第25話 竜王国10

 残されたオーガストたちは、レンが出ていった扉を羨ましそうに眺めていた。


「はぁ、羨ましいわね」


 ジュンが言葉を漏らすと、それに続くように先程の出来事が話題になった。


「私も一度でいいから、あ~ん、されたいですね」


 ジュンとジュライがその光景を思い浮かべるように瞳を閉じる。


「メイはされたの」

「てめぇは図々しいだけだろ?」


 メイが自慢げに胸を張り、フェブは不機嫌そうに頬杖をついた。


「私も、あ~ん、されたいっす」


 エイプリルはテーブルに突っ伏して不貞腐れている。


「私は妹に、あ~ん、してもらいたいな。マーチ、今度から食べさせあいっこしないか?」

「な、なに言ってるの、お、おお、お姉ちゃん。だ、駄目だよ」

「うんうん、嫌がるマーチも可愛いな」


 ジャニーは床にへたり込むマーチを抱き起こすと、妹の感触を確かめるように力いっぱい抱きしめた。


「い、痛いよ。お姉ちゃん」

「ああ、マーチの体温ぬくもりを感じるよ」


 ジャニーは頬を摺り寄せマーチの尻を揉みしだく。その光景を目の当たりにした全員がドン引きである。

 助けを訴えるマーチの眼差しは何処にも届かない。誰もが関わり合いたくなとばかりに目を逸らしていた。

 ジャニーとマーチがいちゃつくのを余所に、オーガストが話を戻す。


「私たちはレン様の配下になったばかりだ。これから手柄を立てる機会はいくらでもある。ご褒美をいただけるなら、食べさせあいっこも悪くないかもしれんな」


 オーガストは妄想に浸り広角を上げた。

 傍から見れば今のオーガストも大概だ。仮にも上位竜スペリオルドラゴンの統括者が、口元を緩ませて食べさせあいっこだ。そんなオーガストに冷ややかな声が浴びせられるのは、当然と言えば当然である。 


「うっわぁぁ、オーガストさんが食べさせあいっこ? 本気マジきもいっす」

「……もう一度言って見ろ」


 オーガストが低い声を出しながらエイプリルを睨みつけた。


「い、いやだな。冗談っすよ」


 エイプリルは愛想笑いで受け流すが、心の中では毒を吐いていた。


(何でこの人は自分のことを差し置いて他人を見下すんですかね~。自分だって酷いこと平気で言うのに。他人の振り見て我が身を直せ。アオイが昔そんなことを言ってたっすね。オーガストさんにも是非贈りたい言葉っす。まぁ怖くて言えないんすけどね~)


 そんなことを思いながら再度テーブルに突っ伏した。

 ジュンはそんなエイプリルを横目に、オーガストの言葉を思い浮かべる。確かに手柄を立てれば褒美が貰えるのかもしれない。だが今のままでは手柄を立てるのは難しいと思われた。


「でもずっと城にいては手柄を立てられませんわよ?」

「ジュンの言うことはもっともだな。オレたちにできることはねぇのかよ」


 フェブも同意とばかりに、意見を求めてオーガストに視線を向けた。


「フェブたちの出来そうなことか……。そう言えばジュライ、お前はカオス様から何か聞いていないのか?」


 ジュライもヘスティア、カオス同様、農場プラントには毎日のように出向いている。ノイスバイン帝国の動きなど、聞いていることはあるはずだ。


「ノイスバイン帝国が国境付近に兵を集めているそうです。ドレイク王国もそれに合わせて国境に兵を集めていると聞きました。ですがドレイク王国はレン様のご命令で、農場プラントにも少なくない人材を派遣しています。数の上では圧倒的に不利な状況が推察できます」


 ジュライの話を聞いてフェブだけでなく、ジュンやエイプリルも目の色を変える。ドレイク王国はレンの手足の一部だ。それらを害することは、竜王に背くのと同じだ。


「オーガスト、いま聞いた通りだ。国境にはオレが行く。ノイスバインの奴らを食い止めればいいんだろ?」

「私が行くわ。此処にいてもすることもないし、問題ないわよね?」

「いやいや、ここは、このエイプリルちゃんに任せるっすよ」


 三人が我こそはと名乗りを上げるが、オーガストが決めることは出来ない。その権利を有していないのだ。

 オーガストが与えられた命令は国家樹立と国の運営。

 隣国が竜王国に侵攻するのであれば話は別だが、ドレイク王国に侵攻するのであれば、それを撃退する権限はオーガストにない。


「直接レン様にお伺いを立てる。いま直ぐにレン様の後を追えば、追いつくまで然程時間は掛からないはずだ。私が戻るまでの間、お前たちはこの場で待機していろ」


 三人は黙って頷く。確かにその方が角が立たない。何より竜王の決めたことなら、どんなことでも納得ができる。

 オーガストは足早に食堂を出た。走ることはせず、急ぎ足でレンの後を追う。城の中を走り回ることは、竜王の家臣として好ましい行動ではないからだ。

 思ったより遠くには行っておらず、数分でレンの姿を捉えてオーガストは呼び止めた。


「レン様、お待ちください」


 声に反応してレンが歩みを止めると同時に、オーガストの体に冷や汗が流れる。全身で感じたのは明らかな敵意だ。


(……やばい!)


 レンの傍に居たニュクスは振り返りオーガストを見ると、殺気を浴びせながら怒声を上げた。


「この馬鹿者が! レン様の歩みを止めるとはなにごとだ!」


 アテナ、ヘスティアもその気持ちは同じ、当然の様にオーガストに殺気を叩きつけている。上位竜スペリオルドラゴンごときが竜王を呼び止めるなど、許しがたいと言わんばかりだ。

 レンも振り返りニュクスの剣幕にドン引きしていると、オーガストが跪いて恐る恐る口を開いた。


「も、申し訳ございません。レン様にお伺いしたきことがございまして……」

「黙れ! 口を開くな! 貴様ごときが竜王の歩みを止めることが、どれほど愚かな事か分からんのか! やはり今までが甘かったのだ。今度からレン様にお伺いを立てる時は、必ず古代竜我々を通してからにしろ。レン様と直に話すことも許さん。お体に触れるなど以ての外と思え!」


 状況を理解できないのはレンだ。


(ニュクス? なんで怒っている? 俺を呼び止めるのがそんなに駄目なのか? 話をしたら駄目なのか? よく分からないがそれは言い過ぎだ)


 レンは直ぐに割って入る。ニュクスの物言いは余りにも酷すぎた。


「落ち着けニュクス。オーガストは私の重臣の一人だ。呼び止めても何の問題もない」


 レンはオーガストに歩み寄る。


「話とは何だ? 申してみよ」

「はっ! ノイスバイン帝国が、ドレイク王国との国境付近に兵を集めているとお聞きしました。そこでドレイク王国への侵攻を防ぐため、我々の中から数名向かわせたいのですが、その人選をお願いできないでしょうか?」


(ノイスバインが攻め込もうとしている? こっちは食料の大量生産に入ってまだ二日目だ。全然間に合いそうにないな……)


「ヘスティア、カオスはこの事を知っているのか?」

「存じております」

「ではカオスは何か対策を立てているのか?」

「いえ、何も……。ヒューリからドレイク王国の問題のため、気にする必要はないと言われた様です」


(気にするなと言われてもな。散々世話になって人材も借りている。普通は気にするだろ? それに国家樹立のためにはノイスバインの協力が必要になる。何れ接触するんだし、見て見ぬ振りはできないよな……)


「ヘスティア、十分な量の食料は何時までに用意出来る?」


 ヘスティアは口元に手を当て暫し考える。


「あと一週間程は必要かと……」

「一週間か……」


(相手は待ってくれないだろうな……)


「オーガスト、相手の命を奪うことなく無力化したい。適任はいるか?」

「無力化となると……。エイプリル、ジュン、ノーヴェの三人が適任かと」

「では三人を向かわせろ。移動にはこの城を守護する下位竜レッサードラゴンの使用を許可する。できるなら争うな。こちらには食糧支援の用意があることを伝えよ」

「はっ! 承知いたしました」


 オーガストは恭しく頭を下げた。


「ヘスティア、念のためカオスにもこのことを伝えておけ」

「畏まりました」


(ヒューリには世話になっているんだ。これくらいはいいだろう。出来るなら争いたくはないが、相手にも事情がある。どんな結果になっても受け入れるしかない。問題はニュクスだな。上位竜スペリオルドラゴンを見下すのは良くない。同じ俺の配下なんだ。対等とまではいかなくても、もっと仲良くしてもらわないと――)


「ニュクス、アテナ、ヘスティア、よく聞くがよい。上位竜スペリオルドラゴンはお前たち同様、私の大切な配下だ。意思疎通を図るためにも、私と直接話すことや触れることに何の問題もない。私は配下と親しくなりたいのだ」


 ニュクス、アテナ、ヘスティアの三人は嫌そうに顔をしかめる。そんなに緩くしては、レンの回りに他の女が近づいてしまうからだ。

 異を唱えたいが下手をすれば嫌われる。三人はレンの言葉を飲み込み諦めていた。それに全てが悪いことばかりではない。

 ニュクスは先程のレンの言葉を思い出す。


(配下と親しくなりたい。つまり私とも親しくなりたいということ……)


 ニュクス、アテナ、ヘスティアの思考は一致する。


「まさかレン様が、そうのように思われていたとは……」


 三人が一斉に抱きついてくる。他の女性を遠ざけることができないのであれば、他の女性に目が向かないほど愛してもらえばよいのだ。


「ど、どうした?」

「私もレン様と親しくなりたいです」


 ヘスティアが潤んだ瞳で見上げてくる。


「そ、そうか……。だがこれでは歩きづらい。離れるように」

「仕方ありません。それでは続きは寝室に戻ってからにいたします」


 アテナが続きは寝室でと、訳の分からないことを言い始めた。


「い、いや、寝室に入ることは許さん。お前たちにも役目がある。それを優先せよ」


 三人は愚痴を零しながらもレンから体を僅かに離した。

 しかし、その腕だけはレンの腕に巻き付き離れようとはしない。


(なんでこうなった?)


 レンは納得のいかないままきびすを返し、寝室に戻るのであった。


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