第23話 竜王国8

「レン様、朝でございます。お目覚めになってください」


 遠くまで響くような美しい声にレンは目を覚ます。読書をしているうちに眠ってしまったらしい。まぶたを開くと三人の美女が覗き込むようにレンを見つめていた。

 見慣れたいつもの顔だ。


「ニュクス、アテナ、ヘスティア、おはよう。もう朝か? どうやら読書をしながら眠っていたようだな」


 レンは眠そうに目を擦りながら起き上がった。深夜まで読書をしていたせいだろう、大きな欠伸あくびが口から漏れた。


(先程の声はヘスティアか? 三人一緒に起こしに来るのは珍しいな。そう言えば昨日の夜も随分と仲が良かったな)


「読書も程々になさらないとお体に障ります。睡眠不足で倒れては大変でございます」

「そうだな、今度から気をつけるよニュクス」

「お食事の用意が出来ております。先ずはお召し物を交換いたしましょう」


(アテナ? 何を言っているんだ。えっ!? ちょ! ガウンを引っ張るな!)


 三人はレンのガウンをグイグイ引っ張り、強引に脱がそうとする。

 ガウンの下は下着1枚のみ、堪らずレンも声を上げた。


「やめろ、お前たち! 着替えは一人で出来る。勝手に脱がそうとするな!」


 いつもなら大人しく従うが今日は違う。何が何でも脱がそうとしてくる。


「いけません。レン様のお召し替えは私たちにお任せ下さい」

「アテナの言う通りでございます。素直にいまお召しの物をお渡しください」


(ヘスティアお前まで何てことを言うんだ!)


「私がレン様を抑えるわ。その隙に脱がしましょう」


(ニュクス! お前は俺に何か恨みでもあるのか!)


 抵抗も虚しく下着姿にさせられる。三人掛りで来られたらどうしようもない。これを防げる者など、きっとこの世にはいないだろう。仮にも古代竜エンシェントドラゴン、その気になれば衣服など簡単に破ることもできるはずだ。


「お前たちどうしたのだ。いつも着替えは私が一人で行っているではないか」


 レンは下着姿を隠すのを諦めて反論するが、ヘスティア、アテナ、ニュクスが、順にもっともらしいことを話し出した。


「レン様、それが問題だったのです。竜王たるもの、お召し替えを一人で行うなどあってはなりません」

「ヘスティアの言う通りですわ。本来であれば身の回りのお世話は我々のお役目です。今までが間違っていたのです」

「そういう訳ですので、今後は私たちがレン様のお召し替えをいたします」


(何がそういう訳だ! ニュクス! お前俺の下着を掴むな! 離せ馬鹿! 脱げるだろうがぁぁぁぁ!!)


 ニュクスに続きアテナ、ヘスティアも下着に手を伸ばし、我先に脱がそうとする。

 流石にこれにはレンも慌てた。必死に下着を抑えながら声を張り上げた。


「ま、まて、下着は必要ない。ちょぉぉぉ!!! まてお前ら! 引っ張るな! 必要ないから手を離せ!!」


 「ちっ!」三人が渋々手を離す。だがその視線は下着に釘付けにされていた。


(こわぁぁぁ!! 何これ!? 普通にトラウマになるんですけど? 三人仲良くなったかと思ったら、とんでもない協力プレイを見せてきやがった。喧嘩をするより余程いいが、何故か釈然としない。あと舌打ちをしたのは誰だ! そんなに俺を辱めて楽しいのか? 日本ならセクハラで訴えてるところだぞ!)


 レンは心を落ち着かせるように深呼吸をした。

 想定外のことが起こりすぎて頭がパニックだ。未だに瞳をギラつかせる三人を見て、レンの体が僅かに後ずさる。


「お前たちの言い分はわかった。下着以外の着替えはお前たちに任せよう。それでよいな?」


 三人は集まるとヒソヒソと相談を始める。時折、横目でちらりとレンの様子を窺うと、また相談し始めた。


(お前ら本当に仲がいいな。昨日まで互いに激しく言い争いをしていたのに、もしかして別人じゃないのか? 初めから仲良くしてくれれば、俺だって余計な気を使うこともなかったのに……)

 

 結論が出たのか、三人はレンに向き合うと残念そうに顔しかめた。


「本当に、本当に不本意でございますが、レン様のご提案された条件でお受けしたいと思います」


 三人を代表してアテナが答えた。その表情は三人とも暗く落ち込んでいる。


(……俺の下着を交換できないくらいで、なにこの世の終わりみたいな顔してんだ)


 レンも三人の表情を見れば不憫に思わなくもないが、レンにだって羞恥心がある。下着の交換だけはさせまいと、未だに下着を手で押さえていた。


「そんなに落ち込むな。お前たちも私に下着の交換をさせられたら、嫌に決まっているだろ?」


 三人は一斉に顔を上げた。その表情は期待で満ち溢れている。


「ぜ、是非、私の下着の交換をお願いいたします」

「レン様に脱がされるなんて夢のようですわ」

「そのようなご褒美がいただけるのでしたら、やはりレン様の下着も私が――」


 アテナ、ヘスティア、ニュクスがそれぞれ反応する。

 その答えはレンの期待するものと真逆のものだ。

 余りの予想外の反応に、レンは口を大きく開け呆然と立ち尽くす。


(えっ? なんで? お前ら羞恥心とかないの? 人に下着を脱がされるんだぞ? 普通は恥ずかしいだろ? 何で嫌がらないんだよ! それとニュクス! お前はよだれを垂らすな! かなり怖い! いいから落ち着け! ちょ! 何してる! ドレスを捲るな! 見えてるから! 色々見えてるからぁぁぁ!)


 あろう事か三人とも、ドレスを捲くりながら近づいてくる。まるで下着を脱がしてくださいと言わんばかりだ。


「そ、その、すまん。例えが悪かったようだ。私はお前たちの下着を脱がすつもりはない。絶対にない」


 三人の表情が一気に曇る。

 期待させられた分、その落差は大きい。目の端には涙まで浮かんでいた。それを見たレンも居た堪れなくなり、努めて明るく話しかける。


「お前たち、私に服を着せるのではなかったのか?」


 それを聞いた三人は、ぱぁっと笑顔を見せる。チェストやクローゼットから衣装を取り出すと、大きなハンガーラックと共に、おびただしい量の衣装が運ばれてきた。

 大量の衣装を前にレンは顔をしかめた。これは以前の着せ替え人形状態ではないのかと……。

 予想通り衣装を何度も脱がせれては着せられる。油断していると衣装を脱がす際に下着まで脱がそうとする。直ぐに気付いて下着を抑えるが、その度に微かに舌打ちが聞こえてきた。明らかに確信犯がいる。

 服に興味のないレンから見れば、色や装飾の違いなど正直どうでも良かった。しかし三人はそれを許してくれない。最終的には三人が納得するまで、1時間以上の長い時間、着せ替え人形にさせられていた。


(もしかして、これが毎日続くのか?)


 レンは溜息を漏らしながら、朝食を取るべく寝室をとぼとぼ後にした。

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