第24話 竜王国9
食堂までの
(昼食は寝室で取ろう。流石に移動で往復一時間半は辛い。一日何時間歩かせるつもりだよ)
食堂に到着すると既にメイが食事を始めていた。
レンの姿を確認すると、メイ以外の
初めはレンの到着を待っていたメイだが、堪えきれずに料理に手を伸ばし、今では目の前の料理を口いっぱいに頬張っている。
ニュクスたちが顔をしかめるも、レンが何も言わないため、そのまま静かに席に着いた。
今日のレンの隣はニュクスとヘスティア、どうやら交代で座ることになったらしい。
椅子に座ると同時に、マーチが厨房から暖かいスープや料理を運んでくる。食欲を唆る美味しそうな匂いが食堂に広がり、レンは思わず唾を飲み込む。
「マーチ、一人で食事の準備をするのは大変ではないか?」
話しかけられたマーチはビクッと体を震わせると、必死に顔を左右に振った。
「そうか。ならよいのだが……」
レンは訝しげにマーチを見る。
(マーチのあの態度はなんだろう? 本当は大変だけど、立場上そんなことは言えないのかもしれない。忙しいマーチには申し訳ないが、片手でつまめる昼食を作って欲しいんだが……)
「今日の昼食は寝室で取りたい。何か片手で食べられる物を用意できるか?」
マーチは壊れた人形のように、何度も頭をブンブン上下に振る。レンがその行動をじっと見ていると、恥ずかしそうに椅子から立ち上がり、厨房の奥へ消えていった。
(ほ、本当に大丈夫かな……)
「オーガスト、マーチ以外に料理を作れる者はいないか?」
「レン様にお出し出来る料理を作れるのはマーチだけでございます。他の者が手伝っても、マーチの足を引っ張るだけでしょう」
オーガストが言うのだから間違いないのだろう。全員の食事の他に、個別にレンの食事を作るとなると、マーチの大きな負担になるのは間違いなかった。
(マーチだけでは大変そうだな。やはり当初の予定通り、ヒューリから料理人を借りた方が良さそうだ。ついでに書庫を管理する人材も一緒に借してもらおう)
「カオスは今どうしている?」
近くに座るヘスティアが口を開いた。
「恐らく農場プラントではないでしょうか? カオスは農作業を行う
「ヘスティアも食事が終わり次第、農場プラントに行くのだろ?」
「はい。土地の活性化はもう暫くは必要かと」
「ではヘスティア、カオスへの伝言を頼みたい」
「なんなりとお申しつけください」
「ドレイク王国から料理人と書庫を管理する人材、それらを数名借りてくるように伝えて欲しい」
「畏まりました」
「オーガストはその者たちの部屋を用意しておけ」
「はっ! お任せ下さい」
(よし、後はこの馬鹿でかい居城の維持管理に必要な人材だが。これ、百や二百じゃ足りないよな? ヒューリに頼りきっても悪いし、何処かで人材を確保しないと。でも何処で人材を確保する? ドレイク王国で無理となると、他の近隣諸国か? でも突然出来た国に人材を貸してくれるとは思えないしな。もしかしたら争うかも知れない国に、誰が好き好んで人材を貸すものか。俺なら絶対にお断りだ。取り合えずこの件も保留にしておこう、先ずは近隣諸国と良好な関係を結んでからだ)
「おかわりなの」
突如元気な声が聞こえた。見ればメイがマーチに皿を差し出している。かなりの量を食べていたにも関わらずだ。
見かねたオーガストとフェブがメイを
「メイ、お前はどれだけ食べるつもりだ。いい加減にしろ」
「全くだ。アホの子は食べることしか頭にねぇのかよ」
「お・か・わ・り・な・のおぉぉぉ!」
ジュンとジュライも呆れるばかりだ。
「食べ過ぎは体に毒よ」
「メイ、少しは我慢した方がいいですよ」
「やなの! まだ食べるの!」
「多勢に無勢っす。メイちゃん勝ち目無しっすね」
「ご、ごご、ごめんなさい。メ、メイちゃんの分、も、もうないの」
エイプリルは楽しそうに笑い。マーチからはおかわりが無いと言われてしまう。
非常な答えにメイは涙目で俯き、今にも涙が零れ落ちそうになっていた。妹以外に興味のないジャニーは、気にせず食事を続けている。
男性陣は当然のように、我関せずと素知らぬ振りをしていた。
アテナたちも気にする様子がない。その様子を見たレンは眉間に皺を寄せた。
(料理くらい少し分けてあげたらいいだろ? 寄って
「メイ、ここに来るがよい」
レンは自分の膝の上をポンポンと叩く。
その瞬間、有り得ないものを見るように視線が集まった。メイも一瞬理解できずにいたが、膝を叩くレンを見て満面の笑みを浮かべる。
直ぐに駆け寄るとレンに抱き抱えられ、膝の上に乗せられた。
「メイはどれが食べたい?」
メイはキョトンとしている。言われた意味が分からないのだろう、小首を傾げて悩んでいた。そして何かに気付いたように手を叩く。
「レン様のごはんくれるの?」
「ああ、私はもうお腹いっぱいだ」
その言葉を聞いたメイは、満面の笑みで料理を指差す。
「あれが食べたいの」
「あの肉料理か」
レンは肉を切り分け、フォークに刺してメイの口に運ぶ。メイは、はむっ、と肉を口に入れて満面の笑みを浮かべた。
「美味しいの!」
「そうか、それは良かった」
レンは言われるがまま、指定された料理を次々とメイの口に運んだ。その光景を目の当たりにした全員が、驚きで口をぽかんと開けている。
目の前で起きている光景を理解できずにいた。
最初に我に返ったのは、間近でその光景を見ていたニュクスだ。自分の椅子をレンの傍に寄せると、甘えるように話しかけた。
「レ、レン様? 私にもその……、食べさせてはもらえないでしょうか?」
「ニュクスには自分の料理があるだろう?」
「では私の料理を食べさせてください。メイばかりずるいです」
その言葉を聞いたアテナとヘスティアが「私も!」と声を上げた。
レンは嫌な顔をするが、今後のことを考えると争いの種になる恐れもある。
(これを断ったら、また大変ことになりそうだな。メイへの風当たりが強くなるかもしれないし、料理を食べさせるだけなら黙って受け入れるか……)
レンは諦めたように溜息を漏らす。
「仕方ない。メイ、もういいか?」
膝の上で満足そうにお腹を
「もう、お腹いっぱいなの」
「そうか、では席に戻るがよい」
「はいなの」
メイは膝から飛び降りると、元気よく自分の席に駆け出していった。ニュクスは空いたレンの膝の上に視線を向けると、素早く椅子から立ち上がる。
「ではレン様、失礼いたします」
「ん?」
レンは何を言っているのか理解できずにいたが、次の瞬間、ニュクスが膝の上に乗ろうとしたことで理解した。
咄嗟にニュクスの体を押し戻す。
「ま、まて。膝の上に乗る必要はない」
「え! ですがメイは――」
「メイはまだ小さな子供だ。ニュクスが膝の上に座ったら、私が前を見れなくなるだろ?」
「では前が見えるようにお姫様抱っこを」
「駄目だ! これ以上我が儘を言うようなら、この話は無かったことにする」
「そ、そんなぁ……」
ニュクスは甘ったるい声で懇願するように見つめるが、レンは誘惑を撥ね除けて努めて気丈に言い放った。
「では食事は終わりにするか?」
「駄目です! 直ぐに椅子を隣に並べます」
ニュクスは寄せていた椅子をレンの隣にぴったりとくっつけ、即座に腰を落とす。ついでに自分の皿に手を伸ばしてレンの前に手早く並べた。
「さぁレン様。食事を再開いたしましょう」
(ほんと表情がよく変わるな……。落ち込んだり、はしゃいだり、
「どれが食べたいんだ?」
「レン様、あれが食べたいです」
ニュクスは料理を指差し、恥ずかしそうに「あ~ん」と口を開けた。後方に視線を向ければ、アテナとヘスティアが次は私の番と待ち構えている。
レンは料理を切り分けるとニュクスの口に運んでいく。ニュクスは料理を噛み締めて、幸せそうに恍惚の表情を浮かべた。口の中の料理を全て飲み込むと、今度は顔がだらしなく歪んでにへら笑いをする。
(なっ! あの顔は危険だ! これは何度も行うわけにはいかない)
「どうだニュクス」
「とても美味しいです。レン様の愛を感じます」
「そ、そうか、それは良かった。では次の者へ交代しよう」
「駄目です! まだ始まったばかりではありませんか!」
「わ、分かった。だが次で最後だ。私に時間を使わせるな」
「……分かりました。ではもう一度」
頬を染めながら口を突き出す。レンがもう一度ニュクスの口に料理を運ぶと、身悶えしながら料理を味わっていた。
(こ、怖い……)
「ニュクス、約束だ。もういいだろ? 他にも待っている者がいる」
「仕方ありません。続きは夕食ですね」
ニュクスは夕食もと言い残し席を立つ。
(夕食はやらねぇよ!)
レンの魂の叫びが木霊した。
ニュクスに続いてヘスティア、アテナと料理を食べさせる。概ね二人もニュクスと同じ反応だ。身悶えしたり、妄想に浸ったりと至福の表情を浮かべていた。
(やっと終わった……。でもオーガストたちが羨ましそうに見てるんだよな。このまま食堂にいたら、どんなお願いをされることか。さっさと食堂を出た方が良さそうだ)
昼食の支度を終えたのか、マーチは自分の席に戻り、テーブルの上にはレンの昼食と思しきバスケットが見えた。
「マーチ、昼食は出来ているか?」
「は、はい」
マーチはレンの傍におずおずと歩み寄り、少し離れた場所から腕をピンと伸ばしてバスケットを差し出した。至近距離でレンを直視出来ないため、頭は下げたままだ。
「こ、こちらに、なな、なります」
「無理を言ってすまない。ありがとう」
レンはバスケットを受け取りマーチの頭を優しく撫でた。
マーチは咄嗟のことに顔を真っ赤にして、床にへたり込んでしまう。それを見たレンはやはり心配なる。
(マーチはだいぶ疲れているようだ。無理を言って昼食を作らせたのは失敗だな。もしかしたら体が弱いのかもしれない。今度からはもう少し気を使わないと)
「マーチ大丈夫か?」
「だだ、大丈夫です」
レンを見上げた顔は真っ赤で熱もあるように見えた。
(大丈夫に見えないんだが……)
マーチは慌てふためき問題ないと必死に手を振っていた。
レンは「そうか」と、頷き立ち去るも、やはり気になり途中で振り返る。視線の先では、マーチはまだ立ち上がれずにへたり込んでいた。
(本当に大丈夫なのか?)
レンは心配しつつも食堂を後にした。
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