第60話 国家樹立17
寝室に戻って来たレンは不機嫌そうに、どかっとソファに腰を落とした。
そして開口一番。
『罰決定!』
勿論、告げられたのはニュクス、アテナ、ヘスティアの三人だ。
三人は口をぽかんと開けながら「なぜ?」と言いたげな表情で固まっている。
だが、今回ばかりはちょっとやり過ぎだ、レンも許す気はなく気丈な態度で接する。
『自分たちが何をしたのか分かってないのか?』
不機嫌なレンに危機感を抱いたのだろう、ニュクスが慌てて釈明に入った。
「申し訳ございません。少々衣装選びに時間が掛かりましたが
それはレンの聞きたかった言葉とは違った。
余りの見当違いの反応に毒気を抜かれたように呆れてしまう。
いや、怒ってるのそこじゃないから!
式典なんかどうでもいいんだよ、そんなもの元から興味ないからな。
抑、お前たちのせいで無理やり式典に行く羽目になったんだぞ。
あと、衣装選びは一時間でも長いんだよ。
お前たちの時間感覚おかしくないか?
『私が怒っているのは式典に間に合わなかったからではない。そのあとの――アレのことだ』
三人は互を見て不思議そうに首を傾げた。
まるで本当に知らないかのようである、これが演技なら女優にもなれそうなものだ。
「レン様、言っていることがよく分からないのですが、どういう事でしょうか?」
アテナが困惑しながらも、何が不快だったのかと切実に訴えかけてくる。
その表情にレンも、勘違いなのか?と疑心暗鬼に陥ってしまう。
あの時、レンの指には
きっと指がぬるっと滑るはず、そう思っていたレンだが、その予想は覆された。
先ほどまで指に付いていた粘着性の液体は影も形もなくなっていて、何度指を擦り合わせてもさらさらしていた。
あれ?
もしかして勘違い?
今度はレンが首を傾げた。
間違いだったのだろうかと思うも、何故かそんな気がしない。
なんと言うか妙に現実味を帯びていたのだ。
しかし、実際は指に何も付着していない。
抑、姿が見えなかったわけだし、直接目にしたわけではない。
全てはレンの推測でしかないのだから。
もしかしてあれか?
自意識過剰になりすぎて変な錯覚でも起こしてるのか?
有り得るな……
最近は一緒にいることも多いし拒絶反応が出ているかもしれない。
大した知識もないレンは、全てが自意識過剰や拒絶反応のせいだろうと決めつけてしまう。
確たる証拠もなく自分の間違いであると。
『すまん、私の勘違いのようだ』
「勘違いは誰にでもございます。どうかお気になさらないでください」
ヘスティアの笑顔を見てレンは疑ったことに少し後ろめたさを感じていた。
だが、衣装選びに時間をかけすぎたことは事実だ。このままでは今後も着替える度に時間を無駄にすることになる。
その事だけは指摘しなくてはいけないと居住まいを正した。
『三人とも聞くがよい。今回はお前たちが衣装選びに時間を費やしたため式典に間に合わなかった。今後、私の衣装選びは10分以内とする。10分で着替えが終わらぬ時は私が適当に選んで着替えを行うからそのつもりでいろ』
「10分!それは余りに短すぎます。それではレン様の着替えを2回ほどしか堪能できません」
「そんな短い時間ではレン様に相応しい衣装を選ぶことは困難かと、どうかご再考ください」
「アテナの言う通りです。レン様に相応しい衣装を選ぶには時間を必要といたします」
三人は屈むように顔を近づけて何を馬鹿なと猛反対してきた。
だが、レンも引くことはない、何せニュクスが本音を語っているのだから。
『今までは大目に見ていたが、やはり着替えに膨大な時間を費やすのは馬鹿げている。今度から着替えは手早く行うものとする』
「それでは私たちの楽しみが減ってしまうではありませんか」
「レン様お考え直しを」
「レン様を思ってのことなのです」
『くどい!それと、今回は式典に間に合わなかったのだ。その罰も与えねばならん――そうだな、三日の謹慎処分とする、食事も部屋まで運ばせるため自室から出ることは許さん』
「三日ですか……」
「……仕方ありません」
「長いですわね」
三人は諦めたように落ち込んでしまった。
それを見てレンは違和感を覚える。普段なら絶対に反対しているはず、それなのに今回は三人とも諦めるのが早すぎるのだ。
なんか妙だな。
いつもなら三日も会えないとなると大騒ぎするのに。
何か企んでいるのか?
いや、疑うのはよくない。
これは三人とも反省していると考えた方がいいのだろうな。
良い傾向じゃないか。
『三人とも自室に戻りしっかり反省するように』
三人は肩をがっくり落としながら寝室を後にした。
落ち込むその後ろ姿を見て、レンは少し申し訳なさそうに顔を顰めた。
少し厳しかっただろうか?そんなことを考えながら三日後には笑顔で出迎えようと心に誓うのだった。
三人は廊下に出ると先程の憔悴した姿が嘘のように立ち直っていた。
廊下を移動しながらレンのことについて楽しそうに会話する。
「今日はとても有意義な一日だったわ。レン様の指の感触が今でも残っているもの。これが謹慎三日で済むのならまた味わいたいわね」
ニュクスの言葉にアテナとヘスティアも頷いた。
「でも危なかったわね。危うく気付かれるところだったわ」
「アテナの言う通りよ。私が機転を利かせてレン様の指を綺麗に拭き取らなかったら、謹慎が三日程度ではすまなかったわよ」
「ヘスティア、いつ拭き取ったの?」
「私が、レン様甘えてもいいのですよ、と言った後よ。レン様の指をメイド服に擦りつけて綺麗に拭き取ったのよ」
「そうだったのね、助かったわヘスティア」
「どういたしまして」
「でも着替えの時間が減らされたのは痛いわね。そう言えばニュクス、本音が漏れていたわよ」
「えっ!嘘、本当に?」
「本当よ、以後気をつけなさい」
「それは申し訳ないことをしたわ……」
「でも、ニュクスが本音を漏らさなくても変わらなかったでしょう。着替え時間が長いことにレン様も気分を害されていたようですし、
「確かにそうよね。そう考えると十分持った方かしら?」
「次はレン様と添い寝ができるようになりたいわ。何かいい案はないの?」
「ニュクス、添い寝はまだ厳しいと思うわよ」
「アテナの言う通りよ。物事には順番があるの」
三人は楽しそうに会話をする、レンが聞いたらドン引きしそうな会話をそれはもう楽しそうに……
三人が去った後の寝室でレンは一人ベッドに横になっていた。
今はまたとない機会、三人は自室で謹慎、他の配下は来賓と交流を深めたり晩餐会の準備をしたりと忙しい。
レンが一人で自由に行動しても咎める者は誰もいない。
『確か冒険者ギルドが街に出来たんだったな』
そう、竜王国にも冒険者ギルドが出来ていた。
エイプリルとセプテバは名前を変更するため馴染みの冒険者ギルドへ行くことをレンに願い出ていた。
特に問題があるわけでもないため自由に行き来すればよいと言ったのだが、それから数日で冒険者ギルドの職員を何処からか連れてきたのだ。
レンも冒険者に憧れていたため直ぐに冒険者ギルドの設置を許可した。
建物は以前アテナに作らせたものを改良して、冒険者ギルドに適した作りに変えてある。
以前アテナに作らせた建物とは購入した奴隷たちの住居のことだ。一部のメイドは城で住み込みで働いているため街には空家が多く見られた。
その幾つかの建物を繋げて冒険者ギルドに相応しい建物を作り上げたのだ。
レンはベッドから起き上がると従者の衣装に着替え直した。
懐に硬貨の入った袋を仕舞い込むと扉に向けて歩みを進める。
廊下に出ると真っ直ぐに隣の[
だが部屋の中でレンは立ち止まる。
今まで歩いて城から出たことがないため何処が城の出入り口に近いのか分からないのだ。
書庫は城の下層にあるが奥まった場所にある、無難な場所としては下層中央に位置する玉座の間だろうか、レンは意を決して玉座の間に近い[
廊下に出るとそこにはきょとんと佇むメイドがいた。
小さなメイドは目を見開いてレンを見上げている。
「あ、あの、ノイスバイン帝国でお見かけしたことがあるのですが、奴隷を買い集めてた方ですよね」
突如話しかけられ驚いたが特に隠すことでもない。
奴隷を購入した際にレンの姿も見られているため素直に少女に返答した。
『その通りだが、どうかしたのか?』
「やっぱり、お礼が言いたかったんです。私たちを助けていただいてありがとうございます」
『そうか、何か不自由なことはないか?』
「不自由なんてありません。綺麗な服を貰って毎日美味しいご飯を食べることができます。与えられたお部屋はお姫様が住んでいるような素敵なお部屋ですし、お休みもいただけます。しかも、高額のお給金までいただいているんですから感謝してもしきれません」
少女は興奮しながらレンに語りかける。
喜ぶ少女を見て、それなら良かったとレンも大きく頷いた。
『そうだ、少し道に迷ってしまってな。悪いんだが城の外に案内してくれないか』
「はい、お安い御用です。後を付いて来てください」
そう言うと少女はレンの手を引いて歩き出した。
今日は各国の要人も来ているためか、
警備のため式典に合わせてドレイク王国から借りてきたようだ。
その様子を見て少女はレンに視線を向けた。
「あの、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
『俺の名前はレンだ』
「レン様ですか、やっぱりレン様はこの国の偉い人なんですね」
『どうしてそう思う』
「だって
『そ、そうかな。気のせいじゃないか?』
「絶対に気のせいじゃないです。それにレン様が出てきた扉はこの国でも偉い人しか開けることができないんですよ」
『……まぁ、俺も少しは偉いのかな?』
「少し偉い程度じゃあの扉は開けられないはずなんだけどなぁ。ヘスティア様はオーガスト女王陛下でも開けられないって言ってたし……」
『へぇぇ……』
「レン様はもの凄く偉い人ですよね」
『そんなことよりも、ヘスティアのことは知っているのか?』
「ん?レン様、話を逸らそうとしていますね」
『そ、そんなことはないぞ。純粋に気になっただけだ』
「はぁ、仕方ありません、そういう事にしておきますね。ヘスティア様は私たちメイドの教育をなされていますから。抑、ヘスティア様を呼び捨てに出来るのって、カオス様とアテナ様とニュクス様しかいないはずなんですよね」
『そ、そうだったな。うっかりヘスティア様のことを呼び捨てにしてしまった。内緒にしてくれるとありがたいな』
「……そういう事にしておきます」
『それにしてもカオス――様たちのことも知っているのか?』
「はい、この国の神様のような存在だと伺っております。オーガスト女王陛下よりも偉い方々だと」
『そうか神様か……』
あいつらが神様?
この国は本当に大丈夫なのか?
レンは自国の未来に不安を感じつつも、小さなメイドと楽しく会話をしながら外を目指して歩みを進めていった。
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