第4話 擬人化

 ヘスティアは喜び勇んで城に戻る。

 レンの滞在先を見つけ尚且つ欲しい情報も提供してもらえる。


「きっとレン様にお褒めの言葉を頂ける」


 思わず顔がほころぶ。

 小躍りする気持ちを抑えながら玉座の間に入ると、不機嫌なニュクスとアテナ、疲れた表情のカオスが出迎えた。

 三人の様子を見てヘスティアの顔から笑みが消える。


(何かあったのかしら? まさかレン様に無礼を働いたのではないでしょうね?)


 折角いい気分で戻ってきたというのに台無しだ。ヘスティアは少し苛立ちながら語気を強めて声をかける。


「随分と辛気臭い顔をしているけど何かあったの? まさかとは思うけど、レン様に失礼なことはしていないでしょうね」


 ヘスティアの態度に不機嫌なニュクスとアテナは嫌な顔を隠そうともしない。


「そうね。直接レン様に仰ったわけではないけど、妻にしてほしいと寝言を言った女がいたわ。叶わない夢を見るなんて、なんて愚かなのかしら」

「真実を言って何が悪いのアテナ? 私がレン様に相応しいのは誰が見ても分かりきっていることじゃない。少なくとも貴方よりは余程ふさわしいわ」


 ニュクスとアテナは睨み合いお互い一歩も引こうとしない。

 それを見たヘスティアはやれやれと溜息を漏らした。


(この二人はそんなことで揉めていたの? 重要な任務を与えられた私こそがレン様に相応しいというのに、そんなことも分からないなんて。大方カオスは二人の言い争いに巻き込まれたのでしょうね)


「二人ともいい加減にしなさい。見苦しいわよ」


 アテナとニュクスは小馬鹿にするようにヘスティアを煽る。


「そう言うあなたはどうなの? 随分と帰りが早い様だけど、レン様のご命令を遂行できたのかしら?」

「ヘスティアのことだもの、他のことに気を取られてレン様のご命令を忘れているかもしれないわよ。どうせ昔みたいに魔物や獣を追い回して遊んできたんでしょ」


 ヘスティアとしては、そんな風に思われていたのは心外だ。

 戻ってきたのだから命令を遂行したに決まっている。

 

「当然ご命令を果たしてきたわ。貴方たちは私のことを何だと思っているのかしら」


 先程までは余裕の表情を浮かべていたアテナだが、予想よりヘスティアの仕事が早いことに僅かに顔が強ばった。

 何より最初が肝心である。

 仕事を成し遂げたヘスティアの印象がよくなり、何もしていないアテナは下に見られかねない。アテナはレンにそう思われることを真っ先に危惧する。竜王の妻に選ばれるためにも、レンの覚えは少しでも良くしたいのが本音だ。


(この短時間でレン様のご命令を遂行してきたと言うの? 少なくとも数日は掛かると思っていた任務を半日で終えてくるなんて……)


 ニュクスとカオスに視線を向けると、やはり驚きの表情を浮かべていた。

 カオス、ニュクス、アテナは焦る。このままではヘスティアだけがレンの覚えが良くなってしまう。この差を早く埋めなければ、と。

 三人の考えを余所に、ヘスティアは「ふん」と鼻を鳴らす。


(つまらない事で時間を潰してしまったわね。報告を遅らせる訳にはいかないのに)


「レン様は何処にいらっしゃるの? ご報告をしたいのだけれど」


 カオスがいち早く答える。


「レン様はお休み中だ。しかし、そろそろお目覚めになる頃かもしれない。私がお迎えに上る。お前達はここで待っていろ」

「あ゛? カオス、貴方どさくさに紛れて、なに勝手にレン様の寝室に入ろうとしているの? 今この場で死にたいの?」

「まてニュクス、何故そうなる。私はただレン様のお迎えに上がるだけだ」


 カオスは何を言っているんだと反論するが、アテナがニュクスの発言を援護する。


「ニュクスの言いたいことはよく分かるわ。レン様をお迎えする大事なお役目を抜け駆けするなんて許されざる行為よ」

「今のはカオスの失言ね。ニュクスとアテナの肩を持つ訳じゃないけど抜け駆けは良くないわ」


 更にヘスティアまでもが二人を擁護し、またもカオスは頭を抱えたくなる。


(何故だ! 確かにレン様をお迎えに上がるのは大切なお役目かも知れない。だが、ここまで責められることなのか?)


「分かった。では全員でお迎えに上がろう。これなら異論はないだろ?」


 ニュクス、アテナ、ヘスティアは目配せすると、それならばと頷き我先に玉座の間を後にした。それを目にしたカオスは溜息を漏らしながら後を追うのであった。




 レンは喧騒で目が覚めた。

 不慣れな寝袋で寝たせいか体中が痛く、疲れも取れていない気がした。扉の向こう側からは、古代竜エンシェントドラゴンの騒がしい声が聞こえてくる。


(うるさいな。何かあったのか?)


 寝袋から出て立ち上がると扉が勢いよく開かれ三体の古代竜エンシェントドラゴンが我先にと寝室になだれ込んでくる。後ろではカオスが呆れ果てていた。


「騒々しい。何事だ?」


 ニュクス、アテナ、ヘスティアは取り繕うように跪き頭を垂れた。


「お騒がせして申し訳ございません。レン様をお迎えに上がりました」


 ニュクスは即座に返答する。それを横目でアテナとヘスティアが睨むが、ニュクスはどこ吹く風である。


「そうか、ご苦労だったな」


 声を掛けられたニュクスは至福の表情だ。その後、妄想に浸っているのか、にへら笑いを浮かべている。


「ヘスティアも居ると言うことは情報は集めてきたのか?」

「はっ! 情報を提供する者を見つけてまいりました。またレン様が滞在する場所もご用意しております」

「随分と早いな。この短時間で良くやった。本来なら何か褒美を出したいところだが、生憎お前に下賜できるような物がない。不甲斐ない主を許してくれ」

「なんと勿体無いお言葉。このヘスティアそのお気持ちだけで十分でございます」


 ヘスティアは目を潤ませ、まるで祈りを捧げるように頭を地面に擦りつける。


(なるべく尊大な態度で話したが間違いなさそうだな。やはり威厳を持って接した方が良さそうだ。それにしても、こんなに早く滞在先を見つけて来るとは、ヘスティアは凄いんだな。今後も何かと頼りになりそうな気がする)


「それでは玉座の間に参りましょう」


 ニュクスが当然のように手を差し伸べてきた。

 レンとしてはここで話を聞いても良いのだが、折角迎えに来たのだからと玉座の間に移動することにした。

 玉座の間に移動するとレンは巨大な玉座の端にちょこんと座る。


(早速ヘスティアから話を聞くか。この城は広すぎて落ち着かないし、なるべく早く過ごしやすい場所に移動したいからな)


「それでヘスティア、滞在先を見つけたと言っていたが何処だ?」

竜人ドラゴニュートの国でございます」


 レンは竜人ドラゴニュートを見たことはないが、ゲームの知識としては知っている。もちろん、この世界の竜人ドラゴニュートがゲームと同じとは限らないが、ある程度の想像は出来た。


竜人ドラゴニュート? そんな種族もいるんだな。大きさ的には大丈夫なんだろうか? 古代竜エンシェントドラゴンと同じサイズだと落ち着けないから困るんだが……)


「滞在先は私が過ごしやすい大きさでなければ意味がない。その辺は大丈夫なのか?」

「問題ございません。竜人ドラゴニュートは人間と殆ど変わらない大きさでございます」

「そこに情報を提供する者もいるわけだな」

「はい、ご用意しております」

「ではそこに移動をする。準備をせよ」


 レンが移動の準備のため立ち上がると、カオスが口を開いた。


「お待ちください。一つご提案がございます」

「なんだ?」

「レン様が竜人ドラゴニュートの国に滞在するにあたりまして、我々も人間の姿に変わろうと思っております。今の姿では大きすぎて、レン様のお傍に控えることができません。ご許可願えないでしょうか?」


(人間の姿に変わる? そう言えばグラゼルも姿形は些細な事だと言っていたな)


「お前たちは人間の姿に変わることができるのか?」

「はっ、容易いことで御座います」


 レンは思わず顔を綻ばせた。


(おお、それは凄いな。俺としては人間の方が接しやすいし、何より巨大なドラゴンの姿では滞在先に迷惑になってしまう)


「では許可する。試しに人間の姿になって見てはくれないか?」

「承知いたしました」


 返答と同時に四体の古代竜エンシェントドラゴンが見る間に小さくなっていく。

 現れた姿は人間そのもの、大きさも人間と変わらない。あれだけの質量がどうして人間サイズになれるのかは知らないが、レンにとっては有り難いことだ。

 しかし、四人の姿を見てレンは咄嗟に目を背ける。


(裸だと?)


 家で姉の裸は良く目にしていたが、家族以外の異性の裸はまた別の話だ。


「お前たち服はないのか?」

「服でございますか? 確か人間サイズの服が宝物庫にあったはずですが……」


 レンは初めて聞く部屋の名前に眉をひそめる。


(宝物庫? そんな部屋もあるのか……。この城を出る前に一度全ての部屋を見ておいた方が良さそうだな)


「一先ずドラゴンの姿に戻れ、この城を出る前に全ての部屋を確認したい」

「畏まりました」


 四人がドラゴンの姿に戻ると、レンはカオスの案内で城の中を見て回る。

 殆どが寝室と思しき何も無い部屋だ。

 中には氷漬けの肉が保管されている食料庫もあったが、それ以外は目星しい物は何も置かれていなかった。

 レンは必要な物が無いことを確認すると、最後に宝物庫に足を運んだ。

 不用心にも扉には鍵の類いは無く、カオスが手で押すだけで扉は簡単に開いた。もっとも、簡単と言っても体長200メートルのドラゴンが通る扉だ。巨大な扉の重さが、鍵の役割を果たしているとも考えられた。

 扉を潜り抜けて真っ先に飛び込んできたのは黄金の山だ。

 レンはカオスの手から地面に下ろされると、金塊や宝石が積まれた山を見上げた。

 確かにカオスの言った通り、黄金の山の中には意匠を凝らした豪奢な衣服の類いも混ざっていた。その他にも豪華な剣や鎧、特殊な鉱石のインゴット、希少な金属や宝石の原石まで、様々な物が山積みにされている。


(よくもこれだけの数を集めたもんだ。ゲームでドラゴンは宝石が好きな設定が多いけど、強ち嘘じゃないってことか……)


 レンは財宝の山を見渡し、そして四体のドラゴンを見上げた。


「この中から自分に合う衣服を探せ。人間になった時に裸では困る」


 カオスは困ったように首を傾げる。


「これは全てレン様の私物、それを我々が身に着けるなど……」

「私の私物ならなおさらだ。お前たちに下賜するから好きな衣服を選ぶんだ」

「我々如きに下賜して頂けるとは、この御恩に報いるためにも、これからも精一杯お役に立てるよう務めさせていただきます」


 カオスが頭を下げると、それに続いて他の三体も頭を下げた。一々大げさだと思うレンだが、竜種はこういうものだと既に諦めている。

 カオスたちは人間になると財宝の山に飛び込み衣服を探し始める。膨大な財宝を掻き分け、好みの衣服を探すのは時間が掛かるはずだ。

 初めは視線を逸らして佇んでいたレンであったが、疲れが取れていないためか、次第に体は宝物庫の壁にもたれて座り、暫くすると自然と瞼が落ち意識が遠のいていった。




 暗闇の中で誰かが繰り返し呼ぶ声が聞こえた。

 薄らと目を開けると、目の前では豪華な衣装を身に纏ったカオスたちが、レンを覗き込むように見つめていた。

 レンは目を擦り起き上がると、改めて古代竜エンシェントドラゴンを観察する。

 外見は全員20代前半くらい。人型になった四体の竜は、四人とも肌は透き通る様に白く、端正な顔立ちをしていた。まさしく美男美女だ。

 カオスは黄金の瞳をしていて眉目秀麗であり、切れ長の眉の下には鋭い眼光が光っていた。背中まで伸びた髪は全て後ろに流し、黒いスーツのような衣装を身に纏っている。

 長年生きている古代竜エンシェントドラゴンであれば、人間のことも多少は知っているはずだ。

 もしかしたら執事の姿を意識したのかもしれない。

 カオスの観察が一通り終わると、レンは隣に視線を移してニュクスをまじまじと眺めた。

 ニュクスは黄金の瞳で端正な顔立ちをしていた。黒髪の隙間から覗く潤んだ瞳が、どこか妖艶な雰囲気を醸し出している。

 長身の体を覆うように、艶のある長いストレートの髪が腰まで伸びて揺らいでいた。胸元の大きく開いた黒いドレスが豊満な胸を強調し、身に付けた幾つかの装飾品がニュクスの美貌を引き立てている。

 レンの率直な感想はエロイお姉さんだ。

 男を刺激する格好はどうかと思うレンであったが、裸で生活していたドラゴンに何を言っても無駄だろうと、そっと視線を隣のアテナに向けた。

 アテナは黄金の瞳で美しくも凛々しい顔立ちをしている。キリッとした瞳は射殺すようにこちらを見据えているが不快感はなかった。むしろ格好良いと見惚れてしまうほどだ。

 ストレートの長い髪は背中で結んで束ねいて、髪の色は真っ白というよりも銀色に近い。刺繍が施された白いドレスが長身の細い体を包み込み、首からはドレスに合わせた金のネックレスを下げていた。男は勿論のこと、アテナの美貌を見れば、女性でも思わず振り向くに違いない。

 最後にヘスティアだが、一見すると髪の色は金色に見えた。だが、よく目を凝らして見ると、光の加減によって金色に見えているだけで、髪本来の色はもっと白いようだ。瞳の色は他の三人と同じ黄金色である。

 四人の傾向を見ると、どうやらドラゴンの瞳は人間の姿になっても黄金色で変わらず、髪の色はドラゴンの鱗の色が強く反映されていると思われた。

 前者の三人はきつめな顔をしているが、ヘスティアだけは優しげな瞳と愛嬌のある顔立ちで、レンは柔和な印象を受けていた。

 優しそうなお姉さんと言ったら分かりやすいだろうか。

 身長はニュクスやアテナより、やや低いが、一般的な人間女性の平均身長はあるだろう。

 意匠を凝らしたメイド服を身に付けているが、その姿がよく似合っている。肩まで伸びたカールした髪が、絶妙にメイド服にマッチしていた。メイド喫茶で即戦力になる容姿だ。

 レンは四人を一通り見渡すと、取り繕うように口を開いた。


「寝ていたようだな。みな良く似合っている。ところでヘスティア、なぜメイド服なんだ? よくそんな物があったな」

「レン様にお使えするのに、これ以上の衣装はございません。宝物庫にある財宝の殆どは竜王様への貢物です。過去にメイド服を贈った人間がいたのかもしれません」


(竜王様への貢物、だから竜王になった俺の私物というわけか。それにしてもどういう理由でドラゴンにメイド服を贈ったんだ? 少し気にはなるが、取り合えずこれで人間の姿になっても問題はなさそうだ)


「宝物庫の財宝は貢物か、新たな問題としてはこの財宝だな。カオス、財宝はここに置いていっても大丈夫なのか?」

「この山脈を越えられる者は滅多におりません。直ぐに盗まれることはないと思われますが、念のため上位竜スペリオルドラゴン下位竜レッサードラゴンに守護させましょう」

上位竜スペリオルドラゴン下位竜レッサードラゴンか……。そう言えばお前たち以外のドラゴンに会っていないな」

「レン様が滞在先で落ち着きましたら、各地へ呼びに行こうと思っております」

「そうか、その辺はカオスに任せる。好きにするがよい」

「はっ、お任せ下さい」

「よし、では移動を開始する。カオスは私を運ぶように」

「承知いたしました」


 四人の古代竜エンシェントドラゴンは服を脱ぐと本来の姿に戻る。服を鱗の間に仕舞うと、カオスはレンを手の平に乗せた。

 城の外に出ると相変わらず極寒の地だ。山頂から突風が吹き下ろし、凍てつく寒さが襲ってくる。

 レンは冷気に耐性が出来たとは言え、外の寒さは伝わっていた。


(確かにこの環境では山を越えるのは難しいな。財宝も直ぐに盗まれることはないか……)


「ヘスティア、先導を頼むぞ」

「畏まりました」


 ヘスティアが飛び立つと、カオスたちがそれに続く。見る間に高度を上げ地上が遥か遠くに見えた。

 雲を突き抜けさらに高く飛び上がると、いつしか荒れ狂う突風はなくなり穏やかな風が流れる。対流圏を抜け成層圏に出たからだ。

 レンは自分の体を確認する。

 普通の人間なら気圧の急激な変化に耐えられるはずがない。だがレンの体に異常は見当たらなかった。体に痛みが出るわけでもなく、吐き気の類いも起こらない。


(これもドラゴンの特性なんだろうか? 急激な気圧の変化に順応している。竜王になったことで見えない部分が変化しているのかも知れない)


 レンが考えても分かるはずもなく、そういうものだと一人で納得する他なかった。

 上空をどれだけ移動したのだろう。

 眼下に見下ろす雲海が茜色に染まり、周囲を飛び交うドラゴンが幻想的な世界を映し出している。

 「綺麗だ」思わず零れた言葉は風に流れて消えていく。


(きっと秋山先輩は、こんな景色を俺に見せたいと思ったんだろうな……)


 レンはふと登山サークルの先輩を思い出す。

 今なら登山の良さも、秋山先輩が見せたかった景色も何となく分かる。レンは沈みゆく夕陽を見ながら、まだ見ぬこの美しい世界に思いを馳せてた。


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