第68話 冒険者4

 視界の光景が見慣れた食堂に変わると当たり前のように全員揃っていた。

 みな一様に立ち上がり深々と一礼をする。


 レンが席の傍まで来るといつもの三人が近寄ってきた。


「お帰りなさいませレン様」

「お食事のご用意はできております」

「直ぐに武具を外しますね」


 アテナが武具に手を触れると、それは一瞬にして消えてしまった。


『相変わらず凄いな、一体どうなっている?』


 この武具が出来るまで十日余り、試作の武具を何度も脱着してこの光景を何度も見てきたが、レンは相変わらず理解ができないといった表情をする。


「空間魔法で収納しただけですが?」


 アテナはさも当然のように答えた。

 空間魔法と言われてレンも大体の予想はつく。ゲームで言うところのアイテムボックスやインベントリで別の空間に収納しているのだろうと。

 レンからしても悪いことではない、寧ろ着替えが早く済むのは願ってもないことだ。


 空間魔法は気になるところだがレンはあえて聞かなかった。詳しく聞いても魔法が使えない自分では意味はないと判断したからだ。

 下手に聞いて空間魔法を使いたい思いにさいなまれるのも嫌だったのだ。


『では、食事にしよう』


 テーブルには今日も美味しそうな料理が並べられていた。

 全くお腹の空いていなかったレンだが、こうも美味しそうな匂いが漂っていると不思議と食欲がわいてくる。

 気付かないうちにいつもと変わらぬ量の食事を取っていた。

 レンが食べ終わるのを見計らいアテナが話しかけてくる。


「レン様、私たちの作った武具は如何でしょうか?」

『まだ実戦で使ったことはないが快適だな』

「それは何よりです。あの鎧は完全に気密性が保たれており、鎧の中はレン様が快適に過ごせるように温度、湿度調整が完璧になされております」

『ん?それだと長時間着用していたら酸欠になって死ぬんじゃないか?』


 レンはあんな派手な鎧を着用して死ぬなど真っ平御免であった。

 酸欠になるようならもう二度と鎧は着用しないと心に決める。

 だが、そんな心配は無用のようでアテナが補足説明をした。


「酸欠とはどのようなことか分かりかねますが、空気のことを仰っているのでしょうか?それでしたら常に新鮮な空気が循環していますので問題ございません。例え煮えたぎる溶岩の中でも快適にお過ごしになれます」

『いや、流石に溶岩は不味いだろ。鎧が溶けるのではないか?』

「レン様は冗談もお上手ですのね。百万度の地獄の炎でも溶けるどころか熱が伝わることもございませんのに」


 アテナはレンの言葉を本当に冗談と受け止めているのか楽しそうに笑みを浮かべた。

 それに引き換えレンはドン引きだ、規格外も甚だしい。


 溶岩の中でも快適に過ごせるとかやりすぎだろ!

 きっと武具の性能はこれだけじゃないんだろうし、今のうちに全部聞いた方がよさそうだな。


『アテナ、そういえば武具の性能を聞いていなかったな。お前たちがどんな素晴らしいものを作ったのか事細かに教えてくれないか?』


 武具は三人にとっても会心の出来であった。

 レンの間近で説明しようと隣に椅子を並べて顔を綻ばせる。

 「それでは先ず私から」そう告げるとアテナが先程の続きを話し始めた。


「鎧は全ての攻撃を遮断し装着者のレン様に衝撃が伝わることはございません。あれを破壊できるのは古代竜我々だけでございます。また、どのような環境下でも快適にお過ごしになれます。他にもレン様の意志に従って数万倍の身体強化を行うことも可能でございます。勿論、レン様のお体に負担がかかるようなことはございません」


 ドヤ顔のアテナが褒めてと言わんばかりに更に顔を近づけてくる。


『そ、そうか、それは素晴らしいな。よく頑張った褒美に頭を撫でてやろう』


 褒めてオーラ前回で迫るアテナを放って置くこともできずに、レンは笑顔を取り繕いよくやったと言わんばかりに頭を撫でてやる。

 その様子を女性陣が羨ましそうに眺めている。特に褒美を貰えないオーガストらは泣きそうになっていた。

 レンがアテナの頭を十分撫でると、今度はヘスティアが待ちきれないと声を上げた。


「レン様、次は私がご説明いたします。その鎧なのですが常にレン様に活力を与え続けることができるのです。例え何も食さずとも半永久的に活動することができます。また万が一にもお怪我をなされた時のために傷を瞬時に癒す働きもございます。レン様はフルフェイスのスリッド部分、その防護膜の内側に時刻が表示されているのはご存知でございますね」

『当然だ、その時間を見て食事に戻ってきたのだからな』

「この防護膜にはそれ以外にも二つの機能がございます。一つは暗闇でも昼間のように明るく見渡せる機能、もう一つは[鑑定アプレイズ]の機能でございます」

『[鑑定アプレイズ]だと?』

「はい、集中して対象を見ることで相手のステータスを確認することができるのです。これはエイプリルからの提案で、分かりやすいようにステータスの規格は冒険者の認識票に合わせております。人間の作り出した規格のため、頑張っても百万を超えるステータスは図ることが出来ませんでしたが問題はないかと思われます」


 レンは小躍りしたくなるほど嬉しくなる。

 半永久的に活動できるなど聞き捨てならない発言はあったが、そんなものはステータスを見ることができると聞かせれて頭から消え去っていた。


 ヘスティアよくやった!

 お前はやれば出来る子だと思ってたよ!

 やばい!ステータスが見れるとかマジで嬉しいんだけど。


 説明が終わったヘスティアは満面の笑みでどうですか?とレンの顔を覗き込む。

 そこは上機嫌のレンである。ヘスティア体を引き寄せると頭を抱き抱えるようにして優しく撫でた。


『素晴らしい。流石ヘスティアだ』


 ヘスティアは歓喜に打ち震えながら幸せそうにレンに身をあずけた。

 一方で先程と異なる撫で方にアテナが悔しそうに不満を漏らす。


「レン様、私と撫で方が違います。私も頭をぎゅっと抱き抱えて欲しいです」

『ではもう一度撫でてやろう』


 上機嫌のレンはヘスティアを撫で終えると、アテナの頭を抱き抱えてもう一度撫でてやる。

 先ほど一度撫でているため、他から不満が出ないように短めに撫でて終わる。

 レンもこの辺の調整は慣れてきたのか無意識のうちになされていた。

 アテナとヘスティアが至福の表情を浮かべて惚けているのを見て、最後は私の番とニュクスが妖艶な笑みを浮かべる。


「レン様、最後に私が剣についてご説明いたします。その黄金の剣は小さな大陸でしたらひと振りで消し飛ばすことができるレン様専用の剣でございます。如何でしょうか、もしよろしければお試しなされますか?」


 期待すように息を荒げながら自信満々に告げるニュクス。

 だが、それとは真逆にレンは先程の嬉しかった気持ちが一気に消沈する。


 よろしくねぇし!試すわけねぇだろ!!

 この剣は絶対に抜かないぞ!

 お前は俺を大量殺人者にしたいのか?

 小さな大陸なら消し飛ばすってなんだよ!

 馬鹿じゃねぇの?


 レンの顔をから笑みが消えたのを見てニュクスが途端に挙動不審になる。

 どうしようと助けを求めるように辺りをきょろきょろ見渡すも、アテナ、ヘスティアは先程の余韻に浸り心ここに在らずといった感じだ。

 他の者はレンに嫌われることを恐れてか、それともニュクスに関わり合いたくないのか、誰も助けようとはしない。

 ニュクスは誰も擁護してくれないと知ると悲しそうな顔をする。


「申し訳ございませんレン様。やはり剣の威力が低すぎるのですね。私も星を粉々に砕くほどの剣を作ろうとしたのです、ですが力及ばず……」


 いやいやニュクスさん。

 あんた何言ってんの?

 やっぱり馬鹿なの?

 星を砕いてどうするの?

 全員死んじゃんですけど?


「レン様、一ヶ月ほどお時間をいただけないでしょうか?必ずや星を一撃で砕く剣をお作りいたします」


 ニュクスは決意に満ちた表情で真っ直ぐにレンの瞳を覗き込む。


 おい!巫山戯ふざけんな!!

 そこはやる気出すとこじゃないから!

 しかも、たったの一ヶ月で星を砕ける剣とか作れるの?

 お前ちょっと規格外過ぎないか?


 ニュクスの訳の分からないやる気のせいで、もはやこの星の寿命は風前の灯火である。

 レンもそんなことを許すはずもなく即座にニュクスをたしなめた。


『ニュクス、お前は勘違いをしている。私はお前の見事な剣に驚いていたのだ』

「えっ!そうなのですか?ですが小さな大陸しか消し飛ばせませんし、やはり作り直した方がよろしいのでは?」

『絶対に作り直すな!私は今の剣を気に入っている!これは生涯大切にするから絶対に作り直すなよ!』

「レン様――私の、いいえ、私たちの作ったものをそれほどまでに大切にしていただけるとは、妻としてこれに勝る喜びはございません」


 ニュクスは頬を染め口元を歪ませながらレンに迫る。

 レンはニュクスが見せる圧の強さに少したじろぐも、直ぐに笑顔を取り繕い頭を抱き抱えた。

 胸に顔をうずめ息を荒げながら身悶えしているニュクス。内心ドン引きしながらも、レンはニュクスの頭を抱き抱えながら優しく撫でてやる。


 はぁ~、これで星の寿命は伸びただろうか……

 俺が使わなければ良いだけかもしれないが、星を砕ける剣があること自体が問題だからな。

 今は俺だけしか使えなくても将来はどうなるか分からない。

 もしかしたら俺の子供が使えるかもしれないし、遊び半分で剣を振り回して星が壊れたなんて洒落にもならない。


 レンはニュクスの頭を撫でながら一人世界の安寧を願うのであった。

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