第77話 冒険者11

 レンはメイの元に駆け寄り怪我がないか確認する。

 見た目では怪我を見つけることができず、レンは直説メイに問いただした。


『メイ怪我をしたのか!どこが痛いのか!』


 メイは泣きながら力なく首を横に振る。


『怪我はしていないんだな?』


 今度は小さく頷いた。

 レンは怪我がないことに安堵するが、メイは涙を流しながら俯いて動かない。

 よほど嫌なことがあったのか、その表情に影を落としていた。


『どうした?私が何かしたのか?』


 メイはぐすんと涙を拭うと、顔を少し上げてレンの持っている槍に視線を移した。


「レン様はメイの槍が大切じゃないの」

『何を言っている?メイが私のために作ってくれたのだ。大切に決まっているだろ』

「でも、レン様言ってたの……大切なのは使えないの。メイの槍は大切じゃないから使うの。メイ頑張って作ったのに……」


 メイはまた大粒の涙を流しながら泣きじゃくった。


 そういう事か。

 確かに武器を買いに行くときに、そんなことを言った覚えがある。

 まいったな……


 レンはしゃがんでメイと視線を合わた。

 そしてメイに見せるように黄金の剣に手を伸ばす。

 鎧に密着していた剣の鞘はレンの意思に呼応するように簡単に外れた。


『メイ、よく聞くがよい。大切な武器にも二種類ある。一つはこの黄金の剣のような装飾用の武器だ。これは飾るためのもので実戦には使えないのだ』

「大切なのは使えないの……」


 メイが更に暗くなる。

 レンは黄金の剣を腰に戻し、メイの作った槍を目の前に持ってきた。


『うむ、だが武器にはもう一つ種類がある。それはメイが作ってくれた槍のような実戦用の武器だ。これは使ってこそ価値がある、大切だからこそ使うのだ』

「大切だから使うの?」


 意味が分からないのかメイは戸惑い首を傾げていた。


『そうだ、実戦用の武器は使ってこそ価値がある。大切な武器だからこそ使うのだ』

「大切なの?」

『当然だ。メイが私のために頑張って作ってくれたのだからな』


 メイは涙を拭うとぱぁっと満面の笑みを見せる。

 そのままレンに抱きついて嬉しそうに頬を摺り寄せた。


「レン様、大好きなの」

『私もメイが大好きだとも。さぁ皆の元に行こうか、倒れている兵士や冒険者の無事を確認しないとな』

「はいなの」


 レンはメイを引き連れ兵士たちの元へ足を進めた。

 まだ、倒れている兵士はいるが呻き声が聞こえ手足が動いている。無事な兵士が駆け寄り安堵していることから、命に別状がないことが見て取れた。

 冒険者たちは流石というべきか怪我一つ負っていない。地面に叩きつけられる瞬間に受身をとって難を逃れていた。


 部隊長の男は地面に座り呆然としていた。

 レンが部隊長の前で足を止めると怯えたように後ずさる。


『まだ実力を見たいか?』

「い、いや、問題ない」

『ではこの子も連れて行くが良いな?』

「あ、ああ」


 部隊長は頷くしかなかった。

 レンが立ち去ると部隊長は直ぐに兵士の安否を確認する。

 幸いにも大怪我をした兵士はおらず軽い打撲程度で済んでいた。

 それでも、念のため痛みを訴える兵士は街に残し治療に専念させることになった。

 これにより半数の兵士が街の中へと戻っていく。


『街に戻る兵士が多いな。探索は大丈夫か?』

「探索は大丈夫か?じゃないわ!どう見てもやりすぎよ!」


 いつの間に傍に来たのか、アンジェが凄い剣幕でレンを睨みつけていた。

 その表情は明らかに機嫌が悪く怒りの矛先はレンに向けられている。


『だが実力を示さなければ、あの部隊長は納得しなかった』

「それでも怪我をさせるなんてどうかしてるわ!」

『それについては返す言葉もない。本当に申し訳ないことをした』

「抑、地面に亀裂が入るなんておかしいわよ」

『全くだ。威力がありすぎて自分でも驚いている』

「……はぁ~、もういいわ。レンと話してたら疲れてきた」


 アンジェはその場を立ち去り他の冒険者と合流して何やら話をしていた。

 アンジェが去ったあとレンは深い溜息を漏らす。

 レンも態とではないにしろ兵士を傷つけたことは反省していた。

 しかし、メイが傍にいることから、レンは威厳ある態度を心掛ける必要がある。

 見た目には気丈に振舞っているため、反省しているようにはとても見えないのだ。


 俺も十分反省はしてるんだけどなぁ。

 やっぱり反省しているように見えないのか。

 かと言ってへこへこ謝る姿はメイには見せられない。

 前竜王のグラゼルにも威厳ある態度で接しろって言われてるからな。

 それに普段から尊大な態度でいないとボロが出そうで怖いんだよ。


 そんな落ち込むレンの気持ちなど誰も知りようはずもない。

 メイはレンの鎧をちょんちょんつついて顔を顰めていた。


「レン様お腹空いたの」


 泣いたことでお腹が空いたのだろうか、メイが片手でお腹をぽんぽん叩いている。


『そうだな。まだ少し時間がかかるだろうからご飯にするか』


 レンとメイはその場に座り込み、リュックから弁当の入ったバスケットと水筒を取り出して広げた。

 その様子を周囲の冒険者や兵士が訝しげに見ている。

 弁当の中身は片手でも食べられるハンバーガーのようなものが入っていた。

 味付けした肉と新鮮な野菜を固めのパンで挟んだものだ。

 メイはそれに齧り付くと幸せそうに頬を緩めている。


 ドスドスと音が聞こえそうな足取りで誰かが二人の元に近づいてきた。

 レンが何事かと視線を向けると、そこには鬼の形相をしたアンジェの姿があった。


「何をしているの!」

『まだ時間がかかりそうだったからな、見ての通りご飯を食べている。お前も食べたいのか?』

「これはメイのご飯なの!」


 メイがご飯を取られまいとバスケットに体ごと覆い被さった。


「これから危険な場所に入るのよ分かってるの?」

『そんなことは知っている。だから今のうちに食べているのではないか。もう直ぐ昼だからな、昼ご飯に丁度良いだろ?』

「昼ご飯?普通は昼にご飯なんて食べないわよ」

『そうなのか?』

「そうなのよ!冒険者は外で活動することが多いのよ。ご飯の準備にも時間がかかるし、外は常に危険と隣り合わせ。昼にご飯が食べられる訳ないでしょ!」

『そう言われるとそうだな』


 それを聞いたメイが絶望的な表情で固まっていた。


「ご、ご飯なくなる?」


 メイは瞳の端に涙を浮かべながらやっとの思いで口を開いた。

 その泣き出しそうな表情から、ご飯が食べたいメイの思いが伝わってくる。


『なくならなから安心しろ。私たちは昼の食事を絶対に取る』

「良かったの!ご飯がなくなるのは嫌なの!」


 安心したメイはハンバーガーに齧り付いて、もぐもぐ美味しそうに口を動かす。

 その様子を冒険者や兵士が羨ましそうに眺めていた。

 思わずアンジェも唾を飲み込み喉を鳴らした。

 その音は意外にも大きく直ぐ傍にいたレンには、はっきりと聞こえていた。

 レンはやれやれといった表情でアンジェを見上げる。


『何だやっぱり食べたいのか、我慢は良くないぞ。メイ、一つ分けてやれ。おやつも沢山持ってきたから一つなら良いだろう?』

「うぅ、レン様の言いつけだから分けてあげるの」


 メイはムスッとしながらも、バスケットからハンバーガーを取り出しアンジェに差し出した。

 アンジェは差し出されたハンバーガーを見て再度喉を鳴らす。我慢しきれなかったのかメイからハンバーガーを受け取りかぶりついた。

 先程までの鬼の形相が嘘のように表情が緩む、何度も咀嚼し味を堪能してから喉の奥に送り込んだ。


「何これ!凄く美味しい!濃い味付けの肉に野菜の歯ごたえが最高!こんなの今まで食べたことがないわ!」

『そうかそれは良かったな。メイ、水も分けてやれ』

「はいなの。お水はいくらでも分けてあげるの」


 メイは水筒の蓋に水を入れてアンジェに手渡した。

 アンジェがそれを受け取るとひんやりとした感触が指に伝わってくる。

 アンジェは目を丸くしながら水に口をつけた。

 見開いた瞳が更に大きくなる。


「冷たい!それに美味しい!不思議と疲れが取れていくみたい」


 アンジェはハンバーガーと水を交互に楽しみ、あっと言う間に完食した。

 人心地ついたアンジェは「ふぅ~」とその場に寝転がった。

 その表情は幸せそのものだ。


『満足したみたいだな』


 その言葉にアンジェは「はっ!」となる。

 ガバッと体を起こして何故か恨めしそうにレンを睨んだ。


「嵌められたわ。まさか私を懐柔させるなんて……」

『お前は何を言っている?おっ!そろそろ出発するみたいだな。メイ、残りは歩きながら食べられるか?』

「メイはお姉さんだから歩きながらでも食べられるの」


 メイは立ち上がると片手にバスケットを持ち、もう片方の手にはハンバーガーを持っている。


『大丈夫そうだな。では、行くとするか』


 三人が部隊長の元にやってくると既に全員集っており、まさに出発直前であった。

 兵士たちは新たに班分けがなされ、十人前後の班が五つ出来ている。

 部隊長は全員集まっているのを確認して声を上げた。


「これから魔物が争った場所まで全員で行動する!そこまでは危険がないと思われるが、みな気を引き締めてくれ!では行くぞ!」


 部隊長が先頭を歩き後ろに冒険者たちが続いた。

 兵士たちは隊列を組んでその後を追う。

 メイはハンバーガーを食べながら、レンの後ろをとことこ付いてきている。

 その愛くるしさに一部の冒険者や兵士がほっこりと心を和ませていた。

 森までは見通しの良い平坦な道程のため、兵士たちも気楽に話したりと終始緊張感のない状態が続く。

 程なくしてメイも食事を終え眠そうに欠伸あくびをしていた。


 だが、森の入口に差し掛かると兵士や冒険者は、みな一様に鋭く森の奥を見つめ気配を探っていた。

 経験上、不意を突かれることの恐ろしさを知っているためである。

 森の中は遮蔽物が多く隠れる場所は幾らでもある。不意に背後から攻撃を受ければ、それが致命傷になりかねない。

 ゴブリンやコボルト相手ならまだ大怪我で済むかもしれない。しかし、相手は未知の魔物である。最悪、絶命する恐れもあるのだ。


 レンたちは周囲の気配を探りながら慎重に歩みを進めた。

 一時間ほど歩いて部隊長が足を止める。

 そこは爆発でも起きたかのように周囲の木が薙ぎ倒され、中心の大地は放射状に大きく抉られていた。

 それを目にした冒険者が信じられないと声を荒げる。


「嘘だろ!こんなことができる化物と戦えだと!お前ら正気か?殺されるぞ!」

「どう考えても報酬に見合わない!俺はこの依頼を降りる!悪いが帰らせてもらうぞ!」

「大きく地面が二箇所抉れている。もしかして同程度の強さの魔物が二体もいるのか?もし二体同時に出てきたら終わりだな」

「こんなの一体でも手に余る。少なくともAランク以上のチームを複数呼ぶべきだ」

「若しくは軍隊を出すべきだな。質で揃えられないなら、数を揃えて対抗するしかない」


 数人の冒険者が森の入口に歩き出した。

 それは仕方ないのかもしれない、誰だって命は惜しい。

 一般的に冒険者は命知らずと思われがちだがそうではない。その多くは依頼を受ける際に大幅な安全マージンを取り、綿密に下準備をしてから依頼に取り掛かる。

 この依頼を受けた冒険者も、その殆どがCランクの冒険者である。Dランク以上の冒険者を募集していたことから、自分たちであれば命の危険はないと判断したのだ。

 ところが蓋を開けてみればAランクの冒険者でも持て余しそうな案件である。

 怒るのは無理もないことであった。

 冒険者の声を聞いて魔物の強さを改めた部隊長は何も言えずにいた。


「私はこの依頼降りるけどレンはどうするの?」


 アンジェがレンの反応を確かめるように顔を覗き込む。

 尤も全身鎧フルプレートでその表情を窺い知ることはできない。

 レンはアンジェの問いかけを無視するように一点を見つめていた。

 いや、アンジェの言葉が耳に入っていないのだ。


 嘘だろ!?

 あれって俺とメイが飛び跳ねて作ったクレーターだよな?

 なんか大事になってるんですけど?

 つまり捜索する魔物って俺たちのことか?

 正直に言った方が良いだろうな……


 レンがどう話そうか頭を悩ませていると、メイが元気に小さい方のクレーターを指差した。


「あれはメイがやったの!」


 冗談だと思ったのだろう、周囲の兵士や冒険者が笑い声を上げた。

 だが次の言葉で表情を曇らせる。

 メイは元気いっぱいに大きい方のクレーターを指差した。


「あっちはレン様がやったの!」


 本来なら冗談で終わらせるところだがそうはならない。

 何故ならこの黄金の鎧を身に纏う人間は化物じみた力を持っている。

 先程も地面を大きく抉り、剰え亀裂まで入れていたのだ。

 誰もが訝しげにレンのことを見つめている。

 その視線にレンも居た堪れなくなった。


 あぁぁぁぁあああ!!

 言うにしても心の準備があるのに!

 メイに悪気はないんだろうけど、もう少し考えてくれよ。

 どうしよう。

 なんて言おうかな……

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