第71話 お風呂1
レンとメイが食堂に戻ると、いつも通り全員レンの帰りを待っていた。
アテナがレンの武具を空間魔法で収納しながら微笑みかけてくる。
「レン様、少し帰りが遅い様ですが何かございましたか?」
『特に何もない。依頼が楽しくて遅れただけだ』
「それは何よりでございます」
本当は楽しくなかったが本当のことを言っては冒険者ギルドが世界からなくなる。
嘘でも楽しいと言わなければならず、レンは内心顔を顰めていた。
そして、目の前の料理を見て溜息を漏らす。
鎧のせいかお腹が空いてないんだよな。
昼は勢いで食べることができたけど流石にもう入らないよ。
明日から昼は食事抜きにしよう。
メイの弁当を持っていけば昼に城へ戻る必要もないだろ。
レンはせかせかと食事を運んでいるマーチに視線を移した。
微笑ましくマーチを眺めていると、その視線に気付いたマーチは、あたふたしながら恥ずかしそうに俯いていた。
『マーチ、明日から私は昼食を取らない。メイの弁当とおやつを多めに用意してくれ。今後、昼は城に戻らないことにする』
途端にニュクス、アテナ、ヘスティアの三人が食ってかかる。
唯でさえレンと一緒にいる時間が少ないのに、更に減らされるのかと気が気ではない。
「何故でございますか?料理がお口に合わないのでしょうか?」
「レン様のお口に合う料理を必ずご用意させます。どうかお考え直しください」
「マーチには相応の罰を与えます。それでお許しいただけないでしょうか?」
奥ではマーチが真っ青な顔で泣きそうになっていた。
そんなマーチを庇うようにジャニーが間に割って入る。
「お待ちください。妹の作る料理はいつもと変わらず最高の出来でした。妹に非はございません」
「黙りなさいジャニー、あなたの意見は関係ないの。レン様が食事を取りたくないと仰っているのよ。そのお言葉が全てを物語っているのではなくて?」
ヘスティアの言葉にジャニーは何も言えなくなる。
レンが不味いといえば、どんなに美味しい料理でもそれはまずいのだ。
料理を食べたくないとは料理が不味いとも捉えられる。
第三者の言葉など関係ない、レンの言葉が絶対である以上それに逆らうことは不敬とみなされた。
尤も、レンの言葉に逆らってばかりの三人に兎や角言う資格などないのだが……
『言い争いはやめよ!マーチの料理に不満がある訳ではない!』
レンの言葉にマーチが僅かに笑みを見せた。
ジャニーもマーチが責められることがないと知ると、肩を撫で下ろし安堵の溜息を漏らしていた。
「ではなぜ昼食を取られないのでしょうか?」
ヘスティアの言葉に同意するように、ニュクスやアテナのみならず、その場にいた全員が頷いた。
レンは本当に分からないのかと訝しげにヘスティアを見つめる。
『ヘスティア、お前は黄金の鎧を着用すれば半永久的に活動できると言っていたな』
「はい、そのように申し上げました」
『その副作用と思われるのだが、全くお腹が空かないのだ。今も食事を取れそうにない』
ヘスティアの顔に徐々に汗が浮かび上がり瞳が泳ぎ始める。
余計なことをしてくれた、そんな女性陣の冷たい視線がヘスティアに突き刺さっていた。
昼食をレンと一緒に取ることが出来なくなってしまった女性陣の怒りは最もである。
レンからして見れば何の問題もないが、少しでもレンとの関係を深めたい女性陣には由々しき問題であった。
「ヘスティア、その機能を外すことは出来ないの?」
「出来るわよ。でも外して万が一があったらどうするつもり?レン様の身の安全を優先するべきだわ」
ニュクスの言葉にヘスティアは即答する。
だが、あの鎧はレンの身を完全に守る事ができる。
半永久的に活動できなくても問題はないとアテナは思ったのだろう。
「万が一って、例えばどんな事があるというの?」
「火山口に落ちて何万年もマグマの中を彷徨うとか、色々あるでしょ?」
「確かにそうね……」
アテナはヘスティアの返答にあっさり納得する。
レン以外の全員が、それなら仕方ないと頷いていた。
一人レンだけは狐につままれた様にぽかんとしている。
何万年もマグマの中を彷徨う?
常識で考えても有り得ないだろ……
でも待てよ。
船から落ちて海溝に沈むことはあるかもしれないな。
あの鎧は自分の手足のように軽く動かせるけど重量がありそうだ。
一度沈んだら浮かび上がれないかもしれない。
「レン様が昼食を取られない理由は分かりました。ですが納得はできません。レン様と共に過ごす時間が一時間も無くなってしまうなんてあんまりです」
ニュクスがいつもの駄々をこね始めレンはげんなりする。
『しかしな……』
「レン様!私たちは妻として居城をお守りしています。出来ましたらそのご褒美をいただけないでしょうか?」
『褒美だと?』
「はい、もしご褒美をいただけるのでしたら昼食の件は目をつむりましょう」
満面の笑みで告げられたニュクスの提案にレンは心の中で舌打ちをした。
求める褒美が予想できることもあって、もはや逃げたい気持ちでいっぱいである。
『して、お前たちが欲する褒美とはなんだ?』
「相談いたしますので少々お待ちください」
ニュクスはアテナとヘスティアを引き連れ部屋の片隅で何やら相談を始めた。
時折「きゃー」「うへへ」と奇声や不気味な声が聞こえてきてレンは身震いをする。
助けを求めるようにカオスに視線を向けると、流れるようにそっぽを向かれてしまう。
ですよねぇ~。
関わり合いたくないよねぇ。
カオスはとばっちり受けること多いからなぁ……
そんなやり取りの間に結論が出たのか、レンの元に三人が歩み寄ってきた。
「レン様、お待たせいたしました。褒美として私たちと一緒にお風呂に入ってはいただけないでしょうか?」
「レン様は冒険者として活動なされてお疲れと思われます。そして、疲れを取ると言ったらやはりお風呂でございます」
「お風呂でレン様の体を隅から隅までマッサージいたします。私たちの褒美にもなりますし、レン様の疲れを癒すこともできます。これ以上ない効率的な褒美ではないでしょうか?」
ニュクス、アテナ、ヘスティアがそれぞれ期待するように、妖艶な笑みを見せながら口を開いた。
逆にレンは魂が抜けたかのように無表情だ。予想していた答えの一つではあったが実際に告げられて、どう切り返していいのか迷っていた。
どうしたもんかな。
褒美の内容が「子供が欲しい」だったら即刻却下していたが、風呂は微妙なラインなんだよな。
水着を着用して風呂に入れば良いだけなんだが――気になる点としてはマッサージか。
それに一緒に入るのが、あの三人だけというのも問題がある。
何があるか分からない、他にも誰かいた方がいいよな。
『お前たちの欲する褒美は分かった。ただし幾つか条件がある』
「条件でございますか?」
『そうだ。風呂に入るときは水着を着用してもらう』
「水着?それはどのような物でしょうか?」
アテナは訪ねてから「知っている?」とニュクスとヘスティアに視線を移す。
二人とも首を横に振り「知らないわ」と言うとレンが水着の説明を始めた。
『水着とは水中で着用する肌着のことだ。水に濡れても透けない厚手の生地で出来ている』
「水中で着用する肌着でございますか?」
『うむ。大事なことだからもう一度言うぞ。水に濡れても透けない厚手の生地だ。分かったな?』
「畏まりました。それでしたら直ぐにご用意できます」
『その他にも条件はある。この居城を守っているのはお前たちだけではない。風呂には此処にいる全員で入ることにする。最後にマッサージは必要ない』
明らかに三人が険しい顔をした。
その表情の変化にレンも胸騒ぎを覚える。
「レン様、この場にいる全員でお風呂に入ることは構いません。しかし、マッサージが必要ないとはどういう事でしょうか?」
「ニュクスの言う通りです。レン様の疲れを取るために行うのですよ?」
「レン様は私たちに触れられるのがお嫌いなのですか?」
ニュクス、アテナ、ヘスティアの言葉にレンも暫し悩む。
嫌な予感はするが自分のためにと言われては強く断ることも出来ない。
『分かった。だがマッサージは風呂を出た後だぞ』
「はい、問題ございません」
「では脱衣所にマッサージをするためのベッドをご用意いたします」
「これだけの人数です。お風呂は地下の大浴場にいたしましょう」
レンの発言は水着姿でのマッサージを回避するためのものだった。
風呂上がりに肩を揉んで終わらせようと思っていたのだが、それが裏目に出てしまう。
レンはベッドと聞いて益々嫌な予感がした。
そして追い打ちを掛けるようにカオスが動き出す。
「レン様、我々男性陣は遠慮したく思います。レン様はお風呂とマッサージをお楽しみください」
カオスの裏切りにレンは言葉が出ない。
「これで心置きなくレン様をマッサージすることができるわ」
「カオスも気を使うことが出来るようになったのね」
「よい心がけです」
逆に三人はご満悦だ。
レンはカオスを恨めしそうに眺める。
ちょっと待て!
なんでこうなった?
他の男がいればあの三人も無理なことはしないと思ったのに……
もしかして俺は生贄にされたのか?
レンは絶望の中で椅子から立ち上がる。
『私は部屋で少し休む。風呂の準備が出来たら知らせてくれ』
そう告げるとレンは寝室へと戻っていった。
残された女性たちは妖艶な笑みを浮かべる。
其々の思惑を胸に秘め、女性たちは大浴場に思いを馳せていた。
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