第43話 ノイスバイン帝国13
冒険者ギルドの中は時間が止まったかの様に静まり返っていた。もう陽は完全に落ち、明かりが付けられていない部屋は暗闇で閉ざされている。そんな冒険者ギルドの様子を、外から来た冒険者が訝しむように眺めていた。
「もう真っ暗だってのに明かりもつけてないのかよ。どうなってんだ?」
冒険者の一言で時間が動きだす。
ギルド職員は慌てて明かりを灯し、倒れている同僚を介抱する。直ぐに気を失ったのが幸いしたのか、どうやら命に別状はないらしく、脈と呼吸を確認して安堵の溜息を漏らしていた。
階段から降りてきた偉丈夫は、クラクラする頭を振って近くの受付に歩み寄る。
「一体何があったんだ。あいつらは誰だ? あの殺気、只者じゃないぞ」
「ギルドマスター、先程の方はSSSランクのジャンヌ様です。認識票を確認しましたので間違いありません」
平謝りをしていた受付嬢がとんでもない事を言い出す。事情を知らない冒険者は大騒ぎだ。
ギルドマスターの男はジャンヌ本人を見たことはないが、ある程度の話は聞いている。何を馬鹿なと思ったが、言われてみれば風貌がよく似ていた。
「どうしてこんなところにいるんだ。ギルド本部のある中央大陸を拠点に活動しているんじゃないのか?」
「なぜこの大陸に来たのかは分かりませんが、何でもジャンヌ様とオロチ様が名前を変えたので、登録の変更をして欲しいと……」
「名前を変えた? オロチ様もか?」
「はい。オロチ様はお見えになられていませんが、お二人の認識票を提示されていました」
「つまりオロチ様もこの大陸に来ているのか……。オロチ様は誰とも組まないんじゃなかったのか? 何でよりによって最悪の二人が組んでるんだ」
愚痴を零されても受付の女性が知るはずもなく、迷惑そうに眉をひそめた。
「で? 名前の変更を断られたから怒っていたのか?」
名前の変更は出来るが珍しいことだ。一般的には知られていないが、特権階級とも言うべき一部の冒険者には許されている。
ジャンヌやオロチも然りだ。特にジャンヌは過去に何度か名前を変えているため、断られて怒るのも少しは頷けた。
「いいえ。確かに不機嫌そうにされていましたが、怒ったのは別の理由です」
男は別の理由と言われて顔をしかめた。
他にも何か問題があったのかと不快になる。名前を変えることを断っただけでもギルドの不手際だ。
相手が相手だけに、どれ程の罰を受けるか計り知れない。
「では何が理由で怒ったんだ」
「ジャンヌ様に同行していた方が、冒険者の登録を行おうとしたのですが……」
「それがどうした。珍しいことではないだろ?」
「ジャンヌ様が仰るには、同行されていた方はジャンヌ様より強いらしく、SSSランク以外は有り得ないと……」
前代未聞だ。
どんなに強くても新米冒険者が最高ランクは有り得ない。それに嘘をつくにしても、ジャンヌより強いというのは流石に無理がある。
「何を馬鹿なことを。登録して直ぐにSSSランクなど有り得ない。それに一般的な冒険者はどんなに頑張っても最高はSランクだ。SS以上は功績を称える勲章と同じだぞ? 与えられるわけがない。もしかして怒った理由はそれか?」
「いえ。非常に不機嫌になられていましたが、怒ることはありませんでした」
「では一体なにが原因なんだ……」
疲れたように項垂れる。いい加減早く言ってくれと催促した。
「結局、一般的な冒険者と同じく、最低ランクの冒険者登録を行おうとしたのですが、認識票に血を垂らして欲しいと言ったら……」
「怒り出したのか?」
「はい……。竜王様に傷を付けようとは万死に値すると」
「竜王? それが登録しようとした奴の名前か?」
「いいえ、名前は違います」
女性はレンが記入した登録用紙を差し出す。書かれていた名前はレン・ロード・ドラゴン、出身国は初めて聞く名前だ。
「この竜王国とは何処の国だ? 少なくともこの大陸では聞かない名前だ」
「それが私にもさっぱり……」
「聞かなかったのか?」
「隣りの同僚は確かに訪ねていました。ですがジャンヌ様が、お前は知る必要がない、言われた通りに発行しろと」
女性は床に倒れている同僚に哀れみの視線を向けていた。
男は参ったとばかりに額を押さえて、記入された用紙を見直す。
「大体のことは分かった。話の内容を紙に書き起こせるか?」
「出来ますが、どうするんですか?」
「ギルド本部への報告だ。それに陛下にも伝えた方がいいだろうな」
「国へも報告するんですね」
「当たり前だ。最悪、国が滅びるかもしれん。話さんわけには如何だろ」
話を聞いていたギルド職員は全員青褪め、聞き耳を立てていた冒険者は逃げ出す算段を始めていた。
男はこの時ほど自由な冒険者を羨ましく思ったことはない。
「俺も逃げたいよ……」
小さく呟いたその願いは、誰の耳にも届かなかった。
レンが城に戻ると庭園は人でごった返し、ジュンが所狭しと子供たちを並ばせていた。その様子を城の衛兵が迷惑そうに見ているが、子供を追い出さないところを見ると、国の人間とは話がついているようだ。
城の庭園には明かりが灯され十分な光が確保されていた。暗がりから現れたレンを見つけるや、ジュンは思わず喜びの声を上げる。
「レン様!」
しかし、次に現れたエイプリルを見てジュンの表情が一変する。血眼の瞳は二人がが繋いだ手に釘付けになっていた。
「そ、その手は……」
ジュンの視線からは何を言いたいのか読み取れるが、レンは繋いだ手を見ても平然としていた。
(そう言えば、昼間に手を引いた時には意識したが、今ではそんなに違和感がないな。エイプリルは口調が軽いし、妹のような感じがするからか?)
「暗闇で迷子にでもなったら大変だからな。特に問題は無いはずだ」
「問題ないっすよね。レン様」
「!? エイプリル! レン様になんて言葉使いを、恥を知りなさい!」
ジュンは怒りを顕にするも、エイプリルは気にする様子がなく、嬉しそうにレンの手を握っている。
「よさないか、私が普段通り話す様に命じたのだ」
「そうっすよ。レン様のご命令っす」
「えっ? ご命令?」
「でもお三方の前では普段通りに話せないっすけどね」
「そんなの当然よ。お怒りを買うことになるわよ」
話をしてる間も、ジュンの視線はちらちら握られた手に移っている。そして今度は、レンの空いている手をじっと見つめてた。
ジュンの視線を感じて、レンは仕方ないと空いている手を差し出す。するとジュンはレンの手を両手で包み込み、頬を染めながら祈るように瞳を閉じた。
周囲を見渡すが肝心の人物の姿は無く、レンは僅かに首を傾げた。
「ところでセプテバは戻ってきてないのか?」
どうやら手は離して貰えないらしく、ジュンはレンの手を握ったまま顔を上げた。
「帝都は広く、また奴隷商館の数も多いことから、仰せつかった任務が終わるのは明日になるとのことです」
「帝都の広さを考えると当たり前か……」
「レン様、子供は如何するおつもりでしょうか?」
「希望する者は親元に返す。それ以外の者は竜王国の国民とする」
「国民でございますか?」
「そうだ。我が国は人手が全くないからな。街を作っても誰もいなければ意味がない」
「全員が親元に帰りたいと言ったら如何いたしましょうか?」
「帰りたいなら全員返すまでだ。無理強いはしない。すまないがジュンとエイプリルはこの場に残り、その確認をしてくれ。我が国へ来る者には、必ず衣食住を約束すると伝えよ」
「畏まりました」
「任せて欲しいっす」
「それとオーガストはどうしている。話はついたのか?」
「はい、話は纏まったようです。今はレン様のゴンドラにて待機しております」
「そうか、ではここはお前たちに任せる。後は頼んだぞ」
「はい、行ってらっしゃいませ」
「行ってらっしゃいっす」
「ああ、行ってくる」
レンは二人に見送られてゴンドラに乗り込む。
暫くすると
「行ったわね」
「行ったすね」
「行ってらっしゃいませなんて、まるで夫婦になったみたい」
「お三方がいると言えないっすからね」
「聞いた? 行ってくる、ですって。もう幸せで死にそうだわ」
「結婚したらこれから何回も聞くことになるっすよ」
「そうね。こんなことで満足しては駄目よね」
「そうっすよ。さぁ、私らもやることやって早くレン様の後を追うっす」
「ええ、早く片付けてしまいましょう。セプテバにも急ぐように伝えないといけないわね」
二人は互いに微笑み合うと、子供たちの意見を聞くべく足を踏み出していた。
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