第66話 冒険者2

 そんな中でニュクス、アテナ、ヘスティアの三人は互いに目配せして何やら意思疎通を測っていた。


「レン様はなぜ冒険者になりたいのですか?」


 レンは顔を上げ声の方に視線を移すと、そこには笑顔のヘスティアの姿があった。

 満面の笑みを見せるヘスティアに嘘つけないと思ったのか、或いは見抜かれる気がしたのか、レンは自分の正直な気持ちを語り始めた。


『単純に言えば娯楽だな。冒険者は命懸けの職業なのは知っている。だが、以前の世界での記憶がどうしても遊びと錯覚させてしまう。魔法学校も同じような理由から行ってみたいと思ったのだ。自分でも愚かだと分かっているのだがな』

「娯楽でございますか――つまりレン様は狩りを楽しみたいのですね」

『狩り?まぁ、そんな感じなのかな』

「よろしいのではないでしょうか。狩猟本能は大切でございます」


 え!?狩猟本能?

 まぁ俺もドラゴンなわけだし狩猟本能はあるのか?

 どう考えても疑問符が付くが一先ずそれは置いておこう。


「条件付きで認めていいと思うのだけど、ニュクスやアテナはどう?」

「そうね条件付きならいいのではないかしら?」

「装備一式は私たちが最高のものを用意するからお怪我をされることはないでしょうし――他にも色々条件はあるけれど問題はなさそうね」


 三人の言葉が信じられないのか、それとも無理難題な条件を突きつけられると思っているのか、レンは半信半疑で訪ねた。


『冒険者として活動してもよいのか?』

「条件がございますが問題はございません」


 三人を代表してヘスティアが答え、レンは不安を押し殺しながら恐る恐る条件を問いかける。


『……条件とは何だ?』

「そうですね、私たちの作った武具を装備していただきます。これは安全に配慮し私たち三人しか脱着できないようにいたしましょう」


 アテナの言葉にレンは顔を顰めた。


 それってお前たちが俺の着替えを楽しみたいだけだろ?

 だが、着せ替え人形になるだけで冒険ができるなら悪い話ではないな。

 いや、むしろ着替え程度で済むなら好都合じゃないか。

  

『いいだろう。その条件をのもうではないか』

「では、次の条件ですが――」

『ちょ、ちょっとまて、まだ条件があるのか?』


 ヘスティアが更なる条件を言い出そうとしてレンは慌てふためいた。

 確かに条件は一つだけとは言っていない。しかし、一つだと思っていたレンには不意打ちもいいところだ。

 この時点で完全に主導権は握られていたのだろう。

 ヘスティアは驚くレンを気にすることなく落着き払いながらさも当然のように言葉を続ける。


「はい、もう一つの条件はお食事の時は必ず城に戻っていただきます。食事はきちんと取りませんとお体に障りますから。これには[転移テレポート]の魔法が欠かせませんので誰か供回りが必要になります。それと冒険者として活動する時間は朝食後から夕食までの間といたします。睡眠はきちんと寝室でお取りください」


 ヘスティアの言葉にレンは更に顔を顰めた。

 食事の度に城に戻る必要がある上、活動時間まで制限される。更には供回りと言っているがお目付け役が同行するのと同じだ。

 もし、三人が同行したらどうなることか、ニュクスは大陸ごと魔物を消しかねないし、他の二人もそれに近い力を持っている。

 歩く災害になるのは目に見えていた。


『食事時に城へ戻るのはいいだろう。供回りは私が決めてよいのだろうな』

「供回りは当然妻である私とニュクスとアテナが承ります」


 予想していた答えとは言えそんなことを許すはずがない。

 三人の力は常軌を逸してるうえに異常なまでに過保護だ。

 もし、レンを襲うまでもなく殺気を向ける魔物がいれば、その種族は危険とみなされ根絶やしにされることだろう。

 冒険初日で世界の生態系が大きく変わることになる。


 どうしたものかな……

 まともに説得しても絶対に折れないだろうしな。

 三人の考えを変えるにはどうすれば……

 そうだ、ここは理想の妻とはこうあるべきだと教えたらどうだろうか。

 それなら、あの三人も考え方を変えるかも知れない。


『三人ともよく聞くがよい。私の思い描く理想の妻とは、夫を快く送り出し家で夫の帰りを待つものだ。夫は外に出て見聞を広め妻は家を守る。お前たちにはそうであって欲しいと願っている』


 それを聞いた女性陣の顔つきが変わる。

 先程まではレンの供回りとして付き従いたいと思っていたが、一瞬にして居城に残りたいと意識が変わった。

 誰もが理想の良き妻でありたいと思ったのだ。


「レン様、この居城のことは私たち三人にお任せ下さい。供回りは上位竜スペリオルドラゴンから選びましょう」


 ヘスティアが上位竜スペリオルドラゴンに視線を移すと、みな一様にそっぽを向いて視線を合わせようとしない。


「栄えあるレン様の供回りよ、誰かやりたい人はいないの?」


 だが、供回りよりも理想の妻として見られたいため誰も手を挙げない。

 メイはアホだが空気が読める子だ、よく分かっていないが誰も手を挙げないため空気を呼んで手を挙げない。

 男性陣はカオスの言いつけを守り相変わらず我関せずと気にする様子もない。

 暫く待っても誰も手を挙げないことから痺れを切らしたヘスティアの語気が強くなる。


「今現在レン様から任務を与えられていない者は立ちなさい」


 冷ややかな、それでいて迫力のあるヘスティアの声に数人がその場で立ち上がる。

 立ったのはエイプリル、メイ、セプテバの三人。

 その三人を見てレンはどうしようかと頭を悩ませた。


 エイプリルとセプテバは目立ちすぎるから却下だな。

 メイも子供だし駄目だろ。

 ってなると誰もいないんじゃないか?

 他の皆には今どんな任務を与えてるんだっけな。

 オーガストは言わずもがな無理。

 ジャニーとフェブは国内の魔物狩りや盗賊の捕縛。

 ジュンはノイスバイン帝国の連絡、調整役。

 サンドラはサウザント王国の連絡、調整役。

 マーチは食事の用意。

 ジュライは農場プラントの管理。

 ディセは旧エルツ帝国の管理。

 オクトは街道の整備。

 ノーヴェはオーガストの補佐。

 最後にカオスは名ばかりの家令スチュワード兼、ドレイク王国の連絡、調整役。

 やっぱりエイプリル、メイ、セプテバの三人から選ぶしかないのか……

 でもな、エイプリルとセプテバは知名度がありすぎるんだよな。

 それに二人共俺が怪我でもしようものなら豹変しそうで怖いし、どうしたら――


「……レン様、レン様」


 レンは何度も呼ぶ声に視線を向けるとヘスティアが心配そうな顔をしていた。


「レン様、大丈夫でしょうか?なにかお気に召さないことでも?」

『少し考え事をしていただけだ、気にするな』

「それならよろしいのですが、では供回りはエイプリル、メイ、セプテバの三名でよろしいでしょうか?」

『それなんだが私は目立たないように行動したいと思っている。エイプリルとセプテバは知名度が高いため私の供回りには向かないだろう』

「目立たないようにですか?」


 ヘスティアのみならず一同不思議そうな表情を見せていた。


『私はオーガストの従者という事になっている。その従者が冒険者をしていたら怪しまれるだろうからな』

「ではお顔を見えないようにしたら如何でしょうか?」

『確かに私の顔を隠す必要もあるだろうが、それでも二人は供回りにできない』

「なぜでしょうか?」


 執拗なヘスティアの問いかけにレンも困ってしまう。


 なぜでしょうかって言われてもな。

 以前、冒険者ギルドでぶち切れてたから連れて歩きたくないんだよ。

 もし俺に絡んで来る奴がいたら絶対に殺されるぞ。

 そもそも、竜王国の重臣なわけだし……

 ん?そうだよな。

 国の重臣が一緒にいる時点でおかしいだろ。

 二人と一緒にいるあいつは誰だってことになる。

 そこから俺の素性が知られる恐れだってあるじゃないか。


『オーガスト、二人も国の重臣として各国に紹介したのだろう?』

「はい、メイ以外の重臣は紹介いたしました」


 メイ以外と聞いてメイは少し悲しそうに俯いていた。

 仲間外れにされたと思ったのだろう。メイは何も知らせれておらず、自分の知らないところで皆が集まっていたのが悔しくて仕方ないといった面持ちだ。

 そんな悲しげなメイを助けるかのようにレンは口を開いた。


『メイ以外だと?メイは紹介しなかったのか?』


 少し不機嫌そうに尋ねるレンにオーガストはどのように答えるのが正しいのか即座に考えた。

 アホすぎて竜王国の恥となるため紹介しなかったのだが、そのまま答えるのは躊躇ためらわれたのだ。

 何せアホでもレンの配下である。お前の配下がアホだからと言われたら誰だって気分は悪くなるだろう。

 そのため言葉を選びレンを怒らせないように細心の注意を払った。


「メイはまだ幼く人前に出すには時期尚早と思われました。また幼い子供が重臣では侮る者も出てくるでしょう」

『そういう事か――だが、サンドラはよいのか?』

「サンドラはサウザント王国では知らぬ者はおりません。それに、神としての名は隣国にも知れ渡っておりますので問題はございません」

『……それならば仕方ないか。だが、今後はメイも出来るだけ対等に扱うようにせよ』

「畏まりました」


 メイは満面の笑みで瞳をきらきら輝かせながらレンを見つめていた。

 レンはメイの機嫌が直ったのを確認するとヘスティアに視線を移す。 


『話が逸れたが今大事なのはエイプリルとセプテバが竜王国の重臣と知れ渡っていることだ。その二人と一緒に行動していたら私の素性が知られる恐れもある』

「レン様、もう素性を明かしても良いのではないでしょうか?竜王であるレン様がこそこそする必要はございません」

「まさにヘスティアの言う通りでございます」

「レン様がお隠れになる必要はございません」


 ニュクスとアテナもヘスティアの言葉を肯定する。

 オーガストらもその通りと言わんばかりに頷いていた。


 いや、駄目だから!

 素性がバレたら冒険者としてやっていけなくなるだろ!


『私の素性は今まで通り隠し通す。もし、素性が知られることになれば冒険者として活動できなくなる。貴族や豪商が私に取り入ろうと周りを彷徨うろつく恐れもあるからな』

「ですが、それでは供回りはメイだけになります。メイはまだ幼く一人でレン様に同行させるには少々不安が残りますが……」


 オーガストの言葉にメイはびっと真っ直ぐに手を挙げ反論する。

 

「メイお手伝いできるもん!」

『メイ、もしかしたら怪我をするかも知れないのだぞ?』

「メイ、お役に立つの!」


 メイは今までないがしろに扱われていたことはレンも知っている。

 これはメイにとっては千載一遇の機会なのかもしれない、そう思うとレンも駄目とは言いづらかった。

 真摯に向けられるメイの眼差しにレンは溜息を漏らした。


『では供回りはメイに任せる。危なくなったら[転移テレポート]の魔法で城に戻ればよいのだ、問題はなかろう』

「レン様、やはり納得いたしかねます。娯楽であれば他にもあるでしょう、なぜ冒険者なのですか?お願いいたしますご再考ください」


 カオスが神妙な面持ちで頭を下げた。


「カオスは何を言っているの?レン様が冒険者として活動するのは決定済みよ。私は妻として毎日レン様を見送るの。そして、愛の巣であるこの居城を守るのよ。妻としての役目を奪うような発言をするなんて殺されたいのかしら」

「それにレン様の武具は最高の物を用意するもの、絶対にレン様が傷つくことはないから安心なさい」

「カオスは私たちに逆らうというの?一番年下のくせにちょっと生意気じゃないかしら」


 三人に睨まれてカオスは何も言えなくなる。

 その様子を見たレンは心の内でカオスに語りかけた。


 俺の我儘わがままのせいですまんカオス。

 それにしても、お前って一番年下だったのか。

 怖い姉――のような存在――が三人もいて大変そうだな。

 これに挫けず強く生きるんだぞ。


 だが、レンの心の声はカオスに届くはずもない。

 項垂れるカオスには男性陣から同情の眼差しが降り注いでいた。

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