第6話 ドレイク王国2

 馬車が城に近づくと跳ね橋が下ろされた。

 城の目の前には、手入れの行き届いた広大な庭園が広がり、城までの通りには明かりが灯されていた。

 庭園の端には使用人の館だろうか、幾つもの大きな建物が見える。

 城と庭園を囲むように城壁が作られ、城壁の外側には巨大な堀が作られている。一見すると小さな湖の上に城が建っているようだ。

 城壁の上からは兵士が油断なく周囲を警戒し、こちらの様子を伺っている。

 正面の跳ね橋が唯一の出入り口になっており、跳ね橋を上げることで不審者の侵入を防いでいるようだ。

 庭園を通り抜け城の入口に馬車が止められると使用人が出迎えてくれた。洗礼された動きで馬車の扉が開けられ踏み台が用意される。

 レンたちが馬車から降りると、ヒューリが使用人に指示を出していた。それを受けた使用人は城の中へと消えていく。恐らくレンからの要望である風呂の準備であろう。

 間近で見る城は見上げるような大きさで全体を見ることができない。石を積み上げた外観は少し薄汚れ、壁にへばり付く苔が歴史を感じさせている。

 ヒューリが先頭に立ち城に迎え入れてくれた。城の中は床や壁、天井に至るまで美しく磨かれた石で出来ており、通路には明かりを灯す魔道具マジックアイテムが等間隔に置かれている。

 無骨な外見との違いに思わず感嘆の溜息が漏れる。


「凄いな……」


 ヒューリは振り返り笑みを浮かべると、歩きながら城について語りだす。

 この城は500年前からこの地にあり、長い間この国を支えてきた歴史ある城なのだとか。

 内装は手を入れているが外観は昔のまま変わらず、定期的に掃除をする程度で、なるべく昔の姿を保存しているそうだ。

 ヒューリにとっても自慢の城なのだろう。楽しそうに話す姿は何処か無邪気な子供を連想させる。

 そうしている内に部屋に着いたようで一つの扉の前で立ち止まった。


「レン様はこちらのお部屋をお使いください」


 言われるまま扉を開けると、そこには豪華なソファセットが置かれ、奥には天蓋付きのキングサイズのベットが見える。

 部屋は広く地球での俺の家が丸ごと入ってしまう大きさだ。

 床にはふかふかの絨毯が敷き詰められ、チェストの上には品の良い調度品が並んでいる。時計も置かれ、時間も地球と変わらないようだ。

 奥には風呂へと続く扉があり、大きな窓からはバルコニーに出られるようになっていた。


「ここを私一人で使うのか? もう少し狭い部屋でもよいのだぞ」


 山脈にある居城よりは遥かに狭いが、それでも庶民のレンには余りに広すぎた。ここでくつろげと言われても寛げるわけがない。


「本来ならば、もっと広く豪華なお部屋をご用意したかったのですが――生憎この城にはこれ以上のお部屋はございません。お許しください」


 ヒューリが申し訳なさそうに、深々と頭を下げていた。


(いや違うから! 人の話し聞いてる? もっと狭い部屋でいいんだよ。ヒューリもカオスと同じで言葉が通じないのか?)


「確かにレン様にはいささか不釣り合いね」


(おぉ! 常識人のヘスティアさん、もっと言ってやれ! この部屋は広すぎると)


「まったく。こんな狭苦しい粗末な部屋にレン様を押し込めるなんて、本当に信じられないわ」


(ちがあぁぁぁぁぁぁう!! ヘスティア、お前までどうしてそんな発想になる! 俺は狭い部屋の方が落ち着くんだ!)


「いや、そうではな――」

「確かにこんな狭い部屋では、私がレン様と共に過ごすには狭すぎるわね」


 レンの言葉を遮るようにニュクスが口を開いた。そして、その発言がアテナに火をつける。


「ニュクスはついに頭が腐ったのかしら? 誰と誰が共に過ごすですって?」

「アテナこそ耳が腐っているんじゃなくて? 私とレン様が共に過ごすのよ」

「貴方のようなガサツな女が、レン様のお傍に控えるなんて悪い冗談だわ」

「それは皮肉かしら? 私以上に繊細な女性はこの世にいないわ。レン様に相応しいのはこの私よ」

「可哀想なニュクス。現実が見えないのね。それは叶わない夢というものよ」


 ニュクスとアテナは額を突き合わせ、互いを射殺すように睨みつける。


(えっ? ナニコレ? 超怖いんですけど!! 二人とも俺に好意を抱いているのは何となく分かる。それは素直に嬉しい。嬉しいんだが、危険しか感じないのは何故だ? 手を出したら駄目な気がする……)


 レンは縋るようにカオスに視線を向けた。

 だが、カオスは我関せずと顔を背け見て見ぬ振りをする。

 ヒューリを見るも苦笑いを浮かべるだけだ。

 最後の砦、ヘスティアを見て助けを求める。

 ヘスティアは満面の笑みを浮かべ頷くと、ニュクスとアテナに歩み寄った。

 レンは安著の溜息を漏らす。これで一安心だと。


「二人ともいい加減にしなさい。レン様がお困りです」

「どうして私にまで言うのかしら? 最初に難癖をつけたのはアテナよ」

「ニュクスが分不相応なことを言うから現実を教えてあげただけよ」

「なんですって!」

「いい加減になさい二人共! レン様に相応しいのは私です。いつまでもつまらない言い争いはやめなさい」


 ヘスティアが火に油を注いだ。

 途端にニュクスとアテナの敵意がヘスティアを襲う。


「あ゛? 言うに事欠いてヘスティアがレン様に相応しいですって? 冗談でしょ」

「ほんの少し、本当に僅かだけレン様の覚えがいいからって、ちょっと図に乗り過ぎじゃないかしら?」


 ニュクスが否定し、アテナが挑発する。


「あら、事実を言っただけよ。理解したのなら静かになさい。はしたないわよ」

「何がはしたないだ! ぶっ殺すぞ!」

「いつまでいい子振ってるの? そんな態度が昔から気に入らなかったのよ!」

「二人が喧嘩を売ってるなら買うわよ。但し、五体満足でいられるとは思わない事ね!」


 三人は互を牽制し、いつ殺し合いをしてもおかしくない状況になっている。


(なんでだあぁぁぁ……。これは俺が止めないとダメなのか?)


 レンはカオスを見るが、やはり関わりたくないと顔を横に振られる。


(ヒューリは……、駄目だろうな)


 レンは頭を抱えたくなるのを必死で堪えながら三人に歩み寄った。


「いい加減にしないか!」

「ですがアテナとヘスティアが突っかかってくるから――」

「元はと言えばニュクスが変なことを言うからでしょ」

「ニュクスとアテナがつまらない事で言い争うからよ」


 三人一斉に口を開いた。

 レンは心の中で溜息を漏らすと、どうしようかと考える。


(誰か一人を擁護すれば角が立つ、ここは喧嘩両成敗が無難だろうな)


「黙れ! 罰としてニュクス、アテナ、ヘスティアは、この部屋への立ち入りを禁止する。よいな?」

「お待ちください。それは余りにも」

「もう言い争いはいたしませんから」

「お許し下さい。どうかご慈悲を」


 三人はレンの前に跪き目に涙を浮かべ懇願する。

 彼女たちにとってレンの傍にいられない事はなによりも辛いことだ。


(そんなに必死になることか? 部屋に入れないくらい軽い罰だと思ったんだが……)


「レン様、少しよろしいでしょうか」


(ん? 先程まで見て見ぬ振りをしていたカオスくんじゃないか。今更なんだというんだね?)


「どうしたカオス」

「その罰なのですがご再考願えませんでしょうか?」


 その瞬間、ニュクスたちは救世主を見るようにカオスを見上げた。


(軽い罰だと思ったんだが、やはり彼女たちにとっては予想より遥かに思い罰なのか?)


「それほど重い罰だったか?」

「いえ、そうではないのですが。彼女たちがレン様のお部屋に入れないとなると、護衛上不安が残ります」

「カオスがいるではないか、お前が私の護衛をすればよかろう」

「そうなのですが、以前お伝えしましたように、私は上位竜スペリオルドラゴン下位竜レッサードラゴンを呼びに各地へ向かいます。そうなりますと、レン様がお部屋に滞在中、身近に護衛する者が居なくなります」


(そう言えばそんなことを言っていたな。護衛はヒューリに手配しても良さそうなものだが、カオスとしては古代竜エンシェントドラゴンがついていないと不安なわけか。いや、まてよ。別にドラゴンを呼びに行くのはカオスじゃなくてもいいんじゃないか? 正直なところ護衛はカオスに任せたい。彼女たちは色々な意味で怖い。何となく傍に置くのは危険な気がする)


ドラゴンを呼びに行くのは分かる。しかしだ。その役目はカオスでなくともよいのではないか?」

「そうなのですが、創世魔法を得意とするアテナにはレン様の居城作りを、再生魔法を得意とするヘスティアには大地の再生を任せようと思っております」

「ではニュクスに任せるとよいではないか?」


 ニュクスが顔をしかめてカオスを鋭く睨みつける。


「その、彼女たちにも色々ございますので……。ニュクスだけをレン様から遠ざけるのは問題があるかと」


(あぁ、そういう事か……。アテナとヘスティアが傍にいるのに、ニュクスだけ遠ざけるのは争いの種になると言いたいのか)


「分かった。先程の罰は撤回しよう。だが、部屋に入れるのは一人だけだ。毎日交代で私の護衛を行うように。――そうだな。ニュクス、アテナ、ヘスティアの順にしよう。私が朝に起床してから交代とする』

「畏まりました」


 三人が一斉に頭を下げる。


(もう疲れた。この部屋でいいから早く風呂に入りたい)


「ヒューリ、風呂の使い方を教えてくれ」

「畏まりました」


 さっきまで蚊帳の外だったヒューリが、嬉しそうに風呂場へ案内する。


「一人ずつ教えるのはヒューリも手間だろう。全員付いてこい」


 中に入ると脱衣所はちょっとした銭湯並みに広い。

 左側には人が六人並んでもまだ余裕がある洗面台。右側には衣服を置く棚が備え付けられ、その奥にトイレが備わっていた。

 上下水道も完備されて、驚いたことにトイレは水洗になっている。魔道具に触れることで水が流れる仕組みで嫌な臭いも一切しない。

 風呂場もこれまた広い。石作りの浴槽は五人がゆったり入れる大きさだ。洗い場も五人同時に洗えるほど広い。しかも、シャワーまで備え付けられている。

 地球で見かける設備が備わっていることに多少の違和感はあるが、恐らく地球からこの世界に迷い込んだ人間が知識を広めたのだろう。

 グラゼルの話だと迷い込んだ人間は過去にもいたようだし、その人間たちの仕業と言うことは十分に考えられた。


「ヒューリ、説明ご苦労。下がってよいぞ」

「労いのお言葉ありがたく存じます。部屋の前には使いの者を控えさせておきますので、何かご入り用の際にはお申し付けください」

「カオス、お前たちも各自部屋に案内してもらえ。私の荷物はテーブルの上に置くように」

「畏まりました」


 カオスたちは深々と一礼すると風呂場から出て行った。


(これで一息つける。先ずは風呂だ)


 脱衣所には既にタオルや着替えの衣装も用意されている。誰もいないことを確認すると、衣服を脱ぎ捨て風呂場に舞い戻った。

 洗い場で魔道具に触れると、シャワーから勢いよくお湯が飛び出してくる。それを頭から浴びると、久し振りに味わう水圧で汗を洗い流した。

 数日振りのシャワーは最高としか言いようがない。頭から順に洗い時間を掛けて体中の汚れを隅々まで落としていく。

 湯船に浸かると体の芯まで温まり疲れが取れていくようだった。


「生き返る。やっぱり日本人に風呂は欠かせないよな」


(至福の時とはまさにこのことだ。手足が伸ばせる広い風呂が、これほど気持がいいとは――)


 レンが風呂を楽しんでいると、不意に入口の扉が開けられた。何事かと視線を向けると、そこには一糸纏わぬ全裸のニュクスが立っていた。

 ニュクスはレンを見つけると潤んだ瞳で駆け寄ってくる。揺れる長い黒髪がニュクスの白く透き通る肌を引き立てている。その豊満な胸は上下に大きく揺れ隠そうともしていない。


(ニュクスだと!?)


 レンは咄嗟に視線を逸らし背を向けた。

 風呂上りに裸で彷徨うろつく姉の姿は見慣れているが、やはり家族と他人では全く違う。何よりニュクスの破壊力抜群の胸に、レンの下半身は戦闘モードに入りつつある。

 ニュクスはそのまま湯船に浸かると、背を向けるレンを包み込むように抱きしめた。


「レン様、お体をお流しいたします」


 そう言うと背中に胸を強く押し当て、胸で擦るように体を上下に動かし始めた。

 二つの柔らかい感触がレンの理性をガリガリ削る。


(不味い……、非常に不味い。落ち着け、落ち着け、落ち着けぇぇぇぇぇぇぇぇ。とにかく距離を取らないと。下半身はもう完全に戦闘モードだ。絶対に見られるわけにはいかない)


「ニュクス、どうしてここいる。とにかく離れろ」

「レン様がお部屋にいませんでしたので。何時いかなる時もレン様のお傍で護衛するのが私のお役目でございます」

「確かに護衛は重要な役目だ。しかし風呂では必要ない。いいから出るんだ」

「そういう訳にはまいりません。レン様のお命を狙う者が何処に潜んでいるか知れません」

「いいから部屋で待機していろ」

「お部屋で? なるほど、そういうことですね。畏まりました」


 ニュクスは何かを悟ったように頷くと、名残惜しそうにレンから体を離し風呂場を後にした。


(はぁ~、なんとかやり過ごせた。下半身の戦闘モードが解除されたら早く上がろう。嫌な予感がする……)


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