第67話 冒険者3

 サウザント王国最南端の街、城塞都市コルタカ。

 その東には切り立った山脈と荒野が広がり遥か遠くでは新たな遺跡が発見されていた。

 西には生物の侵入を拒むウェンザー山脈がそびえている。


 そんな街の直ぐ南には大森林が広がり魔物と蛮族バーバリアンの縄張り争いが続いていた。

 縄張り争いといっても森に巣食う魔物はゴブリンやコボルトなどの弱い魔物ばかり、所詮蛮族バーバリアンの敵ではない。

 だが、数の上では繁殖力の高い魔物の方が圧倒的に有利であった。

 また、蛮族バーバリアンだけでは広大な大森林の隅々まで目が行き届かず、魔物を根絶やしにすることができないのが現状である。

 そのため森の中では絶えず蛮族バーバリアンと魔物の小競り合いが続いているのだ。


 魔物や蛮族が森から出ないことにも理由はあった。

 ゴブリンやコボルトのような魔物にも多少なりとも知性はある、遮蔽物のない見通しの良い平野では為す術なく狩られることを知っているため、森から出ることは殆どない。

 また、蛮族バーバリアンは森の恩恵を受けながら暮らす自然を愛する種族であった。

 蛮族にとって森とは神聖な場所であり、そこから離れることは禁忌とされていたのだ。


 そんな蛮族とサウザント王国に国交はない。

 しかし、共通の敵として魔物が存在しているため、遥か昔より互いに助け合う良好な関係が築かれていた。

 お互い森で怪我をしている者を見つければ手厚く手当をするし、腹が空いていれば食料を分け与える。

 そのため、蛮族は冒険者が森に入ることを快く受け入れていた。


 蛮族と魔物、その二つの勢力を監視するかのようにコルタカの南側には高い監視塔が建てられている。

 尤も蛮族が敵になることはないため、その役割は森から出る魔物を監視するためのものだ。

 コルタカは城塞都市の名の通り、通常よりも高い壁に囲まれ多くの兵士が常駐している。

 魔物が森から出るのは希なことだが、もし魔物を発見すれば直ちに兵士が駆けつけ討伐できるようになっていた。

 そのため魔物は街に近づくこともできない、コルタカは森の近くにあっても驚くほど平和な街であった。


 一見すると冒険者の出番がないように見える街だが、この街を拠点にしている冒険者は意外にも多い。


 確かにコルタカの冒険者ギルドでは魔物の討伐依頼は皆無と言ってもよい。

 しかし、南の大森林には多種多様な薬草が自生し、ここでしか採取できない希少な薬草も数多くあった。

 また、薬草を買い付けた行商人が護衛として冒険者を雇ったりもする。

 冒険者ギルドでは常に薬草採取や護衛の依頼が絶えることはなかった。そのため、採取や護衛を得意とする冒険者は好んでコルタカを拠点に活動していた。

 更に東の荒野で新たな遺跡が見つかったことから、一攫千金を狙う多くの冒険者が訪れていたのだ。

 そんな冒険者たちがひしめき合い、コルタカの街は例年になく賑わっていた。



 行商人や冒険者で賑わうコルタカの街を二人の男女が冒険者ギルドに足を進めていた。

 その異様さに行き交う人は立ち止まり、またある冒険者は馬鹿を見るように呆れている。

 一人は冒険者なのだろう。偉丈夫は成金豪商や貴族でも呆れるほどの派手な黄金の全身鎧フルプレートを身に纏い、黄金に輝く剣を腰に差していた。

 風でなびく真っ白なマントには竜王国の紋章が金の刺繍で描かれている。

 黄金の鎧は鏡のように磨かれ行き交う人を映し出し、空から降り注ぐ太陽の光を反射して眩い光を放っていた。


 もう一人はワンピースを着たちんまりとした可愛らしい少女である。

 大きく目を見開いて店先に並ぶ食べ物を珍しそうに眺めながら歩いている。

 一見すると親子にも見える不思議な二人組。


 みな一様に訝しげな視線を向けるが声をかけるものは誰もいない。

 成金の豪商でもこんなド派手な鎧を身に付ける馬鹿はいないだろう。

 もし、純金で出来ているのなら重い上に強度はそれほどでもない。そのうえ魔物に見つかりやすいため実用性は皆無と言ってもいい、襲ってくださいと言っているようなものだ。

 また、高価な物と一目で分かるため盗賊にも狙われやすい。

 こんなものを着用するのは世間知らずである貴族の馬鹿息子しかいないと思われたのだ。

 そのため誰もが遠巻きに眺めて近づこうとしない。

 貴族によっては暴言を吐いたと些細なことで平民を牢獄送りする者もいる。

 誰もが馬鹿な貴族には関わり合いたくないと遠巻きに見て見ぬふりをする。


 二人組は冒険者ギルドの前で立ち止まると、窓越しに見える活気溢れる光景に小さく頷いた。

 そのまま扉を潜り冒険者ギルドの中に足を踏み入れる。

 すると黄金の鎧を目にした冒険者がぴたりと動きを止めた。

 それは隣へと伝染しいつしかギルド内は静まり返っていた。

 先程まで我先にと依頼を手に取っていた冒険者は依頼の用紙を床に落とし、カウンターで手続きをしていた受付嬢はその手を止めている。

 みな一様に頭のおかしな奴が来たと言わんばかりの呆れた表情を見せていた。

 だが、やはりと言うべきか貴族の報復を恐れ声に出すものは誰もいない。


 二人組が依頼を張り出している掲示板の前に歩みを進めると、逃げるように他の冒険者が遠ざかる。

 その様子を見て黄金の鎧を身に纏う偉丈夫はフルフェイスの下で顔を歪ませた。

 こうなることは薄々予想していたのだろう、がっくりと肩を落として溜息を漏らしていた。

 一緒にいた少女はそんな様子に気付くことなく楽しそうにギルド内を見渡している。

 偉丈夫が依頼を暫く見ていると遠巻きに見ていた冒険者たちが何やらひそひそと話をしだした。


「誰か忠告してやれよ、あんな目立つ格好じゃ魔物の標的になるぞ」

「馬鹿言うな、下手したら難癖つけられて牢屋送りになるだけだ。何も言わない方がいいって」

「しかも子供連れとか頭がおかしいんじゃないのか?」

「冒険者を舐めてるんだろ?これだから貴族は……」

「あの金ピカ野郎が死ぬのはいいとしても、巻き添えを食らう子供が可哀想だろ」

「あんたら男だろ?ビシッと誰か言って来なよ」

巫山戯ふざけんな。あんな馬鹿みたいな格好してるんだぞ」

「常識も知らない貴族様だ。間違いなく牢屋送りにされるって」


 冒険者の話声が聞こえてきたのだろう。偉丈夫はその声に一瞬ぴくりと反応を示した。

 余りの酷い言われように泣きたくなるのを堪えながら聞こえないふりをする。

 フルフェイスで表情が悟られないのが救いである、きっと情けない表情をしていたことだろう。

 連れの偉丈夫が注目を集めているのを見て少女は顔を綻ばせた。


「レン様はすごいの。みんなレン様のこと見てるの」


 黄金の鎧を身に纏っていたのはレンであった。

 そして尊敬の眼差しでレンを見上げる少女はメイである。

 メイはレンが尊敬されて注目を集めていると勘違いしたのだろう、自分のことのように嬉しそうにしている。

 レンはそれを誤魔化すようにメイの頭を優しく撫でた。

 金属越しにも関わらずメイは気持ちよさそうに目を細めて撫でられ続ける。

 レンはフルフェイスのスリッドから横目で冒険者を観察すると、明らかに呆れた表情が見てとれた。


 恐らく馬鹿だと思ってるんだろうな……

 当然だ、俺だってこんな派手な鎧を着た奴を見かけたら頭がおかしいんじゃないかって思うよ。

 俺はちゃんと目立たないようにって言ったのに、それなのに……

 あいつらときたら、俺の髪に合わせて武具は絶対に黄金にするって言うし、マントには勝手に竜王国の紋章を入れるし、結局こんな格好で来る羽目になったんだよな。

 これから俺は馬鹿だの、頭のおかしい冒険者だのと呼ばれ続けるのか……


 レンが悲嘆に暮れているとメイが黄金の鎧をちょんちょんつついた。


「レン様元気ないの。お腹空いたの?」

『そんなことはないぞ。さて、依頼を選ぼうか』


 レンは小さいメイを心配させまいと努めて明るく話しかけた。

 張り出されている依頼に視線を移し、その中から簡単なGランクの依頼を探しだす。 

 Gランクの依頼に一通り目を通してレンは怪訝な顔をする。それは、レンの期待していた魔物討伐の依頼が一つもないことが原因していた。

 仕方なく薬草採取の依頼を剥ぎ取るとメイを引き連れカウンターへと歩き出した。


 当然のようにレンを避けてカウンターの前から人が遠ざかり、依頼が貼り出されている掲示板の前には逆に人が群がった。

 誰が見てもレンを避けているのは一目瞭然だ。

 数人の受付嬢が平静を装いながら「自分の前に来ませんように」とカウンターの下で指を組みながら小声で祈っている。


 レンがカウンターの前に立つと、目の前の受付嬢が顔を引き攣らせながら精一杯の笑みを浮かべた。


「いらっしゃいませ。今日はどのようなご要件でしょうか?」

『この依頼を受けたい』

 

 レンのことを貴族と勘違いしているのだろう。受付嬢は失礼のないように細心の注意を図りながら差し出された依頼を受け取り目を通す。

 確認が終わると立ち上がり奥から大きめの袋を取ってきてカウンターの上に置いた。


「ではこちらの袋一杯に指定された薬草を採取してきてください。報酬は銀貨1枚になりますので失敗した際の違約金として銅貨2枚をお預かりします。それと認識票を確認しますので出していただけますか?」

『分かった』


 レンはカウンターの上に銅貨2枚を乗せ、裏返しに首から下げている認識票の表側を見せた。

 その際、種族が見えないように種族の表示部分を指で持つようにして隠すことを忘れない。

 受付嬢は依頼用紙に必要事項を書き込むと銅貨を受け取りにっこりと微笑む。


「これで手続きは完了しました。依頼用紙に記入されていますように依頼期限は今日までとなっております。日付変更前に依頼を完了させてください」


 そこでレンは依頼期限を見ていなかったことに初めて気が付いた。

 しかも、簡単な依頼だと思っていたが大きめの袋だ。これだけ多くの薬草を集められるかレンは途端に不安になる。

 抑、書かれている薬草がどういうものなのか全く分からない。

 クレーズにでも聞いてのんびり集めようかと思っていたレンだが出鼻からくじかれてしまう。


『すまない。この薬草がどういうものなのか見本を見せてくれないか?』

「えっ?子供でも知ってる一般的な薬草ですけど――っ申し訳ございません。貴族様ですもの知らないのも仕方ありませんよね。少々お待ちください直ぐに薬草をお持ちします」


 受付嬢はそそくさと奥へ消えると緑色の草を数本持って来て「こちらでございます」とレンに見せた。

 レンはその草を受け取ると屈んでメイにも見えるようにする。

 そして、まじまじと眺め観察するが、何処にでもありそうな特徴のない草に眉を顰めた。

 日本の食材にあるニラによく似ているな、レンはそう思いながら葉の形や色などを覚えると薬草を受付嬢に返した。


 受付嬢は「念のため」と一言告げ補足説明を始めた。

 相手は薬草も見たことがない素人、このままでは依頼は失敗に終わると思ったのかもしれない。


「この薬草は南の森に自生しています。薬草自体は沢山自生しているのですが薬草採取の依頼は多く、この時期ですと森の入口の薬草は取り尽くされているでしょう。森の奥に入らなければ見つからないかもしれません、十分お気をつけください」


 受付嬢は大丈夫だろうかと不安げな表情を浮かべた。

 何せ依頼を失敗したにも関わらず難癖をつける冒険者はよくいる。

 それがただの冒険者なら良いが貴族となると面倒になるのは目に見えていた。

 話がこじれることになれば権力にものを言わせて結果的に受付の対応が悪いと言われることだってある。そのため依頼は成功して欲しいと願っていたのだ。

 そんな受付嬢の心配を他所に、レンは「問題ない」と告げると冒険者ギルドを後にした。



 冒険者ギルドは街の南側に位置していることもあり南門までは直ぐに着いた。

 レンが門を潜ると見渡す限りの大森林が視界に飛び込んでくる。

 森までは歩いて一時間くらいの距離だろうか、そんなに距離は離れていない。

 恐らく定期的に草木を焼き払うか刈っているのだろう。森までは不自然なまでに遮蔽物は一切なく、森から魔物がでれば一目で分かるようになっていた。


 レンは周囲の地形を確認するように左右を見渡した。

 コルタカまではサンドラの[転移テレポート]で来たため、街の周囲がどのようになっているのか実際に目にするのは初めてなのだ。

 勿論、事前に話は聞いているし情報収集も行っていた。

 だが、話を聞くのと実際に目にするのとでは違うことも多々ある。

 レンは聞いた話を思い出しながら一つ一つ確認していく。


 西がウェンザー山脈。

 そして東にも切り立った山脈があって、これがずっと東に伸びてるんだよな。

 二つの山脈に囲まれて森の入口は狭いって聞いてたけど、それでもかなり広くないか?

 一体何キロあるんだよ。

 情報通り街からは森の入口全体が見渡せるけど、遠くに魔物が出たらどうするんだ?

 あとは東に荒野があるはずなんだが山脈が邪魔で見えないな。

 東の山脈沿いに北は荒野で南は森のはずだが……

 荒野を確認するには北に移動する必要がありそうだし後にしよう。

 最近発見された遺跡に興味はあるが先ずは薬草採取だ。

 確か森の奥には魔物がいるから注意してと……


 レンはサンドラから聞いた話を思い出しては一人でうんうん頷いていた。 

 そして、周囲の確認が終わるとメイに手を差し出す。


『それでは行くか』

「はいなの」


 レンが差し出した手を握りメイは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 見通しのよい場所だが念のため周囲に注意を払いながら歩き続ける。

 数多くの冒険者が同じように森へと向かって歩みを進めているが、やはりと言うべきか誰もレンに近づこうとしない。

 少しでも遠ざかるように横へと徐々に移動している。


『随分と嫌われたものだな……』


 メイは何で?と不思議そうに小首を傾げた。

 何で嫌うのか理由は分からないが、それでも大好きなレンが嫌われるのは許しがたい。

 頬を膨らませムッとしながら周囲の冒険者に視線を移した。


「メイやっつけてくる?」


 レンは苦笑いを浮かべながらメイの頭をぽんぽん叩いた。


『メイ、人間に怪我をさせたら駄目だぞ』

「うぅ~、分かったの」


 思ったよりも近かったようで一時間も歩かないうちに森の前まで来ていた。

 森の入口は薬草採取で冒険者がよく来るのだろう。地面は踏み固められ、しっかりとした道のようなものができている。

 レンたちは道に沿って森に入り周囲を警戒しながら薬草を探すもなかなか見つからない。


『受付の女性が言ってた通り、もう少し深い場所まで行かないと薬草はないみたいだな。メイ、迷子にならないように手を離すんじゃないぞ』

「メイ離さないの」


 それから数時間探すも薬草は見つからず昼の時間が近づいた。

 肉体的には全く疲れていないのだが慣れない作業にレンの精神はガリガリ削られていた。

 慣れた者なら薬草がどのような場所を好んで自生するか分かるのだろうが、初心者のレンにとっては大変な作業である。


『まさかこれほど見つからないとはな。メイ、一度城に戻って食事にしよう』

「ご飯なの!」


 メイはお腹が空いていたのか、ご飯と聞いて嬉しそうに笑みを見せると即座に[転移テレポート]の魔法を唱えた。

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