第41話 ノイスバイン帝国11
天空を舞う
ゴンドラが地面に着くと地響きが鳴り響き、圧倒的な質量が庭園の木々を押し潰す。ゴンドラの直ぐ横には
遠目では分からなかったが、近くで見るゴンドラには趣向を凝らした美しい装飾が施されている。
何よりその大きさだ。
遠くからでも大きいと分かっていたが、側で見ると高さもある。およそ30メートルの正六面体、10階建ての建物と同じ高さがあった。
見事な装飾と余りの大きさにオヴェールは息を飲む。
分からないのは
ゴンドラがどうやって浮いているのか、ふと疑問に思う。
「ノーヴェ殿、お尋ねしたいのだが、あのゴンドラはどのような原理で浮いていたのですかな?」
「あのゴンドラ自体が
「この巨大なゴンドラが
「その通りですとも。
言っていることが難しくオヴェールにはよく分からないが、この巨大なゴンドラを容易く浮かせられることだけは分かった。
(これだけ大きな物を一体どうやって作ったのか。しかも、よく見れば細部にまで細かな装飾がなされている。それに正面のあれは――扉か?)
よく見れば、ゴンドラの正面には高さ3メートルの両開きの扉が見えた。暫く観察をしていると、扉はまるで意思があるかのように、ゆっくり開いた。
最初に中から現れたのは、以前にも丘の上で会ったことのある、エイプリルとジュンの二人だ。
直ぐ後ろから見慣れない男が姿を現わし、オヴェールは注視する。
この世界では珍しい着物と呼ばれる衣服を身に纏い、腰には左右にそれぞれ4本の刀を差している。
目は細長く、肩まである赤い髪は後ろで束ねられていた。
それは
セプテバの容姿を見てオヴェールは顔をしかめた。この世界では余りに有名な存在と酷似していたからだ。特徴のある姿は直ぐにその人物を連想させた。
世界で二人しかいない、もう一人のSSSランクの冒険者。その名は武神オロチ。誰とも組まず常に一人でいることから、孤高のオロチとも呼ばれる存在である。
一人で国を容易く滅ぼすSSSランクの冒険者が二人。ノーヴェは上空から落下しても傷一つ負わない化け物、ジュンに至っては神だ。そして上空を旋回する
これが一国の戦力かと思うと、オヴェールは笑うしかなかった。これらを束ねる竜王とは一体どんな存在なのか、自ずとゴンドラに視線が集まる。
次に出てきたのは銀髪の美しい女性だ。
褐色の肌に相まって、銀色の髪がより一層際立って見えた。その女性の後方には、金髪の青年が付き従っている。
オヴェールはゴンドラを見続けるが、二人が降りると自動的に扉は閉められた。
(これで全員か。すると竜王は……)
目に止まったのは銀髪の女性だ。
見るからに歩く姿も威風堂々としている。案の定と言うべきか、銀髪の女性はオヴェールの前で立ち止まると、挨拶代わりの自己紹介を始めた。
「貴殿のことは聞いている。我が名はオーガスト。竜王国の女王、竜王である。此度は我への力添えを感謝する。約束の食料は順次運ばせよう。今後のことについて話したいが問題はないか?」
圧倒的な存在感にオヴェールは直ぐに理解した。この者は人間ではない。恐らくジュンと同様、神と呼ばれる存在なのだと。
立場は同じ王であっても格が違い過ぎた。神を相手に対等に接することなど出来ようはずがない。自然と敬意を払うように頭を下げていた。
「問題ございません。此方こそ食糧の支援、感謝の念に堪えません」
竜王はレンのはずだが、オーガストが竜王と名乗ったのには訳がある。
理由は簡単な事だ。単純にレンが政治の面倒事に巻き込まれるのを恐れたからだ。
国王の他に別で竜王が存在したら、他国にはどちらが偉いのかと聞かれるはずだ。そうなればレンも政治の話に巻き込まれるし、他国のお偉いさんはレンとの接触を図るだろう。対外的にはオーガストを竜王にして、面倒事を全てオーガストに丸投げしたのだ。
当然のように猛反対されたが、レンはそれを強引に押し切った。今のレンは立場上ではオーガストの従者になっている。
レンはオーガストの堂々たる姿を見て、何度も頻りに感心していた。
(オーガストは格好いいな。一人称も我になってるし、あれが本来のオーガストなのかな?)
実際は違う。
本来の姿はレンにメロメロで、とても人に見せられたものではない。誰かといる時は体裁を取り繕い、自分の感情を押し殺しているだけだ。
一人自室にいる時には、夜な夜な妄想に
レンが本当のオーガストを知るのは、遥か遠い未来、まだずっと先のことだった。
「我はオヴェール殿と城の中で話そう。ノーヴェ、お前も付いてこい」
「畏まりました」
「ジュンは食糧の引渡しをせよ」
「御心のままに」
「残りの者は街の見物を許す。エイプリルとセプテバの二人は、冒険者ギルドで名前を書き換えなくてはならぬからな」
最後にそう言い残し、オーガストはオヴェールの後を追って、城の中へと消えていった。
全てはレンの筋書き通りだ。
レンはエイプリルとセプテバを引き連れ冒険者ギルドを目指す。その後ろ姿を広場に残ったジュンが羨ましそうに眺めていた。
昼時にも関わらず、帝都の中は閑散としていた。
食料品を取り扱う店は閉められ、屋台の一つも出ていない。すれ違う人はこの先の未来を悲観するように暗い表情をしている。
期待していた様子と違いレンは肩を落とす。
帝都であれば活気に溢れ、多くの屋台で賑わっていると思っていた。しかし、蓋を開けてみれば期待外れもいいところだ。
食糧難とは聞いていたが、ここまで酷いとは予想外である。
「閑散としているな、寂しい限りだ……」
「食糧難が続いたっすからね。あ、いえ、続きましたので」
思わずいつも通り話してしまい、エイプリルの顔は見る間に青褪める。その様子を見て、レンは困ったと小さく笑みを浮かべた。
「エイプリル、いつも通り話すがよい」
「そういう訳にはまいりません。先程の失言に罰をお与えください」
エイプリルは道の真ん中で立ち止まると、その場に跪いて神妙な面持ちで告げた。閑散としているが人通りが全くないわけではない。僅かに居る通行人は足を止めて、何事かと注視している。
エイプリルの神妙な顔つきが悲壮感を漂わせていた。レンの姿は傍から見れば、少女を虐めている酷い奴にしか見えない。
「立ってくれないか? 注目を集めている」
「罰を与えてくれるまでは立ち上がれません」
罰と聞いて周囲がざわめく。中には通報した方がよいのでは? そんなヒソヒソ話しが微かに聞こえる。助けを求めてセプテバに視線を向けるも、首を横に振るばかりだ。
レンはどうすることも出来ず、渋い顔で途方にくれる。
(いかんぞ! このままでは少女を虐める変態と勘違いされてしまう。犯罪者を見るような周囲の視線が痛い。この際だ、普通に話すことを罰にするのはどうだろうか? これからも言葉使いを間違うことがあるかもしれない。その度に騒ぎになっても困る)
「ではお前に罰を与える。これからはいつも通りの口調で私に話すがよい。例外として、
「レン様、それは罰ではございません。聞き届けることはできません」
「では命令とする! 先程の言葉を罰として受け入れよ!」
有無を言わせまいと強く言い放つ。エイプリルは困惑するが、流石に命令であれば断ることが出来なかった。
「勅命、確かに
エイプリルは深く頭を下げた。
何処から現れたのか、いつの間にか周囲には
レンはエイプリルの手を取り強引に立たせると、人集りを掻き分け逃げるようにその場を去った。
羞恥心で顔が赤くなっていくのが手に取るように感じられる。
握られた手を見てエイプリルは違った意味で頬を染めた。嬉しさと恥ずかしさが入り混じる、初恋にも似た複雑な感情が胸を熱くする。
其処には何処にでもいる、普通に恋する少女の姿があった。
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