第73話 冒険者7

 翌朝、レンは部屋を出る前にチェストの中から登山用のリュックを取り出した。

 メイの弁当とおやつを入れるためのものだ。

 水筒も入っているため水を補充すれば飲み水にも困らない。

 レンがリュックの中から水筒以外の物を取り出していると、レンを呼びに来ていたニュクスが不思議そうに口を開いた。


「レン様、それは何をしているのでしょうか?」

『メイの弁当を入れるのに丁度良いと思ってな。メイに与えようと思っている』

「それはレン様の貴重な私物ではありませんか!そのような貴重品をメイに下賜するなどお考え直しください!」


 アテナが信じられないと驚愕の表情を見せた。

 実際は大学登山部の備品でレンの私物ではない。

 だが、説明しても理解は得られないだろうとレンは説明を放棄した。


 俺の私物じゃないんだよな。

 しかも、汚れて傷も多いし貴重な物には見えないんだが……

 与えるのが駄目なら、アテナにリュックと水筒を作ってもらうか。

 やり過ぎないように言えば問題ないだろ。


『ではアテナよ、このリュックサックと水筒を作ってもらえるか。メイが身に着けることを考慮し、これよりも小さく可愛らしいものにしてくれ』


 そう言うとレンはリュックと水筒をアテナの前に差し出した。


「この背負袋はリュックサックと仰るのですか?それにこの筒はなんでしょうか?」


 アテナはリュックの中を覗き込んだり、水筒の蓋を外したりと色々調べている。

 ニュクスとヘスティアもレンの私物に興味津々と覗き込んでいた。


『その筒は水を入れるためのものだ。そうだな、この部屋に置かれている水差しに蓋を付けた物、と言ったら分かりやすいか』

「なるほど、蓋付きの水差しでございますね」

『うむ、それを作って欲しいのだが――くれぐれもやり過ぎないようにな。落としても壊れない強度があればそれでよい』

「畏まりました。それでしたら直ぐにご用意できます」


 アテナがリュックと水筒を見ながら手を翳すと、それより一回り小さいリュックと水筒が瞬時に現れた。

 それは、無骨な登山部の備品とは違い、透き通る様な薄い空色をした可愛らしい物だった。


『これならメイにぴったりだな。流石アテナだ』

「この程度は造作もございません」


 レンが水筒を手に取ると、ちゃぽんと水の音がした。

 蓋を開けてみれば既に水が入っている。


『水も入れてくれたのか、気が利くな』

「はい、レン様のお部屋にある水差し同様、保冷機能が備わっておりますし、水量が減ると冷たい水が無限に湧き出てきます。ご要望通り不壊属性を付与しておりますので落としても絶対に壊れません」


 レンの頭の中に?が浮かび上がった。


 あれ?おかしいな?

 確かに例として、この部屋の水差しに蓋を付けた物だと言ったよ。

 落としても壊れないようにとも言ったよ。

 でも、水が無限に湧き出て、さらに不壊属性って何だ?

 壊せないってことなのか?

 やり過ぎないように言ったはずなんだけどな……


『アテナ、不壊属性とは何だ?この水筒は壊れなくなったのか?』

「まさか、少し壊れにくくなりましたが破壊はできます」

『そうか、それならばよいのだ』

「リュックサックにも不壊属性を付与しておりますが、あまり手荒に扱うと壊れますのでご注意ください」


 レンはその言葉に安堵した。

 この世界に壊せない物がポンポン出てきても、世界のバランスを崩しかねない。

 何よりそんな物を所持していたら目を付けられる恐れもある。

 それを危惧していたレンは問題がないことに胸を撫で下ろした。


『では、食堂に行くか』

「「「はい」」」


 レンはリュックの中に水筒を入れると、それをアテナに持たせた。

 三人を従えて食堂に入り真っ先にメイの元へ足を進める。

 メイは自分の前で立ち止まるレンに「ん?」と不思議そうに声を上げた。

 注目が集まる中、レンはアテナからリュックを受け取りメイに手渡す。


『メイ、お前にこれを与える』

「くれるの?」


 メイは使い方が分からないのか、リュックを持って首を傾げていた。

 レンはリュックの使い方を教えながらメイに背負わせる。

 可愛らしいリュックはメイの背中にぴったりと収まり全く違和感がない。


『よく似合っているな。ずれ落ちることもないようだ』

「ありがとうなの」


 似合っていると言われて嬉しかったのか、メイは満面の笑みを浮かべる。


『これはリュックサックと言って荷物を入れる袋だ。これに弁当とおやつを入れるように』

「お弁当におやつなの!」

『マーチ、メイの弁当とおやつは用意してあるな?』

「は、はい、直ぐにお持ちいたします」


 マーチは直ぐに弁当の入ったバスケットを持ってきた。

 一度リュックを降ろしてもらい、バスケットをリュックの中に入れる。

 大きめのバスケットだがリュックの中にすっぽりと収めることができた。

 その上におやつの干し肉と硬化の入った袋を入れた。

 メイは弁当の入ったリュックを大切そうに抱き抱え、愛おしそうに頬ずりをする。


『よし、一先ず食事にしよう』


 レンが上座に座るといつも通り食事が始められた。

 メイもリュックをテーブルの上に置き料理を頬張っている。

 他の上位竜たちが羨ましそうにリュックを見ているのにメイは気付いていない。

 その様子にカオスが小さくため息を漏らす。


「レン様、他の上位竜にも褒美を与えては如何でしょうか?」


 褒美?カオスは何を言ってるんだ?


『どういう事だ?』

「他の上位竜はメイ以上にレン様のお役に立っております。メイにだけ褒美を与えるのは問題があるかと』


 周囲を見ればカオスの言葉に頷いたり、リュックを羨ましそうに見ていたりと、欲しいオーラを漂わせていた。


『他の者もリュックサックが欲しいのか?だが、これはアテナが作ったもので私からの褒美とは違うのではないか?』

「そのリュックサックなる物はレン様がこの世界に来る時に所持していた物。言わばこの国の国宝でございます。それとお揃いの物なのですよ、我々にとってその価値は測りしれません」

『こ、国宝だと?ではカオスたちも欲しいのか?』

「私は既に複製を作り大切に保管しております」


 驚愕の事実、それはニュクス、アテナ、ヘスティアも知らないことであった。

 三人は抜け駆けは許せないとばかりにカオスに集中砲火を浴びせかけた。


「カオス、抜け駆けはずるいわよ!」

「いつの間に複製したのよ!」

「私たちだって持っていないのに、どういう事!」

「以前、レン様のお荷物を運んだ時に複製したのだ」

「私たちの分も作りなさいよ馬鹿オス!」

「ほんと、この馬鹿オスは使えないわね!」

「馬鹿オスは昔から気が利かないのよ!」


 酷い言われようにカオスが助けを求めてレンへと視線を向けていた。

 だが、レンは大浴場での仕返しとばかりに見て見ぬ振りをする。


 馬鹿オスか上手いこと言うもんだな。

 カオスもこれに挫けるんじゃないぞ。

 それと、勝手に俺の所持品を複製したら駄目だから。

 衝撃の発言にちょっとだけ引いたぞ。

 昔ならドン引きしていたかもしれない。

 変な耐性が付きつつあるのかな?

 それにしても汚れたリュックが国宝か。

 この国はどうなるんだろう……


 カオスを見れば未だ三人に罵られ頭を抱えていた。

 それを不憫に思ったレンはカオスに助け舟を出す。


『三人ともリュックサックの複製と所持を認める。カオスを許してやれ』

「本当でございますか?」

『嘘は言わん』


 ニュクスの問いにレンが即答すると三人の機嫌は即座に回復した。


「早速今日から抱き枕に使いましょう」

「レン様の寛大なお心には頭が下がります」

「カオスは偉大なるレン様を見習いなさい」


 抱き枕だと……


 三人から解放されたカオスはほっと一息ついていた。

 そして、レンはニュクスの抱き枕発言を聞かなかったことにする。


『では、アテナよ。上位竜の分も作って渡しておいてくれ』

「畏まりました」


 アテナが一礼するとオーガストたち上位竜が歓喜した。


「レン様、ありがとうございます。我々にもレン様とお揃いの物を下賜していただけるとは、この上ない喜びでございます」


 代表してオーガストが答えると他の上位竜が一斉に深々と頭を下げた。

 レンが何かするわけではない。

 作るのはアテナであって、本来感謝されるべきはアテナである。

 レンは少し申し訳なさそうにアテナに視線を向けた。

 その視線の先では複製が許可されたことにアテナがご機嫌の笑みを浮かべている。


 意味が分からん。

 そんなに汚れたリュックが嬉しいのか?


 レンは配下の思考が理解できず、小さく溜息を漏らしていた。




 食事を終えたレンとメイはコルタカの冒険者ギルドにやってきた。

 レンのことは一晩ですっかり知れ渡っていたのだろう、[転移テレポート]で突然現れたレンに多くの冒険者が羨望の眼差しを向けている。

 昨日散々見られたこともあってレンも慣れたものだ。

 視線を気にすることなく依頼が貼り出されている掲示板へ足を進めた。

 そして、掲示板に貼ってある依頼を見てレンは首を傾げる。


 どういう事だ?

 薬草採取の依頼が一つもない。

 殆どの依頼が行商人の護衛だし、依頼の数も激減している。

 Gランクの依頼が見当たらないぞ。


 レンが頭を抱えていると受付嬢がレンの元へとやってきた。


「レン様、行商人の方から多数依頼が来ているのですが、お話だけでも聞いていただけないでしょうか?」

『行商人からだと?』

「はい、他の街まで魔法で運んで欲しいと依頼が殺到しております」

『なぜ私を頼る?他にも魔法を使える者はいるだろう?』

「え?えっと、確かに冒険者の中には魔術師もいます。ですが、この世界で

転移テレポート]を使える人間は数える程しかいません」

『何だと?』

「私も昨日のことをギルドマスターに報告して調べましたが、[転移テレポート]は第十等級魔法で、今現在使える人間はレン様を含めて数名しか存在しません」


 レンは目を白黒させる。


 [転移テレポート]を使える人間が数える程しかいないだと?

 第十等級は伝説や神話の領域なのは本で調べて知ってるけど、まさか[転移テレポート]もそうだとは……

 小さいメイですら伝説級の魔法を使えるのか。

 そう考えると俺の配下はみんな凄いんだな。

 それにしても困った。まさか、そんな凄い魔法だったとは……

 依頼は断った方がよさそうだ。

 目立つし、何より魔法を使えるのは俺じゃなくメイだからな。


『悪いが[転移テレポート]を使った依頼は全て断る』

「やはりそうですか、[転移テレポート]の魔法は使い方によっては驚異になりますし、国お抱えの冒険者なら国から使用を制限されていてもおかしくありませんものね」

『国お抱えの冒険者?』

「はい、レン様は竜王国お抱えの冒険者ですよね?他の冒険者はその噂で持ちきりですよ」


 国お抱えの冒険者?

 まぁ確かに竜王国出身の冒険者ではある。

 竜王という立場上、国お抱えと言うよりも、国を抱えているな。

 まさか俺の素性がバレたのか?

 いや、まだそうと決まったわけじゃない。

 まず、国お抱えの冒険者が何なのか分からないと話にならないな。


『少し話を聞きたいのだが、国お抱えの冒険者とは何なのだ?私は冒険者になって日が浅い、詳しく教えてくれないか?』

「えっと、簡単に言うと国に雇われた冒険者です。国の方針に従い活動する冒険者のことを言います』

『そういう事か。それなら確かに私は竜王国お抱えの冒険者だな』


 俺の方針は国の方針だから間違いないだろ。


「やはりそうですか。では、行商人からの依頼は全てお断りしておきます」


 立ち去ろうとする受付嬢をレンは呼び止めた。

 掲示板に貼り出されている依頼に違和感があったからだ。


『ちょって待て、もう一つ聞きたいことがある。昨日まであった薬草採取の依頼がなくなっているのは何故だ?Gランクの依頼が一つもないようだが?』

「そのことでしたか。昨日の夕方、森から凄い音と地響きがしたんです。街に駐屯していた兵士の方々が調査に向ったのですが、どうやら凶悪な魔物が出たらしいのです」

『凶悪な魔物だと?』

「はい、なんでも周囲の木は薙ぎ倒され、大地は深くえぐれていたとか。そのため、森は人がはいれないように規制されています」

『そんなに危険な魔物がいるのか。この冒険者ギルドは危険も少なく初心者向けと聞いたのだが、案外油断できないな』

「今は森に近づかない方が賢明です。では、私はこれで失礼いたします」


 そう告げると受付嬢はカウンターの中へ戻っていった。

 途端にやる事のなくなったレンは暇になる。

 どんなに掲示板の依頼を見直しても、最低ランクの依頼はFランクの行商人の護衛しかない。

 ランク的にはぎりぎり受けることができるが、隣町まで数日の護衛のため受けることができなかった。

 受けることのできない理由はただ一つ、レンは夕食の時間には城に戻らなけばならない。

 時間的に無理なのだ、日をまたぐ依頼など以ての外である。


『受けられる依頼がないな』

「レン様、ご飯?」

『ご飯の時間にはまだ早い。少し街中を見て回るか』


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