第44話 国家樹立1
レンが居城に戻ると珍しくカオスが出迎えてくれた。
毎日が残業続きで城にいるのが珍しいカオスだが、今は
ノイスバイン帝国に支援する食料を確保した時点で、農場プラントの生産量を落として、今は世話になったドレイク王国のために僅かな食料を生産していた。
レンの予定では他国に売りつける食料も量産させるつもりだが、過剰になりすぎてもよくないと、
値崩れをすれば、農業を
当然ながら生産量の微妙な調整をレンが出来るはずもなく、今後の会議で誰かに丸投げするのは目に見えていた。
レンがゴンドラから降りると同時に、カオスが洗練された動きで一礼する。
「お帰りなさいませ、レン様」
「出迎えご苦労」
「寝室のご用意が出来ております」
「寝室の用意だと?」
「はい。この度は
久し振りに聞いたカオスの馬鹿げた発言に、レンの瞳から感情が消える。
(これは嫌がらせか? 俺がどんな思いで毎日逃げてると思ってるんだ)
「カオス、勝手なことはするな」
「申し訳ございません。まさか
(違う! 前から薄々気付いていたが、お前は馬鹿なのか? なんで言葉が通じないんだ。絶対に
「いや、そうではない」
「皆まで言わなくても分かります。レン様は慈悲深いお方、
(何にも分かってねぇよ! カオス、お前は取り敢えず病院に行け! 頭の中を見てもらえ!)
「お世継ぎがご誕生する光景が目に浮かびます」
何を妄想したのか、カオスは歓喜の表情で大粒の涙を流し始めた。それを目の当たりにしたレンはドン引きである。
顔を引き攣らせて苦笑いをするばかりだ。
(残念だがもう手遅れのようだ。頭の中がこれほど重症とは……)
「カオス、私は一人で休みたい。今日はゴンドラの寝室で休むからそう伝えろ」
「レン様お待ちください。何卒ご再考を。三人とも楽しみにしております」
「くどい! これ以上は私を不快にさせると思え!」
「……も、申し訳ございません」
強く言われては引き下がるしかない。三人に期待を持たせたカオスがどうなるのかは、火を見るより明らかである。
レンは肩を落とすカオスに多少の同情はするが、全て自業自得だ。
「それと三人は自室に閉じ込めておけ。お前が見張りをして絶対に朝まで出すな」
「お、お待ち下さい。私一人であの三人を押さえ込むのは無理があります」
「私の命令だと言えば、多少は言うことを聞くはずだ。それでもこっそり抜け出し、私の寝ている場所に来ないとも限らない。お前がしっかり見張りをするのだ」
「しかし、私だけでは――」
「話は以上だ」
カオスが今にも死にそうな顔で突っ立っているが、レンはお灸を据える意味で無視すると、踵を返して降りたばかりのゴンドラを見上げた。
「オーガスト、ゴンドラの六階に寝室があると言っていたな?」
「はい、ございます。直ぐにでもお休みになれるよう、準備は整えております」
「では案内しろ」
「はっ!」
レンはオーガストの後ろに付いて歩いた。
竜王専用のゴンドラは全部で六階に分かれており、一階は来訪者をもてなす応接室、ニ階は会議を行うための会議室、三階は客人のための宿泊施設、四階は食堂と風呂場、五階は
移動中でも不自由なく過ごせるように、生活に必要な物は全て揃えられている。初めて入る六階の寝室は、居城のそれに勝るとも劣らない見事な作りになっていた。
「案内ご苦労。もう下がってよいぞ」
レンの声は聞こえているはずだが、オーガストは動こうとしない。訝しげに眉をひそめていると、急にオーガストが目の前で跪いた。
「恐れながらレン様。如何に居城の上とは言え、万が一がございます。護衛として寝室に残る許可をいただけないでしょうか?」
相変わらず過保護だなと思いつつも、護衛がいなければ納得しないだろうと、レンは小さく溜息を漏らす。
「仕方ない。私の護衛として寝室での滞在を許す」
「ありがとうございます。どの様な事があろうとも、必ずお守りいたします」
深く頭を下げながら、オーガストは上手くいったと顔を歪めた。広角は上がり目が血走る。息遣いが荒くなるのを、気付かれないように必死に堪えた。
幸いにも頭を下げているため、その怪しげな笑みをレンに見られることはない。
オーガストは部屋の隅に佇み、レンが寝静まるのを静かに待った。睡眠の妨げにならないように完全に気配を消し、暗闇の中に姿を隠す。
夜も更けレンが寝静まった頃、オーガストはゆっくり動き出した。
ベッドに上がり込むとレンの隣に寄り添い、うっとり見つめて、しなやかな指を自らの股間に這わせた。
周囲に警戒して細心の注意を払いながら、オーガストの行為はレンが目覚めるまで続けられた。
朝になりレンが目を覚ますと、微かに良い香りが鼻腔を通り抜ける。起き上がって周囲を見渡せば、部屋の片隅でオーガストが微笑んでいた。
「おはようございます、レン様」
「おはよう、オーガスト」
「よくお休みになられましたか?」
「ああ、お前も護衛ご苦労だったな。早速だが城に戻る」
「はい、お供いたします」
普段と変わらないオーガストの様子からは、誰も深夜の行動を予測できないだろう。当然レンも知らぬことだ。
レンはオーガストを引き連れながら、朝食を取るため食堂に足を運ぶ。
食堂には、エイプリル、ジュン、セプテバを除く
「おはようございます、レン様」
「ノーヴェ、カオスたちはどうした?」
「こちらに向かっております。もう暫くすればお見えになるでしょう」
ノーヴェはカオスと予め指輪で連絡を取っていたため、言葉通り程なくして四人は食堂に姿を見せた。
ニュクス、アテナ、ヘスティアは満面の笑みでレンの元に駆け寄ると、それぞれ思い思いに話しかける。丸一日レンと会っていないのが淋しいらしく、朝の挨拶をしながらこれでもかと体を押し付けていた。
対照的にカオスは疲れ切った顔で憔悴している。
恐らく三人に責められたのだろう。寵愛を受けられると期待させられた分、その落差は大きいはずだ。
不憫なカオスを心中察するレンであったが、勝手な事をしたのだから、その報いを受けるのは仕方のないことだ。
「お前たちも席に着け。話したいことがある」
三人は渋々自分の席へ戻り、レンは深く椅子に座り直した。
メイは既に食事を始めているが、これはいつものことだ。
「先ずはご苦労だった。お前たちのお陰で、ノイスバイン帝国の協力を得ることができた。私は本当に良い臣下を持った。主として感謝の念が絶えない」
感謝しているいう言葉を受けて、皆が一様に歓喜する。
主のために働くのは当然のことで、労いの言葉のみならず、まさか感謝されるとは思ってもみなかったことだ。
喜びが全身を駆け巡るように、誰もが満面の笑みを作っている。
「レン様から感謝のお言葉をいただけるとは恐悦至極にございます」
「なんと勿体無いお言葉」
「レン様のためであれば、この命も惜しくはありません」
「これからもレン様のお役に立てますよう、身を粉にして努めてまいります」
順に礼を述べた、カオス、ニュクス、アテナ、ヘスティアは感極まっていた。オーガストたち
レンは威厳を保つように尊大な態度を保ってはいるが、その大げさな喜びように内心では訳が分からないと頭を悩ませていた。
当然の如くレンは何もしていない。居城で大好きな読書をする毎日だ。働いたのは配下の
(よく分からないが大げさなんだよな。俺が感謝するのは当たり前なのに……。それとアテナ、命は惜しんでくれ。特に
「お前たちの忠義嬉しく思う。これからも私に尽くしてくれ」
「はっ!」
複数の返事と同時に一斉に頭が下がる。
配下思いの慈悲深い主に、この身の全てを捧げるように――
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