第74話 冒険者8

 レンが冒険者ギルドを立ち去ろうとすると数人の冒険者に呼び止められた。

 話しかけるタイミングを見計らっていたのだろう、それをきっかけにレンの周りを冒険者が取り囲む。

 話す内容はどれもみな同じであった。

 自分のチームに入ってくれ、もしくはチームに入れてくれ、そんな話ばかりである。

 当然断るがしつこく食らいつく者もいる。

 レンはげんなりしながら溜息を漏らす。


 何なんだいきなり。

 言葉使いも昨日と違ってるし気味悪いわ。

 お前ら昨日の朝は金ピカ野郎って呼んでただろ、何で今日はさんづけなんだよ。

 大体俺は夕食の時間に城に帰らないといけないんだぞ。

 他の冒険者と組める訳ないだろ。


 レンが誘いを断っていると一人の兵士が冒険者ギルドに入ってきた。

 兵士は受付に向かい何やら話すと冒険者に向かって声を上げる。


『我々街に駐屯する兵士は、これより魔物の探索のため森の奥へと入る。だが我々は森での戦いに不慣れだ、そこで冒険者諸君の力を借りたい。依頼内容は我々と森の奥を探索すること、凶悪な魔物を発見した場合はこれの討伐である。夜の行動は危険なため活動時間は日暮れ前まで。報酬は一人銀貨2枚、凶悪な魔物を討伐した者には金貨5枚を頭割りで支払う。これは危険な依頼のためDランク以上の冒険者に限定させてもらう。一時間後には森に入るため、希望者はそれまでに名乗り出てくれ』


 即座に数人の冒険者が兵士の元へ歩み寄った。

 兵士は認識票を一瞥しただけで詳しく確認をしたりはしない。

 見れば兵士の元に歩み寄った冒険者の認識票はゴールド白金プラチナで光り輝いていた。

 どうやら認識票に使われている金属でランクを確認しているようだ。


 そんな中でレンと同じく鉄の認識票を下げた女性が兵士の元へと近づいていた。

 女性は金髪碧眼で少女と言ってもおかしくない容姿をしている。

 動きやすい軽装で他の冒険者と比べても身に着けている防具が少ない。

 長い髪を後ろで束ね邪魔にならないように衣服の中に入れていた。

 腰には美しい鞘を差し、その先から見える剣の柄には装飾が施されている。

 胸当は青白い光を放ち特殊な金属であることが窺い知れた。

 束ねた金髪を僅かになびかせながら女性は兵士の前で立ち止まる。


「ねぇ?実力があれば参加してもいいのかしら?」


 兵士は女性が首から下げている認識票を目にして怪訝な顔をした。


「Gランクの冒険者では無理だ」

「でも実力ならこの中でも随一よ。誰にも負けない自信があるわ」


 その言葉に白金プラチナの認識票を下げた冒険者が鼻で笑う。


「嬢ちゃんよ。ままごとじゃないんだ諦めな」

「ままごとですって?そうね、あなたを倒すのはままごとよりも簡単そうね」


 見る間に男の顔が真っ赤に染まる。

 表情は笑っているが目が笑っていない、額には青筋も浮かび怒り心頭といった面持ちだ。


「おいおい嬢ちゃん、口の利き方に気をつけな。可愛い顔が台無しになるぜ」

「あなたは台無しになる顔がなくて良かったわね」


 女性も男を睨み返し一触即発の事態になる。

 兵士は顔を顰めながら二人の間に割って入った。


「いい加減にしないか、揉め事を起こすんじゃない」

「安心しな。ここじゃやらねぇよ。おい小娘!表にでるぞ!」

「ねぇ兵士さん。私があのオークみたいな男を倒したら依頼を受けてもいいわよね?」

「はぁ~、好きにしろ」

「巫山戯るな!俺が負けるわけねぇだろ!二度と見られない顔にしてやる!」


 二人が冒険者ギルドを出て行くと他の冒険者も後を追った。

 女性を心配する者や二人を煽る者、中にはどちらが勝つか賭けをする者までいた。

 気付けば冒険者ギルドの前では男と女性が対峙して、その周囲を大勢の冒険者が取り囲んでいた。

 レンもその中に混ざり二人の様子を観察する。


 あの女性大丈夫なのか?

 男の方が体格もいいし力もありそうだ。

 勝ち目があるとは思えないけどな。


 レンがじっと女性を観察しているとステータスが浮かび上がった。


 おっ!そう言えばステータスが見れるんだった。

 後で冒険者のステータスを確認しようと思ってすっかり忘れてたよ。

 いい機会だ、実際に戦うところも見られるし、これで冒険者の実力を測れる。


 レンは女性のステータスに視線を移す。


 アンジェリカ・グレッツ・デ・リストル

 ランクG

 種族 人間

 職業 剣士

 筋力 3140

 体力 2375

 魔力 1090

 抗魔 1270

 敏捷 4693

 耐性 2267


 女性のステータスを見てレンは首を傾げた。


 これ強いのか?

 全く分からん。

 ステータス百万以上のメイに比べたら話にならないくらい弱いな。

 まぁGランクだし、こんなものか。


 次にレンは男のステータスを確認した。


 おっ!筋力と体力が四千ある。

 敏捷も三千近いし、このままだと女性の方が負けるぞ。

 誰も止める気配がないしどうしよう……


 レンが迷っている間に双方準備が出来たのか無常にも戦いは始まった。

 二人とも剣と鞘をしっかり紐でくくりつけ、剣が鞘から抜けないようにしている。


「覚悟しろよ小娘!」


 男は叫び声と共に突撃する。

 見た目の巨体とは裏腹に一瞬にして間合いを詰めると剣で殴りかかった。

 風を切る轟音と共に女性のすぐ目の前を鞘が通り過ぎる。

 女性は僅かに後ろに下がり、その一撃をギリギリで躱すと自分の持つ剣で男の手を殴りつけた。

 それは「ガン!」という音と共に手の甲を見事に捉える。

 男の手は籠手で守られていたが、その上からでも十分効果はあった。

 小さく呻き声を上げて即座に後ずさる。


「どう?止めるなら今のうちよ」

「なるほど、言うだけあるじゃねぇか。じゃ俺も本気を出させてもらうぜ!」


 男は息を整えて身構える、そして。


「〈豪腕〉」


 男は先程と同じように間合いを詰めて剣で殴りかかった。

 だが、その剣速は先程と明らかに違う、風を切る音も先程と異なり鋭く短くなっている。

 凄まじい殴打が幾重にも女性に襲いかかった。

 振り下ろした剣が今度は同じ速度で切り上げられる。

 剣を物凄い勢いで振り回しているだけだが、その一撃一撃が見るからに重い。

 女性は剣を受け流すだけで精一杯になっていた。

 その余りの剣圧に耐えかねたのか、女性が後ろに大きく飛び退いた。

 女性が逃げたことに男はほくそ笑む。

 勝利を確信した男は後を追うように間合いを詰めると、その剣を大きく振りかざした。


「もらった!」


 叫び声と共に剣が振り下ろされる。

 だが、女性は冷静に落ち着き払っていた。

 冷静に距離を測り迫りくる剣をものともせずに紙一重で躱している。

 男はイラついた様に何度も剣を叩きつけた。

 しかし、全く当たらない。

 いつの間にか女性は剣で受け流すこともせずに全ての攻撃を躱していた。

 その華麗な体捌きに周囲の冒険者から感嘆の溜息が漏れる。

 そして、女性から無情な言葉が告げられた。


「あなたの間合いは見切ったし、速さにはもう慣れたわ。残念だけど、どんなに威力が高い一撃でも当たらなければ意味はないのよ」

「それはお前も同じだろ!逃げてばかりで勝てると思っているのか!」

「そうね、ちょっとだけ私の実力を見せてあげる」


 女性はそう言うと剣を構えた。


「〈加速〉〈瞬動〉」


 次の瞬間、女性は霞むような速さで移動する。

 常人の動体視力では追えない程の速度で男の背後に回り込んだ。

 急激な動きの変化に男は為す術がない、女性はその勢いのまま剣の鞘を男の後頭部に叩きつける。

 速度の乗った一撃は男の兜を僅かに歪ませ、同時に意識を刈り取った。

 何が起きたのか理解もできずに男は「ズドン!」と前のめりに倒れて動かなくなってしまった。


 周囲の冒険者も何が起きたのか理解できずに呆然としている。

 我に返った数人の冒険者が倒れた男の傍に駆け寄り胸を撫で下ろしていた。

 恐らく男の仲間であろう、女性を一瞥すると何も言わずに男を抱えてその場を離れていった。


 女性が先程までの戦いが嘘のように笑みを見せると、周囲の冒険者が女性を褒め称える。

 割れんばかりの喝采を浴びる女性を見て、レンは先程の動きを思い出していた。


 あれがスキルなのか?

 身体強化十倍でも動きが霞んで見えた。

 ステータスは男の方が明らかに上だったのに……

 そう言えばクレーズがステータスは目安でしかないって言ってたな。

 戦闘経験や魔法、スキルで強さは大幅に変わる、だったか。

 俺もスキルを覚えられるだろうか……

 Gランクでも実力を示せば依頼が受けられるなら丁度いい。

 魔物にも興味があるし、実戦経験を積むためにも受けてみようじゃないか。


 窓越しに戦いを見ていたのだろう。女性が兵士の元に戻ると兵士は「合格だ」と一言告げた。

 女性は満面の笑みで「ふふん」と胸を張っている。

 レンは兵士の元に歩み寄ると自らの認識票を見せるように手に持った。


『実力を示せばGランクでも依頼を受けられるのだろ?私の実力を測ってくれ』


 だが、兵士は面倒くさそうに手を振るばかりで相手にしてくれない。


 ですよねぇ。

 馬鹿みたいな格好してますもんねぇ。

 関わり合いたくないないですよねぇ。


 レンが内心落ち込んでいると先程の女性が声をかけてきた。


「いいじゃない。私が実力を見てあげるわ。それなら文句ないでしょ?」


 女性は兵士に笑みを見せる。

 先程の戦いで女性の強さは折り紙付きだ。

 そのことから、ド派手な鎧を着た馬鹿男が勝つとは微塵も思っていなかったのだろう。

 兵士はそれならばと女性に全てを委ねた。


「私の名前はアンジェリカ、呼ぶときはアンジェでいいわよ。あなたの名前は?」

『レンだ。この子はメイ』

「よろしくねレン、それにメイちゃん。手加減はするけど審査は厳しくいくわよ。実力がない冒険者に危険なことはさせられないからね」

『それでいい、よろしく頼む』

「それじゃ表に出ましょ」


 二人の後を他の冒険者がさも当然のように追いかける。

 何しろ一人は凄腕の女剣士、もう一人は国お抱えの冒険者だ。

 気にならないわけがない。

 冒険者のみならず、受付嬢も戦いを観戦するため窓の外を眺めている。

 二人は通りに出て互いに向かい合うとアンジェが先に構えた。


「どうしたの?剣を持ちなさいよ」

『いや、必要ない』

「どういうこと?私の実力を見てなかったの?」

『見ていたとも。だが、この剣は飾りで実際に使うことができない。申し訳ないがこちらは剣なしで戦うことにする』


 レンが携える黄金の剣を目にしてアンジェは顔を手で覆っていた。


「はぁ~、なるほど、見るからに装飾用の剣ね。レンは依頼を受ける気がないの?巫山戯ているなら審査はしてあげないわよ」

『巫山戯ているつもりは全くない。私はいたって真面目だ』


 巫山戯ていると思われてレンは心底悲しくなる。


 俺はいたって真面目なのに……

 ニュクスの作った剣だし、鞘でも何が起こるか分からないんだよ。

 怖くて振れるわけがないじゃないか。

 後で普通の武器を手に入れないと駄目だな。

 メイは武器とか作れないのかな?


 レンが悶々と思い悩んでいるとアンジェが諦めたように口を開いた。


「もういいわ。時間も勿体無いし始めましょう。かかってきなさい、あなたの実力を見てあげるから」

『ではいくぞ!』


 言葉と同時にレンは突進する。

 タックルを仕掛けるようにアンジェに体当たりを試みた。

 だが、当たり前というべきか、それは難なく躱される。

 そして止まったところを、いとも簡単に狙い撃ちにされた。

 鎧で守られているため怪我をすることはないが、僅かな時間に滅多打ち状態である。


「どう?やめる気になった?今のあなたじゃ依頼を受けるのは無理よ」

『いや、まだまだこれからだ』


 身体強化十倍で手も足も出ないのか。

 このままだと審査に落ちるな。

 仕方ない、身体強化三十倍ならどうだ。


 レンは上空に跳ね上がらないように地面を後方に強く蹴った。

 地面をえぐると同時にレンの体が地を這うように加速する。

 霞んだレンの姿は今度は円を描くように側面から背後に回り込んだ。

 「ボッ!」という風切り音と共にアンジェの背後を取るが即座にアンジェも反応していた。

 肩を押さえ込もうとしたレンの両手をアンジェは間一髪で転がるように回避する。

 周囲の冒険者はレンの動きにみな一様に目を見張っていた。


「嘘でしょ!あんな重そうな鎧でなんて速度なの。しかも、機敏に背後に回り込むなんて信じられない……」

『もう少し上げないと駄目か』


 その言葉にアンジェはスキルを発動させた。

 本気を出さなければ負けると直感で感じ取ったのかもしれない。


「〈加速〉〈瞬動〉」


 レンはアンジェがスキルを使ったことに警戒心を高めた。


 さっきの速度が増加するスキルか。

 なら今度は身体強化六十倍だ。


 二人の姿が霞むように移動する。

 またもレンはアンジェの背後に回り込んだ。

 動体視力も増しているためアンジェの動きは見えている。

 肩に手を伸ばし捕まえたと思った瞬間、レンの手は空を切っていた。

 アンジェは特殊な移動スキル〈瞬動〉により、瞬間的に加速して難を逃れた。

 継続は出来ないが一瞬に出せる速度は計り知れない。

 アンジェは発動時間の短い〈瞬動〉を更に短時間に細かく使い分けて霞むように移動していたのだ。

 一旦距離をとったアンジェが驚愕の表情を浮かべる。


「信じられない。あなた何者よ、全身鎧フルプレートを身に纏ってこの動きについてくるなんて異常としか言い様がないわ」

『そう言われても困ってしまうな』

「まぁいいわ、とっておきを見せてあげる。体に負担がかかるから本当は使いたくないけど、勝つためには仕方ないわね」

『これは審査だろ?もう合格で良いと思うのだが』

「嫌よ!ここで止めたら負けたみたいで悔しいじゃない!」


 どうしよう……

 凄い負けず嫌いな子だ。

 もし、負けて審査を落ちても困るしなぁ。

 アンジェはとっておきと言ってるから、念のため身体強化二百倍を使っておこう。


「行くわよ!〈加速〉〈瞬動〉〈敏捷倍加〉」


 その掛け声と共にアンジェはスキルを発動させて地面を蹴った。

 アンジェの動きに合わせるようにレンも同時に動き出す。

 二人の姿はもはや取り巻きの冒険者には欠片も見えない。

 いや、レンの鎧が太陽の光を反射してチカチカと瞬間的に見え隠れしていた。

 速度ではレンの方が遥かに優っている、それでも傍から見ればレンの姿しか見て取れないのは、アンジェが〈瞬動〉で細かに緩急をつけているためだ。

 独特なリズムと歩法で姿を見えづらくしているため、周囲の冒険者には風切り音しか聞こえない。


 それでも身体強化二百倍のレンは動体視力も二百倍になっている。

 そのためアンジェの姿も難なく捉えることができていた。

 レンはアンジェの動きに先回りするように背後を取る。

 しかし、それを狙っていたかのようにアンジェが振り向き様に剣を振っていた。

 レンが何度も背後に回り込んでいたため、その動きを読まれたのだ。

 剣の鞘が直撃すると思われた瞬間、レンはそれを片手で軽々と受け止めた。

 剣を押さえ込まれたアンジェは大きく肩で息をして辛そうに声を上げる。


「信じられない。あなた化物ね、どうやったらそこまで早く動けるの?」

『た、鍛錬かな?』

「私が聞いてるのにどうして疑問形で返すのよ。ああ、もうショックだわ。まさか速度で私が負けるなんて」

『ところで、審査は合格で良いのだろうな』

「当たり前でしょ。今更何言ってるのよ」


 レンは倒れているアンジェに手を差し出す。

 「私の完敗よ」そう告げるとアンジェは苦笑いをしながらレンの手を受け取った。

 二人が冒険者ギルドの中に入るとメイも直ぐに後を追う。



 周囲を取り囲んでいた冒険者は未だ戦闘の余韻に浸っていた。

 はっきりと戦いが見えたわけではない。

 しかし、冒険者をしている彼らには先程の動きがどれだけ凄いのかは理解できていた。

 初めて見る人間離れした動きに誰もが心奪われる。


「あれが国お抱えの冒険者か、強さの桁がまるで違う」

「女の方は動きが全く見えなかった」

「しかも、あれで二人ともGランクだぜ?」

「Sランクまでなら直ぐに上がるだろうな」

「あの強さで伝説の魔法まで使えるのか、反則だろ……」

「俺たちとは住む世界が違うって感じだな」


 冒険者たちは一頻ひとしきり話し終えると感嘆の溜息を漏らす。

 そして、この戦闘が更にレンの名声を高めることになるのであった。

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