第52話 国家樹立9

 程なくして衛兵の先導で馬車は走り出す。

 帝都だけあり、街は広大で活気に満ち溢れていた。大通りともなれば行商人がせわしなく行き交い、屋台や商店の前には人集りが出来ている。

 視線の先では冒険者と思しき剣を携えた男たちが、笑みを浮かべて意気揚々と通りを闊歩していた。見るからに依頼が成功したことを匂わせている。

 レンは帝都の街並みに目を見張る。

 同じ帝都であっても、ノイスバイン帝国で見たすさんだ帝都とは雲泥の差があった。


(やっぱり街はこうだよな。折角街を作ってもゴーストタウンじゃ寂しすぎる。俺の国でも屋台ぐらいは欲しいところだ。それなら小腹が空いた子供たちが買い食い出来るだろうし、少しは活気があるように見えるかもしれない)


 レンが街並みを観察するのを、向かいに座るオーガストが興味深そうに見つめていた。


「レン様は街がお好きなのですか?」

「ん? 好きと言われると好きだが、それより私の王都もこれくらいの活気が欲しいと思ってな」

「申し訳ございません。私の力が及ばず街はまだ……」

「お前を責めた訳ではない。竜王国はまだ出来上がってすらいないのだ。人が集まるには時間が掛かることも知っている。街は少しづつ賑わえばよい」

「はい……」


 オーガストのか細い声が心境を物語る。

 だが無理もない話だ。街を作ってまだ半月ほど、人もいなければ街道もない。人の出入りがないのだから活気が出るはずがなかった。

 特産と言っても農場プラントで量産している作物しかなければ、値崩れを防ぐため、過剰に供給するわけにも行かなかい。

 ドラゴン禁制の魔道具アーティファクトを街で売れば人は集まるだろうが、魔道具アーティファクトが多く出回れば、それを利用した犯罪や戦争が起こるのは自明の理だ。

 いま出来ることと言えば、他国と国交を結び街道を整備し、行き交う行商人で街を賑わすことくらいだ。


(やはり街道の整備を急がなくては……)


 街は幾つかの区画に分かれているらしく、オーガストが考えている間にも、街の風景は徐々に変わっていた。馬車で1時間も移動すると、小さな建物は徐々に鳴りを潜め、代わりに大きな建物が徐々に増えている。

 宿や商店の佇まいも立派になり、差し詰めこの区画は高級住宅街といったところだろうか。行き交う人々もそれに見合う上品な装いをしている。

 いつの間にか馬車を先導していた街の衛兵は姿を消し、代わりに銀色の全身鎧フルプレートに身を包んだ騎士が、露払いをしながら先導していた。恐らく城から使わされた騎士なのだろう。腰からは一見しても見事な剣を下げている。

 馬車は徐々に速度を落とし、レンは窓から前方に視線を向けた。

 高い城壁の上には兵士が立ち並び、城門の前には槍を持った騎士が整然と並んでいる。その騎士の間を通り抜けて馬車はゆっくりと城門を潜った。だが目の前に現れたのはまた城壁だ。

 しかも入り口が何処にも見当たらなかった。


「随分と変わった造りだな」


 馬車は二つの城壁の間を半円を描いて進んでいる。


「恐らく内側の城壁は入口を反対側に設けているのでしょう。半円を描いて移動する間に、二つの城壁から矢を射かけることが出来ますし、敵が攻めてきたときに侵入するのが困難となりますので」


 首を傾げると、ご丁寧にもノーヴェが説明をしてくれた。


「なるほど……」


(つまりは二重丸の中を移動しないと城には入れないのか。俺ならどう戦うかな……)


 レンはゲームの攻城戦を思い浮かべる。

 二つの城壁の間には、所々に石で出来たアーチ状の橋もあるため、場所によっては四方からの攻撃も十分に有り得た。

 守るに易く攻めるに難い。

 相手と同程度の兵力なら籠城戦に持ち込むだろうが、得てしてこのような城には逃げ道は付きものだ。そこから気付かれないように、ちまちま兵士を外に移動させる可能性もある。

 気付いた時には城の兵士は空っぽで、手薄な自軍の背後に回り込まれることも考えられた。もしくは城と背後に兵士をに二分しての挟撃だろうか。つまりは籠城戦を仕掛けても簡単ではないのかもしれない。

 二つの城壁との間は道幅が50メートル程あるため窮屈な感じはしないが、やはり城壁の高さから多少の圧迫感はある。これも攻める側には精神的な負荷が大きいはずだ。

 後は梯子はしごを使い多方向から一斉に攻める手もあるが、兵力が同じなら普通は成功することはない。

 レンは心の内で、(う~ん)と、唸り声を上げた。

 暇潰しに脳内シミュレーションをして分かったことは、この城を落とすのは一筋縄では行かないということだけだ。 


「レン様、内側の城門が見えて参りました」


 レンはノーヴェ声に反応して顔を上げた。

 内側にある城壁の門は外側の城壁より小振りだが、重厚な扉の表面には鉄板が嵌め込まれて如何にも頑丈な造りになっていた。

 城門前の左右には石橋も渡されており、城門で足止めを食らった敵を四方から狙い撃てる仕組みだ。まさに最終防衛ラインに相応しいと言えよう。


「鉄板を嵌め込んだ城門か。二重の城壁といい中々に攻め辛い城だな」


 馬車が止まり城門の様子を窺うが、何時まで待っても城門が開く気配はなかった。

 レンが「ん?」と首を傾げていると、先導していた騎士が指を立てて城壁の上にいる兵士に合図を送っていた。両手の指を立てて9の数を表し、次に片方の手で4の数字を示している。

 レンは直ぐに閃いた。


(御者を含めた俺たちの人数を教えているようだな。まぁ、城に入るんだ。想定外の人物が紛れ込まないようにするのは当然のことか)


 合図を受けた兵士が視界から消えるが直ぐには城門が開かず、城壁の上には兵士が続々と集まっていた。

 左右の石橋にも兵士が集まり、いよいよ雲行きが怪しくなる。兵士は手に弓を握り、背中には矢を入れた矢筒を背負っていた。

 馬車の側にいた騎士たちは、攻撃に巻き込まれまいと急いで来た道を戻っている。オーガストとノーヴェは呆れ返るばかりだ。

 

「やはりこうなるのか。身の程知らずが」

「まったく、兵士の気配から分かっていましたが、愚かな選択をしたものです」


 どうやら二人は初めから分かっていたようで、城壁の上の兵士を見ながら淡々と話をしている。


(分かってるなら早く教えろよ! 何も知らない俺が馬鹿みたいだろ!)


 レンは視線で訴えるが二人が気付くことはなく、オーガストに至っては頬を赤らめてモジモジしている。


(いや、照れるな! 別にお前に見惚れていた訳じゃないからな? そりゃ、そう言う仕草は可愛いけどさ。それより――)


「馬車は大丈夫なんだろうな?」

「問題ございません。予め全ての馬車に防御魔法を施しております。御者を含め、誰にも怪我は負わせません」

「そうか、流石はノーヴェだ」

「お褒めに預かり光栄にございます」


 褒められたノーヴェの姿を、オーガストが口を尖らせて膨れっ面で見ていた。


(くそ! 本当に可愛いな。俺はグイグイ迫られるより、こういう控えめな人間味のある姿の方が好きなんだよなぁ……。いかん! いかんぞ! もし俺がオーガストが可愛いと思っているこをに知られたら、きっと喧嘩の火種になる。彼奴あいつらは自分たちを優先しないと本気で怒るからな。いや、別にあの三人を嫌っている訳じゃないんだ。彼奴あいつらも可愛いところはあるし、魅力的な女性だとは思っている。ただ、圧が強すぎるんだよなぁ――)


 頭の中で独り言を語らうレンに、オーガストの言葉が耳に届いた。


「レン様、馬車の外に出て交渉をしてもよろしいでしょうか?」

「――ん? そうだな。私も外に出よう。どんな理由でこんな馬鹿な真似をしているのか話を聞いてみたい。交渉はオーガストに任せて問題ないな?」

「はっ、お任せ下さい」


 三人が外に出るのを見て他の馬車でも動きを見せる。


「爺! 儂らも外に出るじゃ」

「はいはい、分かっておりますよ。サンドラ様」


 サウザント王国の馬車からはサントスとサンドラが。

 

「マルス、我々も降りるぞ! 分かっていると思うが竜王様の邪魔はするなよ。今の我々はただの足手まといだ」 

「心得ております、陛下」


 ドレイク王国の馬車からはヒューリとマルスが。


「セルゲイ、私たちも馬車を降りよう。万が一の時でも、お前の魔法があれば逃げることくらいはできるのだろ?」

「当然でございます。これでもノイスバイン帝国の賢者と呼ばれているのですよ? 城に戻る帰還リターンの魔法の準備は出来ております。とは言え、人数制限もございますので、護衛の騎士をゴンドラに置いてきたのは正解でしたな。まぁ、私ごときが動かなくとも、竜王国の方々がどうにかするとは思われますが」

「そうだな……」


 ノイスバイン帝国の馬車からはオヴェールとセルゲイが城門前に降り立ち、魔力の気配を感じてセルゲイが「ふむ」と小さく頷く。


「陛下、どうやら私の魔法は必要ないようです。既に強力な防御魔法が周囲に展開されております。恐らくは第三等級魔法の魔法障壁マジックバリア物理防壁フィジカルシールドかと思われますが、込められた魔力が大きすぎて、どれ程の防御能力があるのか私でも見当が付きません」


 見た目には何も無いが、周囲の魔力を感じ取れるセルゲイが言うのだ。オヴェールは一言だけ「そうか」と告げて城壁の上を見上げた。

 兵士は弓に矢を番えてこちらに狙いを定めている。今はまだ矢を放つ気配はないが、それも時間の問題だ。

 オーガストは城門の真正面に立ち、城壁を見上げて声を張り上げる。


「私は新たに建国する竜王国の女王、オーガスト! 事前に書簡で知らせている通り、今日は建国について話し合いに来た! エルツ帝国皇帝、ヨハンムス・ヴァル・アン・ベルトニア殿にお目通り願いたい!」


 声に応じて城壁の上に40代と思しき男が姿を見せた。

 明らかに他の兵士や騎士とは様相が違う。短い顎髭を綺麗に刈り揃えた厳つい男は、防具を身に着けておらず、豪奢な衣装を身に纏っていた。

 風に靡くマントは雨風を凌ぐ実用的は物ではなく、金糸で美しい刺繍が施された式典用の物だ。

 男は威風堂々と佇みオーガストを見下ろす。


「馬鹿が! 俺が建国など認めるはずがないであろうが! そんなことよりも」


 男の――エルツ帝国皇帝、ベルトニアの視線が流れるように移る。


「まさか各国の王が自らやってくるとはな。最初に話を聞いたときは我が耳を疑ったが、どうやら本当らしいな」

「お久し振りですな、ベルトニア殿。我らの国は隣り合った友好国。話だけでも聞いては貰えませんか?」

「サントスか、小娘に言いくるめられるとは随分と耄碌もうろくしたものだ。国を預かる王としては失格だな。それに友好国と言っても、それは俺の父の代での話だ。俺自身は貴様の国と友好国になった覚えはない」

「他国の王を呼び捨てにするとは正気の沙汰とは思えませんな。外交問題になりますぞ?」

「久しいな、セルゲイ。俺が昔お前に言った言葉を覚えているか?」

「覚えておりますとも」

「その言葉は今からでも間に合うぞ? 俺の国へ来い。そうすれば命だけは助けてやる」

「話になりませんな」

「ふん! では交渉決裂だな。何れにせよ、この大陸は俺の代で制圧するつもりでいた。そのためにドレイク王国とノイスバイン帝国が、争いを起こすように仕向けていたのだからな」


 聞き捨てならない言葉だ。


「どう言うことだ!」


 オヴェールの怒りを孕んだ言葉が響いた。


「ここまで言ってまだ分からないとは。貴様は毎年起こる異常気象が、不自然だとは思わなかったのか?」


 ベルトニアは不適に笑う。


「答えは簡単だ。原因は俺の国に伝わる戦略魔法、天候操作ウェザーコントロールで雨を降らせていたからだ。だが骨は折れたぞ? 何せ各地で雨を降らせるため、宮廷魔術師の殆が、お前の国へ出向くことになったのだからな」

「貴様! 我が国の民がどれだけ飢えて死んだか知っているのか! 幼い子供が道端の雑草を喰らう姿を見て、私がどれだけ苦悩したことか!」


 オヴェールは拳を握り締め、充血した瞳からは怒りと悲しみの涙が止めどなく流れ落ちていた。

 レンもまた、奴隷商館に繋がれた子供の姿を思い出す。

 痩せ細った幼い子供が、怯えた瞳で蹲っていたあの日のことを―― 

 ベルトニアの発言で明らかに空気が変わる。もはや、この場に交渉を望む者は誰一人としていない。


「のう、お主はこの国の王なのじゃろ? どうしてそんな酷いことする。大陸の制圧がそんなに大事なことなのか?」


 口を開いたのはサンドラだ。

 悲しげな瞳でベルトニアを見上げていた。


「何だガキ! そんなことも分からんのか? 自国を豊かにして富と名声を得るためだ。それに大陸を統一したとあれば、俺の名前は未来永劫、比類無き偉大な王として歴史に名を刻むことになる。これだけの理由があれば戦うには十分ではないか」


 サンドラは静かに瞳を閉じて過去の出来事を思い出す。


「歴史は繰り返すのじゃな。昔もそうじゃった。豊かな土地を巡り四つの国が大きな争いをした。儂に良くしてくた大勢の人間が命を落として土に帰り、儂は酷く落ち込んだものじゃ。だから儂は争いをなくすため、その豊かな土地を不毛の荒野に変えた。お主は戦争の恐ろしさを知っておらぬ。お主の一言で大勢の人間が命を落とすのじゃぞ? その人間には帰りを待つ家族がいて、同じ時間を分かち合える友人もおるはずじゃ。やむを得ない事情で争いを起こすにしても、王とは失われる命と、それに伴う全ての悲しみを天秤に掛けて決断を下すものじゃ。お主は爺に王として失格じゃと言ったが、儂に言わせればお主の方が失格じゃ。爺は有能な王ではないかも知れんが、お主のような愚か者ではないからな」

「ふん、よく分からん話をしおって。だが俺を愚か者と言った言葉だけは聞き取れたぞ? 例えガキでも容赦はせんからな!」


 話を聞いていたヒューリが一歩前に出る。


「ベルトニア! 貴様は本当に我らの国を落とせると思っているのか! 我ら三国と貴様の国では兵力差は歴然、どうやっても敵うはずがないだろ!」

「ヒューリか、確かにノイスバイン帝国とドレイク王国が潰し合わなかったのは想定外だ。せっかく宮廷魔術師を全て帰還させて、貴様らの国へ攻め込む準備をしていたというのにな。だが戦いの準備は無駄にはならずに済みそうだ。お前らが死ねば国は大いに荒れる。次期国王を巡り複数の派閥が対立するはずだ。そんな中で俺の軍が攻めてきたらどうする? 状況が不利と見た貴族の中には、甘い言葉に誘われる馬鹿も出てくるはずだ。窮地に立たされた人間は、形振り構っていられなくなるからな。そう言えば、ノイスバイン帝国の馬鹿貴族も、随分と俺の役に立ってくれたぞ? 少し甘い言葉を囁いただけで、ドレイク王国の街から食料を奪ってくれたからな」


 オヴェールの声が木霊する。


「アレも貴様の差し金か! 貴様はどれだけ我々を愚弄するのだ!」

「勝手に吠えていろ。もう話は終わりだ」


 ゆっくり上げたベルトニアの手が勢いよく振り下ろされた。


「撃て!」


 四方から一斉に矢が射かけられて、馬が嘶き暴れ出す。

 サントスは咄嗟に振り返り声を上げた。


「この場は魔法で防御されておる! 馬車は絶対に動かすでないぞ!」


 御者の男が手綱を引いて馬を落ち着かせる。サントスの言葉通り、矢は見えない壁に阻まれて次々と跳ね返されていた。

 矢が当たる瞬間に僅かに見える不可視の壁に、ベルトニアが「ほう」と感嘆の声を漏らす。


「セルゲイの防御魔法か、これだけの矢をいとも簡単に弾くとは流石だな」


 言葉からは余裕が感じられた。

 ベルトリアは後方に視線を向けて目配せをする。視線の先にいたのはローブに身を包む宮廷魔術師たちだ。

 視線を合図に魔術師が兵士を掻き分けて前に出る。その数は100以上、戦争にに備えて城に詰めていた宮廷魔術師のほぼ全てが、城壁の上に姿を現わしていた。

 四方から馬車を取り囲み、杖を構えて既に臨戦態勢に入っている。


「流石にお前の防御魔法でも、これだけの魔術師の攻撃は防ぎ切れまい」


 ベルトニアはセルゲイに向けて話をしているが、当の本人はベルトニアと魔術師を一瞥いちべつするだけで、「やれやれ、無駄なことを」と、溜息を漏らす始末だ。 

 馬鹿にしているとも受け取れる態度に、ベルトニアの額には太い青筋が浮かび上がる。


「何だその態度は! 俺を馬鹿にしているのか!」


 セルゲイはベルトニアを見上げる。その瞳に恐怖や怯えはなく、ただ可哀想な者を見るような眼差しが城壁の上に向けられていた。

 それがベルトニアの琴線に触れる。ギリッと歯軋りの音が聞こえ、ベルトニアは怒りのままに声を荒げた。


「やれ! 奴らを皆殺しにしろ!」


 魔術師の構える杖の先端から魔方陣が現れ、一斉に魔法が放たれた。


「[火の球ファイヤーボール]」

「[雷の矢サンダーアロー]」」

「[石の礫ストーンブレッド]」

「[風の刃ウィンドカッター]」

「[聖なる槍ホーリーランス]」

「[雷撃ライトイング]」

「[酸の雨アッシドレイン]」

「[闇の毒ダークポイズン]」

「[水飛沫ウォータースプラッシュ]」

「[衝撃波シュックウェーブ]」

「[魔法の矢マジックアロー]」

「[火の雨ファイヤーレイン]」


 あらゆる属性の魔法がレンの視界を覆い尽くす。

 火の球ファイヤーボールが魔法の障壁にぶつかり、激しい轟音を立てながら周囲を赤く添め上げた。障壁を雷が穿ち、風の刃が勢いよく切りつける。石や水が弾丸のような速さで飛んでくるが、その尽くが魔法障壁の前で弾かれていた。

 忙しなく聞こえる衝撃音は、相手の敵意の高さを知らしめている。

 レンはずっと悩んでいた。

 目の前の男を殺すべきかどうかを――

 この世界に来るまで一介の学生に過ぎなかったレンにとって、人の命のやり取りは極めて重い。

 言葉が出なかった。

 あの男を殺せと命じるのが正しいと分かっていても、自分の言葉で誰かが死ぬのが怖かった。覚悟は出来ていたつもりでいたが、それが上辺だけの覚悟だと思い知らされていた。

 各国の王たちはそれとなくレンの様子を窺い、誰も口を開こうとはしない。

 悲痛な面持ちで俯くレンに、サンドラが歩み寄る。


「レン様、あの男は儂にらせて欲しいのじゃ。爺は凡庸な王じゃが民の安寧を願う立派な王じゃ。あのような男に卑下されるのは我慢ならんのじゃ」

「サンドラ……」


 見上げたサンドラの瞳に迷いは感じられない。

 自分の信念のなさに比べたら雲泥の差だ。


(――俺もドラゴンのために覚悟は決めていたはずだ。死んだらグラゼルに合わせる顔がないな)


 レンの眼差しが真剣味を増す。


「分かった。あの男はサンドラに任せる。見せしめとして城ごと葬ることは出来るか? 大きな力を見せることで、争いを最小限に抑えたい」

「出来るのじゃ」

「そうか、では頼んだぞ」

 

 話をしてる間も攻撃魔法の雨は降り続いていた。そのため二人の会話は轟音に掻き消されて、離れた場所にいた各国の王には聞こえていない。

 それでもサンドラが城門の中央に移動するのを見て、おおよそのことを察っすることが出来た。


「交代じゃ、オーガスト。儂はレン様からあの男を殺すように命じられた。お主は少し下がっておれ」

「レン様のご命令なら仕方わね。後は任せたわよ」


 普段は命令口調のオーガストだが、この時は姉が妹に話すような仕草だ。それにはサンドラも笑みで答えた。


「ふむ、任されたのじゃ」


 程なくして攻撃魔法の雨は止み、無傷のレンたちが姿を現わす。

 驚いたのはベルトニアだけではない。魔法を放った魔術師や、成り行きを見守っていた兵士たちも同じだ。

 城壁の上では誰もが目を見開いて驚きを隠せずにいた。


「馬鹿な! あれ程の攻撃魔法をなぜ防げる! 貴様一体なにをした!」 


 ベルトニアの視線は当然の様にセルゲイを捉えている。


「私は何もやっておらんよ。お主はずっと勘違いをしておる。もっとも、本当のことを言っても信じてはもらえんだろうがな。お主はどう足掻いても我らには勝てん」

「巫山戯るなよ! この老いぼれが!」


 ベルトニアは怒りを静めるべく大きく息を吐いた。


「まぁいい。貴様らを殺す切り札はまだあるからな。如何に貴様が賢者と呼ばれようとも、第7等級の魔法は防ぐことが出来まい」


 賢者と呼ばれるセルゲイであっても、普段使える魔法は第6等級までだ。時間と希少なアイテムを併用して第7等級を辛うじて行使できるが、使える魔法は一つだけで余りに効率が悪すぎた。

 それでもセルゲイの余裕は崩れない。


「第7等級か、それは楽しみなことだ」


 小さく呟いた言葉は城壁の上には届かず、ベルトニアは近くの魔術師に指示を出していた。


「おい! 準備は出来ているな?」


 ベルトニアの左右に並んでいた魔術師が退けて、後方に控えていた魔術師が表に現れる。

 魔術師は四人一組でベルトニアの後方に佇んでいた。他の魔術師と違うのは、四人が杖の先端を合わせて魔力を高めていることだ。


「何かと思えば戦術魔法か……」


 セルゲイは落胆する。

 珍しくも何ともない。魔術師であれば誰でも知っていることだ。魔力の消費量は大きいが、複数の魔術師で魔法を唱えることで威力を高める仕組みだ。

 範囲魔法などを使えば広範囲を攻撃できるが、もちろん発動までには時間も掛かるし、効率としては最悪の部類に入る。


「これで本当の終わりだ!」


 ベルトニアの声に魔術師が呼応する。

 

「[竜巻トルネード]」

「[炎の輪舞曲フレイムダンス]」


 放たれたのは威力の強化された第5等級魔法。

 その二つの魔法が重なり合い、地面から沸き起こる巨大な炎の渦は、地面から天高く舞い上がっていた。


「どうだ! 強化した二つの魔法で作り上げた、第7等級炎の嵐フレイムストームの威力は! 如何に擬似的に作り上げた魔法とは言え、威力は実際の炎の嵐フレイムストームと変わらないはずだ!」


 兵士の数人が風に煽られ吸い寄せられていた。兵士の体は宙を舞い、そのまま炎の渦に飲み込まれて焼き払われている。


「誰かぁああ!」

「い、嫌だ!」

「助けてくれ!」


 ベルトニアは城壁の上にどっしり構えて、炎の渦に飲み込まれる兵士をただ眺めていた。


「役立たずの馬鹿どもが」


 他の兵士や魔術師が身を屈めて耐え忍んでいる中で、ベルトニアが強風の中で平然と佇んでいられるのは、多種多様な魔道具マジックアイテムを身に着けているためだ。

 熱風を浴びても肌は焼けず、体は足に根が生えたように微動だにしていない。ベルトニアは眼下に見下ろし、炎の渦が消えるのをじっと待っていた。

 炎の柱は雲までも伸び、威力は一向に衰える気配がみられない。時間して20秒、役目を終えた炎の渦は、不意に消えて穏やかな風に変わっていた。

 生き残っている者がいるはずが無かった。しかし、炎が消えてベルトニアの表情が一変する。

 視界に捉えたのは無傷で佇む各国の王の姿だ。


「なぜだ……、なぜ生きている!」


 馬車にも焼け焦げた後すら無く、誰一人火傷すら負った様子がない。


「お主は自分のことしか考えられん可哀想な奴じゃ。もう気はすんだじゃろ」


 気付けばサンドラが手を掲げていた。

 殺意も無く、怒るでも無く、ただ哀れみの眼差を向けながら、静かな声で魔法の言葉が放たれていた。


「[雷を統べる者ダイナスボルト]」


 瞬時に上空に巨大な魔方陣が浮かび上がり、数万の稲妻が束になった光の柱が城を真上から貫いた。

 ベルトニアが少女の仕草に気付いた時には、金色に輝く光が自分を取り巻く世界を覆っていた。

 地響きが鳴り大地が揺れる。

 凄まじい衝撃で街全体に突風が吹き抜けた。

 僅か1秒にも満たない時間。

 光が消えた後には、内側の城壁に沿って巨大な丸い穴がぽっかり口を開けていた。

 城壁の内側と城は跡形も無く消え失せている。城があった痕跡として、二重城壁の外側だけが唯一残されていた。

 放たれた魔法は第10等級魔法。

 目の前に空いた縦穴を覗き込んでも底は見えず、深い暗闇だけが何処までも続いていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

2021/09/17

現在修正はここまで終わっています。

正直なところ普通に執筆するより修正の方が面倒ですね。

何故か時間もかかっています。

すみませんが気長に待って下さい。

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