第58話 国家樹立15
エイプリルとセプテバの説得は順調に進んでいった。
抵抗の意思を見せた貴族たちも、領地や爵位は保証すると伝えると手のひらを返したように従順になった。
現金なものだと思うかもしれないが、長い歴史のある家系では、代々受け継がれてきた領地や爵位は何より大切なのかもしれない。
二人は予定通りに一週間程で貴族の説得を終えると、王族の元へと足を運んでいた。だが、王族の説得は拍子抜けするほど簡単に終わることになる。
取り巻きの貴族がいなくなったことで王族たちも身の危険を感じたのだろう。突如現れた二人の冒険者が、かの有名なSSSランクの冒険者だと聞かされると、なんの抵抗もせずに命乞いをしたからだ。
それは第一王子のリッテルも同じであった。
多くの私兵を持ち軍や特殊部隊も抱えてはいるが、その全てが王族の傍に居られるはずがない。多くは他の街に配備されているし、伝令を送るにしても時間は必要だ。
王族の所在を確認したエイプリルとセプテバの二人は、貴族たちを説得した時と同様に、天井を破って第一王子のリッテルの目の前に現れると、即座に身動きが出来ないように拘束していた。
もちろん王族を護衛していた特殊部隊もいるが、二人の手に掛かれば赤子同然だ。即座に無力化され、さらに二人の素性を聞かされるとその場で無条件に降伏した。
護衛を失ったリッテルに出来ることは命乞いくらいのもので、
王族は暫く竜王国の居城にて幽閉となり、エルツ帝国の今後については、報告と話し合いが、今まさにレンの元で行われていた。
静まり返った居城の会議室にて、レンの厳かな声が響き渡る。
「旧エルツ帝国を誰かに管理してもらう必要があるな。貴族たちとていつまでも大人しく従うとは限らん。近くで目を光らせる必要があると思うが――オーガストはどう思う?」
「まさにその通りかと、不定期に
ディセはあからさまに嫌な顔を見せる。別に管理が出来ないわけではない。ただ主から離れた場所に飛ばされるのが納得できないからだ。
「それでしたら僕なんかよりもオーガスト様が適任では? あそこも竜王国になるのですし、王が
ディセの裏切りとも呼べる行為にオーガストの鋭い視線が飛ぶ。
「……ディセどういうつもり? 私に何か恨みでもあるのかしら?」
「恨みなんてとんでもない。僕はオーガスト様が最も適任と思ったまでです」
「もしかして私が貴方の名前を挙げたから、その仕返しのつもり?」
「仕返しだなんてそんな。あまりしつこいとレン様に嫌われますよ」
オーガストは横目でレンの様子を窺い口を
ディセの言うことを間に受けるわけではないが、万が一ということもある。しつこい女は嫌いだと言われては立ち直れない。
オーガストはレンに視線を向けるとすべての判断を委ねることにした。もちろん自分が行けと言われないように言葉を足すことも忘れない。
「レン様、如何いたしましょうか? 私は今後各国の使者を招いて正式に国家樹立を宣言しなければなりません。その後は居城で各国の使者をもてなす必要もございます」
レンもそんな言われ方をされては、オーガストに旧エルツ帝国に行けとは言えなくなる。
同時に内心では、よく言った! と、叫んでいた。レンはオーガストを居城から遠ざけるつもりは微塵もない。何せオーガストには政治に関わる全てを自分の代わりに行ってもらう必要があるからだ。
オーガストを遠ざけている間に不測の事態が起こっては、対処できない恐れもある。自分が矢面に立たされないとも限らない。それを避けるためにも、レンはオーガストを手元に置いておきたかった。
当然のことながらオーガストの言葉に追従していた。
「そうなのか? ではオーガストには絶対に無理だな」
「はい、絶対に無理でございます。ディセは街の管理運営に携わってきましたし、人を使うことに長けております。旧エルツ帝国もディセならば適切に管理できるかと」
レンとオーガストは示し合わせたように「絶対に無理」を強調して言葉を放った。このままでは旧エルツ帝国に飛ばされるとディセは危機感を覚えて、直ぐに間に割って入る。
「恐れながらレン様、僕よりもノーヴェさんが適任ではないでしょうか?」
瞼を閉じて静かに話を聞いていたノーヴェの眉がピクリと動いた。
レンはそんなノーヴェを横目で見ながらどうするかを考える。ノーヴェの仏頂面がディセに向けられ、明らかに不満そうに見えるのは気のせいではないだろう。
(ノーヴェも旧エルツ帝国には行きたくなさそうだな。俺もノーヴェは遠ざけたくない。出来れば宰相という立場でオーガストの補佐に徹して欲しい。正式に国家樹立が成された後には各国の使者や貴族が頻繁に訪れるかも知れない。そうなった時にオーガストだけでは対応しきれないだろうし、ノーヴェは的確なアドバイスもくれる。やはり手元に置いておきたい。ってなると必然的にディセになるわけだが、ディセは明らかに嫌がってるんだよな……)
レンは一呼吸置いた。
「ディセ、私もお前が適任だと思うのだが、どうだ? なにか不満があるなら申してみよ」
ディセは顔を歪める。
不満は主であるレンから離れてしまうことだが、言ってもよいのだろうかと頭を悩ませた。自分の今の感情を口にすることは不敬ではないかと躊躇われたのだ。
しかし、このままでは自分の思いが伝わらないのも事実。勇気を込めて口を開くが、無残にも言葉は直ぐに遮られた。
「恐れながらレン様――」
「ディセ! レン様のご命令よ! 黙って従いなさい!」
「レン様に意見するなど恥を知りなさい!」
「レン様の決定なされたことに不満があると言うの?」
声の方に視線を向けるとニュクス、アテナ、ヘスティアの姿があった。
鋭い怒声も浴びせられたディセは肩を小さくして黙ってしまう。
レンも声の主を確認して顔を盛大に顰めた。
(お前ら三人がかりで虐めるなよ。そんな風に言ったら何も言えなくなるだろうが……)
「三人は黙っていろ!」
三人の
レンに怒られた三人は、視線を落として見る間に落ち込んでいる。
「ディセ、私はお前の言葉を聞きたいのだ。遠慮無く申してみよ」
レンは口を閉ざす三人をちらりと牽制し、そのまま気にすることなくディセの言葉を待った。
「レン様といる時間が減るのは――その、嫌と申しますか……」
レンは思考が一瞬止まる。
一緒の時間が減るのが嫌と言われても、普段一緒にいる時間は食事の時だけだ。
(どう言うことだ? 普段は食事の時以外は別行動だ。つまりあれか? 皆で一緒に食事を取りたいということか。確かに今まで一緒に食事を共にしてきたし、今では家族のようなものだ。いきなり遠くに飛ばされて皆と離れ離れになるのが寂しいわけか……。そこまで気が回らなかったな。ディセからしてみればここにいる皆は家族なのかもしれない。急に家族と別れろと言われても、そりゃ納得できないよな)
暫し考えたレンは頷いて顔を上げた。
「すまない、私の配慮が足りなかったようだ。では旧エルツ帝国とここを
ディセの表情が思わず緩んだ。
「そ、それは、いつでも戻ってきてよいということでしょうか」
「そうだな。食事は皆で一緒に取ろうではないか」
「ありがとうございます。旧エルツ帝国の管理は全てお任せ下さい」
「そう言って貰えると助かる。期待しているぞ、ディセ」
ディセは歓喜で打ち震える。
期待していると言われたこともそうだが、これで自由に行き来できることが何よりも大きい。
当然、ディセも
だからこそ、先ほど何時でも戻ってきてよいと許可が出たことに喜ばずにはいられない。
レンは笑顔のディセを見て安心するとアテナに視線を向けた。
確かに怒声を上げたのは悪かったが、アテナは未だに肩を落として酷く落ち込んでいる。レンは罪悪感に駆られて、言い過ぎたのかな? と思い、申し訳なさげに三人のご機嫌を窺う。
「あ~、アテナ? その、あれだ。先程は少し言い過ぎた。ニュクスとヘスティアもな。三人とも落ち込んでいるところ済まないが、旧エルツ帝国の城は消滅したままだ。同じ場所に新たな城を築いて欲しい。そこを竜王国の第二の城とする。その城はディセに全て任せるため、どのような城を築くかはディセと相談して欲しい。後で褒美として頭を撫でてやるから機嫌を直してくれ」
途端に三人の顔が歓喜で満ちあふれる。
「お任せ下さい。レン様の第二の居城に相応しい城をご用意いたします」
「必ずやレン様の偉大さを示す素晴らしい城を築き上げます」
「寝室はどうしようかしら」
「……そ、そうか、頼んだぞ」
(さっきまで落ち込んでいたのに、もはや頭を撫でるのが褒美になるのは確定だな。それとニュクス、俺は寝室には絶対に入らないからな。あと怖いから涎を垂らしながら身悶えしないでくれ)
アテナとヘスティアはディセの両脇を抱えて会議室を出て行ってしまった。その後ろを恍惚の表情でニタリと笑うニュクスが続いている。頭の中はどんな寝室にするかで一杯なのだろう。時折、「ベッドはやっぱり大きい方が……」「見晴らしの良い場所も……」など、ニュクスの戯言が聞こえていた。
扉を出る間際にディセの助けを求める瞳と視線が合うが、レンはそっと視線を逸らして心の中で念じた。
(すまん! 三人のお守りは任せたからな)
四人が扉を出る頃にはレンの視線は前を向き直っていた。今はまだ報告の途中だ。
「オーガスト、エルツ帝国から各国に特殊部隊及び密偵が放たれたと聞いたが、それはどうなっている?」
「フェブの報告では我が国へは暗殺に特化した特殊部隊が差し向けられたようです。ですがご安心ください、全て撃退しております。オクトの報告ではノイスバイン帝国への侵入者はございません。この国境は魔物の
「そうか、皆ご苦労だった」
「なんと勿体無い。レン様から労いのお言葉を賜りみな喜んでおります」
レンが配下を見渡すと、確かに今回の任務に携わった者たちが歓喜の表情を浮かべている。
無報酬なのに何が嬉しいのか、しかも国境の警備や貴族の説得など、聞いた話だと毎日二十四時間勤務だったらしい。
日本なら間違いなく労働基準監督署が黙ってはいないだろう。経営者は社会的に抹殺されてもおかしくない。
(やっぱり
レンはそんなことを考えつつ、後のことは全てオーガストに丸投げするのであった。
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