第76話 冒険者10

 レンたちが[転移テレポート]した場所はしくも兵士の目の前であった。

 アンジェも既に冒険者ギルドに戻っており、突如現れたレンとメイに二人は目を丸くする。

 レン――正確にはメイ――が[転移テレポート]を使えることを知らなかったアンジェはレンに詰め寄ってきた。

 兵士も何か言いたげに口をパクパクと開閉しているが驚きのあまり声が出ていない。


「レン、今どうやって現れたのよ! 」

『騒ぐな、[転移テレポート]の魔法で移動しただけだ』

「魔法?私も魔法にはそこそこ詳しいけど聞いたことない魔法ね」

『第十等級らしいからな、一般的には知られていないのだろ』


 アンジェは瞳を大きく見開いた。

 それも当然である。この世界において第十等級は伝説や神話の領域の魔法、小さい頃に御伽噺で聞くような類のものだ。

 それを使える人間がすぐ目の前にいるのだから、驚かない方がおかしい。

 アンジェはもう何も言えず唯々呆然と突っ立っていた。


 周囲の冒険者は仲間の情報網で知っているため流石とばかりに頷いている。

 アンジェはこの街に一人で来たばかりで親しい冒険者もいなかった。そのためレンの情報を知ることができなかったのだ。

 また、冒険者ギルドに来ることの少ない兵士には、この手の類の情報は直ぐに届きにくい。

 何故なら冒険者の多くは冒険者ギルドで情報のやり取りをするからだ。

 冒険者にとって情報は自らの命を守る生命線である。

 情報収集を怠れば危険な魔物に突如襲われる恐れもある、迷宮で迷い出られなくなることもある。

 そのため、必然的に冒険者が集まりやすい冒険者ギルドで情報交換はなされていた。

 だが、その多くは儲けにつながらないような情報でしかない。

 大きな儲けに繋がるような情報は時には高値で売買されることもあり、この限りではないのだ。

 これに該当するのは最近見つかった新たな遺跡などである。



 兵士はレンとアンジェの会話を聞いてカウンターに駆け寄った。

 受付嬢を捕まえレンのことを訪ねている。

 本人が目の前にいるのだから直接聞いた方が早いはずなのに兵士が態々受付嬢を選んだ理由、それは単にレンのことを貴族ではないかと疑っていたからだ。

 直接聞いたのでは怒りを買って後で何があるか分からない、そのためこっそり受付嬢から情報を聞き出そうとしていた。

 尤も声が大きためレンにも断片的に会話が聞こえていた。


「あの……竜王国……冒険者です」

「国…使える……、やはり貴族……か?」

「いえ…平民と……ました」

「あの格好…平民……?」


 レンはその内容に耳を研ぎ澄ます。


 俺の説明の手間が省けるな。

 有り難い事だ。


 アンジェもその内容を耳にしてレンに詰め寄った。


「あなた竜王国に使える冒険者なの?それに平民だったのね」

『そう言えば言ってなかったな。それにしてもアンジェにまで貴族だと思われていたのか、よく物怖じせず話しかけていたな』

「私も貴族だからね。跡目を継げない貴族の中には冒険者になる人もいるし珍しくないわよ」

『そうなのか?貴族には見えないな。何と言うか――貴族は平民を見下すものだろ?武器屋では店主と普通に会話をしていなかったか?』

「確かに多くの貴族は選民意識が強くて平民を見下す傾向にあるわ。でも、貴族の誰もがそうだとは思わないでちょうだい。それに貴族も家を出れば平民と変わらないわよ」

『確かに決め付けるのはよくないな。発言を撤回しよう、すまなかった』

「分かってくれたらそれでいいのよ」


 レンとアンジェの会話に割り込むように兵士が入ってきた。

 受付嬢との話は済んだようでレンに尊敬の眼差しを向けている。

 伝説の魔法を使う上に人並み外れた強さを持ち合わせている。

 それは兵士が昔読んだ英雄譚そのものであった。しかも、それが平民なのだから憧れないわけがない。


「レンさんお話中申し訳ありませんが、そろそろお時間です。一緒に移動していただきます」

『この子も一緒だが問題はないな?』


 レンが見下ろした視線の先にはメイがいた。

 干し肉をはむはむ頬張って美味しそうに食べている。

 兵士は眉を顰めて言葉がでない。駄目だと言わなければ、そう分かっていても目の前の英雄の言葉を否定できずにいた。

 兵士の煮え切らない態度を見かねたアンジェが、やれやれと頭を振っている。


「駄目に決まってるでしょ。遊びじゃないのよ。危険な場所に子供を連れて行くなんて正気とは思えないわ」

『メイはこれでも強い子だ。それに私が責任を持って守るから問題はない』

「メイお手伝いできるの!」


 アンジェが呆れていると、メイは瞳を輝かせながら「大丈夫なの!」と言い切る。


『メイもこう言っている。邪魔になるようなことはさせない』

「仕方ありません。時間も差し迫っていますし取り敢えず南門まで移動しましょう」


 兵士は依頼を受けた冒険者を引き連れギルドを後にした。

 元々、初心者向けの依頼が多いためDランク以上の冒険者の数は少なく、兵士に付き従う冒険者は十人に満たなかった。


「思ったより数が少ないわね」


 アンジェが隣を歩くレンに話しかける。

 メイを連れて行くことに納得していないアンジェは不機嫌そうに表情を曇らせていた。


『この街の冒険者は初心者が多いと聞いた。Dランク以上の冒険者は滅多に来ないのではないか?』

「近くで新たな遺跡が見つかったから、ランクの高い冒険者はそれなりに居るわよ」

『それこそ遺跡目当ての冒険者はそっちに行くだろ。遺跡の宝は早い者勝ち何だ、ギルドの依頼に構っている暇などないのではないか?』

「そう言われればそうね。ところで一つ聞いていいかしら?」

『何だ?』

「その槍は何処から持ってきたの?」

『……メイの贈り物で屋敷から持ってきた』

「さっきの魔法で移動したのね。武器を買いに行く必要なかったじゃない」

『ほ、掘り出し物があるかもしれないからな』

「少しでも良い武器を手に入れたいのは分かるけど、レンが持ってる槍って見るからに普通じゃないわよね。それより凄い武器なんか滅多に見つからないんじゃない?」

『そうだろうな』


 何せ神器だからな。

 これより凄い武器がぽんぽん出てきてたまるか。


「メイ頑張ったの!」


 二人の話を聞いていたメイが自慢げに胸を張った。


「頑張った?」

『ああ、その、選ぶのを頑張ったんだ』

「ふ~ん、贈り物って言ってたわね。メイちゃんとはどういう関係なの?」

「メイはレン様と結婚するの」

『まぁ、何と言うかそのだな……』

「婚約者か、貴族やお金持ちの豪商なら年に関係なく婚約とかあるものね」

『そうなのか?』

「レンもメイちゃんと婚約してるんでしょ、知らないの?」

『そういう事には疎いものでな』

「知らないのによく婚約したわね。貴族の女性は生まれて直ぐに婚約させられるときもあるのよ。顔も知らない相手と結婚させられるのなんて当たり前、相手なんか選べないわ。国の有力者との繋がりを作る道具でしかないのよ」


 アンジェの言葉はレンには衝撃的だった。

 無理やり結婚させられるなど想像もできないことである。

 昔の日本ではそれも当たり前だったらしいが、現代の日本では考えられない。

 アンジェは昔を思い出す様に遠くを見つめていた。

 レンはちらちらとアンジェの様子を窺う。もしかしてアンジェは結婚が嫌で冒険者をしているのだろうか、そんな考えがレンの頭を過ぎった。


『アンジェも誰かと婚約していたのか?』

「いいえ。私の家は子供が少なくて年の離れた兄と私の二人しか子供がいないの。だから親が私を溺愛して手放さなかったのよ」

『では何故冒険者をしている。両親が心配しているだろ?』

「もう亡くなったわ。それで兄が家督を継いだのだけど、兄が結婚話しを持ってきてね」

『それで逃げてきたのか?』

「いいえ、殴り飛ばしてやったわ」


 えぇ……

 なにそれ怖い。

 肉体言語ってやつですか?


『そ、それで家に居づらくなったのか?』

「違うわよ」

『意味が分からん。単に冒険者をしたかっただけなのか?』

「それもあるけど大きな要因としては、私が家督を継がされそうになったからかな」

『兄が亡くなったのか?』

「ちょっと違うわね。兄が竜王国で失礼なことをしたらしいの。それで国王陛下の怒りを買って兄は家督を剥奪されたのよ」

『失礼なこと?』

「詳しく分からないけど、竜王国の偉い人を怒らせたみたい。何でも連れのメイドに怪我をさせたとか」


 レンは身に覚えがある話にあの日の出来事を思い出していた。


 あれ……

 もしかしてマリーに怪我をさせたのがアンジェの兄なのか?

 確かリストル家とか言ってたな。


 レンはアンジェに視線を移して[鑑定アプレイズ]で名前を再確認した。

 そして、アンジェリカ・グレッツ・デ・リストルの名前を見て項垂れる。


 まじかぁ……

 あの時の馬鹿貴族はアンジェの兄だったのか。

 兄妹なのに随分と容姿や考え方が違うな。

 言われなければ兄妹だと分からないぞ。

 謝った方が良いだろうな。


『アンジェ、今の話を聞いて思い出したのだが、私もその場に居合わせていたのだ』

「ふ~ん、そうなの?」


 驚くと思っていたアンジェの反応はそっけない。

 まるで他人事のように聞いている。

 反応の薄さにレンも少し拍子抜けしていた。


『随分と反応が薄いな。私の対応次第でお前の兄は家督を失わずに済んだのかも知れないのだぞ?』

「でも兄が悪いんでしょ?毎日使用人や領民を見下していたから自業自得よ。領民も救われたし丁度良かったわ」

『しかし、お前はそのせいで家を出たんだろ?抑、お前の家は大丈夫なのか?』

「叔父様が家督を継いだから問題ないわ。叔父様には優秀な子供も沢山いるし、リストル家のためにも私が家を出た方がよかったのよ。それに私は冒険者になってみたかったし、餞別せんべつに家宝の剣と鎧を貰えたから文句はないわね」

『そうか、なら良いのだ』

「そんなに心配してくれるなんて、レンは優しいのね」


 レンは小さく首を振った。その動きは僅かなもので気付いた者は誰もいない。


 優しい?

 違う、俺は自分の行動が正しいのか分からないだけだ。

 アンジェだって貴族として幸せに暮らしていたかもしれないのに……


 レンが思い悩んでいる間に南門に到着していた。

 百人近い兵士が門の外で隊列を作り冒険者の到着を待っている。


「部隊長、冒険者の方々をお連れしました」

「ご苦労だった。では森に向けて出発しよう」


 部隊長と呼ばれた男はレンをまじまじと見つめる。

 そして首から下げている認識票を見て怪訝そうに顔を歪めた。


「おい、Gランクの冒険者が混ざっているがどういう事だ?」

「実力は確認しました。その強さは我々では足元にも及びません」

「馬鹿みたいな鎧を着ているが実力はあるのか……まぁいいだろう」

「それと、あの子供も同行させてよろしいでしょうか?」


 案内をした兵士がメイに視線を移す。

 部隊長がお前は馬鹿かと言わんばかりに呆れていた。


「いい訳ないだろ!何を言っている!」

『そんなに興奮するな。私が責任を持って守るから問題はない、この子は連れて行く』


 レンが口を挟むと部隊長はキッと鋭く睨みつけた。


「その格好は何処ぞの貴族か?子供を連れて行くなど論外だ!」

『またか……私は平民なのだがな』

「馬鹿みたいな格好をしている平民の言葉など信じられるか!何が責任を持って守るから子供を連れて行くだ!笑わせるな!誰がお前のような頭のおかしい奴の手を借りるか!さっさと消え失せろ!」

『やれやれ……仕方ない実力を見せてやる』


 レンは肩に担いでいた槍を両手で持って身構えた。


 あの剣幕だと半端な実力じゃ納得しないだろうな……

 取り敢えず身体強化五百倍なら大丈夫だろ。


『はぁ!』


 レンは誰もいない方向に向き直る、構えた槍を高々と振り翳し掛け声と共に地面へと叩きつけた。

 その衝撃は凄まじく、ドゴン!と爆発音が鳴り響くと同時に嵐のような衝撃波が襲いかかる。

 様子を見守っていた冒険者や兵士が衝撃波に飲み込まれて後方に吹き飛ばされていくのが感じられた。

 レンの周囲は大地が大きく抉れ、縦に亀裂が入っていた。

 余りの威力の大きさにレンは慌てて振り返る。

 遠くでのそのそと起き上がる冒険者や兵士を見て一先ず胸を撫で下ろした。


 今のはやばかった。

 みんな無事みたいだけど今度から気を付けないと。

 メイは大丈夫かな。


 メイは吹き飛ばされることなく同じ場所に立っていた。

 それほど心配していなかったレンだがメイの顔を見て動揺する。


 泣いてる!?

 嘘だろ!

 まさか怪我でもしたのか?

 やばいやばいやばいやばいやばい……

 メイは大切な配下だろ!

 なにやってんだ俺は!

 くそがぁああ!!

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