第75話 冒険者9

 レンは冒険者ギルドに戻り兵士の前で足を止めた。


『彼女の審査で合格した。私も依頼を受けるが構わないな?』

「も、勿論だ」


 兵士が顔を引き攣らせながら答える。

 カウンターに視線を移せば受付嬢が苦笑いを浮かべていた。

 受付嬢はレンが国お抱えの冒険者になれたのは[転移テレポート]のお陰だと思っていた。

 そのため、これほど強いとは予想もしていなかったのだ。

 受付嬢はレンの認識を改める、[転移テレポート]だけではない強さも一流であると。

 レンは出発までの時間を確認して兵士に話しかけた。


『まだ、時間はあるな。買い物に行ってくる』

「時間までに必ず戻ってきて欲しい。貴殿の力は是非借りたい」


 兵士は真剣な面持ちでレンを見つめる。

 アンジェの審査を受ける前とは大違いだ。


『分かった』


 レンはそう告げると冒険者ギルドを後にした。

 その後ろをメイがとことこ付いてくる。


「お買い物なの?」

『ああ、武器を買わなくてはな』

「レン様は武器持ってるの」


 メイはレンの腰に差さる黄金の剣を見ている。

 だが、この最凶の武器は世界の寿命を縮める恐れがあり抜くことはできない。

 レンが説明を悩んでいると後ろから声をかけられた。


「武器を買いに行くんでしょ?」


 振り返ればそこにアンジェの姿があった。

 先程の戦闘が原因だろうか、少し辛そうに顔を歪めながらレンの元に駆け寄ってきた。


『辛そうに見えるぞ、休んでいたらどうだ?』

「大丈夫よ。そんなことより武器を買いに行くんでしょ?私も同行していいかしら?」

『別に構わんが何故だ?』

「強いて言えばレンの強さに興味があるからかな。それに、私は武器の目利きには自信があるし連れて行って損はないわよ」

『目利きか……正直、私には武器の良し悪しが分からない。目利きができるなら有り難い』

「決まりね」

「レン様は武器持ってるの!」


 レンとの会話を邪魔されたメイは黄金の剣を指差して不満そうにしている。


『メイ、この剣は大切な剣だから使えないのだ』

「大切なの?」

『そうだ、だから新しい武器を買わなくてはならない』

「大切なのは使えないの。メイ分ったの」

『そうか、メイは賢いな』


 そう言ってレンはメイの頭を撫でてやる。


「時間もないし行きましょ」


 アンジェは先頭を切って歩き出した。

 城塞都市と言うだけあって繁華街には多くの武器屋が並んでいる。

 そのうちの一軒でアンジェは立ち止まった。


「武器を選ぶならここがいいわよ。私はこの街に来て日が浅いけど一通り武器屋は覗いてたの。その中でもここは品揃えと品質が良かったわ」


 レンは武器屋の店構えを見て顔を顰めた。

 どう見ても繁盛しているようには見えない。

 店は掘っ立て小屋のように見窄らしく、武器は雑に置かれていた。

 もっと良い武器屋はここに来るまで幾つもあったのに何故?と首を傾げたくなる。

 店内に入ると店の主が鋭くアンジェを睨みつけていた。


「また冷やかしにきたのか?買わねぇなら来るんじゃねぇ。商売の邪魔だ!」

「そんなこと言っていいの?今日は武器を買いに来たのよ」

「ほう、客なら大歓迎だ。で、何が欲しいんだ?」

「何だろ?」

「はぁ?自分の欲しい武器も分からねぇのか?」

「武器を買うのは私じゃなくて彼なのよ」


 アンジェはレンを指差してニッと店主に笑いかけた。


「何だあの馬鹿みたいな鎧の男は?」


 店主は呆れたように顔を手で覆い項垂れた。

 面と向かって馬鹿と言われてレンも肩を落としてしまう。


 馬鹿みたいな鎧か……

 これからも行く先々で馬鹿にされるんだろうな。


「言われてみれば馬鹿みたいな鎧よね。明らかに装飾品だし、レンは頭がおかしいのかしら?」


 落ち込むレンを気にすることもなくアンジェが追い打ちをかけてきた。

 尤もレンは鎧を着ているため、その表情は窺い知れない。

 気丈に立っているレンは傍から見れば暴言を全く気にしていないように見て取れる。

 レンは泣きたくなる気持ちを抑えながら、努めて平静を装い店主に話しかけた。


『店主、丈夫な武器はあるか?』

「丈夫な武器だと?俺の店の武器が簡単に折れそうに見えるのか?お前のような馬鹿にはこれで十分だ」


 店主は近くにあった手頃な剣をレンに差し出した。

 その酷い言いようにレンも少し頭にくる。

 レンは身体強化千倍を使うと、差し出された剣の強度を確かめるため、剣の両端を持って力を加えた。

 パキン!細い小枝をへし折るように、いとも簡単に剣は二つに折れた。


「何だと!」

「嘘でしょ!」

『随分と脆い剣だな。こんな粗悪品を買わせる気か?』


 驚く二人を尻目にレンは冷静に店主へ話しかけた。


「粗悪品だと!」

『簡単に折れたではないか。私は丈夫な武器が欲しいと言ったはずだが?』

「ちょっと待ってろ!」


 店主は店の奥からひと振りの大剣を担いできた。

 それはレンの身長とほぼ変わらぬ大きさで厚みもある。

 店主は見るからに重そうな大剣をカウンターにドン!と乗せた。

 その重さで木で出来たカウンターがギシギシ軋みを上げる。


「これならどうだ!剣先から柄まで全て鋼鉄で出来ている。切れ味は兎も角、丈夫と言う一点に置いては折り紙付きだ」

「こんな重い剣振れるわけないじゃない。武器として成り立ってないわよ」

「ふん!丈夫なら何でもいいんだろ?若い頃に巫山戯て作った剣だがまさか買い手がつくとはな。全て鋼鉄だから値は張るぞ、ボロ儲けだな。がぁっはっはっはっはっは!」


 高笑いする店主を他所にレンは大剣を軽々と持ち上げた。

 そして、先程の剣と同じように強度を確かめる。

 レンが力を加えた大剣はギギィっと悲鳴を上げ、バキン!といとも簡単に折れてしまった。


『少し期待したんだがな。これも粗悪品か』

「馬鹿な!そんな訳があるか!普通じゃどうやったって折れねぇよ!」

「…………」


 店主は怒鳴り声を上げてレンを睨みつける。

 アンジェはもはや言葉が出なくなっていた。


『だが実際折れただろう?外見で人を判断するな。この鎧を見て私をあなどったお前が悪い』


 店主は言葉が出ないのか「むぅ」っと唸っているだけだ。


『値段はいくらだ』

「何を言ってやがる」

『へし折った剣の代金を支払ってやる』

「馬鹿にするな!そんなものはいらん!」


 店主は顔を真っ赤にしながら怒鳴り声を上げた。


『……そうか、邪魔したな』


 レンはその場を立ち去るため出口に向かって歩き出す。

 すると店を出る直前に店主の声が聞こえてきた。

 その声にレンは思わず立ち止まり耳を傾けた。


「馬鹿にして悪かったな。機会があったらまた寄ってくれ。それまでにお前を納得させるだけの武器を作っておく」


 レンは振り向きもせず、その答えとばかりに片手を上げてその場を立ち去った。

 絶句していたアンジェがその後を慌てて追いかける。



 レンの隣を歩きながらアンジェが言いづらそうに言葉を紡ぎ出す。


「あの……私もごめんね。その、馬鹿にして……」

『もう気にしていない』

「もう、ってことはやっぱり気にしてたんだね」


 アンジェは申し訳なさそうに俯いていた。


『私の格好にも問題がある。そんなに暗い顔をするな』

「でも武器を見つけてないし……」

『そうだな、アンジェは先にギルドに戻ってくれ。私とメイは寄る所がある』

「え?それは私がいたら迷惑なの?」

『迷惑というわけではないが二人だけで込み入った話がある』

「そう、分かったわ。時間までには戻ってきなさいよ」


 アンジェは空笑いでレンを見送る。

 レンとメイが路地裏に消えて見えなくなると寂しそうに表情を曇らせていた。



 一方のレンは武器屋でやり過ぎたことを反省していた。

 いくら頭にきたとはいえ店の商品を故意に壊したのはどう考えても不味い。

 日本なら警察沙汰になっているところだ。

 しかも、その代金を弁償していないのだからタチが悪い。

 店主が代金は必要ないと言ったが、それは冷静さを欠いてのことである。

 冷静であれば代金は受け取っていたかもしれないのだ。

 レンは小さく溜息を漏らす。


 やっぱり多少強引でも代金は支払うべきだよな。

 でも、今更店に戻るのもバツが悪いし、俺は何をやってるんだろ……

 時間もないし取り敢えず反省は後にしよう。

 今は他にやるべき事がある。


 レンは周囲に誰もいないことを確認すると後ろを歩くメイに振り返った。


『メイ、武器が欲しいのだが作ることはできるか?』

「氷の武器は作れるの」


 作れるのかよ。

 武器屋に行く前にメイに頼めば良かった。

 でも氷か、そう言えばメイは氷竜アイスドラゴンだったな。

 熱で溶けそうだけど、試しに作らせて見るのも悪くないか。

 後は武器の種類をどうするかだけど……

 俺は初心者だから魔物に近づくのは控えた方が良いだろうな。

 少しでも間合いの長い武器か……

 飛び道具は当てるのが難しそうだから、ここは槍にしてみるか。


『では槍を作ってくれないか?なるべく丈夫な物がいいな』

「メイ頑張るの」


 メイは両手を前に翳して意識を集中した。

 すると小さな氷の塊が現れ、それが徐々に大きくなって槍の形を形成する。

 その槍を更に冷気が纏い、ざらざらした表面が美しく加工されていった。

 メイは出来上がった槍を手に取り出来栄えを確かめるようにまじまじと見つめる。

 槍の出来に納得したのか、メイは小さく頷くとレンに槍を手渡した。

 そして、「ふぅ」と息を漏らしてその場に座り込んでしまった。


 レンは受け取った槍を見て感嘆の声を上げる。


『綺麗だ』


 槍は氷で出来ているためか、透き通るような水色をしていた。

 氷で出来ているにも関わらず持ち手の部分は滑ることもない。

 それどころか、レンの手に吸い付くように離れない。

 槍の長さはレンの背丈と同程度で長い刃が一本ついている。

 突くことに特化した西洋槍ではなく、切ることもできる和槍である。

 柄の部分から冷気は感じられないが、刃の部分は冷気が漂うように白い煙が上がっていた。

 透明なため見づらいが、よく見れば柄の部分には細やかな彫刻が掘られている。

 レンが暫く槍に見惚れていると突如文字が浮かび上がる。

 [鑑定アプレイズ]の機能が反応したのだ。


 うお!

 [鑑定アプレイズ]ってステータス以外も見れるのか。


 レンは槍に浮かび上がった文字を見て固まる。


 竜槍・氷ドラゴンランス・アイシクル

 氷竜アイスドラゴンのメイが竜王のために作った神器

 竜王専用

 破壊不能

 凍結効果


 神器?

 破壊不能ってのはアテナが言っていた不壊のことだよな。

 凍結効果?凍らせることができるのか?


 レンは傍で座り込んでいるメイに視線を移す。


『メイ、この槍の効果にある凍結効果とは何だ?』

「切ると凍るの」


 予想通りの答えにレンは頷いた。


 凍るのか。

 予想通りの答えだけど少し目立つ効果だな。

 切った魔物が凍ったら絶対に注目を集めるだろ。


『効果は常に発動しているのか?』

「ん~、レン様が凍って欲しくないのは凍らないの」

『つまり私の意識次第で切ったものを自由に凍らせることができるのか』


 レンが凍結効果を消したいと思っていると、それに呼応したように刃から放たれていた冷気が消失した。


 なるほど、こういう事か。

 これなら問題なさそうだ。

 氷の槍は目立つが武器がなくては話にならない。

 それに、黄金の鎧を身に着けている時点で今更だしな。

 当面、この槍を使わせてもらうとするか。


『よし、ギルドに戻るぞ』

「メイお腹が空いたの」


 力を使ったせいだろうか、メイのお腹がぎゅるぎゅる鳴っていた。


『少し待っていろ』


 レンはメイの後ろに回り込み、リュックからおやつの干し肉を数切れ取り出した。

 それをメイに手渡すと口いっぱいに頬張って満面の笑みを見せた。

 取り出した干し肉はあっという間になくなってしまう。

 手に持っていた干し肉がなくなるとメイは途端に暗くなる。


「もう少し食べたいの……」

『時間がないから走りながらになるぞ?』

「メイ走りながら食べられるの!」

『走りながら食べるのは教育上良くないのだが、今回ばかりは仕方ないか』


 レンはリュックから干し肉を数切れ取り出してメイに手渡す。


『今度こそギルドに戻るぞ』


 そこでレンは『あ!』と声を上げた。

 メイは不思議そうにその様子を見上げている。


 別に走って戻らなくても[転移テレポート]があるじゃないか。

 急ぐ必要が全くなかった。

 俺が[転移テレポート]を使えると思われてるみたいだし、メイには[転移テレポート]を使うときに小声で魔法を唱えてもらおう。

 メイが[転移テレポート]を使えると知られたら、攫われたり嫌な思いをするかもしれない。

 俺が使えると思わせておいた方が良いはずだ。


『メイ、今度から[転移テレポート]を使うときは誰にも聞こえないように小声で魔法を唱えてくれ』

「分ったの」

『では練習だ。冒険者ギルドまで[転移テレポート]で移動してくれ』

「はいなの」


 メイは声を潜ませて魔法を発動させた。

 一瞬にして冒険者ギルドの中にレンとメイは移動する。

 魔法を唱える声が聞こえなかったことからレンもこれならばと胸を撫で下ろした。

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