第69話 冒険者5

 ニュクスの機嫌が直るとレンは再び森の中へ舞い戻ってきた。

 お腹がいっぱいで眠いのか隣でメイが小さな欠伸あくびをして目を擦っている。

 うとうとしているメイを微笑ましく見ていたレンだが、ふとメイの強さが気になった。

 レンはアテナたちの作った武具で安全が保証されているがメイはそうではない。

 冒険者として活動していれば危険な魔物に襲われることもあるだろう。

 今はまだ危険の少ない簡単な依頼しか受けられないが、ランクが上がればそれだけ危険も増してくる。

 メイの強さによっては今後の冒険者活動も制限せざるえないと考えたのだ。


 幸い今のレンは鎧の機能で[鑑定アプレイズ]が使える。

 ヘスティアの言葉を思い出し集中してメイを見つめた。

 これでステータスが見えるはず、そう思っていたレンだが予想外のことに首を傾げた。


 あれ?名前や種族は見えるけどその下の数値が表示されない。

 俺のステータスが認識票に出なかった時と同じだ。

 これってまさか測定不能なのか?

 確かステータスは百万以上測定できないんだよな。

 つまりメイのステータスは百万以上ってことか……

 でも、一般的な冒険者のステータスが分からないからな。

 もしかしたら百万のステータスは珍しくないかもしれない。

 メイの強さがはっきり分かるまでは俺が守ってやらないと。


 レンは眠そうにしているメイを片腕で包み込むように抱き抱えた。

 このままぼんやり歩いていては魔物に気付かず襲われてしまうと判断したのだ。

 メイは不思議そうに「ん?」と声を上げるが、レンが数回頭を撫でるとそのまま眠ってしまった。

 マントの端でメイを守るように覆うと、周囲に警戒しながら一人薬草探しを始めるレン。


 森の奥に入るがそれでもお目当ての薬草は見つからず時間だけが過ぎていく。

 もっと深い場所に入らないと薬草はないのか?レンはそう思いながらも、これ以上森の奥に入ることはしない。

 今いる場所は草木が折れていたりと辛うじて人の入った痕跡がある。

 だが、そこから更に森の奥は人間の侵入を拒むかのように鬱蒼と草木が生い茂っていたからだ。

 原生林と思しきその場所には人の入った痕跡はく、背丈の高い木々が太陽の光を遮っていた。

 光の届かない暗い森の中は、それだけで危険な場所であると暗示していた。

 最強の武具で身を固めたレンだけならば更に森の奥に入っても危険はないだろう。しかし、レンの傍には小さなメイがいる。

 危険を冒すことなど出来ようはずもない。

 それから辛抱強く薬草を探すもやはり見つけることができずにいた。

 レンは溜息を漏らすと空を見上げる。尤も森の木々で空は遮られ陽の光は殆ど届かない。

 だが、フルフェイスのスリッド部に時刻が表示されているため、陽が傾き始めている時間だと分かっていた。


 時間的に薬草は集まりそうにないな。

 初めての依頼は失敗か、残念だが仕方ない。

 最後に身体強化を試してから帰るか。


 レンは腕の中ですやすや寝息を立てるメイに視線を移した。


 メイをずっと抱えていても全く疲れなかったが、ヘスティアが半永久的に活動できると言っていたのはこういうことか。


 メイの体を優しく揺すると、むず痒そうに体をくねらせ、うっすらと目を開いた。


「ご飯の時間?」


 メイは寝惚けているのだろう、気だるそうにしながら食べ物を探すように小さく首を動かした。


『まだご飯の時間ではないな。だが、そろそろ起きてくれないか?』


 レンの声が間近に聞こえてメイは瞳をぱちくりさせた。

 直ぐ目の前に見えるのがレンの顔と知るや驚きを隠せない。

 あたふたしながら自らの置かれた状況を確認すると「しまった!」と言わんばかりの表情を見せた。

 メイは眠気を吹き飛ばすように、ごしごしと目を擦り、レンの腕の中から飛び跳ねた。

 綺麗に地面に着地すると、レンを見上げて悲しげな表情を浮かべる。


「メイ寝ちゃったの……」


 その一言が限界っだのか、メイは申し訳なさそうに俯き瞳の端に涙を溜めていた。

 レンはその様子を見て優しくメイに語りかけた。


『メイが気にすることはない。子供とはよく遊びよく寝るものだ』

「でも、メイちゃんとお手伝いしたかったの」


 メイにとってはこれが初めての任務、レンの役に立ちたかったのだろう。

 それが出来ずあまつさえ寝ていたことからメイは悔しそうに小さい手を握り締めていた。

 そんな健気なメイの様子を見て、レンは心が温まるようだった。

 俺のために頑張ろうとしていたんだな、そう思うと優しくメイの頭をぽんぽん叩いた。


『今回は眠らせてしまった私が悪い。メイが悪いわけではない』

「違うの!眠くなったメイが悪いの!」

『……そうか、では明日から気を付けなくてはな』

「明日はきちんとお手伝いするの!」


 レンはやる気を出しているメイを微笑ましく眺める。

 ニュクスのやる気と違いメイなら無茶なことはしないだろうと安心できたのだ。

 メイを下ろし身軽になったレンは早速身体強化を試すべく準備に取り掛かった。


『メイ、身体強化を試すから少し離れてくれないか?』

「はいなの」


 メイはレンから離れると興味深そうにレンの行動を観察していた。

 まじまじと見られ気恥ずかしくなるレンだが、そこは努めて気にせず身体強化を試みる。


 俺の意思で自由に強化できるんだよな。

 じゃあ、取り敢えず十倍から……


 レンは変化を確かめるように自分の両手を閉じたり開いたりする。

 特に違和感はなく今度はしゃがんだ状態から全力で飛び跳ねてみた。

 すると目の前の景色が流れ、頭上の木の枝が視界に入る。

 気が付けばレンの体は木を突き抜ける勢いで飛び上がっていた。

 空中に滞空したと思った瞬間、今度は重力に引っ張られ地上へと落下していく。

 ドンッ!という音と共に地上に降り立つと、レンは足に異常がないか確認するように軽く屈伸をした。

 そして、視界に捉えた枝の高さを確認するため頭上の木を見上げる。


 結構高く飛んだな。

 しかも、あの高さから落下しても痛くない。

 流れるような景色がはっきり見えたから動体視力も上がっているんだろうな。

 よし、今度は思い切って千倍を試してみよう。


 レンは先程と同じように、しゃがんだ状態から全力で飛び跳ねる。

 すると、ヒュン!という風切り音と共にレンの体が一瞬にして消えた。

 レンの体は木の枝を軽々とへし折り、雲を突き抜けながら遥か上空へと躍り出る。

 沈む夕日に照らされながら、レンは広大な森を見下ろし思いにふける。


 アテナやりすぎ!!

 ニュクスの作った剣と合わせたら星を壊せそうで怖いわ!

 千倍でこれだもんな。

 一万倍ならどうなるんだ?

 絶対に使ったら駄目なやつだろ……

 身体強化は使う上限を決めた方が良さそうだな。

 取り敢えず通常は十倍までにしておこう。

 あとは状況次第で変えればいいか。


 レンの体が空中で滞空すると、今度は重量に引っ張られ加速しながら地面に落下していく。

 普段であれば絶叫しそうな状況であるが、鎧を身に纏っているせいかレンに恐怖心は全くない。

 それどころか遠くの景色を眺める余裕すらある。


 おお、やっぱり東の山脈の北側は荒野が続いているな。

 南側は一面原生林に覆われて幾つか湖があるのか。

 森の奥に入ったつもりだったけど、こうして見るとまだ入口だったんだな。


 景色を楽しんでいたレンだったが、その時間は束の間であった。

 見る間に高度が下がりレンは凄まじい勢いで隕石のように地面に落下した。

 鎧の重さも重なり凄まじい衝撃と轟音が周囲に響き渡る。

 僅かに地面が揺れ動き、その衝撃で周囲の木が薙ぎ倒されるのを見てレンは咄嗟にメイに視線を向けた。


 だが、レンの心配は杞憂に終わった。

 メイは衝撃で吹き飛ばされることはなく、何事もないかのようにレンを見つめて笑っている。

 レンは胸を撫で下ろすと自分の体を確認するように軽く動かした。

 やはりと言うべきか、痛みや違和感はない。

 自分の足元にクレーターが出来ているのを見て、ただ苦笑いを浮かべるしかなかった。


 これなら一万倍の身体強化でも問題なさそうだな。

 尤も、使うことはないだろうけど。

 

 レンが体の状態を確認しているとメイが嬉しそうに駆け寄ってきて満面の笑みを見せた。

 レンが遊んでいると思ったのかもしれない。

 「メイもお空に出るの」そう告げるとレンを真似てしゃがんだ状態から飛び上がった。

 止める間もない、風切り音と共にメイの姿が一瞬にして消える。


 えぇぇ……


 レンは口をぽかんと開けながら、遥か上空に消えたメイを見上げていた。

 普通ではメイの姿を捉えることはできないが、身体強化されているレンには遥か上空のメイの姿が微かに見えた。

 メイもドラゴンだ、それなりに身体能力は高いだろうと分かっていたが、先程の自分よりも遥か高く飛び上がるメイを見て声も出ない。


 なるほどなぁ。

 これがステータス百万以上か。

 メイの心配は必要ないな……


 一般の冒険者に同じことが出来る訳がない。

 そのことからステータス百万とはこの世界でも最強クラスであることが窺えた。

 小さい子供とはいえメイは最強種族のドラゴンに変わりない、元より弱いはずがないのだ。


 メイが飛び跳ねてからどれだけの時間が経っただろうか。

 上空から楽しそうな笑い声を響かせながら凄まじい勢いでメイが落下してきた。

 小さなクレーターが出来ると共に周囲に衝撃が響き渡る。

 レンもその衝撃に巻き込まれるが、足から根が生えているかのように微塵も動くことはない。

 当然、レンも無傷のままだ。

 

『メイ、心配したぞ』

「楽しかったの」


 メイに屈託のない笑顔を見せられて、レンは『そうか良かったな』とそれ以上何も言えなくなった。

 いつの間にか空は茜色から薄暗く染まり、夜の帳が落ちようとしていた。

 レンは無制限に活動できるわけではない、夕食の時間までに絶対に帰らなければならない。

 もし、あの三人がレンを探しに出てきたら世界にどんなわざわいもたらすか検討もつかないからだ。


『帰る前にギルドに報告する必要があるな。メイ、冒険者ギルドに移動してくれ』

「はいなの」


 メイが魔法を発動させると二人の姿は森の中から忽然と消える。

 後に残るのは無残な木々の残骸と大小二つのクレーター。森から驚異が去ると、それを喜ぶかのように鳥のさえずる声が二人の居た場所に響いていた。

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