第27話 竜王国12
レンは寝室に戻るとソファに腰を落とし、積まれた書物に手を伸ばした。英雄譚の書かれたそれは、レンの楽しみの一つであり冒険心を駆り立てる。
(冒険者か……)
レンは密かに冒険者にもなってみたいと思っていた。それ以上にやってみたい事もある。それは魔法を使うことだ。
この世界では才能ある一部の者は魔法を使うことが出来る。多くは幼少の頃より家庭教師を付け、英才教育を受けることによって魔法を使えるようになる。
もちろん幼い頃から英才教育を受けたからと言って、誰もが魔法を使えるとは限らない。限られた一部の才ある者が、長い時間をかけて努力しても、ほんの一握りしか使うことが出来ないのが魔法だ。
そのためこの世界では魔法を使える者。魔術師はとても重宝されている。簡単な魔法が使えるだけでも未来が約束されるほどだ。
近年では貴重な魔術師を増やすため、魔法を専門に教える魔法学校なるものまで作られている。もっとも、そこに通えるのは貴族や裕福な家庭が殆どで、庶民には縁のない遠い存在だ。
レンの読む英雄譚にも数多くの魔法が出てくる。ゴブリンを一撃で焼き払う炎の魔法、オークを切り刻む風の魔法。地球に無い御伽噺のような力に、レンが興味を引かれるのは自然なことであった。
(先ずは魔法を覚えて、それから冒険者かな? でも魔法ってどうやったら使えるんだ? 前にドレイク王国でクレーズに聞いたら、分からないと言われたしな。後で他の誰かに聞いてみるか……)
レンは部屋に篭もり、時間を忘れて英雄譚を読み進めた。それから数日は何事もなく過ぎ去っていく。食事の時には食べさせ合いっこを掻い潜り、朝の着替えを我慢しながら……。
「レン様、魔道具が完成いたしました」
不意に寝室の扉が開け放たれた。扉の前には自信満々の笑みを浮かべるアテナの姿がある。
(アテナ? 魔道具がもう出来たのか、思っていたより随分と早いな)
「部屋に入るがよい。魔道具を見せてくれ」
レンはソファに座り、アテナを自分の正面に座るように促すが、何故かアテナはレンの隣に腰を落として、体を摺り寄せるように魔道具を見せてきた。
(えっ! 何で隣り? 肉感はニュクス程じゃないから我慢できるけど。でもいい匂いがするんだよな……)
「レン様、これがその魔道具です」
レンが迷っている間にもアテナは話を進めてくる。結局、離れて欲しいとは言えずに、そのまま話を聞く羽目になった。
(まぁいいや……。これが魔道具なのか? どう見ても普通の指輪にしか見えないんだが……)
レンはアテナの掌に置かれた指輪をまじまじと見つめた。
「この指輪で離れていても会話ができるのか?」
「その通りでございます」
アテナは何かを期待するように、そわそわしながらレンを見つめる。
(なんか嫌な予感がするな……)
「では早速試してみるか」
「ではこの指輪を私に嵌めていただけませんか?」
「いいだろう。指輪を」
「はい!」
アテナはレンに指輪を二つ手渡すと、今度は自分の左手薬指を差し出した。指輪は一つはレンの分で、もう一つはアテナの分だ。
レンはアテナが差し出す指を見て、先ずは自分の左手薬指に指輪を嵌めた。そして今度はアテナの指にもう一つの指輪を近づけた。
「レン様はご存知ですか? 人間は夫婦になる時、愛する男性から指輪を貰うそうです」
指輪を持つレンの動きがピタリと止まる。
(あれ!? なんか不味い気がするな。俺がこのままアテナの指に嵌めたら勘違いするんじゃないか?)
「あ、あぁぁ、まぁ、なんだ。私が用意した指輪ではない。例えこの指輪を嵌めても夫婦になるわけではないぞ?」
「承知しております。これは婚約指輪として受け止めますのでご安心ください」
(安心できねぇぇ……。寧ろ不安しかねぇよ!)
「普通は婚約指輪も男性が用意するものだ。アテナが用意したものでは意味がないのではないか?」
「私はそのような些細なことは気にいたしません」
「いや、だめだ! 私が気にする。とにかく駄目だ」
「どうしても駄目でしょうか?」
アテナは腕にしがみつき、上目遣いで懇願してくる。
「あ、あれだ。アテナだけというのは問題がある」
「私だけでは問題があるのであれば、ニュクスやヘスティアにも嵌めて差し上げては如何でしょうか?」
(数を増やすな! なぜ悪化するんだ!)
「さぁレン様、早く指輪を嵌めてください」
「アテナ、別に私から指輪を嵌めてもらわなくとも、自分で嵌めることが出来るだろ?」
「いえ駄目です! 竜王であるレン様に嵌めてもらうことで、通話距離が飛躍的に伸びるのです」
(ほんとかよ……)
レンは訝しげな表情をするも嘘か本当かは判断できない。最後は諦めて溜息を吐き出し、覚悟を決めてアテナに向かい合った。
女性に指輪を嵌めるのは初めての経験である。もしこれが本当に婚約指輪であれば、レンの指輪を持つ手は緊張で震えていたに違いない。
「アテナ、嵌める指は何処でもいいのか?」
「いえ、左手薬指限定となっております」
(随分と都合のいい設定だな!)
「……分かった指を」
「はい」
レンは差し出された細く白い指に、そっと指輪を差し込む。指輪は相手の指に合わせるように大きさを変え、アテナの指にピタリと嵌まる。
嵌められた指輪を
「レン様……」
(アテナ? お前絶対に勘違いしてるだろ?)
レンは仰け反るが、それでも徐々にアテナの唇が近づいた。終にはレンの体がソファに倒れて、アテナが押し倒すような形で迫ってくる。甘い香りとアテナの息遣いを感じ、レンは思わず唾を飲み込む。
アテナの両手がレンの両肩を押さえて危機感を覚えたのか、咄嗟にレンは我に返って声を出していた。
「ア、アテナ! 先ずは指輪の使い方を教えてくれ!」
アテナは驚いたように瞳を見開いた。そして残念そうにソファに座り直す。自分の肩から重みが無くなり、レンは息を整えて起き上がった。
(い、今のは危なかった! なんで流されてんだ俺! 思わずアテナを見入ってしまった)
レンはそれとなくアテナと距離を取ると改めて尋ねた。
「では使い方を教えてくれ」
よほど未練があるのか、口づけが出来なかったアテナは表情が暗い。それでもレンに問われて答えないわけにもいかないため、ゆっくりと口を開くと指輪の説明を始めた。
「使い方は簡単でございます。話したい相手を思い指輪に話しかけるだけで相手と会話ができます」
「それだけでよいのか? 少し試してみるか……」
レンは立ち上がり少し離れると、アテナを思い浮かべて指輪に話しかけた。
『聞こえるか?』
アテナも声を遮るように背を向けながら指輪に話しかけている。
『はい、はっきりと聞こえます』
直接頭の中に声が入ってくる。
『不思議な感覚だな』
『直ぐに慣れるかと思います』
レンはソファに戻るとアテナの向かいに腰を落とした。
隣に座ると誘惑に負ける恐れがあるためだ。つい数分前には口づけ寸前までいっている。今のレンに隣に座る勇気があろうはずがなかった。
「残りの指輪を渡してくれ。私が嵌めてやらねばならんのだろ?」
アテナは少し迷うもレンに指輪を全て渡した。
迷ったのはレンが他の女性に指輪を嵌めるのが気になるのか、それとも嘘をついているから後ろめたいのか、はたまたはその両方なのか、それはアテナのみぞ知ることであった。
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