第70話 冒険者6

 陽も落ちかけコルタカの冒険者ギルドは多くの冒険者で賑わっていた。

 依頼を終えた冒険者はカウンターへ向かい、掲示板の前では新たな依頼が張り出させていないか幾人もの冒険者が足を止めて確認している。

 依頼について仲間たちと話し合う冒険者もいれば、部屋の片隅で情報を交換する冒険者の姿も見受けられた。


 最も新しい話題としては黄金の鎧を身に纏う貴族が冒険者をしているということだ。

 冒険者は耳が早い、コルタカは辺境の街だが既に竜王国のことや紋章の形などは知られていた。

 マントに描かれた紋章から竜王国の貴族なのは一目瞭然である。

 今もまたその話題で三人の男たちが盛り上がっていた。


「今朝の金ピカ野郎が受けた依頼なんだがGランクの薬草採取らしいぜ」

「Gランクっていったらレストアの葉だよな。木登りさえできれば子供でも採取できるが、あの重そうな鎧で木なんか登れるのか?」

「レストアの木は背丈が高いから無理なんじゃねぇの?抑、貴族が木を登れるとは思えねぇよ」

「成長した木からしか採取できないからな」

「一緒にいた子供もまだ小さかったし、木に登るのは無理だろうよ」

「可哀想に依頼は失敗か」

「貴族なんて普段散々威張り散らしてるんだ、いい気味じゃねぇか」


 男たちが楽しそうに話していると突如目の前の空間が揺らいだ。

 その揺らぎは直ぐに収まり、次の瞬間には黄金の鎧が視界に飛び込んでくる。

 男たちはそれなりに経験を積んだ冒険者なのだろう、咄嗟に後ろに飛び退き即座に身構えた。


「うぉぉ!なんだこりゃ」

「どこから現れやがった!」

「急に出てきたぞ!」


 突然の騒ぎに周囲の冒険者が何事かと視線を向ける。

 ギルドに転移したレンとメイは、身構える三人の冒険者を訝しげに見渡す。

 周囲を見ればギルド内は冒険者でごった返しレンは注目を集めていた。


 うわぁ、なんかすんごい見られてるんですけど……

 やっぱりこの鎧は目立つよな。


 明かりが灯されていたギルド内では、黄金の鎧が光を反射して自ら輝きを放っているかの様であった。

 レンは内心もう帰りたいと思いながらも、依頼の結果を報告するためカウンターに歩き出す。

 驚いていた三人の冒険者は身構えながらレンの行動をつぶさに観察している。

 本来であれば突然現れたレンに問いただしたいことは山ほどあった。

 だが、貴族と関わり合いたくない三人は誰一人として口には出さない。

 先程の現象に警戒しながらこの場をやり過ごそうとしていた。


 レンがカウンターの上に袋を置くと、受付嬢が「えっ!」と声を上げる。

 袋は膨らみがなく規定の量が採取出来ていないことは一目瞭然であった。

 それでも少しは薬草が入っていると思っていたのだろう、受付嬢が袋の中を覗き込んで絶句していた。 

 依頼を失敗しても採取した薬草は買い取ることもできた。

 それで違約金を帳消しにすることもできたのだが、全く無いでは話にならない。

 受付嬢は唯々苦笑いを浮かべるしかなかった。


『すまない。この通り薬草採取の依頼は失敗してしまった』

「初めて依頼を受けたんですよね。薬草をご存知ない貴族様は多いですし仕方ありませんよ」


 受付嬢は愛想笑いで慰めるが、レンはその言葉に首を傾げた。

 慰めてくれるのはいいのだが、貴族という言葉に引っかかったのだ。

 レン自身は貴族になったつもりはない。一介の冒険者として活動しているつもりなのだが、周りがそう認識していないことが不思議でならなかった。


「それでは事前にお預かりしていた報酬の二割は違約金として貰い受けます。今日はお疲れ様でした。」


 受付嬢はもう帰ってと言わんばかりに渾身の営業スマイルを見せた。


『女、お前は何か勘違いをしていないか?』


 受付嬢は一瞬嫌な顔をするも直ぐに営業スマイルに戻る。

 違約金を返せと難癖をつけると思ったのだろう、自然と言葉は出ていた。


「申し訳ございませんが例え貴族様でも違約金は支払っていただきます」

『違約金を支払うのは当然だ。私が言っているのはそのことではない』


 予想と違う返答に受付嬢が瞬きを繰り返し「えっ?」と聞き返した。


『お前は今朝も私が貴族だと言っていたがそうではない。私は平民だ』


 受付嬢は理解が追いつかないのか暫く首を傾げて「えぇぇ!」と叫びだした。

 様子を窺っていた周囲の冒険者も「はぁ?」「嘘だろ?」と驚きを隠せない。

 いつしかレンの周りは冒険者が取り囲み質問攻めをしていた。


「そのマントの紋章は新しく出来た竜王国の紋章だよな、あんたそこの貴族じゃないのか?」

『竜王国の国民だが貴族ではないな』

「その鎧はどうしたんだよ。金持ちの豪商なのか?」

『この鎧は故あって竜王国の重臣から譲り受けたものだ。私はどこにでもいる平民でしかない』

「それってどっから見ても装飾品の鎧だろ?普通は飾って置くもんだぞ」

『譲り受ける際に絶対に身に着けるように言われたのだ。私も本当は目立ちたくないのだがな……』

「国の財力を示すためか?まぁ新しくできた国だし分からんでもないが……」


 質問攻めにあっていると先程の三人組が人を掻き分け近づいてきた。


「おい!さっきのは何だ?」

『さっきのだと?』


 レンが首を傾げるとイラついた様に声を荒げた。


「しらばっくれるな!さっき俺たちの目の前に突然現れただろ!」

『ああ、あれか、[転移テレポート]の魔法だがどうかしたのか?』

「はぁ?魔法だと?」

『そうだ、[転移テレポート]など珍しくないだろ?』


 さも当然のようにレンは言い放つ。


 こいつらは何を驚いてるんだ?

 ゲームでも移動系の魔法は序盤に覚えるし、俺の重臣はみんな使えるから珍しくないよな。

 それにしても時間がそろそろやばい。

 お迎えが来る前に帰らないと世界が大変なことになる。


「ちょっとまて、何だそれ?」


 三人組の一人が問いただすがレンには答えている時間がない。


『すまんがもう帰る時間だ、要件はまた後で聞く。メイ帰るぞ』

「はいなの」


 次の瞬間、ギルドから二人の姿が忽然と消えた。

 それを目の当たりにした冒険者からどよめきが沸き起こる。


「一瞬で姿が消えたぞ!」

「あれが[転移テレポート]なのか?」

「誰かあの魔法を知っている奴はいないのか?」


 その場に偶々たまたま居合わせた数人の魔術師が顔を見合わせ信じられないといった表情をする。

 そのうちの一人が有り得ないといった口振りで呟いた。


「馬鹿な、[転移テレポート]は神話に出るような魔法だ。なぜ使える……」


 その呟きを耳にした数人の冒険者が魔術師に歩み寄る。

 その動きに釣られるように他の冒険者も後を追った。


「おい、あんたはあの魔法を知っているのか?」

「……第十等級魔法[転移テレポート]、一度行った場所なら何処にでも瞬時に移動することができる――と言われている」

「何処にでも移動できるだと?」

「そうだ。例え他の大陸だろうが世界の裏側だろうが一度でも行ったことがある場所なら何処にでも行ける。まさか使える人間がいるとは……」


 それを聞いた冒険者が奇声を上げた。


「うひょう!すげぇ、マジかよ!」

「馬鹿みたいに何日もかけて移動しなくてもいいってのか?」

「行商人が聞いたら涎を垂れ流して喜ぶぜ」

「商人だけじゃないさ。危険と隣り合わせの冒険者にとっても最高の魔法じゃないか、移動は楽になるし危なくなったら直ぐに逃げることもできるんだぞ」

「馬鹿言うな。そんな魔法が使えるなら人や物資の輸送で大儲けできるって!冒険者をやる意味がねぇよ」

「そんな魔法の使い手なら国のお偉いさんが黙っちゃいないぞ」

「竜王国の人間なんだろ?これみよがしに黄金の鎧と紋章の入ったマントを身に着けてるんだ。竜王国お抱えの冒険者なのは間違いないな」

「直ぐに魔法で逃げられるから、国の宣伝も兼ねてあんな目立つ鎧を着ているのか」

「確かに盗賊に襲われようが、魔物に襲われようがお構いなしだよな」

「畜生!俺のチームに入ってくれねぇかな。そうすりゃ一気に楽できるのによ」

「そりゃ逆だろ?チームに入れてくださいの間違いじゃないのか?」

「明日、頭下げてチームに入れてもらおうかな」

「国お抱えの冒険者チームに簡単に入れるわけねぇだろ?断られるのが落ちだよ」


 冒険者ギルドではレンの話題で持ちきりになる。

 誰もが初めて見る魔法に色めき立ち、どうにかしてレンを取り込めないか頭を悩ませていた。

 そして、この情報は世界屈指の速さを誇る冒険者の情報網によって瞬く間に近隣諸国に知れ渡ることになる。

 それは、目立ちたくないというレンの思いを嘲笑するかのようであった。

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