第57話 国家樹立14

 フェブが侵入者を撃退している頃、エイプリルとセプテバによる貴族の説得――正しくは脅迫も順調に進んでいた。

 今もまた一人の子爵を説得し終わったところである。

 二人は目立たないように飛行フライの魔法で夜空の闇に紛れて移動していた。

 下位竜レッサードラゴンでの移動では余りに目立ちすぎる。貴族たちに逃げ隠れされて時間を無駄にしないための配慮であった。

 同時に下位竜レッサードラゴンでの移動より、膨大な魔力を込めた飛行魔法の方が遙かに早いためでもある。


「それにしても移動が面倒っすね。一度でも行ったことがある場所なら、転移テレポートの魔法で一瞬で行けるのに……。私もセプテバさんもこっちの大陸には馴染みがないっすからね。そもそも貴族が多過ぎるんすよ」


 エイプリルは渡されたリストに目を落としてげんなりする。そこにはこれでもかと貴族の名前が書き記されていた。

 他にも住所や家族構成、どんな贈り物を好んでいるかなど、恐らくは外交に使用されていたリストなのだろう。

 所々に消された名前や追加で記された情報もあることから、定期的に更新され、長年使われていたことが見て取れる。

 サウザント王国から借り受けたこのリストは、全てが終われば返却すべき大切な代物だが、説得が成功した貴族の場所には、これでもかと大きな丸印が付けられていた。

 もちろん二人とも返却すべき物だと理解しているし、それこそ最初の頃は小さく印を付けるだけに留まっていた。しかし、印が分かりづらいという理由だけで今の形に至っている。

 後で見逃しがあると叱責を受けては、二人の評価はがた落ちになるからだ。それにリストは新たに書き直すことも出来た。それなら今のリストは多少手荒に扱っても、使用後に書き直せば問題ないと考えたのだ。

 確認を終えたエイプリルは、風でバサバサ靡くリストを懐に仕舞い隣に視線を移す。同じタイミングでセプテバが瞳を細めて前方を指差していた。

 指の先に見えたのは大きな建物で、如何にも貴族らしい庭園付きの豪奢な屋敷だ。


「お! もう到着っすか? じゃあ今回もやるっすよ!」


 エイプリルはそう言うと、屋敷の真上で止まり飛行フライの魔法を解除する。重力に任せて徐々に落下速度が加速すると、そのまま屋敷の屋根を突き破っていた。

 爆裂音と共に屋敷全体からギシギシ悲鳴が上がる。

 貴族の屋敷の構造は大体同じだ。屋敷の主の寝室は上の階にあり、容易に暗殺できない場所を寝室に選ぶ傾向にある。

 だが今回は寝室ではなく他に部屋に狙いを定めていた。

 理由は簡単だ。

 深夜で誰もが寝静まっている時間にも関わらず、明かりが灯る部屋があるからだ。使用人の部屋が屋敷の上の階にあるのは考え難い。であれば、そこに居るのは屋敷の主か、その家族がいると思われたからだ。

 エイプリルは執務室と思しき部屋の中に降り立つと、衝撃で崩れた書類が所狭しと散乱していた。

 目の前では品の良さそうな老人が口をぽかんと開けている。

 事態を飲み込めていないのだろう。天井に空いた穴とエイプリルを見比べては「はぁ?」と、口に出していた。


「怪盗ジャンヌ参上っす」


 老人は「怪盗ジャンヌ?」と首を傾げてもう一度少女を確認する。

 こんな馬鹿な真似をする少女は老人の知る限り一人しかいない。しかも、老人の記憶にある昔と変わらぬ姿がそこにはあった。相変わらずの少女に思わず溜息が漏れてしまう。


「はぁ~、こんなところで何をしているのですか? ジャンヌ様」

「ん? 私のこと知ってるんすか、話が早くていいっすね」

「知っているもなにも、僅かな間でしたがジャンヌ様と冒険者をしていたこともございますよ。本当に私のことをお忘れで?」

「確かここはコラルド伯爵の屋敷っすよね? コラルド……?」


 確かに聞き覚えはある。エイプリルは昔を思い出すように顎に手を当て首を傾げた。そして暫くして何かを思い出したように大きな声を上げる。


「あ! もしかして泣き虫コラルドすか? あの泣いてばかりの役立たずの? そう言えば実家に帰るって冒険者やめたっすよね。まさか貴族とは思わなかったっす。人は見かけによらないもんすね。それに昔の面影が全くないっす。あんなに小汚い小僧が、いつの間にか品の良さそうな爺さんになるとは。世の中なにがあるか分からないっすね」

「役立たずはないでしょう。それに小汚いって――そもそもジャンヌ様がいつも無茶な依頼ばかり受けるからです。お陰で毎回泥まみれになるわ、死にかけるわで大変だったではありませんか」

「なに言ってるんすか。無茶な依頼なんて一つも受けてないっすよ」

「……まぁ、ジャンヌ様から見ればそうなんでしょうな。で? なぜここに来られたのですか? 私のことなど忘れていたというのに。しかも、天井を破って来るとは相変わらず常識外れな」

「ふっふっふ、怪盗ジャンヌは天井裏から密かに屋敷に忍び込むものなんすよ。むかしアオイがそんなことを言ってたっす」

「アオイ様ですか、あの人も余計なことを……」


 コラルドは天井に開けられた大きな穴を見て「密かに忍び込む?」と苦笑いをする。これは絶対にからかっているに違いない。

 どう考えても忍び込むとはかけ離れている。どこに天井をぶち破って忍び込む馬鹿がいるものか。 


「いやぁ、実は密かに忍び込んだのには訳があるんすよ」

「ジャンヌ様、巫山戯ふざけるのもいい加減にしていただけますか? わざと目立つように屋敷に入ったのでしょう?」

「やっぱりそう思うっすよね。この大陸だと私が本物のジャンヌだって信じない貴族が多くて、仕方ないから派手な登場の仕方で真実味を持たせてるんすよ」

「確かに貴族の屋敷の屋根をぶち破って侵入するなど、ジャンヌ様以外いないでしょうな」

「これで侵入するようになってからは、初対面でも半分くらいの貴族は信じてくれるようになったっす」


 呆れてコラルドは肩を落とす。今の話を聞く限り相当数の貴族が被害に遭っている。この人は一体なんの嫌がらせでこんなことをしているんだ? と、頭を抱えていると、天井から一人の男が舞い降りてきた。

 むかし冒険者をしていたこともあり、コラルドもよく知る人物の姿がそこにはあった。


「げぇ! オロチ様? お二人が一緒とは珍しいですな。――まさかとは思うのですが、この国の貴族が何か失礼を?」


 嫌な予感が脳裏を過る。二人が一緒に行動するなど滅多にあることではない。


「この国の皇帝が喧嘩売ってきたっす」


 余りの答えにコラルドは瞳を見開き、思わず阿呆のような声を漏らした。


「はぁ? そんな馬鹿な! 確かにヴェレク陛下は好戦的な方ではございますが、それでもお二人方に喧嘩を売るなど有り得ません。何かの間違いでは?」

「正確に言えば、私たちのご主人様である竜王様に喧嘩を売ったっす。折角、竜王様自ら赴いたというのに、この国の馬鹿皇帝は、竜王様に刃を向けたそうじゃないすか。本来であればこの国は滅びて当然っすよ」

「ご、ご主人様? お二人はその――竜王様? に使えておられるのですか?」

「そうっすよ。偉大なる竜王様は死の大地に竜王国を作られたんすけど、ここの馬鹿皇帝が国家樹立を認めないどころか、殺そうとしたんすよ」

「で、では、我が国の皇帝が殺されたというのは……」

「自業自得っすね。いまこの国の国民は竜王様のご慈悲で生かされてるっす。もし、竜王様が攻撃されたなんてお三方に知れたら、間違いなく大陸ごと消えてるっすよ」

「お三方?」

「竜王様の次に偉大な方々っす。幸い竜王様のご命令で、馬鹿皇帝の仕出かした事はお三方に伏せられているものの、もし知られていたら間違いなくコラルドも死んでたっすよ」

「先程から聞いていると、その方々はお二人よりも強いように聞こえるのですが……」

「当然じゃないすか。お三方が本気で怒ったら、私でも小指一本で殺されるっすよ」


 自ずとコラルドの眉間の皺が深くなる。

 共に冒険者として活動していたこともあり、ジャンヌの強さは嫌というほど知っている。

 国崩しと呼ばれたジャンヌの力の一端も、一度だけだが見たこともある。

 そのジャンヌが瞬殺される? そんなことは想像もできないことだ。いつもの冗談かと思ったが、隣でオロチが頷いているのを見ると冗談でもなさそうだ。

 何が何だか訳が分からないが、どうやら国を滅ぼすために来た訳ではないらしい。いま自分が生きていることが何よりの証拠だ。

 コラルドは大きくため息を吐き出すと口を開いた。

 

「お二人はこの国を滅ぼしに来たわけではないのでしょう? 少なくともジャンヌ様は問答無用で国を滅ぼしますからな。それに国を滅ぼすのであれば、わざわざ貴族の屋敷を訪問したりはしないはず」

「それなんすけどね。慈悲深い竜王様は、この国を竜王国に併合することにしたっす。そこで貴族たちには竜王国に従うか、死ぬか聞いて回ってるんすよ。コラルドはどうするんすか?」


 答えなど一つしかない。

 コラルドは細く笑みを浮かべて、嘗ての仲間の顔を懐かしむ。誰もが同じことを言うはずだ。


「――分かりきったことを。ジャンヌ様に逆らうわけが無いでしょうに」

「いや良かったっす。じゃ領地等の既得権益を奪うことはしないっすよ。ただ……」


 そこで一区切りすると、真剣な表情でコラルドを見つめた。


「領民はお前が責任を持って管理するっす。もし竜王国に逆らう民がいたらお前が責任を持って処断する。いいっすね?」

「なるほど――そういう事ですか。民衆の反乱を抑えるために貴族の説得をしていたのですな。まぁ、どちらにしろ答えは一つしかございません。全てに従いましょう。断っても死ぬだけですし、何よりジャンヌ様に逆らうなど愚かなことです」


 ジャンヌの顔からニヤッと嬉しそうな笑みが零れた。


「そうすか、じゃあもう用はないんで行くっすね。あっ! そうそう、もし裏切ったら場合は楽には死ねないんで、絶対に裏切ったら駄目っすよ」

「分かっておりますとも」


 コラルドは何を今更と笑みを浮かべてエイプリルを呼び止めた。


「それと出て行く前に少々お待ちを。他の貴族に向けて書状をご用意いたします。その方が話も直ぐに通るでしょう」

「コラルドも気が利くようになったんすね。あの鼻垂れ小僧がこうも変わるとは」

「鼻垂れ小僧は余計ですよ。それに犠牲は少しでも少ない方がよいですからな」


 ジャンヌはからかう様に笑い、コラルドは肩を竦めた。

 昔は当たり前のように見られた光景にコラルドが懐かしんでいると、騒ぎを聞きつけた使用人たちが執務室の扉を激しく叩いた。


「コラルド様! 大きな物音がしましたがご無事ですか! コラルド様!」

「今頃来るとはコラルドの使用人はなってないっすね」

「夜間は使用人を離れで休ませておりますからな」

「という事は、夜ならコラルドは簡単に暗殺できそうっすね」

「私ごとき、ジャンヌ様なら昼夜関係なくいつでも殺せますよ」

「まぁ、確かにそうなんすけど、無用心っすよ?」

「そうですな、忠告は聞いておきましょう」


 二人の声を聞いた使用人が尚も激しく扉を叩いた。


「コラルド様! そこに誰か居られるのですか!」

「いいんすか? 呼んでるっすよ」

「ジャンヌ様とオロチ様はそちらのソファに掛けてお待ちください」


 コラルドは椅子から立ち上がると扉の方へと歩き出す。

 扉を叩く音に顔を顰めながらも扉を開けると、男女数人の使用人が心配そうに部屋の中を覗き込んでいた。そしてコラルドの姿を見て安堵すると同時に、部屋の惨状を見て目を丸くする。

 床には書類や木材などが散らばり天井には大きな穴が空いている。ソファには見たこともない男女が二人、深く腰を落としてくつろいでいたからだ。


「コラルド様これは一体、それにあの方々は?」

「あちらの方々はSSSランクの冒険者、ジャンヌ様とオロチ様だ。直ぐにお茶を用意をしろ。私は少し書き物がある。それが終わるまでお二人に失礼の無いように」

「あれが以前、コラルド様が仰っていたジャンヌ様……」


 使用人たちはジャンヌのことを、コラルドから自慢話のように何度も聞かされていた。好奇の視線がソファに座る少女へ自ずと集まっていた。

 その失礼な態度にコラルドが小さく咳払いすると、使用人たちも我に帰った様にはっとなる。

 言われたことを思い出し、お茶の用意をするために下の階へそそくさと降りていった。

 コラルドは「やれやれ」と、溜息を漏らしながら机に戻りペンを取る。引き出しから封筒と羊皮紙を取り出し書状をしたため始めた。

 ジャンヌはその光景を面白うそうに眺めてはほくそ笑んでいる。

 程なくしてお茶が運ばれ使用人も退室すると、執務室の中にはコラルドがペンを走らせる音だけが聞こえた。


「ふぅ、こんなものですかな」


 程なくしてコラルドは一息ついてペンを置いた。

 書状を封筒に入れるとソファに座る二人に歩み寄る。


「終わったんすか?」

「はい、こちらになります。書状は一枚しかございませんが、全ての貴族に当てて書いた物です。使い回しになりますので封はしておりません」

「悪いっすね、コラルド。あと最後に今の私の名前はエイプリルっす。オロチさんはセプテバさんになったっすよ」

「お名前を変えられたのですか?」

「偉大な竜王様が名付けてくれたっす。じゃあ次に行きましょうかね、セプテバさん」


 セプテバは頷き立ち上がる。僅かに身を屈めて上を向き、軽く床を蹴って天井に空いた穴から夜空に躍り出た。それを確認してエイプリルも後を追う。

 直ぐにコラルドが穴から上空を見上げるが、そこには既に二人の姿はなく満天の星空だけが映っていた。


「エイプリル様か、名前は変わっても騒々しいのは相変わらずですな」


 久し振りに会えたジャンヌは昔と何も変わっていなかった。

 コラルドは椅子に座ると散々振り回された昔を思い出す。

 口ではいつも巫山戯た事を言っていたが仲間思いなのは誰もが知っていた。

 死にかけた事も何度かあるが、その都度必ずジャンヌが守ってくれた。

 コラルドは天井に開けられた穴を見上げながら昔に思いを馳せるのだった。


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