き上がりたくないらしい。今も愛おしそうにベヒモスを撫でている。


『魔物がいることはいるのか』

「魔物だって死ぬのは嫌でしょうからね。滅多に襲って来ないわよ。それに私たちにはベヒちゃんがいるもの、魔物が近づくはずないわ」


 言われてみればその通りだ。殺されると分かってベヒモスに近づくはずもない。レンが魔物であっても一目散に逃げ出している。


『確かにその通りだな』


 レンが頷いているとアンジェが横になったまま顔だけレンに向けてきた。


「ねぇ。暫くコルタカに滞在するなら何処か広い土地を買わない?」

『広い土地?』

「ベヒちゃんが街でも安全にいられる場所よ」

『土地か。しかし、コルタカの街にいつまでもいるわけではないからな』

「そうなんでしょうけど……」

『それにベヒモスがいても通行の邪魔にはならない。最悪ベヒモスの下を馬車が通ることもできる』

「馬が怯えて近づかないと思うわよ?」

『……どちらにしても直ぐには決められない』

「そうよね。土地を買うとなると色々準備もあるわよね」

『それは後で考えるとしよう。それよりも、そろそろギルドに戻らないか?』

「そうね」


 アンジェは起き上がり大きく背伸びをした。メイに視線を移せば、ぐっすり眠り今は夢の中にいた。

 レンはそっとメイを抱き抱える。アンジェが背後に移るのを確認してベヒモスに指示を出した。


『ベヒモス、メイが起きないように歩いて街に戻ってくれ』


 ベヒモスは静かに頷くとゆっくり歩き出した。

 まだ昼を過ぎたばかりで時間には余裕が有る。急ぐ必要はないため、レンも遠くの景色を眺めながら風景を楽しむことにした。

 後ろではアンジェが横になり幸せそうに寝息を立てている。ほのぼのとして何とも冒険者らしくない。だが、こういう冒険者も悪くないとレンはほくそ笑んでいた。

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