第28話 竜王国13
ニュクスは自分の仕事に満足していた。
主要な箇所を結ぶ
レンの寝室の前で立ち止まると、深く息を吸い込み高ぶる気持ちを押さえた。扉を叩こうと寝室に意識を移すが、部屋の中から複数の気配を感じ取る。
(二人?)
ニュクスは訝しげな表情をすると寝室の気配を探る。
感じる気配はレンとアテナだ。レンに大切な家族と言われたその日から、ニュクス、アテナ、ヘスティアの三人は家族として協力関係にある。誰かが抜け駆けをするとは思えないほど三人の仲は良好だ。
(取り合えず中に入り確認するのが先ね)
ニュクスは扉を優しく叩き寝室の向こうに声をかけた。
「ニュクスです」
「入れ」
主の声を聞くだけでも喜びが溢れてくる。
ニュクスはにやける顔を取り繕い、平静を装いながら扉を開いて中を見渡すと、ソファにはレンが座り、その向かいにアテナが腰を下ろしていた。
二人を挟んで置かれたテーブルの上には、銀色に輝く幾つもの指輪が見える。
「ニュクス、丁度いいところに来たな。アテナが魔道具を完成させたところだ。お前にも渡しておこう」
「それでアテナがいたのね」
ニュクスはレンの隣に腰を落としてアテナへ視線を移す。
次の瞬間、ニュクスの瞳は大きく見開かれた。獲物を狙う鷹のように、アテナの左手に釘付けになる。
「ニュクス、左手を出すがよい」
レンの言葉にニュクスの思考は加速する。
(アテナのあの左手の指輪。もしかして、私とアテナ、ヘスティアが伴侶として選ばれた? レン様は以前、私たちを家族と呼んでくださった。きっと間違いないわ!)
ニュクスは小刻みに震えながら左手を差し出す。
レンが自分の薬指に指輪を嵌めるのを見て、歓喜の涙が溢れ出した。今のニュクスはレンの伴侶となった喜びで満ち溢れていた。
レンはニュクスの零れ落ちる涙と表情を見て頭が痛くなる。
(絶対に勘違いしている!!)
「ニュクス、勘違いするなよ? アテナにも言ったが、指輪を嵌めても夫婦になるわけではない。これは離れた相手と会話をするための魔道具だ」
「婚約指輪でございますよね。レン様」
(アテナ! お前は余計なことを言うんじゃない!)
「婚約指輪でも夢のようです。この指輪は私の生涯の宝といたします」
感極まったニュクスはレンに抱きつき離れようとしない。それを見たアテナもレンの隣に座ると、逆サイドから抱きついてきた。
「私もレン様に愛してもらえるよう精一杯尽くします」
(くそっ! 本当に仲良くなったなお前ら! とにかく誤解を解かなければ……)
「いいか、結婚するわけではないぞ? 勘違いをするな」
「でも何れは結婚していただけるのですよね?」
「直ぐでなくてもかまいません。私たちはお待ちいたします」
(確かに何れは誰かと結婚したい。――とは思っている。だが恋人をすっとばして結婚は重い、重すぎる。そして何故か怖い……。俺は女性と付き合ったこともないのに、いきなり結婚とか可笑しいだろ?)
「……ああ、結婚は長い年月をかけ、互いをよく知ってから行うものだ」
「はい、それでかまいません」
「私もニュクスと同じです」
二人は真摯な瞳でレンを見つめる。その瞳からは、揺るがぬ強い信念を感じるほどだ。恐らく二人はいつまでも、其れこそ何十年でも待ち続けるだろう。
レンは抱きつく二人の柔らかい感触に戸惑いつつも、その真剣な眼差しに、優しく二人を受け止めていた。
(あんな目で訴えられたら断れないじゃないか……。ヘスティアにも指輪を渡さないといけないんだよなぁ。もしかしたらオーガストたちも同じような反応をするのか? 先が思いやられる……)
至福の表情で抱きつくニュクスを見てふと思う。
(あれ? そう言えば、ニュクスって何でここに来たんだ?)
「そう言えばニュクス、お前は私に何か用があってきたのではないか?」
思い出したようにニュクスが顔を上げた。
「そうでした。
自信作なのだろう。見上げるニュクスの表情はどこか自信に満ち溢れている。
レンにとっても待ち望んだ
(良かった。これで移動に何時間もかけなくて済む。心機一転、
「ニュクス、
「畏まりました」
二人に挟まれてレンが案内された場所は、以外にも寝室から程近い部屋だ。
部屋の中には高さ3メートルの石作りの門が壁に幾つも並んでいる。その門の向こうには、それぞれ違う部屋の風景が映し出されていた。
違う部屋と言っても全て城の中らしく、壁は白で統一され、違うのは置かれている調度品くらいだ。
安全面を考慮するなら、外に繋がる門が一つも無いのも頷けた。
「他の部屋と繋がっているようだな」
レンの言葉を聞いたニュクスがにっこりと笑みを浮かべて説明する。
「その通りでございます。これで城の中を手軽に移動できます。試しに移動してみては如何でしょうか?」
言われるままに一つの
移動した後でも、
部屋を出て廊下を確認すると、近くには木製の一際大きな扉が見えた。レンが何度も通い見覚えのあるそれは、間違いなく書庫へと続く扉だ。
寝室から歩いて1時間の距離にある書庫が、今では目と鼻の先あった。元いた部屋へ戻ると、ニュクスが笑顔で出迎える。
「如何でしょうか?」
「素晴らしいではないか。これで移動に時間をかけなくて済む」
「ありがとうございます。そのお言葉だけで私は満足です」
「もう少しで夕食の時間だったな。このまま食堂に向かうか……。いや、その前に指輪を寝室から持って来た方が良さそうだ。食堂で皆に渡してしまおう」
レンの言葉を聞いたニュクスが心配そうな顔をする。
「あの、レン様? もしかして他の配下にも指輪を嵌めて差し上げるのでしょうか?」
「ん?」
レンがアテナから受けた説明ではそうだ。指輪を渡しても通話距離が短くては困るし、それが原因で大切なときに繋がらなくては話にならない。
「私が嵌めてやらねば、指輪の能力は十分発揮されないからな」
「そうですか……」
ニュクスが残念そうに肩を落としてアテナを見るが、指輪を作った当の本人は頷くことしか出来なかった。
アテナは何も言えない。
あのとき自分の欲望に負け、咄嗟に口から出た言葉は全て嘘だ。本当は左手薬指に嵌める必要もなければ、レンが嵌めてやる必要もない。
もしここで嘘だと言ってしまえば、レンを騙していたことがばれてしまう。アテナが自ら真実を話すことはなかった。
レンは寝室に戻り指輪を回収して直ぐに食堂に向かう。ニュクスの指示に従い
レンが
椅子に座っているのはいつもの面々だが、所々空席もある。いま来たばかりのレン、ニュクス、アテナの席を除けば、空いている席は、エイプリル、ジュン、ノーヴェ、カオスの席だ。
(四人居ないな? 確かエイプリルとジュン、ノーヴェは帝国の侵攻に備えて移動したはずだ。カオスはいつもの残業か。まぁこの四人はいいとしてだ)
レンは食堂の壁に掛けられた時計を見て眉間に皺を寄せる。
(食事の時間まで30分以上あるんだぞ? お前ら集まるのが早すぎだ。メイが我慢できないのは当たり前じゃないか……)
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