第72話 お風呂2

 レンが暫く寝室のベッドで項垂れていると、いつもの三人が満面の笑みで現れた。


「レン様お風呂のご用意ができました」

『随分早いな。水着は用意できたのか?』

「はい、既に全員着用しております。そして、こちらがレン様の水着でございます」


 そう言ってアテナが厚手の短パンを手渡した。

 だが、その言葉とは裏腹に三人はいつものドレスを着用している。


『いつものドレス姿のように見えるが、その下に水着を着用しているのか?』

「流石レン様、全てお見通しなのですね」


 別に流石と言われる程のことではない。

 レンも子供の頃は服の下に水着を着てプールに行ったものだ。

 帰りに下着を忘れたことに気付いてズボンを濡らして帰ったこともある。


『風呂上がりに着用する下着を忘れるなよ』

「お風呂から上がった後はいつも裸なので問題ございません」


 ニュクスの聞き捨てならない発言でレンは心底嫌な顔をする。


『まさか風呂上がりのマッサージも裸で行うつもりなのか?』

「まさか、マッサージは水着を着用して行います。ご安心ください」


 レンの表情から心中察したのだろう、ヘスティアがニュクスの代わりに即座に答えた。

 不安が残るがそれならばと、レンは三人に案内されるまま大浴場の脱衣所にやってきた。

 既に脱衣所には女性陣が揃っており今か今かとレンの到着を待ち望んでいた。


『全員服の下に水着を着用しているのか?』


 脱衣所でレンの到着を待ち構えていた女性たちは、みな一様に普段と変わらぬ服装をしていた。


「はい、着替えはみんなで行った方が楽しいと思いまして」


 アテナの言葉にレンは少し考えてから口を開いた。


『私は水着を着用していない。全員先に着替えて大浴場に向かってくれ。私は後から着替えて大浴場に向かことにする』

「そうですか、一緒に着替えられないのは残念です。みんな早く着替えましょう。このままではレン様が着替えられないわ」


 ニュクスの言葉に女性陣が一斉に衣服を脱ぎ始めた。

 その光景にレンは呆然とする。


 へぇぇ、あの三人以外はみんな毛がない……

 ってそこじゃねぇよ!

 いや、おかしいだろ!

 水着はどうした?


『ま、まてお前たち水着はどうした?』

「え?身に着けておりますが?」


 そう言ってニュクスがお腹を指差す。

 お腹には厚手の生地で出来た腹巻と思しきものが巻かれていた。


「レン様の言いつけ通り、水に濡れても透けない厚手の生地で出来ております」


 レンは口をあんぐり開けて混乱する。


 いや、それ腹巻だから!

 確かに透けない厚手の生地だけど腹巻だから!

 胸とか股間が全く隠れてないから!


 念のため、いつでも逃げる準備をしていたレンであったが、予想の斜め上の事態に半ばパニック状態であった。


『違う!それは腹巻だ!』

「レン様なにを仰っているのですか?お腹が冷えないように水中で着用する水着でございます」


 さも当然のように言い放つニュクスに返す言葉が見つからない。


 ちがぁぁあああう!!

 それは腹巻だ!

 それともこの世界の水着とは腹巻のことを指すのか?

 いいから大事なとこを隠せよ!


 レンはなるべく視線を上げないように俯きながら声を上げる。


『水着とは胸や股間を隠すものだ!お前たちの着用しているそれは腹巻と言うのだ!』

「まぁ、そうなのですか?でもこれしかご用意しておりませんし諦めてください」


 ニュクスの言葉と同時に三人が忍び寄る気配をレンは感じていた。


 ひぃぃぃ!怖いよぉぉぉ!

 なんでこうなった?

 そうだ裏切ったカオスが悪い!

 他の男もいればこうならずに済んだはずだ!

 あいつは後でお仕置きだ!

 大体なんで水着が腹巻なんだよ。

 普通分かるだろ?

 俺の水着は普通だったじゃないか。


 そこでレンは『ん?』となる。


 俺の水着は普通なのになんで女性陣の水着は腹巻なんだ?

 どう考えてもおかしいだろ?

 あいつらわざと腹巻を作りやがったな!

 前科持ちの確信犯だ!そうとしか考えられん。

 そうでなけば俺に渡した水着と同じく下半身だけは隠せていたはずだ!


 徐々に怒りが込み上げてきたレンは語気を強めて言葉を放った。


『おい!私に渡した水着とお前たちが着用している水着は随分違うな!お前らわざとだろ!』


 レンへとにじり寄っていた三人がぴたりとその動きを止めた。


「な、なにを仰っているのですか?言っている意味がよく分からないのですが」


 レンは顔を上げられないためその表情は窺い知れない。

 しかし、その言葉からニュクスの動揺が手に取るように伝わってきた。


『ほう、分からないのか。では、これ以上ここにいる必要はないな。私は寝室に戻る、風呂やマッサージはなしだ。無論、昼食の件は認めてもらう』

「お待ちください。直ぐに新しい水着をご用意いたします」


 ご褒美がなくなることを危惧したアテナが即答した。


「レン様、悪気があってのことではないのです」

「私たちはレン様と親しくなりたかっただけなのです」


 ヘスティアとニュクスも懇願する。

 レンは周囲に聞こえるように大きく溜息を漏らした。 


『今回は大目に見てやる。だが許したわけではないぞ。私は目を閉じているから、その間に新たな水着に着替えよ』


 その言葉からご褒美が継続していることが分かると、三人は安心したように笑みを見せた。

 アテナは水着を次々と作り出しては手渡していく。

 元より裸同然の女性陣は僅か数分で着替え終えてしまった。


「レン様、着替えが終わりました」


 レンはアテナの声に瞳を開けると、そこには水着に着替えたオーガストら上位竜が立っていた。

 着ている水着はビキニ、ビスチェ、ワンピースなど様々で、僅かな生地が美しい肢体を覆っている。


『みんなよく似合っているな』


 上位竜たちは顔を染めたり、恥ずかしそうに俯いたりと、その反応も様々だ。

 普段見ることのない仕草にレンの方も気恥ずかしくなる。

 そんな、ひと時の幸せを満喫していると横槍が入った。


「レン様、私はどうですか?」

「私も見てください」

「私も、私も見て欲しいです」


 レンの視界を遮るように姦しい三人がその姿を現す。


『勿論、よく似合っているぞ』


 当然のようにレンは褒めてやる。

 上位竜を褒めた手前、常に上位の存在であろうとする三人を褒める必要があった。

 それに三人とも性格に問題はあるが、見た目だけなら絶世の美女だ。

 お世辞抜きに似合っていたことは間違いない。

 褒められた三人は満面の笑みでレンに抱きついてくる。


『私はまだ着替えていないのだぞ!お前たちは風呂場で待っていろ!』


 レンは三人を引き離すように風呂場へ追いやると、そそくさと着替えを始めた。

 脱衣室には風呂上がりに着替えるナイトガウンも用意されており、広い部屋の片隅にはキングサイズのベッドが置かれていた。


 うわぁ……

 さっきは斬新な水着――腹巻――のせいで見てなかったけど、あの大きいベッドは何だよ。

 嫌な予感しかしない。

 逃げたら怒るだろうなぁ。

 小さい子供もいるんだし無理なことはしないと信じたいが、なにせあの三人だからな……


 着替えを終えたレンは重い足取りで風呂場に歩みを進める。

 扉を開けると正面には広い岩風呂が置かれ、その周りにも様々な湯船が置かれていた。

 薄らと湯気が立ち込めるお湯の温度は、入りやすいようにアテナが低く設定している。

 また、湯船のお湯はそれぞれ色が違うように効能も異なっていた。


「レン様こちらでございます」


 ヘスティアの透き通る声が正面の岩風呂から聞こえてきた。

 レンが湯船に入る前に備え付けのシャワーで体を洗い流そうとすると、今度はそれをさせまいとニュクスの叫びが木霊する。


「レン様いけません!そのままお風呂にお入りください」


 訳が分からないレンだったが、逆らって騒ぎ立てられても面倒なだけであった。

 レンはニュクスの言葉に従い、体を洗い流さずに湯船へと浸る。

 すると、その周りをニュクス、アテナ、ヘスティアが取り囲み、誰も寄せ付けまいと鉄壁の布陣を見せた。

 その行動に危機感を覚えたレンが牽制する。


『私はお前たちを許したわけではない。罰として私に触れることは許さんぞ』


 罰と言われてはどうしようもない。

 実際レンを騙そうとしたのだから自業自得だ。

 意を唱えて本当に嫌われてしまったら取り返しのつかないことになってしまう。

 そのことを理解しているため三人は渋々従うしかなかった。


『この世界では風呂に入る前に体を洗い流さないのか?』


 レンは先ほどニュクスが叫んだ言葉が気になり三人に尋ねた。


「レン様は別でございます。折角レン様の汗を堪能できるのに勿体ないではありませんか」

「そうね。レン様の体液を感じられる機会なんて滅多にないもの」

「この機会を逃したら次はいつになるか分からないものね」


 三人の言葉にレンは逃げ出したくなる。

 だが残念なことに周囲は完全に包囲され逃げ場が全くない状態だ。

 三人はお湯を掬って飲むと恍惚の表情を浮かべている。

 レンから見ればその光景は恐怖でしかない。


 この子たち何飲んでるのぉぉおおお!!

 ちょっとやばすぎない?

 飲むにしても隠れて飲めよ!

 本人の前で堂々と飲むんじゃない!!

 こんな状態で風呂になんか入れるか!


『私はもう出る。道を開けよ』 

「もう出られるのですか?」

「今入ったばかりではありませんか」

「出るのが早すぎます」

『きょうは体調が悪いのだ』

「それは大変です」

「冒険者とは激務なのですね」

「それではマッサージで体調を整えましょう」


 レンはマッサージが無くならないことに肩を落としながら湯船から上がった。

 振り返ると三人が付き従っているのをみて足取りが重くなる。

 レンが大浴場から出るのを見てオーガストらも次々と後を追った。


 続々と脱衣所に入ってくる女性陣を見てレンは着替えを断念した。

 水着の上からナイトガウンをそのまま羽織り、三人へと振り返る。


『どうしてもマッサージは必要なのか?それに、罰として私の体に触れるなと言ったはずだが?』

「どうしても必要です!それに、あの罰は大浴場でのこと。脱衣室は別でございます」

「レン様、体の疲れは早く取った方がよろしいかと」

「さぁレン様、ベッドに仰向けに寝てください」

『仰向け?うつ伏せではないのか?』

「はい、仰向けでございます」


 ニュクスが勝手に罰を大浴場で終わらせているのに対してレンは溜息を漏らしたくなる。

 満足に主らしことをしていないレンは後ろめたさもあったのだろう。

 マッサージは褒美も兼ねていることから、レンは仕方ないかと許すことにした。

 ヘスティアの言葉を疑問に思いながらもレンはベッドの上で仰向けになる。

 三人はマッサージの準備とばかりにベッドに上がり込んでレンの傍に寄ってきた。


「ではレン様、暫く目を閉じてください」


 ニュクスの言葉に従いレンは瞳を閉じて待つ。

 すると股間を複数の感触が襲ってきた。

 直ぐに上体を起こして確認すると、三人がレンの股間を摩ったり揉んだりと無法地帯になっていた。


『おい!何をしている!』

「マッサージですが?」

「人間はこのようなマッサージも行うと聞き及んでおります」

「マッサージで体をスッキリさせませんと」


 そう言ってる間もレンの股間は三人に弄ばれている。

 直接ではなくナイトガウンの上からなのが不幸中の幸いだ。


 違うからぁああ!!

 それは違うマッサージだから!

 違う意味でスッキリするだろがぁぁ!!

 この三人に碌でもないことを教えたのは誰だ!

 って、いい加減やめろよ!


『やめよ!マッサージはもうよい!』

「え!ですがこれかですのに……」

「まだ始めたばかりでございます」

「スッキリした方がよろしいのでは?」


 ニュクス、アテナ、ヘスティアの三人は不満そうに口にする。

 当然、その間もレンの股間は弄ばれていた。

 オーガストらがその光景を羨ましそうに眺めている。


『いい加減にしないか!私を怒らせたいのか!』


 レンの機嫌が悪いと知るや三人は名残惜しそうに手を離した。

 股間から手が離れたことでレンは安堵の溜息を漏らす。

 深呼吸をして落ち着きを取り戻すとオーガストら上位竜の視線に気付いた。


 そう言えばオーガストたちの褒美でもあるんだよな。

 軽く肩でも揉ませて終わりにしよう。

 今日はいつも以上に疲れた。

 早く終わらせて寝室に帰りたい……


 レンはベッドの端に腰掛けるとオーガストに視線を移した。


『オーガスト、お前たち上位竜には私の肩を順番に揉んでもらう』


 それを聞いた上位竜は歓喜する。

 ニュクス、アテナ、ヘスティアが「私たちは?」と聞いてくるが、今のレンがこの三人にマッサージをさせるわけがない。

 三人は敢え無く撃沈、レンの肩を揉むオーガストを羨ましそうに見つめている。

 上位竜全員がレンの肩を揉み終わることには濡れていた水着もすっかり乾いていた。

 レンはやっと終わったかと重い体で椅子から立ち上がる。


 風呂やマッサージは疲れを取るはずなのに、なんで逆に疲れてるんだろ……

 そういや、あの三人は風呂上り裸になるんだったな。

 着替え出す前にさっさと寝室に帰ろう。


 レンは女性陣に『私が出るまで着替えるな』と告げると、一人寝室へと帰っていった。

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