第3話 配下

「カオスこの世界のことを知りたい」

「はっ! この世界は竜王様が治める世界でございます」

「…………?」


(今なんて言った? 聞き間違いだろうか……)


「私の治める世界だと?」

「その通りでございます」


(どういう事だ?)


「この世界の者は、竜王を統治者として認めているということか?)

「いえ、そうではございません。不敬にも忠誠を誓わぬ愚かな劣等種も数多く存在します。ですがご安心ください。レン様が我らにお命じ下されば、直ぐにでも排除し、この世界を献上いたします」


(……なんとなくだが言いたいことは分かった。早い話が邪魔者は全て排除出来る。だから俺が世界を治めているのと同じだと言いたいわけか。それにしても好戦的にも程があるんじゃないか? 俺はそんなことは望まないし、出来れば他の種族と仲良くしたい。どうも古代竜エンシェントドラゴンは他の種族を蔑む傾向にあるな)


「カオスよ。私は世界を治めたいとは思わない。出来れば他の種族とも共存したいと考えている」

「劣等種如きにまで慈悲をお与えになるとは、レン様の寛大なご配慮には頭が下がります」


 カオスたちは尊敬の眼差しでレンを見つめる。

 これほど慈悲深い王はどの種族にもいないだろう。この偉大な王に仕えることができる我らはなんと幸運なのだろう、と。

 そんな大げさなことをカオスたちが思っているとはつゆ知らず、レンはそのまま話を続けた。


「そこでだ。この世界で他の種族がどのような暮らしをしているのか知る必要がある。誰か他の種族の文化や習慣を知っている者はいないか?」

「恐れながら申し上げます。我らは先代竜王グラゼル様より、この居城の守護を任された後、一万年以上この山脈から出たことがございません。そのため他の種族がどのように生活しているのか、お答えすることが出来ないのです」


 カオスは悔しそうに俯く。

 レンの問い掛けに答えられない不甲斐ない自分自身に、情けなくも有り腹が立っった。


(何も分からないのか……)


 レンは考察する。


(先ずは世界を知るためにも、他の種族のことを知る必要がある。出来れば人間がいい。もともと人間だ。もし共存できるなら人間と共存したい。誰かに調べさせる必要があるな……)


 レンはカオスたちを見渡す。

 黒い鱗のカオスとニュクスは少し威圧感が感じられた。最終的に白い鱗のアテナとヘスティアに視線を向けるが、外見からではどちら適任かなど分かりようがない。   

 レンは二体を交互に見比べ、その内の一体に決めた。


(ヘスティアに任せてみるか……)


 選んだ理由など無い。

 強いて言うなら適当だ。


「ヘスティア、この世界の習慣や文化を調べてこい。出来れば私が住める街も探せ。この城は私には大き過ぎる」

「はっ! お任せください。必ずやご期待に応えてみせます」


 ヘスティアは嬉しそうに目を細める。選ばれたことに優越感を感じながら玉座の間を後にした。

 対照的なのはカオス、ニュクス、アテナの三体だ。選ばれなかったことへの悔しさで自然とヘスティアを睨んでいる。


(これで後はヘスティアの報告を待てばいいだろう。それにしても疲れた。いま思えば朝から登山、遭難、と大変だった。グラゼルとの出会いで体力は回復したが、精神的には限界を超えている)


「アテナ、私は少し疲れた。寝室に案内してくれ」

「畏まりました」


 アテナは喜々として行動した。

 レンを手の上に乗せると嬉しそうに玉座の間を後にする。その様子を残されたカオスとニュクスは悔しそうに見つめていた。

 特にニュクスは血眼になってアテナを睨みつける。直接レンに触れているのが許せないのだ。なぜ自分ではなくアテナなのかと。

 ニュクスが怒りを顕わにしている頃、アテナとレンは寝室に入っていた。

 寝室と言っても布団があるわけではない。部屋の中央に石で出来た小上がりがあるだけだ。小上がりといっても300メートル四方の大きさで、高さは5メートルもある。

 レンはその小上がりの中央にちょこんと置いてもらう。バッグから寝袋を出し横になると、直ぐに睡魔が襲ってきた。

 自分で思うよりずっと疲れていたのだろう。レンの意識は徐々に薄れ、いつしか深い眠りについた。

 レンが眠るのを名残惜しそうに見つめると、アテナは静かに寝室を後にした。本来ならずっと傍にいたいが、これからのことを話し合う必要があるからだ。

 アテナが玉座の間に戻ると不機嫌なニュクスが出迎えた。


「レン様は?」

「お休みになられたわ。お疲れなのでしょう。暫くそっとしておきましょう」


 ならばとカオスが今後について口を開く。


「さて、これからのことだがレン様のおっしゃられていた通り、この居城はレン様には大き過ぎる」


 カオスの言葉にニュクスとアテナも同意だ。


「カオスの言う通りね。それに建替えるにしてもこの場所はダメね」

「この環境はレン様には厳しすぎるわ。何処かに新たな居城を作る土地を見つけなくては……」


 問題は住処だけではない。

 カオスは今の姿でレンに使えるには限界があると感じていた。レンのサイズに合わせて新たな居城を作っても、そこに従者である古代竜エンシェントドラゴンが入れなければ意味がなかった。

 主を守る従者が別の場所で暮らすのでは本末転倒だ。


「それにレン様の過ごしやすい居城となると今の我々では問題がある」

「どういうことカオス」アテナが不思議そうに尋ねる。

「新たに作るレン様の居城に、今の我々の姿では入ることができないということだ」

「なるほど、そういうことね。レン様に合わせて姿を変えた方が良さそうね」

「レン様と同じ人間の姿になったら、レン様の妻に選んでもらえるかしら」


 ニュクスが目を潤ませながら思いに耽るが、その何気ない一言が波紋を呼んだ。

 アテナは警戒心を顕にしてニュクスに食ってかかる。


「残念だけどニュクスはレン様に相応しくないわ。包容力のある私の方が、貴方の何倍もレン様に相応しいもの」

「あ゛? なにか戯言が聞こえたけど聞き間違えかしら? 誰が包容力があるですって」

「私よ。だからこそレン様は、寝室への案内役に私をご指名して下さったの。ガサツなニュクスでは傷つけられると思ったのでしょうね」


 途端にニュクスが牙を剥き出す。


「ぶっ殺すぞ糞女!」

「やれるもんならやってみろ!」


 途端にニュクスとアテナの体から凄まじい竜力ドラゴンフォースが放たれた。

 二体の古代竜エンシェントドラゴンは互いに睨み合い、いつ殺し合いをしても可笑しくない。


「やめないか!」


 カオスの叫び声が玉座の間に木霊する。


「レン様がお休み中に騒ぎを起こすとは何事だ! 我らは等しくレン様に使える身、ご許可無く争うことなど許されると思っているのか!」


 カオスの言うことは正しい。

 だが……。


「カオス、貴方が一番声が大きいわよ」

「全く、レン様が起きたらどうするの?」


 カオスは頭を抱えたくなる。


(自分のことを棚に上げてこいつらは……)


 いつの間にか争いを止めたカオスが悪者のような扱いを受けていた。


「もういい。取り合えずヘスティアを待とう。何らかの情報は持ってくるはずだ」


 ニュクスとアテナは互を牽制するように頷いた。

 カオスはそんな二体を見て溜息を吐漏らす。

 そして、ヘスティアが早く戻ることを祈るように願った。




 一方のヘスティアは困っていた。

 街で情報を集めるにしても、この姿では目立つのは間違いなかった。それに今は真夜中で、殆どの者が寝ているのは想像に容易いことだ。

 考えても仕方ないと気持ちを切り替えると、上空から眼下に見下ろし街を探し始めた。先ずは山脈の周りを旋回し、徐々に遠くへと距離を伸ばしていく。

 久し振りの外の世界をヘスティアは堪能していた。夜目の効くドラゴンは、真夜中だろうと鮮明に地上を見渡すことができる。

 久し振りに見る草原や森はヘスティアの心を躍らせた。

 魔物や動物を狩りたい衝動を必死に抑えて街を探す。何よりも優先すべきはレンの命令であり、それは命に代えても守らなけれなならない。


 空が白み始める。


 広大な山脈のため周囲の捜索だけでも相当な時間を要していた。

 焦りを感じつつ旋回しながら周囲を見渡し、ヘスティアは何かを見つける。目を凝らして遠くを見ると、山脈から程ないところに建造物が見えた。

 近づくと草原の中に幾つもの建物が並び、その建物を囲むように長い壁が作られている。


(かなり大きな街ね。レン様のご希望に添う情報が集まれば良いけど……)


 ヘスティアは喜ぶと同時に情報収集をどうするか考えた。

 この姿で降下してもよいが、愚かな劣等種が攻撃してくるのは目に見えていた。もちろん街ごと消すことは出来るが、それでは必要な情報を得ることは出来ない。

 何度か旋回を繰り返してヘスティアはあることに気が付く。ドラゴンに気が付いた街の住民が次々と家から飛び出し、上空を見上げていた。

 ヘスティアの視界に入ったのは、鱗で覆われた人間サイズの生物だ。

 

竜人ドラゴニュート?)


 竜人ドラゴニュートなら話は早い。

 嘗て竜人ドラゴニュート古代竜エンシェントドラゴン上位竜スペリオルドラゴンの世話をしていた時代もあった。交流が途絶えて一万年は経っているが、どちらが上位者かは理解できるはずだ。

 ヘスティアは目立つ様に街の上空を旋回し、大きな広場に降り立つ。見る間にヘスティアの周囲は竜人ドラゴニュートで溢れ返っていた。

 敵対する意思はないようで、武器を持っている竜人ドラゴニュートは一人もいない。

 頃合だろう。集まる竜人ドラゴニュートを確認すると、ヘスティアは声を上げた。


「我が名はヘスティア、竜王レン様に使える古代竜エンシェントドラゴンです。この街の代表者は名乗りを上げなさい」


 竜人ドラゴニュートはざわめき互いの顔を見合わせると、その場で一斉に平伏した。誰もヘスティアの問いには応えず無言のまま時間だけが過ぎ去る。

 古代竜エンシェントドラゴン竜人ドラゴニュートから見れば神のような存在だ。

 かつて祖先は古代竜エンシェントドラゴンに使えていたと、子供の頃に御伽噺おとぎばなしで誰もが聞かされている。そんな偉大な神を前に平然と口を開ける者など、この場にいようはずがない。

 竜人ドラゴニュートは祈りを捧げるように黙して平伏した。

 ヘスティアは呆れるばかりだ。


(どうして誰も応えないのかしら? この場に代表者がいなければ、呼びに行くのが当たり前でしょ?)


 ヘスティアは疑問に思うも、遥か昔に使えていた竜人ドラゴニュートのことを思い出す。


(そう言えば、昔から竜人ドラゴニュートは命令しなければ動かなかったわね。ここに街の代表者が居ないから出てこない。呼びに行けと言われていないから呼びにいかないのか……。相変わらず面倒ね)


「代表者が居ないのであれば直ぐに呼んで来なさい。私は急いでいるのです」


 そう急いでいるのだ。

 竜王を待たせするのは不敬に値する許されざる行為だ。


 ヘスティアの声を聞くと何人かの竜人ドラゴニュートが確認するように顔を見合わせ、一人が立ち上がる。

 ヘスティアに深く一礼すると、その場をもの凄い勢いで駆け出し何処かへ去っていった。


(はぁ~)


 ヘスティアはため息を漏らす。

 代表者が来るまでこの状態なのかと。

 周囲で平伏し、身動き一つしない竜人ドラゴニュートを見て、ヘスティアの気分は憂鬱になっていった。




「陛下! 陛下!」乱暴に寝室の扉がノックされる。

「何事だ? こんな朝早くから……」


 不機嫌な声が扉の向こうから聞こえ、一人の竜人ドラゴニュートが僅かに扉を開け隙間から顔を覗かせた。

 この男、ヒューリ・ルボルトスは竜人ドラゴニュートの王である。

 ヒューリは機嫌が悪かった。唯でさえ最近は他種族との関係も悪化し、少なくない被害も出ている。連日頭を悩ませているのに、今日は朝早くから叩き起されたのだ。機嫌が悪くなるのは当然である。


「緊急事態です! 広場に古代竜エンシェントドラゴンが現れました」

古代竜エンシェントドラゴンだと?」


 ヒューリは訝しげに訪ねた。古代竜エンシェントドラゴンは御伽噺の存在だ。確かに昔は存在していたらしいが、姿を見なくなり一万年以上は経つ。


「本当でございます! 今も広場に留まり代表者を出すようにと仰っています」


 従者の慌てた様子から嘘ではないのだろう。それでもヒューリは寝ぼけ眼で訝しげに従者を見る。


(本当に古代竜エンシェントドラゴンなのか? 上位竜スペリオルドラゴンと見間違えているのではないのか? 上位竜スペリオルドラゴンが訪れるだけでも奇跡だというのに、古代竜エンシェントドラゴンなどと……)


「その竜の鱗は何色か聞いているか?」

「報告した者の話では真っ白に輝く鱗だと、体長は200メートルを超えると申しておりました」


 それを聞いたヒューリの体から汗が吹き出る。


(間違いない。文献に載っていた通りだ)


「直ぐに出る準備をしろ!」


 ヒューリは直ぐに身支度を整えると城を飛び出す。目の前に用意されている馬車を無視すると周囲の近衛兵を見渡した。


「馬車では遅すぎる。飛んでいくぞ!」


 翼を広げると地面を蹴って飛び立つ。それに近衛兵も続き辺りには砂埃が舞い上がった。

 ヒューリは全力で空を駆けた。神にも等しい古代竜エンシェントドラゴンを待たせるわけにはいかない。その思いがヒューリを急がせる。

 既に近衛兵は遠くに置き去りにしているが構わなかった。古代竜エンシェントドラゴンを待たせることに比べたら、そんなことは些事に等しいからだ。




(いつまで待たせるの!)


 ヘスティアは待ちくたびれていた。

 周囲には平伏し続ける竜人たち、しかも数が増えていく一方だ。ヘスティアが呆れていると、遠くの空から何かが近づくのが見えた。


竜人ドラゴニュートにしては速いわね)


 ヒューリもヘスティアの姿を確認するとその眼前に降り立つ。見たこともない巨体と白く美しい鱗を見て確信する。

 この方は古代竜エンシェントドラゴンだと。

 直ぐに跪き頭を垂れる。

 一方のヘスティアもヒューリを観察していた。豪華な衣装を身に纏い、他の竜人ドラゴニュートと明らかに違っている。


(この男が代表者ね)


「面を上げなさい。我が名はヘスティア、お前がこの街の代表者ね」

「はっ! このドレイク王国の国王、ヒューリ・ルボルトスで御座います」

「へぇ~、それは都合が良いわね。近々、新たに竜王になられたレン様がお見えになります。場合によってはこの国に滞在することになるでしょう。迎え入れる準備をしなさい」


(竜王!?)


 ヒューリは焦る。

 本来なら喜ぶべきことだが、この国に竜王が入れる巨大な建造物はない。新たに作るにしても、年単位の時間を要する大事業になるのは間違いなかった。


「恐れながらヘスティア様。この国には竜王様が滞在できるような巨大な建物が御座いません」

「そのことなら問題ないでしょう。竜王様は見た目は人間と変わりありません。今ある建物でも十分対応できます」


 ヒューリは一瞬固まり考えを巡らせた。


(お姿を人間に変えているのだろうか? それなら確かに対応できる)


 力のあるドラゴンなら姿を変えるのは造作も無いことだ。ヒューリは文献で知識として知っているため、人間と変わりないと聞かされても違和感はなかった。


「畏まりました。それでは何時お越しいただいても良いように準備いたします」

「直ぐに訪れるでしょうから速やかに準備をしなさい。それと竜王様は他種族の文化や習慣に興味がおありです。私は調べて来いと命じられましたが、お前たちが直接話した方が良いでしょう」

「畏まりました。文化や習慣を説明する者もご用意しておきます」

「くれぐれも頼みましたよ。私は竜王様の元に戻ります」


 最後にそう告げるとヘスティアは翼を広げ飛び立つ。周囲の土や砂が舞い上がり突風で近くの建物が揺らぐ、宙に浮いたその姿は見る間に見えなくなっていった。

 ヘスティアが飛び立った後には静寂が訪れた。誰もがまだ身動きできずに余韻に浸っている。

 ヒューリも同じだ。何よりも竜王がこの国に滞在するかもしれないのだ。それは竜人ドラゴニュートから見れば、まるで夢のような話だった。


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