第59話 国家樹立16
半月が経つ頃にはディセの手腕と
落としどころとしては、表面化した問題を片付けながら少しづつ統制を計るらしい。
現時点の問題は有り余る騎士や兵士だが、今のところ魔物討伐や治安維持の名目で、旧エルツ領内の巡回や街の警備をさせている。ディセの話では徐々に減らしていくということだが、全てはディセに丸投げだ。
そんな丸投げ主義のレンは最近では執務室にいることが多い。
領土も広がり上げられてくる書類の量が増えたためだ。
もっとも目を通してもよく分からないのだが、それでもレンは何かあった時のために必ず書類には目を通している。
何かあった時とは、何か大きな失敗をした時のことだ。ニュクス、アテナ、ヘスティアが
誰もレンを責めることはできないため、大きな失敗があっても責められる者は誰もいないことになる。
レンは全ての書類に目を通して判を押すと、背を伸ばして小さく呟いた。
「国家樹立の式典が始まっている頃だな……」
レンは自分の左右に立つ三人の女性に視線を向ける。
三人とは当然、ニュクス、アテナ、ヘスティアのことだ。今日は三人ともやる事がなく、朝からずっとレンと行動を共にしていた。
特に旧エルツ帝国に第二の居城を築いてからは、ニュクスとアテナは毎日やる事がないためレンの傍にいることが多い。
最近になってヘスティアにはメイド長としての役割を与えている。
エルツ帝国を併合した後、レンが奴隷の子供を買い集めるように指示したため、メイドが急増していたこともある。その教育係として正式にヘスティアを
ヘスティアがメイド服を着ているから、これに尽きた。
もともと最初にいたメイドにもヘスティアが中心となって仕事を教えている。ヘスティアの一般常識は少し不安だが、補佐としてジャニーを付けているので問題はないだろう。
今日は国家樹立の式典や晩餐会など城の中は一日中慌ただしいため、メイドの教育はお休みだ。そんな訳で普段のヘスティアはメイドの教育に
レンの命令だからか、それとも楽しいのだろうか、ヘスティアは一切不満を言わずに従っていた。メイド服を普段から着ていることもあり、メイドに親近感があるのかもしれない。
本当ならニュクスとアテナにも何かしらの役割を与えた方がいいのだろうが、これといってないから困っている。
アテナには創世魔法を生かして建設の全てを任せようとしたが直ぐに思い止まった。
作る物が全て
ニュクスは性格がアレだし得意なことは破壊らしい。任せることが何もない。
何せ大陸くらい簡単に消し飛ばしてしまうらしい。聞いた話によれば、昔はよくニュクスが大陸を消し飛ばし、アテナが新たな大陸を作り、ヘスティアが生物を繁殖させていたらしい。
神々の遊びかよ! と、レンが心の中で突っ込みを入れたのは最近の話だ。
前竜王グラゼルが、
ちなみにカオスには
それはもうこれでもかと喜んでいたが、敢え無く三人に「私たちとレン様の邪魔をするな!」と、遠ざけられていた。
寂しそうなカオスの後ろ姿が今でもレンの脳裏には焼き付いている。余りに不憫であの時ばかりはカオスに同情したものだ。
レンが判子を押す動きを止めて最近の出来事を懐かしんでいると、三人が覗き込んでいることに気付いた。
「どうした三人とも?」
「いえ、何か考え事をしていたようですが、やはり式典が気になるのでしょうか?」
ニュクスの言葉に首を傾げる。
レンからして見れば特に気になることでもない。式典に行きたいとも思わないし行ってどうにかなる訳でもない。
「いや、特に気にならないがどうした?」
「先ほど式典が始まる頃だなと仰っていましたので」
小さな声だがレンの言葉を三人が聞き逃すはずがなかった。
式典に行きたいのに我慢しているのではと三人は思っていたのだ。
「そんなことか、式典が始まる時間だったからな。思わず口に出たのだろう。気にすることはない」
三人は部屋の隅に集まると何やらひそひそと密談を始めた。
時折訝しむようにレンに視線を向けてくる。その態度にレンは眉を顰めながら小さな溜息を漏らす。
(なんだよ、もしかして信用されてないのか? こんなことで嘘なんか言うはずないだろ……)
三人の中で結論が出ると、レンに向かい合い切実に訴え始める。
「みなまで言わなくとも私たちには全て分かります」
「レン様、嘘は仰らないでください」
「レン様はとても奥ゆかしいお方、遠慮なさっているのですね」
ニュクス、アテナ、ヘスティアの言葉にレンは愕然とする。
(どうしたお前たち、頭でも打ったのか? いや違うな。元から考え方がおかしかったな。俺は式典には出たくないんだよ)
「お前たちは何か勘違いをしている。先ずは落ち着け」
「レン様は何も心配なさらずとも私たちにお任せ下さい」
「特別なお席を直ぐにご用意いたします」
「ご安心ください、これから式典に参りましょう」
(お任せできないし、安心もできない。あと特別な席ってなに言ってんのアテナ。俺はオーガストの従者ってことになってるんだから目立ったら駄目だろ?)
「お前達は何か勘違いを――」
レンは呆れて否定の言葉を口に出すが、全て言い終わる前にニュクスの声が遮っていた。
「では直ぐに身支度を致しましょう」
同時に三人の手がレンの衣服に伸びる。
「 や、やめろお前たち、引っ張るな! 私は何処にも行かないぞ! ちょっ、まて、分かった。行く、行くから引っ張るな! 下着を掴むんじゃない!!」
一瞬で上半身を裸にされたレンはその場で崩れ落ちた。
(俺が何をしたって言うんだ……。事あるごとに下着を脱がそうとするし、酷過ぎないか? それに式典に出るにしても目立つのは不味い。こいつらどんな衣装を着せようとしているんだ? 早くなんとかしなくては……)
暫くして、レンはまるで強姦に襲われたような姿でよたよたと立ち上がった。
「式典には見学しに行くだけだ。目立たない庶民の服で行くからな」
「「「…………当然でございます」」」
三人は互いの顔を見合わせて不満そうに口を開いている。
尽かさず
「玉座の間には大衆を見下ろせる貴賓席がご用意してございます」
「後は[
『なら問題はないか――だが式典に行く前に着替えなくてはな』
その言葉を待ってましたとばかりに三人は大量の衣装を準備し始めた。
執務室の何処にしまっているのか次から次へと衣装がソファの上に置かれていった。
また始まるのか……そんなことを思いながらレンはげんなりする。
今朝も衣装選びで一時間かかっていた。毎朝のことだが、それがまた始まるのかと思うと気分も落ち込んでいく。
しかも式典を見学するだけなのに、何故か派手で豪奢な衣装が多く用意されていた。
『お前たち分かっているのか?見学に行くだけだぞ。私が見られる訳ではないのだ、衣装など普段通りでよいのではないか?』
「そんなことは関係ありません。さぁ早く脱いでください」
「何を仰いますか、今日は特別な日でございます。レン様のお召し物も特別でなくてはなりません」
「まさにその通りでございます。竜王たるもの身だしなみは大切でございます」
確かに特別な日だし、俺も身だしなみは大切だと思う。
しかしだ!さっき俺の衣装を剥ぎ取ろうとしておいて、よくそんなことが言えるな。
誰のせいで着替える羽目になったと思ってるんだよ。
それとニュクスは本音を隠してくれ、俺が脱げば何でもいいみたいに言うなよ。
それからレンは着せ替え人形にさせられた。
三人はいつも以上に時間をかけて相談し、衣装の他に装飾品も念入りに吟味した。
結局、終わったのは二時間後である。その頃にはレンも疲れ果てうんざりしていた。
『はぁ、やっと終わったか。今は式典の最中なのだろ?貴賓席には玉座の間の扉を開けなくとも行けるのか?』
「魔法で移動しようかと」
『なるほど、ニュクスが[
「いえ面倒なので[
『[
「では参ります[
レンに答えることなくニュクスは魔法を発動させた。
途端に目の前の視界が変わる。執務室に居たはずが目の前には広い空間が広がっている。
見下ろせば玉座や赤い絨毯が視界に入ってきた。貴賓席はかなり高い場所に作られており下まで50メートル程ある。
見上げれば天井に巨大なシャンデリアが幾つも吊るされている。
初めて入る玉座の間だが
レンは下の様子を確認して顔を顰める。
三人に言葉をかけようと口を開く前にヘスティアの声が聞こえてきた。
「それでは早速姿を消しましょう[
瞬く間にレンと三人は見えなくなってしまった。
互いの姿も見えなくなるため誰が何処にいるのかも分からない。
レンはもう一度眼下を見下ろし溜息を漏らした。そこにはもう誰の姿もなく、式典が終わっていることを告げていた。
無駄足だったな……
それにしても[
即座に移動できる便利な魔法なのに、なんで今まで使わなかったんだ?
初めてこの居城に来た時から使っていれば移動に苦労しなかったものを。
やはり一緒に行動する時間を少しでも増やすためか。
間違いなく確信犯だな。
ベッドで添い寝をしていた時に一瞬でソファに移動していたのもこの魔法のせいか……
レンが考え事をしていると不意に柔らかい感触が押し当てられた。
それは一つではなく、レンを取り囲むようにあらゆる方向から押し寄せてくる。
「いけない、レン様のお姿が見えないわ」
「直接触れて探すしかないわね」
「レン様、直ぐに探しますのでご安心ください」
直ぐ傍から小声でそんな声が聞こえてきた。
探すもなにも既に直接触れている。
レンが咄嗟に声を出そうと口を開きかけたとき、口元を誰かに抑えられた。
声を上げることもできずにレンは成すがまま状況に流されるしかない。
柔らかい感触が体中から感じられた。レンの手を取り胸や股間に充てがう仕草も感じられる。どう考えてもレンの姿が見えているとしか思えない。
暫くすると満足したのか口元から手が離れていった。
本来なら綺麗な女性に囲まれでもしたら嬉しいものだがこの三人は違う、レンの中では恐怖の対象になりつつある。
現に今も為す術なくおもちゃのようにされている。
レンは疲れきった表情を浮かべ大きく項垂れた。
『……見ての通り式典は終わっている、早く魔法を解除しろ』
[
三人ともすっきりしたような満足げな表情をしている。
レンはその表情を見て嫌な予感がした、自分の指を擦ると
なんだそのひと仕事終えたあとのような清々しい表情は!
それにこの指の
この子たち俺の指で何してんの?
ほんとに怖いんだけど!
レンが絶望していると三人が心配そうに見つめてきた。
「レン様お可哀想に、式典に間に合わなかったからこんなに落ち込んで――せめて私たちが慰めて差し上げます」
「夫を慰めるのは妻の努めですものね」
「さぁ、レン様甘えてもいいのですよ」
ちげぇぇよ!
誰のせいで憔悴してると思ってんの?
お前たち絶対に
俺に止めを刺すつもりか?
元より密着しているためレンに逃げ場などあるはずがない。
レンは無駄な抵抗を止めてこの場は諦めることにした。
罰と称して三人を遠ざけよう、レンはそんなことを考えなら時間が過ぎるのを大人しく待つのだった。
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