第49話 国家樹立6

 愛おしそうにレンに抱きつくサンドラだが、その柔らかい感触にレンは一瞬たじろいだ。僅かに視線を落とせば、豊満な胸がこれでもかと押し付けられている。

 子供らしからぬ胸の大きさだが、全体的に見ればレンの認識では子供だ。直ぐに笑みを浮かべ、子供をあやす様にサンドラの後頭部を優しく撫でた。

 髪をくように撫でながら、レンはサンドラの胸に視線を移す。


(サンドラは見た目は幼いのに随分と胸が大きいな。これがロリ巨乳という奴か、将来はニュクスよりも大きくなるんじゃないか? 着物を着てるのも珍しいけど、きちんと着れてないし、こういう所はやっぱり子供だな)


 レンは大きい胸には弱いがロリコンではない。そのためサンドラのことも子供という認識でしかなかった。

 当然、欲情するようなこともなければ、恋愛対象からも外れている。レンから見れば、サンドラは可愛いらしい子供だ。

 レンが思いにふけっていると、ノーヴェが困った顔を見せ上空を見上げた。


「レン様、これから如何いたしましょう」


 そこには無残に半壊した城の姿が見えた。他国の王が乗り込んできて城を壊したのだ。この状態でサウザント王国の国王に会っても、国家樹立を認めさせるのは困難と思われた。勿論、脅迫し力ずくで従わせることは可能だが、それはレンの意思に反する行為だ。

 ノーヴェはこのまま国王に会うか、改めて出直すかを問いただしたのだ。


「どうしたものかな……」


 これからのことなどレンに分かるはずもない。事の成り行きを見守るために同行したのに、いきなり尋ねられても返答に困るだけだ。

 しかも、他国の城を破壊するなど想定外であった。今のままでは国家樹立を認めさせることは、絶対に無理だろうとレンも考えていた。

 自国の城を破壊されて協力するなど、常識で考えてもそんな奇特な国王がいるはずがない。むしろ宣戦布告と捉えるのが普通だ。


「レン様どうしたのじゃ?」


 サンドラは思い悩むレンを心配そうに見上げていた。

 首元に抱きついているため互いの顔が近く、サンドラは恥ずかしさと嬉しさで顔を真っ赤に染めている。その愛くるしさにレンも思わず笑みが溢れた。


「この国の国王に会いに来たのだが……、この有様ではな」

「国王じゃと?」

「うむ、協力を頼みに来たのだ」


 レンは半壊した城と瓦礫の山を見て苦笑いを浮かべた。するとサンドラは少し離れた場所で腰を抜かすサントスに視線を移す。


「爺、聞いた通りじゃ。レン様に協力するのじゃ」


 国王であるサントスに拒否権はない。

 元々サウザント王国は、サンドラがオーガストから身を隠すために作った国である。言わばサンドラは国の神だ。

 サントスは会話からある程度の事情を飲み込むと、立ち上がり衣服を叩いて埃を落とした。


「レン様と仰っいましたかな。私は何を協力したらよろしいので?」


 爺と呼ばれた老人を見てレンは首を傾げた。

 執事とも思ったがどうも違う。見事な衣装を身に纏っているため、この国の要人とも見て取れた。

 不思議そうに首を傾げるレンを見て、自己紹介をするためサントスは居住まいを正す。


「自己紹介がまだでしたな。私はこのサウザント王国の国王、トマス・フロイ・ディ・サントスと申します。以後お見知りおきを」


 深く一礼する老人を見てレンは言葉が出ない。


(この爺さんが国王だと? しかも、城を壊したのに協力してくれるとはどういう事だ。お人好しにも程があるんじゃないのか?)


 レンが状況を把握できずに黙っていると、サンドラが気にするなと後押しする。


「爺は儂の使用人みたいなもんじゃ。レン様は何も気にせず命じるだけでよいのじゃ」

「国王が使用人? サンドラ、お前はこの国ではどういう立場なんだ?」

「神様じゃ。この国では一番偉いのじゃ」


 サンドラはレンの首にしがみついたまま、満面の笑みを見せる。同時にレンの頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいた。


(はぁ? 神様ってなんだ……。この国はロリを信仰してるやばい国なのか?)


「……神様か、それは凄いな」

「レン様に褒められたのじゃ。とても嬉しいのじゃ」


 サンドラは嬉しそうにレンの胸に顔を埋めている。その様子を見て耐えかねたオーガストが、サンドラの後頭部を鷲掴みにしてそのまま持ち上げ、レンから無理矢理引き剥がした。


「サンドラ、いつまでもレン様にしがみついてはご迷惑でしょう? いい加減に離れないとだめよ」


 オーガストの優しい口調とは裏腹に、その手には有り得ない力が込められていた。鷲掴みにした頭からはミシミシと嫌な音が聞こえ、サンドラは急に悲鳴を上げて騒ぎ出す。


「ぎゃぁぁい、痛いのじゃ。離してたもう。あ、頭が割れるのじゃ」

「軽く持ち上げただけなのに、サンドラったら大げさね。お騒がせして申し訳ございません、レン様」


 サンドラの悲鳴を聞けて満足すると、オーガストはそのままサンドラを地面に落としてレンに謝罪した。サンドラは痛そうに頭を抑えながら地面を転げ回っている。


「……サンドラは大丈夫なんだろうな?」

「仮にも上位竜スペリオルドラゴンです。問題ございません」

「大丈夫そうに見えないんだが――」


 レンが心配している間も、サンドラは痛みで呻き声を上げている。

 蚊帳の外に置かれたサントスが、転げ回るサンドラを見て顔をしかめた。災厄級の魔物すら寄せ付けない自国の神が、痛みを感じている所を見たのは始めてのことだ。

 そして、このままでは話が進まないと恐る恐る尋る。

 無理な注文はしないでくれと心から願いながら……。


「あの、それで協力とは……」

「ん? ああ、そうだな。先ずは話を進めるか。私はこれから死の大地に国を作る。その国家樹立を認めて欲しい」

「国を作るのは構いませんが、死の大地は不可侵領域です。恐れながら我が国が認めても、他の国が黙ってはいないでしょう」

「分かっている。既にドレイク王国とノイスバイン帝国の了承は得ている。後はこの国とエルツ帝国に認めて貰うだけだ」

「もし認めなければ?」

「別にどうもしない。ただ国は勝手に作らせてもらうがな。承認を得るのは他国との武力衝突をなるべく避けるためだ。お互い出来れば血を見たくはないだろ?」


 少し脅すように話しかけると、サントスは表情を曇らせ苦笑した。

 最強だと思っていた自国の神ですら容易くねじ伏せるのだ。そんな存在に喧嘩を売る馬鹿に、民の命を預かる国王が務まるはずがない。サントスは凡庸な王だが、至極まともな王だ。


「要件は分かりました。我が国は国家樹立を認めましょう。正直、レン様の国とは敵対したくはありませんので」

「それは何より。それと我が国の王は私ではない。そこにいる彼女だ」


 レンの視線の先にいるのはオーガストだ。


「私はレン様が作られる国、竜王国の女王、オーガストだ。貴殿の協力には心から感謝する」

「お聞きしたいのですが、レン様はどのようなお立場なのでしょうか? 失礼ながら先程の会話から察すると、オーガスト様より上のご身分と思われるのですが」

「レン様は世界を統べる竜王、国の王などと矮小わいしょうな立場に収まる方ではない。国家樹立に関しては私が一任されている」

「……そうですか」


(国の王が矮小か……)


 サントスは誰にも聞こえぬよう心の内で呟いた。


「よいか、レン様のことは他言無用だ。口外したら相応の災厄が降りかかると思え。今のレン様のお立場は、私の従者ということになっている。それを忘れるなよ」

「畏まりました。絶対に口外いたしません」


 オーガストは当然とばかりに上から目線で話しかけているが、それを気にする様子はない。

 自分より格下のサンドラを崇めている時点で、他国の王とは言えサントスは自分より下だからだ。何よりレンのことを知られた以上、下手にでるのは悪手と思われた。立場が対等と勘違いされては、情報が外に漏らされても可笑しくないからだ。

 一方のサントスは全て従うつもりでいた。もはや民の暮らしが守られるのであれば、属国でも構わないとさえ思っている。

 今までよりも安全が確保されるのなら、強大な力を持つ国に従いうのは決して悪いことではない。だから先程からレンやオーガストを呼ぶときに、敢えて様と敬称を付けて呼んでいた。

 自国の神が太刀打ちできない相手であれば尚のことだ。

 オーガストは最後に念を入れる。


「サンドラ、お前も話は聞いていたな?」

「わ、分かったのじゃ。レン様のことは秘密なのじゃ」


 サンドラが頭を押さえながら立ち上がると、レンは大きく頷いた。


「よし、ではサントス、この城は後で私の配下に修復させる。今すぐ国家樹立を認める書状を書いてもらえるか?」

「いま直ぐにでございますか?」

「これからエルツ帝国にも行かねばならんしな。出来れば他の三国の了承を得たことを証明したい」


 後方で様子を見ていたノーヴェが、レンの言葉に待ったをかけた。


「レン様、いっそサントス様にも同行していただいては如何でしょうか? その方が話が早いと思われます」

「……そうだな。ヒューリとオヴェール、あの二人に各国の王を説得してもらうつもりだったが、幸いサントスも私に協力的なようだ。三人でエルツ帝国の皇帝を説き伏せてもらうか」

「ヒューリとオヴェール?」


 サントスは小さく呟くと、徐々に瞳を見開き見る間に表情を変えた。


「まさかヒューリとオヴェールとは、ドレイク王国のヒューリ・ルボルトス国王と、ノイスバイン帝国のワイゼン・サルエス・ハルア・フォン・オヴェール皇帝のことでは?」

「その通りだ。今は上空で待機させている」

「わざわざ各国の王が自ら赴いているのですか?」

「それがどうかしたのか?」

「い、いえ……。そういう事であれば私もエルツ帝国に赴きましょう」

「それでこそ爺じゃ。レン様に我が国の忠誠心を示すのじゃ」


 痛みから復活したサンドラが、手を伸ばしながらサントスに駆け寄っていた。サントスの胸に軽くダイブして擦り寄っている。

 サントスも孫を見る目で微笑み、こうして見ると中の良い家族にしか見えない。


「その代わりサンドラ様には私の護衛をしていただきますよ」

「まぁ、爺に死なれても困るからのう。仕方ないから守ってやるのじゃ」

「ではレン様、私は重臣たちへの報告がございます。暫しここでお待ちください。いま下手に城の中を動かれますと、城を守る騎士たちに襲われるやもしれません」

「分かった。なるべく早く頼むぞ」

「畏まりました。では失礼いたします」


 サントスは踵を返すと階段を登りながら思いを巡らせた。

 二つの国の王が自ら出向くのは余程のことだ。しかも最近ではドレイク王国とノイスバイン帝国は不可解な行動が目立つ。

 両国で戦争が起きたかと思うと、結局は刃を交えずに同盟を結び直している。理解に苦しむ行動も、竜王国が絡んでいるなら素直に頷けた。

 何故なら自国の神であるサンドラでさえも、優に一人で国を滅ぼせる力を持つからだ。

 身を隠すという制約上、その力を遺憾なく発揮する機会は無かったが、それでも災厄級の魔獣から国を救ってくれたこともある。そのサンドラを凌ぐ力の持ち主なら、国の一つや二つを従わせるのは造作も無いことだ。

 

(二つの国の王が自ら動いていると言うことは、それだけ竜王国には敵対したくないと言うことだ。何か力を見せられたやも知れんな……)


 階段の踊り場に出て下から姿が隠れると、グッと背を伸ばした。


「やれやれ、とんでもない者が近くに越してきたものだ。我が国も今のうちに友好関係を築いた方が良いだろうな。くれぐれも怒らせないようにしないと……」


 今後の苦労を思うと憂鬱になる。サントスは背を丸めて溜息を吐き出し、重い足取りで階段を踏み出していた。


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