第84話 冒険者18

「依頼は選んでおいたわよ」


 アンジェは依頼を突き出して自慢げにレンに見せた。

 それは、一昨日レンが失敗した薬草採取の依頼と同じ内容である。一昨日はもっと遅い時間でもその依頼を受けることができた。

 レンは正直、その依頼を受けるために朝早くから来たのか?と思ったが口には出さない。そんなことを言えばアンジェはまた鬼の形相で怒ることは分かりきっていたからだ。


『そうか、依頼の確保感謝する』

「もっと感謝していいのよ?」


 レンはそんなに感謝することでもないと思ったが、ふんぞり返るアンジェのご機嫌を損なうと面倒であった。

 それに、早い時間から態々取ってくれた依頼である。それを考えれば感謝せざるを得なかった。


『ああ、本当に感謝している。ありがとう』


 改めて礼を言われアンジェは有頂天だ。「今度から私をもっと敬いなさい」などと口走っていた。

 レンは内心やれやれと思いながらも機嫌の直ったアンジェに安心した。これから一緒に行動するというのに初日から険悪な状態ではこの先が思いやられる。

 チームとして依頼を受けるのは初めてのことであり、少しでも和やかな雰囲気で依頼をこなしたいと思うのはごく当たり前のことであった。


『依頼を受けに行くか』

「そうね。早く並びましょう」


 並ぶといっても前には一人しかいない、レンたちの番は直ぐに回ってきた。

 そして、並んだ先の受付嬢は昨日のよく見知った受付嬢である。彼女はレンの顔を見て僅かに表情を歪めるも、即座に普段の営業スマイルに戻っていた。

 アンジェが受付嬢を見て感心しながら「私なら嫌いな相手には笑顔の代わりに拳をお見舞いするのに」と何やら物騒なことを呟いている。

 生身のレンではアンジェの肉体言語に耐えられないであろう。レンはアンジェの前では絶対に鎧を脱がないと心に決めるのであった。


『これをチームで受けたい』


 レンはカウンターに依頼と違約金を差し出した。以前受けた依頼であるため違約金も事前に用意してあった。


「では此方にチーム名を記入してください」


 チーム名?レンは首を傾げる。思えばそんなものは考えていない。

 暫し考えあぐねているとアンジェがアドバイスをしてくれた。


「竜王国のお抱え冒険者なんだから、国にまつわるチーム名でいいんじゃないの?」

『国にまつわるか……』

ドラゴンとか竜王ロード・オブ・ドラゴンとか、そんな感じでいいんじゃないの?」


 それを聞いてレンはげんなりする。自分の名前を使っているようで恥ずかしいことこの上ない。


 何か嫌だ。

 特に竜王ロード・オブ・ドラゴンは絶対嫌だ……

 でも、竜を入れるのはいいかもしれない。

 例えば竜の爪ドラゴンクロー竜の牙ドラゴンファングなんていいんじゃないか?

 なんか格好いいし。


『よし、ではチーム名は竜の牙ドラゴンファングにする』

「強そうなチーム名だし私もいいと思うわ」


 アンジェも気に入ったらしく、うんうん頷いている。アンジェのお墨付きがもらえるなら問題はない。

 レンは依頼用紙に竜の牙ドラゴンファングと書き込み提出した。


「それでは同じ名前のチームがないか調べてまいります。少々お待ちください」


 受付嬢が席を立ち奥へと消えていった。

 暫くすると受付嬢が戻り首を横に振る。


「申し訳ございません。竜の牙ドラゴンファングは既に使われております。他のチーム名でお願いします」


 レンは内心舌打ちをしながら今度は竜の爪ドラゴンクローと用紙に記入をした。

 再び受付嬢が奥へと消えて戻ってくる。そして、無慈悲にもまた首を横に振った。


『また、駄目なのか?』

「竜の強さにあやかろうと、竜と名が付くチーム名は多いんです。竜の名が付くチーム名を一通り確認してまいりましたがかなりの数がございました」

『では、竜の翼ドラゴンウィングは?』

「それも既にございます」

『で、では、竜の尾ドラゴンテイルならどうだ?』

「それもございました」

『ならばドラゴンではどうだ?』

「申し訳ございません」


 受付嬢は深々と頭を下げる。

 チーム名が決まらず時間だけが過ぎていく。その状況にアンジェが痺れを切らせた。


竜王ロード・オブ・ドラゴンはどうなのよ?」

『えっ!』


 受付嬢は何かを思い出すように額に手を当て暫し佇む。

 そして、「少々お待ちください」と言い残し奥へと消えていった。

 暫くすると満面の笑みで戻ってくる。


「ご安心ください。竜王ロード・オブ・ドラゴンはございません」

「なら、それで登録してちょうだい」

『えっ?』

「畏まりました。少々お待ちください」

「チーム名も決まったし良かったわね」

『えっ!?』


 もはやレンの口からは『えっ』しか出ない。

 話は勝手に進みチーム名が恥ずかしいことになってしまった。

 暫くすると受付嬢がレンに微笑みかけてくる。


「それでは、レン様のチーム名は竜王ロード・オブ・ドラゴンとなりました。この名が世界に轟くような活躍を、心からお祈りいたします」


 恐らくチームを作った時に毎回言っている受付嬢の常套句じょうとうくであろう。だが、それはレンにとって余りに残酷に聞こえた。

 今更であるがレンは目立つのが嫌いである、誰が好き好んで自分の名前と似たチーム名を世界中に広めたいものか。しかも、竜王はレンの絶対無二の種族だ、恥ずかしいことこの上ない。

 だが、決まってしまったものは仕方がない。レンは唯々項垂れるしかなかった。



 レンたちは依頼を受けてギルドを後にする。

 外ではベヒモスが伏せの状態で大人しく待っていた。だが、相変わらず傍には人が寄り付かない。遠巻きに見ている住民はいるが近づこうとはしない。

 人に囲まれるよりはいいのかもしれないが、誰からも相手にされないのも寂しいものだ。


「レン様、お帰りなの」


 レンの姿を見つけたメイはベヒモスに跨りながら大きく手を振っている。レンも軽く手を挙げそれに応えた。

 レンは軽くジャンプしてベヒモスの背に華麗に飛び乗る。ベヒモスの体毛を掴んでガシガシ登るのは格好が悪い。そのため、昨日の夜に城の地下闘技場でベヒモスの上り下りを練習していたのだ。


 アンジェもレンを真似てベヒモスの背に飛び乗る。流石にアンジェは身軽なだけあって、いとも簡単に成功させた。昨日、幾度となく失敗していたレンからすれば羨ましい限りだ。これが才能というものなのかも知れない。

 レンはアンジェに少し嫉妬する。歳は恐らくレンより下であろう、にも関わらず高い身体能力や身体能力を生かす才能もある。

 何せレンが身体強化二百倍を使わなければ勝てない相手だ。少なくともレンの百倍以上は強いだろう。仲間としては頼もしいが歴然たる力の差に落ち込んでしまいそうになる。


 レンは後ろで跨るアンジェに首だけで振り返った。


『アンジェ、しっかり捕まっていろ。振り落とされるなよ』


 アンジェはきょとんとし怪訝そうな表情を見せた。


「えっ?転移は使わないの?」


 尤もな意見だがレンにも、正確にはベヒモスにも事情はある。ベヒモスは休眠状態から覚めたばかりで運動不足らしい。昨日の夜も城の外に出して草原を走らせたが、それでも全然足りないらしいのだ。

 そんなわけで、レンはベヒモスで移動できる場所は極力ベヒモスで移動させることにした。運動不足でストレスが溜まったら可愛そうであり、飼い主としてペットを運動させることは当然の義務だと思っていたからだ。


『ベヒモスが運動不足にならないように移動は極力ベヒモスを使う』

「そうなのね」


 アンジェは頷くとベヒモスの体毛を握り締めた。レンの鎧に抱きつかないのは嫌っているからか、それとも照れ隠しなのか、レンは後者であることを祈りつつベヒモスに指示を出した。


『ベヒモス、森に向かってくれ。街の外に出るまで走ることは許さんからな』


 それに呼応しベヒモスは立ち上がった。ベヒモスが動き出すと同時に、遠巻きに見ていた街の住民は一目散に逃げ出している。

 早く慣れてくれないかなぁ。レンがそんなことを思っていると不意に後ろから声が掛けられた。


「ねぇ。ベヒモスの毛が昨日よりもフカフカなんだけど。それに凄くいい匂いもする」


 アンジェは前のめりに倒れ込み、ベヒモスの背に顔を埋めて幸せそうにしていた。話を聞いていたメイがレンの代わりに答える。


「ベヒちゃんはお風呂に入って体を綺麗にしたの。だからフカフカなの」

「お風呂?こんなに大きいのに?」

「作ってもらったの」

「ふ~ん……」


 アンジェは何か言いたそうにレンの背中を見つめる。もし、レンがメイと同じことを言っていたら嘘つき呼ばわりされていたのではなかろうか。

 それだけメイの言ったことは信じがたいことだった。ベヒモスが入れる風呂など規模が大き過ぎる。王都にある大衆浴場の広い湯船でも入れないだろう。

 しかも、体高のあるベヒモスの風呂ともなれば、レンがすっぽり隠れる程の深さが必要だ。それを短時間で作るなど常識で考えてもできるはずがないのだ。

 だが、レンは常識外れの人間である。もしかしたらと思わなくもないアンジェであった。


 程なくしてベヒモスは南門から街を出る。

 南門の衛兵たちはベヒモスを見るなり任務を放棄して門から離れてしまっていた。

 街を守る衛兵が門から離れるのはどうかと思うレンであったが、ベヒモスがいる限り誰も通る者はおらず然したる問題はなかった。


 レンは空を見上げる。今日の空も澄み切った快晴だ。レンは鎧で感じられないが太陽の光が心地いいに違いない。

 そこで、レンはふと疑問に思う。この世界に来てから雨を一度も見ていない。今まで気にもしなかったが、どう考えても不自然だ。

 レンは視線を落としてメイの旋毛つむじをじっと見る。台風のように綺麗な螺旋を描いていた。

 台風のような異常気象もあるのだろうか?そんなことも思わず考えしまう。


『ベヒモス、少し待て』


 これから駆け出そうとしていたベヒモスは待てを受けて少し落ち込む。


「どうしたのよ?何か問題でもあったの?」


 懐疑的なアンジェの声が後ろから突き刺さる。

 レンは首だけ振り返り疑問に思っていたことを聞いてみた。


『アンジェ、この辺の気候は雨が少ないのか?』

「はぁ?どういう事よ?」


 急に雨の話をされてアンジェは困惑する。アンジェは「こいつ何言ってんの?馬鹿なの?」そんなことを言いたげな表情をしていた。

 アンジェからすれば依頼をこなそうと張り切っていたところに水を差された感じなのだろう。

 レンにも何となくその感じが伝わってくる。


『私はここ数ヶ月、雨を一度も見ていない。それで、少し疑問に思ったのだ』

「数ヶ月雨を見ていない?嘘でしょ。レンはどれだけ運がいいのよ」


 アンジェは呆れたように溜息を漏らしていた。

 つまり、数ヶ月雨を見ていないレンが異常という事だ。原因は言うまでもなく分かる。


 俺の配下の誰かなんだろうな……

 天候操作は凄い魔法みたいだけど全員使えそうだし、有力候補としてはニュクス、アテナ、ヘスティア、それと、おまけでカオスってところか。

 生態系とか壊してないだろうな?


『やはり、それなりに雨は降るのか。変なことを聞いてすまなかったな。では、行くとするか!ベヒモス!森へ向かえ!』


 ベヒモスは一度雄叫びを上げ走り出した。

 「ちょ!ふぃぃぃ……」レンの後ろから変な声が聞こえるが、声が聞こえるということはベヒモスに乗っているということだ。

 レンは落ちていなければ問題ないとベヒモスを止めることはしなかった。歩いて一時間の距離が一分も掛からず到着する。

 レンが後ろを振り返るとアンジェがうつ伏せでベヒモスにしがみついていた。


『アンジェ、大丈夫か?』


 アンジェは上体を起こして恨めしそうにレンを睨みつける。


「大丈夫か?じゃないわよ。振り落とされるかと思ったわよ」

『それだけ元気なら問題ないな。では薬草を探すか』


 レンがベヒモスから飛び降りるとアンジェが不思議そうに首を傾げる。


「ベヒちゃんに乗った方が薬草の採取がしやすいでしょ?何で降りてるのよ」

『薬草を探すのだぞ?下に降りた方が良いのではないか?』

「受けた依頼はレストアの葉の採取なのよ。下に降りなくてもレストアの木は見つけられるでしょ」

『……木だと?』

「そうよ。採取するのはレストアの木の葉よ。高い場所にあるのに、下に降りる意味が全く分からないわ」

『そ、そうだったな。少し勘違いをしていた』

「はぁ~、何やってるの。早くベヒちゃんの背中に戻りなさいよ」


 アンジェは呆れて顔を手で覆っている。

 レンは木の葉が薬草だと初めて知らされ動揺していた。表向きは平静を装っているが兜の下では目が泳いでいる。


 木の葉だと?

 どうりで見つからないはずだ。

 初めて依頼を受けたときは地面ばかり見ていたからな。

 それにしても、あのニラのようなものが木の葉とは普通思わないだろ?


『アンジェ、レストアの木を見つけたら教えてくれ』

「えっ?何言ってるの?もう見えてるじゃない」


 まだ、森の中にも入っていないと言うのに、アンジェは一本の木を指差した。

 それは細長い木で遥か上空には僅かに葉が生い茂っていた。途中の枝には葉が付いておらず採取された後のようだ。


『い、いや。もう採取された後ではないのか?』

「確かに頂上付近しか葉がついていないわね。でも、私なら採取してこれるわよ」

『頂上付近の枝はかなり細い。危険ではないのか?』

「任せてよ。ベヒちゃん、あの木に近づいて」


 ベヒモスは首だけで振り返りアンジェの指差す木を確認した。そして、その木に体を擦りつけるように近づける。

 僅かに木がしなり上空の葉がガサガサと揺れ動いた。

 アンジェは袋を手に持ち器用に枝へ飛び移る。その後も次々と枝を飛び跳ね、見る間に頂上付近の枝に飛び乗っていた。

 頂上付近の枝はかなり細いようで大きくしなっている。見るからに危なかしい、思わず目を覆いたくなる光景だ。

 あの高さだ、枝が折れたらアンジェとて無事では済まされないだろう。

 だが、レンの心配をよそに上空からアンジェの声が聞こえてくる。


「ベヒちゃん、飛び降りるから動かないでね」

『飛び降りるだと?』


 思わずレンは口に出ていた。

 次の瞬間、アンジェは上空から落下してくる。ベヒモスの背中がクッションになり、軽くバウンドして見事に着地した。

 アンジェはそのままレンの背後に跨り胸を張る。大量の薬草が入った袋を握り締めレンに突き出した。


「楽勝ね」


 どうやらアンジェの心配は無用らしい。

 今ので袋も大分埋まっていた。あと数回木に登れば袋はいっぱいになるだろう。


『ご苦労だったな』

「さぁ次に行きましょ」


 アンジェは俄然やる気のようだ。

 レンは他にレストアの木がないか周囲を見渡した。だが、他にレストアの木は見つからない。どうやら群生しているわけではないらしい。

 何度も薬草採取をしている冒険者であれば木の場所を把握しているだろう。だが、駆け出しのレンとアンジェは木を探すことから始めなくてはならない。


『周囲にレストアの木はないようだな』

「何本か知ってるけど、そこは私が採取しちゃったのよね」

『地道に探すしかないか。ベヒモス、お前も同じ木を探してくれ』


 レンの言葉を聞いてベヒモスは木の匂いを嗅いでいた。暫くすると鼻を鳴らしながら、ゆっくりと移動を開始する。

 ベヒモスは背の低い草木を踏み潰しながら悠然と移動した。森を駆け抜けた時とは違い歩幅も短いため、ベヒモスの通ったあとには新たな道が出来ていた。


 鼻を鳴らしながらベヒモスは立ち止まる。森の一点を見つめて再び動き出した。ベヒモスは一本の木で歩みを止め上空を見つめる。

 それはレストアの木ではない。しかし、ベヒモスはそこから動こうとしない。


 ベヒモスは数度唸り声を上げ再び上空を見つめる。


「ここに薬草があるって言ってるの。上の方にあるの」

「メイちゃん?」


 メイが指差す木は太くレストアの木の特徴がまるでない。木は真っ直ぐではなく大きく横に広がり、葉はひとつもついていない。見た目は何処にでもある普通の大木ようだ。

 しかし、ベヒモスがあると言っているのだから薬草があるのだろう。レンはその言葉に従い木に飛び移った。大木のため枝も太くレンが乗ってもびくともしない。

 レンはベヒモスの視線の先を探していると木に小さな実がなっているのを発見する。さくらんぼのような実で枝の上についているため、下からでは全く見ることができない。

 よく見ればあちこちに実がなっている。その数は全部で十個。

 これなのか?レンは首をかしげた。何処にでもありそうな木の実だが、念のため[鑑定アプレイズ]を試みる。



 レストアの果実

 樹齢千年を越えたレストアの木に極希になる希少果実

 治癒効果が極めて高い



 確かにレストアの木だが葉がなければどうしようもない。果実にも治癒効果があることから、レンは果実を採取してベヒモスの背に戻った。

 アンジェが興味深そうにレンの肩ごしに覗き込む。


「何か見つかったの?」

『レストアの果実しかなかった』

「………………」

『レストアの木で間違いなかったんだがな。葉は一枚も残っていない。非常に残念だ』

「……見せてもらえるかしら」

『これか?ん!降りる際に一つすり潰してしまったようだ』


 アンジェは果実を受け取り驚愕の表情を見せる。戦慄きながら怒声を上げた。


「非常に残念なのはレンの頭よ!希少な素材をすり潰すなんて何考えてるのよ!」

『な、何を怒っている。冷静になれ』

「冷静になれですって!これがどれだけ貴重な物か分からないの!」

『わ、分かっているとも。や、薬草だろ?薬草は大事だな。怪我を治したり重宝するからな』

「ただの薬草じゃないわよ馬鹿!!これってSランクの希少素材よ!部位欠損も直す最高級ポーションの材料なのよ!」

『そ、それは凄いな……』

「分かったら直ぐにギルドへ戻るわよ!」

『薬草採取が終わっていないのにか?』


 アンジェは馬鹿を見るような目でレンを見下す。


「レストアの果実を保存する方が大事に決まってるでしょ!ギルドに引き取ってもらってきちんと保存するの!」

『そ、そうだな』


 アンジェの迫力に気圧されてレンは何も言えなくなる。


「レン、早くギルドまで転移してちょうだい」

『えっ?いや、ベヒモスの運動を「何言ってるの!ベヒちゃんで移動したらレストアの果実が痛むでしょ!」

『わ、分かった。メイ、冒険者ギルドに転移するぞ』

「はいなの」


 レンたちはギルドの前に転移した。

 街の住民たちは突如現れたベヒモスに蜘蛛の子を散らすように逃げ出している。

 レンはそのうち冒険者ギルドに誰も寄り付かなくなるのではと不安になる。


 急かすアンジェに促されレンはギルドに足を踏み入れた。メイはベヒモスの上でお留守番である。

 陽もだいぶ高くなり、ギルド内にいる冒険者はまばららであった。今は仕事がないのか受付嬢も暇そうにしている。


 レンたちがカウンターにやってくると受付嬢は首を傾げた。この受付嬢は今朝レンたちが依頼を受けた受付嬢だ。依頼を終えるには余りに早く、なぜいるのかと首を傾げていたのだ。


「ねぇレストアの果実を発見したんだけどギルドで引き取ってもらいない?」


 「ん?」受付嬢は瞬きを繰り返す。何言ってんだろ?そんな感じだ。


「アンジェリカさんどうしたんですか?熱でもあるんですか?」

「無いわよ!ぶっ飛ばされたいの!」

「ひぃ!ぼ、暴力は駄目ですよ」


 アンジェの騒がしい声に自ずと注目が集まっていた。周囲の冒険者も何事かと聞き耳を立てて様子を窺っている。


「私たちはレストアの果実を引き取って欲しいのよ!」

「ほ、ほんとにレストアの果実なんですか?」


 ギルド内がざわついた。冒険者たちは集まりヒソヒソと話だし、受付嬢が集まってくる。アンジェがレストアの果実を出せとレンに顎で指示を出した。

 波風を立てたくないレンは大人しく言う事に従う。レンの手元に注目が集まり内心バクバクである。妙な緊張感が漂う中、レンはカウンターに置かれたトレイにレストアの果実を慎重に並べて置いた。

 受付嬢の話声が微かに聞こえる。


「図鑑で見た通りね」

「でもこんなにあるものなの?」

「何で一つ潰れているのかしら?」

「勿体無いわね」


 どうやらレストアの果実を潰したのは不味かったようだ。貴重な物と分かっていればレンとて丁寧に運んでいたのだ。しかし、今となってはどうしようもなかった。

 レンは大いに反省することにして動向を見守る。


 やはりというべきか、受付嬢の一人が階段を駆け上がっていった。

 恐らくギルドマスターを呼びに行ったのであろう。その間、他の受付嬢はレストアの果実に釘付けだ。

 レストアの果実はギルドで働く受付嬢でも、運が良くなければ一生見ることができない。そのため、現物を目に焼き付けていたのだ。


 暫くすると老人のギルドマスターが現れ受付嬢を手で追い払う。

 一つ一つレストアの果実を手に取り丹念に調べ上げる。そして、大きくため息を漏らした。


「全てレストアの果実で間違いない。これはギルドで全て買い取らせてもらう。それで良いな?」

「ええ、構わないわ」


 アンジェが答えるとギルドマスターは頷いた。遠巻きに見ていた冒険者たちも本物と聞いてカウンターに殺到する。


「それにしても、これだけの数をよく見つけたな」

「レンが見つけたのよ」


 ギルドマスターはレンをぎろりと睨みつける。それは、まるでレンのことを観察しているように見えた。

 そして、実際にギルドマスターはレンことを観察していた。

 エイプリルがSSSランクの冒険者カードを作らせたその日から、アオイは全ての冒険者ギルドに伝令鳥を放っていた。

 内容はSSSランクの冒険者カードを持つレンという人物の報告。受けた依頼内容や容姿をギルド本部に知らせる、唯それだけのことだ。

 アオイは本来であれば報告ではなく調査を命じたいところであった。しかし、エイプリルを敵に回すことはできないため報告に止めていたのだ。


 レンはSSSランクの冒険者カードを使用していない。しかし、ベヒモスを手懐けSランクの希少素材を集めるなど、もはやGランクの冒険者がすることではない。

 コルタカのギルドマスターは今回のことで確信する。


「なるほどな。ベヒモスの時からそうではと思っておったが、やはりお前がそうなのか」


 レンは言葉の意味が分からず、ただ呆然としていた。尤もその表情は窺い知ることができないため気丈な態度に見えている。傍から見ればギルドマスターを睨み返しているようにも見て取れた。


「まぁよい。レストアの果実の代金は桁が違いすぎて直ぐには用意できん。代金の受け渡しは後日行う」


 そう言ってギルドマスターは階段の奥へと消えていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る