第54話 国家樹立11
各国の王を送り届けて
「レン様、居城に到着いたしました」
優しく語りかける声にレンは起き上がり、ベッドの縁に座り直す。いつの間に部屋に入ったのか、オーガストはベッドの側に置いた椅子に、ちょこんと腰掛けていた。
「もう着いたのか、他の国の王はどうした?」
「既に転移魔法で送り届けました」
「そうか……」
「ずっと起きていたようですが、何か考え事でも?」
「エルツ帝国での出来事を少しな。私には覚悟が足りなかった。お前たちのことは何より大切だと思っている。その為には敵対する者の命を奪うことを
レンの沈んだ声にオーガストの表情が曇る。
「申し訳ございません。今回はエイプリルとセプテバを同行させるべきでした。彼らなら皇帝を説き伏せていたでしょうから……」
「お前が悪いわけではない。それに説得できたとしても、あの皇帝なら水面下で良からぬ事を企んでいただろう。恐らく我が国に害を
「レン様……」
「だから――、だから私も改めて覚悟を決める。我が国に仇なす者には容赦はしない。今度こそ即座に決断を下す」
その凛々しい顔つきにオーガストは頬を染めた。普段見せることのない顔に胸が高鳴る。これが自分だけに向けられていると思うだけで体が熱くなっていた。それを悟られないよに平静を装いながら、オーガストはレンの言葉に耳を傾ける。
「オーガスト、今後の事はどうなっている?」
「エルツ帝国を併合したいのですが、ご許可をいただけますでしょうか」
「併合だと?」
「はい、放置する訳にもいきません。二度と逆らえないように併合した方がよろしいかと」
「出来るのか?」
「そのためには貴族を取り込む必要がございます。説得にはエイプリルとセプテバを使おうかと。彼らであれば問題なく説得できるでしょう。そこで折り入ってレン様お願いがございます。貴族を取り込む条件として、屋敷や領地、既得権益はそのまま貴族に残したいのです」
「既得権益を奪わないことを条件に従わせるわけか……。いいだろう。それで大人しく従うなら認めよう」
「ありがとうございます。それと王族も我々に従うのなら、命だけは助けようかと思っております」
「お前に任せる。だが僅かでも背くようなら……」
「分かっております。その時には相応の報いを受けてもらいます」
「ならば問題ない。貴族の説得にはどれだけの時間を要する」
「予想以上に貴族の数が多く、恐らく一週間は掛かるかと」
「一週間か……」
レンは無い頭で考える。
(貴族の説得だけで一週間、更に各種根回しや国民の統制。国を併合するのは早くても一ヶ月後くらいか……)
これらはレンが昔ゲームで得た知識だ。
現実では役に立たないと分かっているが、ある程度の目安になると思われた。
「他に何か報告することはないか。どんな些細なことでも構わない」
「不確定なことでしたら……」
「何だ?」
「恐らくですが、エルツ帝国は各国に工作員と暗殺者を差し向けると思われます」
「暗殺者?」
「はい、街の破壊工作および各国の王を暗殺するためです」
レンは顔をしかめる。
(穏やかな話じゃないな。ヒューリが直ぐに報復があると言ったのはこのことか。大規模な軍は直ぐに動かせなくても、少規模の特殊部隊は身軽に動かせる。そんなところだろうな。居城にいる俺やオーガストは安全かもしれないが、街で暮らす国民は違う。何とかしなくては――)
「申し訳ございません。やはりこのような事は報告すべきでは御座いませんでした。どうか許し下さい」
沈黙したレンを見て不快にさせたと思ったのだろう。目の前ではオーガストが慌てて謝罪の言葉を口にしていた。続けて何か発言しようと口を開く前に、レンは手を突き出してそれを遮る。
「いや、よく報告してくれた。オーガスト、国境の警備を厳重にすることは出来るな?」
「勿論でございます」
「では我が国に許可なく侵入する者がいたら警告しろ。それでも引かないときは殺して構わん。お前は勿論だが、オヴェールやサントスの身も心配だ。ノイスバイン帝国とサウザント王国にも誰か待機させておけ。それに伴いお前に全
「はっ!」
レンはベッドから立ち上がる。
「居城に戻る。サンドラも紹介しなくてはならんしな」
「お供いたします」
オーガストを従えゴンドラの一階に降りると、元の位置に戻されたソファにサンドラが腰を落として、退屈そうに足をぶらつかせていた。
隣ではノーヴェが腕を組み瞳を閉じている。その向かいでは数人の
その内の一人はよく見知った顔であった。
竜王国の補佐役として朝からゴンドラに乗り込んでいた、ドレイク王国の王宮学術顧問クレーズだ。
レンが不思議そうに首を傾げると、レンに気づいたクレーズが真っ先に立ち上がり深々と頭を下げた。それに釣られて残りの
「クレーズはどうして残っている。ドレイク王国で降り損ねたのか? それに他の
「レン様が書庫を管理する者をご所望と伺い、
レンはカオスに頼んでいたことを思い出す。
(そう言えば、書庫の管理人と料理人を借りてくるように、カオスに頼んだことがあったな。すっかり忘れてた……)
「お前たちが来てくれて助かる。付いてきてくれ、皆に紹介しよう。ノーヴェは城の会議室に私の配下を全員集めてくれ」
「畏まりました」
ノーヴェは一礼すると足早にゴンドラを後にした。
少し間を開けてレンがゴンドラから降り、サンドラやクレーズたちがそれに続いて、思わず感嘆の声を漏らす。
「馬鹿でかいのじゃ。しかも城自体が
「これは見事な城ですな」
自分が作った城ではないが褒められて悪い気はしない。無意識のうちにレンはサンドラの上に手を乗せ、頭を撫で回していた。
「ふぁぁぁぁぁぁ」
変な声がサンドラの口から漏れるのを聞いて思わず手を止めた。見れば真っ赤な顔で身悶えしている。
(ど、どうした? 初めて出会ったときは後頭部を撫でても普通だったのに……。もしかして頭の撫でる場所で感じ方が違うのか?)
思えば心当たりがある。ニュクスたちも頭を撫でると変なスイッチが入っている時があるからだ。
(……
頭のどかに性感帯があるのかも知れない。その考えに思い至り、レンは今までの軽率な行動を少し反省していた。
項垂れて会議室に入ると、いつもの面々が満面の笑みで駆け寄ってくる。
「レン様に半日もお会いできず死にそうな思いでした」
「レン様お帰りなさいませ」
「お帰りを心待ちにしておりました」
ニュクス、アテナ、ヘスティアの順に、レンに飛びかかるように抱きついていた。
最近では体を摺り寄せながらの挨拶が定着しつつある。どうやらレンに拒否権はないらしく、止めろと言ってもこの有様だ。
(相変わらずこの三人は積極的だな。悪い気はしないんだが、圧が強すぎて怖いんだよな。あとニュクス、半日会わないくらいで死なないから。特にお前は殺しても死にそうにない気がする)
「全員席に付け、紹介したい者がいる」
三人が渋々席に着くのを見て、レンは自分の椅子に腰を落とす。横にはサンドラを立たせ、その後方にクレーズたちを並べた。
レンは椅子に座る
「彼女の名はサンドラだ。私の新たな配下であり、お前たちと同じく我が竜王国の重臣である。サンドラ、お前からも一言挨拶せよ」
サンドラは胸を張り、自信に満ちた顔で挨拶を口にする。
「儂の名はサンドラじゃ。皆よろしく頼むのじゃ」
途端にアテナとヘスティアが食ってかかる。
「言葉使いがなっていないわね」
「そのようね。お仕置きをしましょう」
言葉使いが悪いと言いながら、その視線はサンドラの胸に集中していた。
自分より胸が大きいのが気に入らないのだろう。しかも、サンドラは着物を着崩し、胸を態と見せるように半分顕にしている。それが二人を更に不愉快にさせた。
アテナに至っては自分の胸に視線を落として見比べると、余りの落差に、この世の終わりと言わんばかりの顔をしている。
不穏な空気を察して、サンドラが助けを求めてオーガストへ視線を向けていた。だが、オーガストがどうにかできるはずもなく、直ぐに視線を逸らしている。
大の大人が小さい子供を虐めるのは、見ていて気持ちのよいものではない。レンはその様子を見て、何をやっているんだと助け舟を出した。
「よさないか。そんな些細なことを私は気にしない。それに無理やり言葉使いを変えるより、自然に話している方が私は好きだ」
レンの言葉では仕方ない。
二人はサンドラの巨乳を睨み続ける。
「サンドラ、慈悲深いレン様に感謝なさい」
「レン様がそうのように仰るのであれば、いた仕方ありません」
(……お前ら何処見て話してるんだ。そこは胸だぞ。ついに気でも狂ったか)
ニュクスはと言えば、サンドラを舐め回すように見て指輪を目ざとく見つけていた。
「レン様、サンドラにも指輪を与えたのですか?」
アテナの方から、チッ! と、舌打ちの音がする。
(舌打ちが聞こえているぞ。アテナは何をそんなに嫌っているんだ。大の大人がどうしようもないな)
男のレンに貧乳のアテナの気持ちが分かるはずもなかった。サンドラの胸を凝視するアテナに、レンは怪訝な表情を浮かべるばかりだ。
次にクレーズたちが順次紹介されていく。
紹介を終えてレンはカオスに視線を向けた。
「カオス、クレーズたちの部屋は用意してあるな」
「当然でございます。後でメイドに案内させましょう」
「うむ。私は部屋に戻って休むため夕食は必要ない。オーガスト、エルツ帝国の件は任せたぞ」
「畏まりました」
頭を下げ続けるオーガストを尻目に、レンは
その後ろ姿をサンドラは羨ましそうに見つめるのであった。
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