第53話 国家樹立10
レンは巨大な縦穴を見て自分の認識の甘さを改めた。いま思えば、この城をどう攻略しようかと考えていた自分が阿呆らしくなる。
(まさか一撃で城を消し飛ばすとはな。
もちろん同じ
これまでのサンドラとオーガストのやり取りを見ても、明らかに強さではオーガストの方が上だ。
レンは
駄目押しとばかりにオーガストの呟きが耳に届いた。
「随分と手加減をしているな……」
レンは思わず口をポカーンと開けた。
(これで手加減しているだと?)
だが思い当たる節はある。
(そう言えば、さっきサンドラが豊かな土地を荒野に変えたと言っていたな。あれはもしかして俺の国がある場所のことか? もしそうなら手加減も頷ける話だ。俺の国は領土だけなら他の国にも引けを取らない。逆に言えば、それだけの土地が荒野に変えられたということだ。それを考えたら地面に大穴を空けるくらい訳ないはずだ)
馬鹿げていた。
もはや歩く災害だ。
読み漁った知識として、この世界では
盛大に溜息を漏らすレンにオーガストが小声で語りかける。オヴェールやセルゲイはレンの正体を知らない――と思っている――ため、聞こえないように配慮してのことだ。
「レン様、これから如何いたしますか? まだ外側の城壁には兵士が僅かに残っていますが」
「放っておけ。これだけの力を見せれば襲っては来ないはずだ」
実際に生き残りの兵士は殆どが衝撃で街まで吹き飛ばされ、辛うじて城壁の上に留まった兵士も、この場から逃げ出す算段をしている。
問題は内側の城壁が無くなったことで、二つの城壁の間に渡された石橋が崩れたことだ。
瓦礫が通路を塞いで馬車は通れなくなっていた。
「それよりこの有様では馬車が通れそうもない。帰るにしても瓦礫を退けるのが先だ」
聞き耳を立てていたサンドラが、ダッシュで駆け寄りレンにしがみついた。
「それなら儂の転移魔法でゴンドラまで送るのじゃ」
「転移魔法……。サンドラは転移魔法が使えるのか?」
「
「何処にでも? 城にある
其処でレンは「ん?」と、首を傾げた。
「オーガスト、お前も転移魔法を使えるようだが、どうして今まで使わなかった? 転移魔法を使う機会は幾らでもあったはずだ。今日もノイスバイン帝国やドレイク王国に使者を迎えに行くのに、わざわざ
「そ、それは、その……」
言葉を詰まらせるオーガストの姿は珍しく、サンドラが不思議そうに尋ねる。
「なんじゃ、オーガスト。むかし儂が転移の魔法で逃げたとき、お前は
「い、いや、まぁその、だな……」
オーガストの瞳が泳いでいた。
レンがノーヴェに視線を向けると、こちらも何故か視線を逸らされる。この二人が口を紡ぐ原因は決まっている。
上位の者から何らかの指示があったからだ。
(ああ、これはあれか。いつもの三人が何か言ったな。
レンはそれとなく各国の王の様子を窺う。
あちらはあちらで話があるらしく、こちらに背を向けて何やら話し合っていた。
(ノイスバイン帝国の人間は俺のことを知らないし、気付かれないようにしないとな。まぁ、こちらに背を向けて話しているし、これだけ距離があれば大丈夫か)
「オーガスト、私と
視線を向ければオーガストが慌てて深く頭を下げる。
「当然のことながら竜王様でございます」
「では尋ねるが、転移魔法に関してお前は
「そ、その……」
口籠もるオーガストを見てレンは最終手段に出た。
「分かった。ではこうしよう。全て話してくれたら頭を撫でてやる」
途端にオーガストの表情が明るくなり、つらつら話し出す。
「実は――」
要約するとこうだ。
転移魔法があると竜王様と散歩が出来なくなる。
だから使うな。
絶対に言うな。
単純明快で分かりやすい。話を聞いてレンは頭が痛くなっていた。
(早い話がだ。あの三人は俺と城の中を歩いて移動したいと。だから転移魔法は邪魔だと言いたいわけだ。確かに
「レン様、その、ご褒美をいただきたいのですが……」
目の前ではオーガストが顔を赤く染めて、上目遣いでモジモジしていた。
「よしよし、あの三人のせいでオーガストも大変だったな」
レンはオーガストの頭に手を乗せ、子供にするように頭を撫でた。
オーガストは胸の高さで両手の拳を握り締めて、やったぁーと、言わんばかりに「う~ん」と、声を出している。
毎回のことだが、レンには何が嬉しいのさっぱり分からない。ただ、これが褒美の代わりになることだけは、なんとなく理解していた。
「転移魔法が使えるのも分かったし、そろそろ帰ろう」
レンは最後に頭を軽くポンポン叩くと、オーガストの満面の笑みが返ってきた。
「はい、帰りましょう」
転移魔法でゴンドラに戻ったレンは、適当な口実をつけて6階の寝室に待避していた。その最たる理由としては、各国の王が今後のことで話し合いたいと申し出たためだ。
レンは全てをオーガストに丸投げして、自分はベッドの上に身を投げていた。
(想像以上に疲れた。さっきヒューリと少し話した感じだと、エルツ帝国の報復は直ぐにでもあるような素振りだった。でも本当にそうなのか? どうして圧倒的な力の差を見せられて、まだ戦うと思えるんだろう。もし俺が相手の立場なら、絶対に攻めたりはしないんだけどな)
何度考えても釈然としない。
レンが城ごと葬れと言ったのは、大きな力が抑止力になると踏んでのことだ。本格的な戦争に発展した場合、エルツ帝国の兵士は大勢命を落とすことになる。
大きな争いを回避するための苦肉の策だというのに、これで直ぐに攻めてきたのでは、サンドラの魔法で死んだ兵士が報われなかった。
(はぁ……。俺の行動は間違っていたんだろうか。もしかしたら、もっと穏便な方法があったのかも知れない)
レンは枕を抱きながら寝返りを打った。
(いや、俺たちを殺そうとしたんだ。皇帝はもちろん、あの場にいた兵士が死んだのは自業自得だ)
頭の中では割り切って考えようと思っていても、死んでいった兵士のことが心の片隅でちらついていた。
(何でこんなことになったんだろう。俺はただ、
レンはそのまま枕に顔を埋めた。
難しいことを考えても分かるはずがない。後はオーガストが上手くやってくれることを祈るしかなかった。
一方その頃、ゴンドラにある二階の会議室では、今後のことが話し合われようとしていた。
席に着いたのは各国の王だけだ。
部屋には他にもノーヴェがいるが、席には着かずにオーガストの隣に控えていた。
テーブルには水差しとグラスが置かれているが、情報の漏洩を防ぐため、給仕をするメイドは全て下がらせている。
会談の準備が整い、オーガストは三人の王を見渡す。
「今後のエルツ帝国の動きに関して各国の意見を聞きたい」
真っ先に答えたのはドレイク王国のヒューリだ。
「オーガスト様、エルツ帝国は直ぐにでも報復に来ると思われます。後継者争いで大規模な軍は起こせないと思いますが、少なくとも暗殺者や工作員は送り込んで来るでしょう」
「その根拠は何だ」
「各国の王の暗殺です。如何に力を持つ配下を抱えていても、王とは基本的に弱いものです。長い歴史を紐解いても、実際に戦いに長けた王は僅しかおりません。戦争において強い国があるのは、王が強いのではなく、王に従う配下が強いのが一般的です。今回の件に関しても、エルツ帝国はそう考えることでしょう。城を消滅させたのは、抜きん出た力を持つ配下の仕業だと」
「確かにアレをやったのはサンドラだが、私も甘く見られたものだ。これでも世界最強の部類に入るというのに」
「もちろん、オーガスト様であればそうでしょう。私も戦闘には多少の自信がございます。ですがオヴェール殿やサントス殿は別です。暗殺者が上手く護衛をすり抜けた場合、お二人は高い確率で命を落とすことになります。同時に城を消滅させた強者も探し出し、油断しているところを暗殺しようとするでしょう。どんな強者であっても、寝ているときは無防備なものです」
「……面倒なことだ」
オーガストは例え寝込みを襲われても傷一つ負わない自身があるし、そもそも暗殺者が城に侵入できるとは思わなかった。
それでもだ。
街で暮らす子供たちは別だ。
暗殺者の刃が届き得るし、もし子供たちに万が一の事があれば、それは国の建国を一任されているオーガストの不手際になる。
そんな中でサントスが思い切った案を出す。それに呼応してオヴェールも口を開き討論が始まった。
「いっそ竜王国がエルツ帝国を併合しては如何ですかな?」
「何を馬鹿なことを。エルツ帝国の貴族たちが黙ってはいまい。それに王子たちも恐らく生きているはずだ。奴は自分の子に大きな街を統治させていたからな」
「統治と言えば聞こえはよいが、好き勝手に遊んでいると聞いておるぞ。とても王の器とは思えぬ。それにベルトニアの言葉ではないが、後継者争いで国は暫く混乱するだろう。それに乗じて王族や王族に
「王族や貴族を暗殺するやり方は賛成しかねる。併合された国民が納得するはずがない。間違いなく内乱が起こるぞ。エルツ帝国の国民を納得させるだけの大義名分は必要だ」
「我々を殺そうとしたのだ。大義名分にこれ以上のことはないではないか」
「エルツ帝国の国民から見れば、我々は皇帝を殺した憎むべき存在だ。大義名分は自分たちにあると考えとも可笑しくない。それに王族や貴族だけを狙うやり方はやはり不味い。それでは兵士はほぼ無傷で残り、多くの火種を内側に抱え込むことになる。兵士が一同に反旗を翻すことも考慮しなくてはならん」
オーガストは瞳を閉じ黙ってサントスとオヴェールの話を聞いていた。
(確かに併合するのは簡単だ。やり方によっては流れる血も少なくて済む。最も悪手なのは放置することだ。時間が経てば経つほど、より多くの血が流れることになる。多少強引でも早めに方を付けるか……)
オーガストは自分の考えを確認するため、ノーヴェに小声で話しかけた。
「ノーヴェ、私はエルツ帝国を併合しようと思うが、お前はどう思う」
「よろしいかと。速やかに制圧した方が犠牲は少なく済むでしょう」
「やはりそうか……」
視線を上げれば、話を聞いていたヒューリが力強く頷いていた。
自分の中で考えが纏まり、オーガストは平行線をたどる二人の論争に割って入る。
「私もサントス殿に賛成だ。相手に時間を与えては軍が動く恐れもある。頭を潰して動きを止めるのは戦いの定石だ。王侯貴族を殺した後、エルツ帝国は竜王国に併合する。これで大きな争いは回避できるはずだ」
暗殺紛いのやり方を嫌うオヴェールが即座に異を唱えた。
「それは何故ですかな? 王族や貴族を殺して国を手に入れても、残された国民や兵士は納得できないでしょう。各地で反乱が起きますぞ」
「納得させるつもりはない。反乱が起きないように
「それでは街にも被害が及び、少なくない犠牲が出るとお分かりですか?」
「多少の犠牲は仕方ない。反乱が起きたら逆らうことの愚かさを教えるためにも、幾つかの街には犠牲になってもらう。それでも真正面から戦うより死者は遥かに少ないはずだ」
「そうかもしれないが……」
オヴェールは言葉を濁した。
確かにそれなら被害は最小限に抑えられるだろう。だが、そんな不意打ちで国を乗っ取り民意が得られるはずがない。
オヴェールはそれが心配でならなかった。
「オヴェール殿が言いたいことも分かる。無理やり従わせても、
「その通りです」
「貴族を始末するといっても問答無用で全て殺すわけではない。私に従う貴族には生きて役に立ってもらう」
「エルツ帝国の貴族に街を管理させるのですか? 確かにそれなら今まで通りの暮らしも期待できますし、国民も安心できるでしょうが……」
「何が言いたい?」
「他国の貴族が大人しく従うとは思えませんな」
「そんな事か、貴族という生き物は領地や家柄を重んじる傾向にある。今までの暮らしを約束するなら従う貴族は多いはずだ。それに説得には竜王国の重臣を向かわせる。そうだな――」
そこまで言ってオーガストはあることを思い出す。
(そう言えば奴らがいたな。この大陸でも名が知られているようだし、使ってみる価値は十分あるか……)
「我が国にはSSSランクの冒険者が二人いる。彼らが説得すれば喜んで私のために働いてくれるはずだ」
「そ、そうですな……」
オヴェールは盛大に顔をしかめた。
それは説得ではなく脅迫だ。
断ったら国を滅ぼすと言っているようなものだ。
「先ず初めに貴族の説得と王族の抹殺だが、王族も我々に従うのであれば、命だけは助けてやるつもりだ。もっとも、王位継承権は放棄してもらうがな。もし説得が上手くいけば、これだけで国は併合できる。後は逆らう奴がいれば、その都度殺せばよいだけの話だ」
オーガストの説明にノーヴェも賛同する。
「王子や貴族が余程の馬鹿でもなければ、説得に応じることでしょう」
反論の声は上がらない。
オヴェールはこれに変わる代案が浮かばず、黙って頷く他なかった。
会議を終えてオーガストは後悔していた。
皇帝の説得――脅迫――を、エイプリルとセプテバの二人に任せておけば、事は穏便に済んだかもしれないのに、と。
しかし、その皇帝は城ごと葬られて既にこの世に存在しない。
全ては後の祭りであった。
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