第81話 冒険者15

 エイプリルとセプテバは、とある建物の一室に転移していた。

 本来いるべきその部屋の主は見当たらず二人は舌打ちをする。


「この時間帯は普段いるはずなのに、こんな時に限って居ないなんて」


 エイプリルは悔しそうに唇を噛む。

 今は一刻を争う時。レンが長くは待てないと言った以上、一秒でも早く事を終えて戻る必要がある。


「こんなところで奴を待っている時間はない!下に行くぞ!」

 

 すかさずセプテバが転移を発動させた。


 転移した部屋の先には依頼が張り出された掲示板が置かれ、カウンターには受付が並んで座っていた。

 部屋の中は大勢の武装した冒険者で賑わっている。


 二人が転移した先は中央大陸、その中でも冒険者の街と言われている迷宮都市であった。

 そこには冒険者ギルドの本部が置かれており、その一階に二人は立っていた。


「急いでいる!道を開けろ!」


 セプテバは冒険者ギルドに姿を見せることはあっても口を開くことは滅多にない。

 普段聞くことのないセプテバの言葉に周囲の冒険者が驚きを隠せない。周囲にどよめきが走りだす。


「セプテバ様が声を出されたぞ」

「名前を変更してから初めて姿を見たよ」

「急いでると言ってなかったか?」

「何か問題が起きたのかもしれない」

「セプテバ様とエイプリル様が一緒にいるなんて、きっと余程のことじゃないかしら?」

「兎に角急いで道をあけろ!お二人の邪魔をするな!」


 二人の姿を見て周囲の冒険者が道を開ける。

 カウンターに並ぶ冒険者も二人が近づくのを見て即座に場所を譲った。

 カウンターの前で立ち止まる二人に受付嬢が緊張した面持ちで挨拶をする。


「こ、これはエイプリルさ「アオイは何処にいる!」

「ひっ!」

「時間がない!何処だ!さっさと答えろ!」


 エイプリルは受付嬢の胸ぐらを掴み引き寄せた。

 そのあまりの剣幕に受付は混乱し言葉が出ない。冒険者もその迫力に気圧されて後ずさっている。

 話を聞いていた隣の受付嬢が咄嗟に口を開いた。


「グランドマスターは会議室にいらっしゃいます」


 エイプリルは受付嬢を投げ捨て即座に転移した。

 残された受付嬢と冒険者は普段のエイプリルからは考えられない行動に呆然となる。


「あの気さくなエイプリル様が、一体どういう事だ?」

「それだけ不味い状況なのかもしれないな」

「あの御二方の慌て用はただ事じゃない」

「そんなに危険な魔物が出たのか?」


 憶測だけが飛び交い、あの二人が慌てるほどの事態であると噂が流れた。

 冒険者たちはチーム毎に固まり街中へ走り出して警戒を呼びかける。

 ここは迷宮都市、街の中央にある巨大な迷宮ダンジョンから魔物が溢れ出てくる事態も想定してのことだった。

 もちろん警備兵もいるが、あの二人が慌てる事態である。役に立つ訳が無い。

 ランクの高いチームは迷宮入口で魔物を押さえ込むために走り出している。

 

 二人が血相を変えていた真相を知る者は誰もしない。冒険者たちの行動は無意味に思われた。

 だが、結果この行動が多くの命を救うことになるとは、この時点ではまだ誰も知る由もない。 




 会議室には円卓が置かれており、その椅子には中央大陸各国のギルドマスターが座っていた。

 扉から入って円卓の一番奥に当たる椅子にはグランドマスターのアオイが腰を落としている。

 グランドマスターは冒険者ギルドの最高責任者だ。権力も去る事ながら冒険者としても超一流である。

 数々の功績を上げたSSランクの冒険者でもあった。


 会議室で議論を白熱させていた一同は突如現れた珍客に目を丸くする。

 だが、そんなことはお構いなしと言わんばかりに、二人はアオイのもとに詰め寄った。


「アオイ!直ぐにやってもらいたいことがある!」


 アオイは「またか……」と溜息を漏らした。

 アオイは冒険者ギルドの最高責任者にも関わらず、その外見は二十代半ばに見える。

 だが実際は違う、アオイもまたレンと同じく異世界からの放浪者であった。

 幼い頃にこの世界に迷い込んだアオイの歳は千を優に越えている。

 黒曜石のように黒く艶めく髪に、吸い込まれそうな漆黒の夜空を窺わせる瞳、身長はすらっと高く、髪は動きやすいように短かく切り揃えられている。

 一目見ただけでは男に見られてもおかしくない。

 だが、女性らしさがないわけではない。寧ろ繊細な女性らしい顔立ちが際立って美しく見える。

 本来であれば誰も逆らうことのできないグランドマスターなのだが、この二人には関係のないことであった。


「SSSランクの冒険者が二人揃ってどうしたと言うんだい?」

「ベヒモスを騎乗魔獣として登録したい。いま直ぐに手続きをして欲しい」


 会議室は途端に騒がしくなる。

 居合わせた各国のギルドマスターが即座に異を唱えた。


「如何にエイプリル殿でもそれは余りに無謀、ベヒモスが現れたのであれば被害が出る前に討伐するべきだ」

「以前ベヒモスが現れたのは数千年前と記憶しておりますが、その際には国が二つ滅びたはずです」

「由々しき自体ですな。現れた大陸は何処なのですか?直ぐに各国に知らせを出しませんと手遅れになりますぞ」

「エイプリル殿とセプテバ殿ならベヒモスの討伐も容易いのでは?」

「おお、それは良い。御二方が速やかに対処してくだされば冒険者ギルドの権威も増すというもの」


 各国のギルドマスターはベヒモス討伐の話で盛り上がる。 

 エイプリルはそれらをひと睨みして黙らせた。


「少し黙っていろ!ベヒモスを騎乗魔獣にすると言ったはずだ!」

「エイプリル殿、それは無理でございます」

「ベヒモスは凶暴な魔獣だと聞き及んでいる。手懐けるなど無理だ」

「左様です。今は大人しく従っていても、それが続くとは限りませんぞ」

「いい加減にしろ!時間がない時に老害どもが!!」


 それを聞いて頭にきたのかセプテバが抜刀の構えから刀を抜いた。

 その瞬間、刀からは閃光が放たれ会議室の壁を突き抜ける。閃光はそのまま突き進み、遠くに見える山の山頂に命中した。


 次の瞬間には眩い光と共に山頂が消えて無くなっていた。

 壊れた壁から外の光景を眺め各国のギルドマスターは青褪める。

 そのまま何も言えず暫く呆然としていた。  

 アオイは事後処理のことを考え溜息を漏らして頭を抱えている。


 数分後、轟音と共に嵐のような衝撃が山頂から振り注いできた。

 窓ガラスが粉々に砕け散り、壊れた壁から暴風が入り込んで襲いかかる。

 突然の災害に、この部屋だけでなく街全体が阿鼻叫喚と化していた。


 それは数秒で収まったが街の様子は一変していた。

 至る所にガラスの破片が散乱し、屋台は吹き飛ばされている。

 古い建物は倒壊し辺りからは呻き声や助けを求める声が聞こえてくる。

 何処から飛ばされてきたのか大木が突き刺さっている建物まで見て取れた。

 会議室で倒れていた各国のギルドマスターがのそのそと起き上がる。

 そして、壊れた壁から街の様子を確認して絶句していた。あれほど美しかった町並みは見るも無残に無くなっているのだから。


「くだらん話をするな!お前たちは言われた通りベヒモスを騎乗魔獣として登録すればよいのだ!」


 セプテバが声を荒げて鋭い視線で睨みつける。

 その言葉にエイプリルも同意するように頷いた。


「登録しろと言われても直ぐにはできない。前例がない上にベヒモスが暴走しないとも限らないからね」


 各国のギルドマスターが慌てふためく中、アオイは落ち着いた声で二人を諭すように言い放つ。

 アオイは何事もなかったかのように椅子に悠然と腰を落としている。

 ギルドマスターたちがガラスで無数の切り傷を負っているにも関わらず、アオイは無傷のままであった。流石はグランドマスターと言ったところであろうか。


「アオイ、悪いがこちらも時間がない。早く手続きをしろ。五分手続きが遅れる度に、この大陸の国を一つ滅ぼす」

「最近のお前は本当に無茶なことばかり言うね――仕方ない、少し待っていろ」


 アオイは円卓に備わっている引き出しを開け羊皮紙とペンを取り出した。

 その様子を見て各国のギルドマスターが目を丸くする。

 アオイは羊皮紙に何やら書き込み、自分のサインと血判を押した。


「これには私の責任においてベヒモスを騎乗魔獣として許可すると記してある。これを持って受付で手続きをしてくれ」


 アオイはエイプリルに羊皮紙を渡すと、さっさと行けと手で追い払う仕草をした。


「アオイ、悪いが要件はこれだけじゃない。今後、災害指定の魔物や魔獣が現れても直ぐに討伐命令は出すな。相手が手出ししない限り危害を加えることは許さない。それと、災害指定の魔獣から竜を外してもらう。もし、これが出来ないのなら、私たちは冒険者ギルドの敵に回る」


 エイプリルの言葉にアオイは面倒くさそうに項垂れた。


「はぁ~。分かったよ、もう帰ってくれ」


 アオイの言葉を聞いてエイプリルは僅かに笑みを見せる。次の瞬間には二人の姿は掻き消えていた。

 二人がいなくなったことで会議室には安堵の声が漏れている。

 倒れていた者も立ち上がり椅子を起こして座り直していた。


「最近の御二方には困ったものだ」

「それにしてもベヒモスとは……」

「アオイ様はなぜ脅しに屈したのですか?」

「あれは脅しではないよ」

「アオイ様の言う通りじゃ。エイプリル殿の口調がいつもと違っておった」

「余裕がないときのエイプリルはいつもと口調が違うからね。あれは本気で国を滅ぼしていたよ。それよりも私が驚いたのはセプテバの方かな。彼とも長い付き合いだけど、あんなに感情を露わにした姿は初めて見たよ」

「山が消し飛びましたな。街の被害は恐らく甚大、これからどうして良いものやら」

「それよりも問題はベヒモスだ。御二方はベヒモスを騎乗魔獣にしてどうするつもりなのだ?」

「恐らく騎乗魔獣にするのはあの二人じゃないよ」

「三人目のSSSランクの冒険者ですか――以前もいきなり現れてSSSランクにしろですからな」

「確か名前はレンと言ったか」

「一体何ものでしょうか?」

「新しくできた竜王国の人間であることは間違いないよ。何せあの二人が国の重臣という話だからね」

「それも由々しき問題ですな。単騎で国を滅ぼせる存在が二人もいるなど異常極まりない」

「アオイ様、竜王国のことは何処まで調べがついているのですか?」

「戦力としては竜が三十体確認されている。これは亜竜ではなく本当の意味での竜だ。お前たちにもその意味は分かるだろう?」

「……なるほど、ベヒモス以上の災害指定魔獣が三十体ですか」

「馬鹿な!本当にそんなことが有り得るのか?」

「見間違いと言うことは――ないのでしょうな」


 みな一様に俯き頭を抱えた。

 竜が三十体もいる国など論外だ。一体でも対処できないのに三十体もどうすることもできない。

 何より空を飛べるのが問題であった。攻撃の届かない上空から一方的にブレスで攻撃されたら為す術がない。ワイバーンやグリフォンなどの騎乗魔獣もいるが数は少なくとても貴重である。

 死ぬと分かって竜にぶつけるなどできようはずもない。

 魔法で空を飛ぶ手もあるが[飛行フライ]の魔法は誰もが使える魔法ではない。使い手は限られていた。

 それに追い打ちをかけるようにアオイが更に絶望的なことを告げる。


「それと、あの二人以外にも転移を使えるものがいる。どうやら転移で近隣諸国に行き来しているらしい。もう一つ大事なことがある。これはエイプリルに以前直接聞いた話だが――エイプリルは竜王国の重臣の中では弱い部類に入るらしい」

「何ですと?」

「弱い?あのエイプリル殿が?」

「竜王国の重臣とは一体何人いるのですか?」

「式典に出た者からの情報では全部で十一人。その全員がエイプリルと同等か、それ以上の実力と見た方が良いだろうね。しかも竜王国の王、竜王は重臣たちより強いらしいよ」


 それを聞いてみな一様に眉を顰めた。

 それだけの戦力があれば何だって出来てしまう。その気になれば世界中を支配下に置くことも容易いだろう。


「確か竜王国があるのは西の大陸でしたな。如何いたします?いっそ竜王国が攻めてきたら無条件降伏するように各国へ進言いたしますかな?」

「何を馬鹿なことを!話が通じぬ相手ではあるまい」

「だが、既に国が一つ併合されている。これからどうなるかは誰にも分からん」

「我々だって他人事ではない。転移が使える以上、この中央大陸の国もいつ標的になってもおかしくないのだぞ」

「それこそ対処のしようがないよ。先程のセプテバの力を見ただろ?刀一本であれだからね。八本抜いたらあれの八倍の威力らしいよ。私たちに抗う術はないだろうね」

「あれの八倍の威力ですと?」

「ああ、遠い昔エイプリルに聞いた話だから恐らく嘘じゃないよ。それに、気になることはまだある。式典に出た者からの情報では、竜王は褐色の肌に銀髪の女性だったそうだ」

「それは――まさか天空城の主、バハムートですか?」

「天空城に招待された者の話では、確かにバハムートは褐色の肌に銀髪の女性であると――しかし、まさか……」

「今は違う名を名乗っているようだが私はそうだと踏んでいる。それなら、あの二人が従うのも頷けるからね」

「……よりによって、この世界の触れてはいけない禁忌の一つですか」

「知っているとは思うけど、バハムートの逆鱗に触れてはいけないよ。国が滅ぶなら御の字。最悪、大陸全土が焦土と化すからね」

「確かに伝説に謳われるバハムートであれば、エイプリル殿とセプテバ殿が従うのも頷ける」

「しかし、なぜ天空城を離れる必要がある?」

「別人とも考えられるのでは?天空城の方は調べられたのですか?」

「天空城は絶対不可侵だよ。おおやけに調べることができない。それに、密かに調べようにも侵入したことが発覚すれば間違いなく怒りを買うことになる。リスクが大きすぎて現状では調べようがないよ」

「やれやれ、処置なしですな」

「まさか、バハムートが天空城から出るとは……」

「確か以前城を出たのは千年程前でしたか?」

「千年前は幸いにも被害はなかったようですが、今回もそうとは限りませんからな」

「伝説では全世界の国を相手に一方的に蹂躙した化物だ。関わり合いたくもない」

「全くだ……」

「皆よく聞いてくれ。これは憶測でしかない。しかし、あの二人が従うほどの相手だ。竜王国の王、竜王とはバハムートのことで間違いないと思っている。今後、この世界は竜王の気まぐれ一つに左右されるだろう。だから……」


 アオイはひと呼吸おいて苦笑いを浮かべた。そして、


「精々怒らせないようにしてくれよ」


 アオイはそう言うしかなかった。その言葉に誰もが同意とばかりに頷き返す。

 元よりバハムートを怒らせるような馬鹿は此処にはいない。仮にも各国の冒険者ギルドを束ねるギルドマスターである。人々の安全を守るために何を優先すべきかは理解していた。

 ギルドマスターたちの反応を確認してアオイも大きく頷いた。

 そして、どうしたものかと壊れた壁から街を眺めた。


「この街の惨状はどうしたものかな」

「何を仰っているのですか?これは魔物の仕業です」

「その通り、凶悪な魔物が山頂に現れ、それをセプテバ殿が退治した。そういう事です」

「左様ですな。これで街は安泰ですぞ」

「その余波で街が被害を被ったのは仕方のないことだ」

「街の被害は最小限に食い止められたのです」

「魔物もいなくなって、これで一安心ですな」


 アオイは呆れるが本当のことを公表する訳にはいかない。

 セプテバは冒険者にとって神にも等しい存在であり、その名声は全世界に轟いている。

 もし、真実が知れ渡れば冒険者ギルドの権威は大きく失墜するだろう。

 バハムートのこともあり、今は力を削ぐわけにはいかなかった。


「なるほど――では、そういう事でお願いするよ。長々と話したからね、そろそろ被害状況の知らせが届くはずだ。君たちにも協力してもらうよ」


 その言葉通り知らせは直ぐに届けられた。

 知らせを受けて各国のギルドマスターも陣頭指揮を執るために街中に走り出す。

 だが、予想に反して家屋の被害に比べ人的被害は極めて軽微であった。

 重傷を負った者は数人いるが命を失った者は一人もいない。


 それは、事前に多くの冒険者が危険を呼びかけていたからであった。

 この迷宮都市には避難場所としていくつもの地下室が備わっている。

 そのため殆どの住民が近くの地下室に逃げ込んで難を逃れていたのだ。



 翌日、アオイは最終被害報告を聞いてほっと一息ついた。

 死者が出なかったのは不幸中の幸いだが、やるべきことは山積みになっている。

 瓦礫の除去に家屋の立て直し、食事の配給から家を失った住民の仮住まいをどうすか、考えることは山ほどある。


「今度あの二人が来た時は被害が出る前に二つ返事で追い返した方が良いわね」


 アオイは自室で肩を落としながら誰ともなく呟いていた。その表情は憔悴して少し窶れて見える。

 アオイは二人の友人が二度と来ないことを切に願うのであった。

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