第55話 国家樹立12

「あれが話に聞いていた古代竜エンシェントドラゴン……。レン様と一緒でずるいのじゃ」

「逆らうなよ。特にお三方の怒りには触れないことだ」


 オーガストは三人から殺気を受けたときのことを思い出して小さく身震いする。

 あの時ですら本気の殺気ではなかった。言うなれば躾のなっていないペットを叱るようなものだ。

 それでも呼吸ができなほどの重圧がのしかかっていた。

 逆らうことがどれだけ愚かしいことかは、あの殺気を受けた者にしか分からないことだ。

 サンドラも一目見たときから、なんとなく古代竜エンシェントドラゴンの強さには気付いている。言われなくても逆らうはずがない、即答だ。


「分かっておる」

「ならばよいのだ。これから大事な話がある。サンドラも空いている席に着いてくれ」


 サンドラは着物をずるずる引き摺りながら歩き出す。末席――メイの隣――に来ると空いている椅子に腰を落とした。

 隣に座るサンドラに、メイが瞳を輝かせる。


「メイなの。仲良くしてあげるの」

「サンドラじゃ。よろしくのう」

「メイは今日からサンドラのお姉さんなの。メイお姉さんって呼ぶの」

「そ、そうか、よろしくのう。えぇぇっと、メイ――ちゃん」

「メ・イ・お・ね・え・さ・ん・なの!」

「メイ――ちゃん? 取り敢えず落ち着くのじゃ」

「この子アホなの! メイの言うこと全然聞かないの! メイお姉さんって呼ぶの!」


 メイは初めて出来た後輩にお姉さん風を吹かせたいのだろう。お姉さんをこれでもかと押してくる。

 これにはサンドラも困った顔をした。何せ自分よりもちびっ子だ。言動も幼稚で自分より幼いのは間違いない。胸もないため、外見では巨乳のサンドラの方が遙かにお姉さんだ。

 他の上位竜スペリオルドラゴンは慣れているため、メイが騒いでいるのをまたかと呆れて見ていた。


「サンドラ、私の名前はジュンよ。メイはアホだからまともに相手をしては無駄よ」

「私はエイプリルっす。メイちゃんは筋金入りのアホっすからね」

「初めまして、私はジュライと申します。メイはちょっとアレですが、仲良くしてあげてください」

「フェブだ、よろしくな。アホが邪魔なら言ってくれ、強制的に大人しくさせるからよ」

「私はジャニー。メイの相手は面倒なだけだよ」

「サ、サンドラちゃん。私はマーチ。よよ、よろしくね。メイちゃんに悪気はないの、許してあげてね」


 今のやり取りでメイの立ち位置が見えてくる。

 余程のアホでもなければあそこまで言われないだろう。つまり余程のアホなのだ。恐らく救いようがないくらい……

 辛辣な言葉を浴びせられるメイに、サンドラは哀れみの視線を向けた。一方のメイも酷い言われように、頬を大きく膨らませて抗議する。


「メイはアホじゃないの! アホはメイの言うことを聞かないサンドラなの!」


 「はいはい」「そうだねぇ」誰もが適当にあしらってまともに取り合わない。

 面倒とばかりに無視する者もいる。


「いい加減にしないか!」


 オーガストが声を張り上げると、メイは救世主を見つけたように瞳を輝かせた。自分に味方してくれると思ったのだろう。オーガストを見つめて言ってやれと、決意を込めた表情で大きく頷いた。


「大事な話があると言ったはずだ。いつまでもアホの相手はするな」


 メイは首を傾げる。あれ? なんか違う、と。

 だが大事な話は聞かなくてはならない。アホのサンドラの相手をしている場合ではない。メイの中であっさり結論が出た。

 オーガストが言ったアホとはメイのことなのだが、メイの中ではアホはサンドラにすり替わっている。それほどメイはアホなのだ。

 オーガストは周囲を見渡し、話を聞く体制が取れているかを確認する。今回は大きな任務、国を併合するために動くのだ。騒がしい場所で伝えるようなことではなかった。

 先程の一言で会議室は静まり返り、自ずと視線が集まっている。オーガストは与えられた任務を皆に伝えるため、努めて真剣な面持ちになる。 


「レン様からエルツ帝国を併合せよと任務を仰せつかった。それに伴い上位竜お前たちの指揮権を私が預かっている」


 国の併合という重大任務にざわめきが起こる。そして、オーガストが指揮権を握っているということは、人選はオーガスト次第ということだ。

 誰が選ばれるのか、互いが出方を伺うように視線で牽制する。


「エルツ帝国を速やかに併合させるには貴族の説得が最も重要になる。これはエイプリルとセプテバに任せるつもりだ。このリストに載る貴族を全て説得してもらう」


 エイプリルの前に分厚い羊皮紙の束がバサッと投げられた。羊皮紙の端は丈夫な紐で括られており、一冊の書物として纏められていた。

 書物はサウザント王国が保管していたエルツ帝国の貴族の情報で、二つの国は古くから国交があったこともあり、記された内容は間違いないものだ。

 エイプリルは数枚の羊皮紙を捲り笑みせた。 


「分かったっす」


 その笑みと対照的なのは選ばれなかった面々だ。これ程の任務は滅多にあるものではない。当然、納得できない者もいる。


「オーガスト、エイプリルとセプテバが選ばれた理由はなんだ?」


 フェブは仏頂面でオーガストを睨みつけた。これまでフェブは一度も任務を与えられていない。それに引き換えエイプリルは二度目。レンがノイスバイン帝国に赴いた時の同行も加えれば、既に三度目になる。

 到底納得はできなかった。


「フェブの気持ちも分かるが、知名度のある冒険者なら貴族の説得も容易いだろう。これはレン様がお決めになられたことだ」

「レン様直々のご指名かよ……」


 鶴の一声ではどうしようもなかった。

 実際にはオーガストがレンに提案したことだが、こうした方が反論も出ず話が進みやすい。

 落ち込むフェブに悪いと思いながらも、オーガストは話を続けるため、エイプリルとセプテバに視線を向けていた。


「貴族の説得に際して注意することがある。従う貴族には領地等の既得権益を守ると伝えろ。それでも従わない場合は一族郎党皆殺しだ。絶対に生かしておくな」

「殺していいんすか?」

「構わない。これもレン様のご命令だ」

「分かったっす」

「貴族の説得が終わりしだい王族の説得に移行しろ。王族も従うなら殺す必要はない。生かしておけば何かの役に立つこともあるだろう。二人にやってもらうことは以上だ」


 エイプリルとセプテバが強く頷くのを確認して、オーガストはフェヴに視線を移した。


「フェブには国境の警備に当たってもらう」

「国境の警備だと?」


 大したことのない任務にフェヴが顔を曇らせる。


「恐らく密偵や暗殺者が放たれる。レン様のお命を守る大事な役目だ。嫌なら他の者に任せるが?」


 フェブが目の色を変える。

 レンの命を守る大事な役目と聞かされては断るはずがない。与えられた任務に俄然気合いが入るというものだ。


「断るわけねぇだろ!」

「では竜王国とエルツ帝国の国境は任せた。侵入しようとする者には警告をしろ。それでも引き返すことがなければ殺して構わん」

「了解したぜ。腕が鳴るなぁ」


 指をボキボキ鳴らすフェヴをオーガストは怪訝そうに見つめた。


(本当に分かっているのか? 問答無用で殺したりしないだろうな……)


 不安は残るが気を取り直して他の国境警備の人選を進める。考えながらも、今まで任務を受けていないのは誰かを思い出していた。

 ジュンは以前任務を受けているし、マーチはレンの食事を作る重要な役目がある。ジュライは農場プラントを任されていて、ディセは街の管理に携わっていた。サンドラはまだ配下になったばかりで後回しになるだろう。メイに至っては問題外だ。アホに任務を与えるのは正気の沙汰ではない。

 消去法でジャニーとオクトの二人が残されていた。


「ジャニーにはサウザント王国とエルツ帝国の国境を任せる。但し、この国境は旅人や行商人など多くの人間が行き交っている。密偵や暗殺者が紛れ込みやすい。十分注意しろ」

「片っ端から支配ドミネートの魔法を使うから問題ないよ」


 ジャニーは心配無用とばかりに肩を竦めている。

 上位竜スペリオルドラゴンの中ではジャニーはしっかり者だ。

 妹が傍にいると胸を揉んだり尻を撫で回したり、多少人格が壊れることもあるが、それでも基本はしっかり者だ。

 オーガストは自分にそう言い聞かせてオクトに視線を向けた。


「オクトにはノイスバイン帝国とエルツ帝国の国境を任せる」


 男は静かに頷くだけだ。

 はち切れんばかりに隆起した筋肉を持つ偉丈夫は、滅多に口を開くことはなく、寡黙な男として知られていた。いつも目線や指先で自分の意思を示すが、決して話せない訳ではない。

 言わば変わり者だ。

 性格もそれに違わず変わり者で、凶暴性の高いドラゴンの中において、戦いを嫌う優しい性格を有していた。

 レンから与えられた名前はオクト。ダークブラウンの髪に浅黒い肌をした地竜アースドラゴンだ。

 全ての任務を振り分けてオーガストは一息ついた。水差しからグラスに液体を注いで一気に飲み干し喉を潤す。


「何か質問はあるか?」


 円卓を見渡し誰もいないかと安著すると、ひょこっと小さな手が挙がる。それを見て思わず溜息が漏れた。


「メイもお手伝いするの!」


 面倒だとばかりにオーガストが話を終わらせる。


「質問はないみたいだな。任務を与えられた者は速やかに行動しろ。これで会議は終わりだ」

「メイも、メイもお手伝い……」


 メイもレンの役に立ちたい気持ちは同じだ。

 だから必死に訴えた。


「メイもお役に立つの、メイも……」


 それなのに自分の声が届かない。

 気付けばメイの瞳には大粒の涙が浮かんでいた。それぞれが足早に去っていくのを、サンドラは顔をしかめて眺めることしか出来なかった。

 不憫に思ったサンドラが、メイの頭に手を乗せて「よしよし」と慰める。優しくされて堪えきれなくなったのだろう。メイはサンドラに抱きついて声を上げて泣き出した。


「メイも役にたぢたいのに……」


 サンドラは泣きじゃくるメイを優しく抱きしめる。


「焦らずともよい。きっと皆にも認めてもらえる日が来るのじゃ。その時は大手を振ってレン様のお役に立てばよい」


 メイの瞳からは涙があふれた。泣き声はいつまでも止むことはなく、サンドラは黙ってメイの体を抱きしめていた。

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