第51話 国家樹立8
「オーガスト様、帝都から離れた場所に降り立つにしても、このままでは少々目立ちます。不可視化の魔法で
「お前に全て任せる」
「畏まりました」
レンはノーヴェが階段を上るのを見送り、壁に掛けられた時計の針を見て何気なしに呟いた。
「もう昼過ぎか、少しお腹が空いたな……」
視線こそ動かさないが、オーガストはレンの言葉に敏感に反応する。
今回は各国の使者を伴うこともあり、予め十分な食事は用意されていた。食堂には給仕をするメイドも待機させているため、食事を行う準備は万全の状態だ。
「そろそろお腹も空いた頃ではないか? 食事の用意も出来ているので、皆で四階に上がり食事にしたいと思う。もちろん、一階で待機している各国の従者にも、後で食事を運ばせよう」
各国の王は顔を見合わせる。
確かにお腹は空いているが、食事ができるとは思ってもいなかったことだ。
「流石はサンドラ様がお慕いする竜王様ですな。まさか移動しながら食事が出来るとは」
「竜王様であれば当然なのじゃ。爺も竜王様に良く尽くすのじゃぞ」
「分かっておりますとも」
サントスとサンドラの二人は暢気なもので、椅子から立ち上がるとノーヴェの案内で階段を上がっていた。
会議室に居た面々はそれを見て続々と階段を上がり、最後尾をノイスバイン帝国の王、オヴェールと、宮廷魔術師のセルゲイが並んで歩いていた。
「先程のサントス殿の会話を察するに、隣に居た褐色の少女がサウザント王国の神なのだろうな」
「恐らくは……。何より
「サウザント王国は竜王国の属国になったと見るべきか……」
溜息を吐くオヴェールに、セルゲイは気になっていた事をそれとなく尋ねた。
「そう言えば、オーガスト様の従者も黄金の瞳をしておりましたな」
「……珍しい事ではあるまい。人間にも黄金の瞳を持つ人物は多数いる」
「隠されても無駄です。陛下や他の国の反応を見れば嫌でも分かることです。陛下は知っているのでは? 彼が
オヴェールの足が止まりセルゲイを射貫くように見据えた。それでもセルゲイの老いた瞳は揺らぐことなく、真摯に見返している。
「まったく、何でも知りたがる爺を連れてきたのは失敗であったか……」
「陛下、爺はお互い様ですぞ?」
嘘は通じないと見るや、オヴェールは小さく息を吐いて徐ろに話し出す。
「恐らくあの青年が真の竜王だ。下手に詮索はするなよ。竜王国が敢えて隠しているのだ。藪をつついて蛇を出すこともあるまい」
「やはりそうでしたか……」
「他言無用だからな」
「承知しておりますとも」
「話はもうよいであろう。これ以上遅れては怪しまれる」
「確かに……」
足早に上がった四階の食堂は見事な作りになっていた。
正方形の大きなテーブルが中央に置かれていて、その上には金の刺繍を施した真っ白なクロスが敷かれていた。そのテーブルの一辺に、それぞれの国が分かれて座っている。
天井には宝石で彩られたシャンデリアが吊され、テーブルの中央には背の低い花が邪魔にならない程度に生けられていた。
メイドに促されて、オヴェールとセルゲイも指定の席に腰を落とす。セルゲイは周囲を見渡し一人で納得する。
(これは確定だな……)
明らかに不自然であった。
席に着いているのは、ノイスバイン帝国では国王のオヴェールと宮廷魔術師筆頭のセルゲイ。ドレイク王国では国王のヒューリと親衛隊長のマルス。サウザント王国では国王のサントスと、神と思しき褐色の少女だ。
どの国も席に着くのは二人だけだが、竜王国だけが三人席に着いていた。
王であるオーガストと腹心のノーヴェは分かる。場違いなのは従者の金髪の青年だ。如何に王に仕える従者と言えども、一介の従者に変わりはない。それが国王の隣に座り、剰え食事を共にするなど信じがたいことだ。
しかも、金髪の青年は臆するでも緊張するでも無く、平然と状況を受け入れている。
普通であれば誰かが尋ねるところだが、もはやこの場にいるのは竜王が誰かを知る者ばかりだ。
誰もが空気を読み口を閉ざしていた。そうしてる間にも、メイド姿の少女が次々と料理をテーブルに並べている。
食堂が美味しそうな匂いで満たされて、オーガストは満足げに口を開いた。
「我が国の料理長が腕を振るった料理だ。遠慮せずに堪能して欲しい」
作り置きした料理を温め直した物ばかりだが、それでもマーチの作る料理はどれも絶品だ。
オーガストが料理に口を付けるのを見て、各国の王が手を伸ばす。更に各国の王が手を付けるのを見て、他の者が料理に手を伸ばした。
政治的な話などは一切行われず、食事は粛々と進められた。食事を終えた一行が会議室に戻り
「オーガスト様、時間的にエルツ帝国の帝都に着いていると思われます。私は外に出て、帝都近郊に
「分かった」
話を聞いていたサントスが驚きの表情を見せる。
「もう着いたのですか?」
「その通りです。サントス様は馬車の準備をお願いいたします」
ノーヴェは階段の方に歩き出し、一方のサントスは有り得ないと、その場で固まって動けずにいた。
「馬鹿な……。馬でも半月は掛かる
サントスの気持ちはヒューリやオヴェールもよく理解していた。
如何に空中を最短距離で移動できるとは言え、尋常ならざる速さであることに変わりはなかった。移動の手段として
「爺、何をしておる。早く下に降りるぞ」
サンドラが階段から顔だけを覗かせていた。
「お待ち下さい、サンドラ様」
慌ててサントスが後を追い、程なくしてノーヴェが戻ってくる。
「オーガスト様、帝都近くの街道から少し離れた場所に降ろしました。馬車ですと帝都まで10分も掛からないでしょう」
相変わらずだが衝撃も音もない。
オーガストとノーヴェ以外は、
「ご苦労だった。我々も一階に降りて準備を進めよう」
馬車には各国に分かれて乗り込み、ゴンドラの扉が音もなく開かれた。
視界に飛び込んできたのは、帝都を囲む巨大な壁と、出入りをするための巨大な門だ。そこには検問所が設けられ、多くの人が列をなして並んでいる。
魔法の効果で
御者が馬車を出して暫く進むと、程なくして列の最後尾にたどり着いた。しかし、列には並ばずそのまま検問所の方に向う。
列に並ぶ者たちが、迷惑そうに横目で馬車を見ては嫌な顔を見せている。それでも不平不満を口にしないのは、馬車には見事な装飾が施されていたからだ。馬車を見るだけでも、中に乗る人物が貴族であることは十分に窺い知れた。
エルツ帝国でも貴族の権力は絶対である。貴族に逆らい牢屋に入るだけならまだしも、下手をすれば死罪も有り得た。何処の国でも大抵はそうだが、貴族に逆らう平民は皆無と言っても過言ではなかった。
そうこうしている内に、最初に検問所に着いたサントスの馬車に衛兵が歩み寄り、御者の男が各国の王家の通行証を見せていた。そして御者が口に出した言葉を聞いて、途端に衛兵の顔が青ざめる。
直ぐに待機所の中に駆け込み、他の衛兵が慌ただしく動き出していた。
馬車の回りを人払いしたかと思うと、最後には如何にも偉そうな貴族風の男が慌てて馬車に駆け寄ってくる。
息を切らせて馬車の小窓から中を覗き込み、中にいる人物を見て目を丸くする。
「も、申し訳ございません。お話は伺っておりましたが、こちらに来られるのは、ノイスバイン帝国とドレイク王国の使者と伺っておりました。まさかサウザント王国のサントス陛下が来られるとは聞いておりませんでしたので、お迎えの準備が整っておりません。直ぐに城まで先導する馬をご用意いたしますが、それまで少々お待ち下さい」
恐らくはサントスに面識のある貴族なのだろう。馬車は直ぐに検問所を通され、それに先行して他の衛兵が城に早馬を走らせていた。
各国の王が赴いたことを知らせるための早馬なのは、誰もが容易に想像が出来た。
本来ならば国賓として出迎えの準備もしなければならない。
今回は余りに急すぎた。事前に使者が来るとは知らせているが、王が来るとは一言も言っていないのだ。
国王が赴くのであれば、普通は数ヶ月前から知らせを入れ、相手の了承を得るのが当たり前である。礼儀も
しかし、エルツ帝国は僅かな時間で出迎えの準備を済ませていた。それには誰もが違う意味で驚かされることになる。
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