第60話 異世界

 正体を明かして得意げなウィンに対して、俺達は、ただ、呆然としていた。


「……反応が薄いな……我こそはアイゼンハイム。唯一の『究極完全回復魔法アルティメイト・ヒーリング』修得者だ」


「……えっと、アイゼンハイムっていうのは、ひょっとして受け継がれる称号みたいなものなのですか?」


 ユアンが、真面目にそう尋ねた。


「……やっぱり信じてもらえないか……威厳を込めてしゃべったつもりなんだけどなあ……」


 青年はそう言って、頭を掻いた後、言葉を続けた。


「正真正銘、僕がアイゼンハイムだよ。四十年前、ロンメル将軍の瀕死の大怪我を治癒したのも僕だ」


「……そんな……だって、歳が全然……」


 ミウは目を丸くしている。


「そうなんだ。今から六十年ぐらい前に、神を名乗る存在に『究極完全回復魔法アルティメイト・ヒーリング』の能力を与えられ、瀕死だった自分自身の体に使用して、その怪我を治した。それ以降、肉体の老化が止まってしまっているみたいなんだ……このことを知っているのは、神官長など、ごくわずかだけどね。その他の神官達には、アイゼンハイムは失踪してしまったということになっている。ほとんどの神官は、失踪前のアイゼンハイムに会ったことがなくて、顔を知らないんだ。君たちも他言無用だよ」


「……では、貴殿は本当に……」


 さすがのアクトも、驚きを隠せないようだった。

 指輪を何度も見て、嘘でないことも確認していた。


「信じてくれた? ならば、本物のアイゼンハイムに会わせてあげたんだ、こっちの義務は完了だ。次はそっちの番だよ。ソフィア姫の呪いをどうやって解いたのか、教えてもらおうか」


 その言葉を聞いて、アクトが呪怨の黒杖、解呪の白杖、そして神官長には話していなかった、アクトが王家の血を濃く引いていること、さらにはその探索に俺の能力である『究極縁結能力者アルティメイト・キュービッド』を使用したことまで、求められる質問には全て答えた。


 さらには、その冒険の旅でユナが猛毒を受け、瀕死の重体であること、それを黒杖で石にして進行を止めているということも。


「……なるほど、実に興味深い話だね。僕が『究極完全回復魔法』を使っても、ソフィア姫の呪いは解けなかったのに、その白杖を使えば解くことができた。逆に、毒に侵された女の子は杖の力じゃあどうしようもなくて、僕の『究極完全回復魔法』が必要ってわけか……万能の力って、存在しないものだねえ……」


 ウィンはしみじみとそう語る。


「……今の話では、貴方は、王女様に対して『究極完全回復魔法』を使用したので間違いないのですか?」


 治癒能力者ヒーラーのジル先生が、興味深そうに尋ねた。


「ああ、そうだよ。だから、彼女がもし怪我をしていれば、完治しているはずなんだ。でも、呪いを解く能力はないから、ずっと眠ったままだったけどね」


「では、半年待たないといけないというのは……」


「そう、王女様に使用してしまっていたからだよ……ただ、僕は『究極完全回復魔法』を使った、とは言わなかったから、誰もそれを知らなかったんだけどね」


 そう言われてしまうと、待つしかないことは分かってしまう。


「あ、でも、勘違いしないでほしい。僕は、その毒に侵された女の子に対して『究極完全回復魔法』を使うなんて言っていないからね」


「そんな……約束が違う!」


 俺はムキになってそう言ってしまった。


「約束? 僕はただ、アイゼンハイムに会わせる、って言っただけだよ。契約もそうだっただろう?」


 確かに、そう言われればそうだが、ここまで来てそれで終わりだと意味が無い。


「……では、改めて依頼したい。さっき話に出て来た、猛毒を受けた『ユナ』に対して、『究極完全回復魔法』を使用して頂きたい」


 アクトが交渉を再開する。


「……そうだなあ……じゃあ、さっき占いに出て来た女性……『クラーラ』っていう名前なんだけど、彼女と会わせてくれたら、使ってあげてもいいよ」


 それは、俺に取っては僥倖ぎょうこうだった。

 ウィン……本名、アイゼンハイムから伸びる『運命フォーチューンライン』が、俺には見えていたからだ。


 その事実を彼に伝え、俺達は新たな契約魔法を使った。

 それが、


「半年後にウィンはユナに対して『究極完全回復魔法』を使用する、その代わりに、俺は彼をクラーラの元に導く」というものだった。


---------


「……というわけで、ウィンが仲間になって、冒険を続けたっていうわけだ」


 俺は、すぐ隣に立つユナの手を握りながらそう話した。


「……そっか……本当に頑張ってくれたんだ……でも、ちょっと気になる事が出て来たんだけど……」


「うん?」


「……その、ひょっとして私も、歳を取らなくなってたり、する?」


「……ああ、多分な。あと、ソフィア姫もそうだと思う。よかったな」


「そ、そんな……ちょっと困るかも」


 ユナは少し慌てていた。


「まあ、多分そうだろうっていうだけなんだ。『究極完全回復魔法』を使われたのは、他にはロンメル将軍がいたけど、彼はその五年後に別の戦で戦死してしまったって言うことだし、クラーラにはまだ会えていないし……」


「えっ……まだなの? だって半年あったんでしょう? 彼女を捜す旅に出なかったの?」


「いや、すぐに旅立ったし、薄くではあるけど、『運命の糸』も見えていた。ただ、彼女はものすごく遠くにいるらしいんだ。覚えているか? ソフィア姫を助けるときも、アクトから伸びていた糸は、彼女にではなく、『解呪の白杖』に直結していた。それがアクトとソフィア姫が結ばれるためには必要なものだったからだ」


「うん、もちろん覚えてる……って、私にとってはそれ、今日の話なんだけど」


「……そういやそうだな……で、ウィンとクラーラは、結ばれるための条件が相当複雑で……糸に従って、今までいくつかの『封印』を解いたり、『鍵』を入手したりしたんだけど、まだまだ条件を揃えないといけないようなんだ……あまりに時間がかかってしまってるんで、半年過ぎたことだし、先にユナを助けようってことになったんだ。もちろん、契約はまだ残っているから、旅は続けないといけないけどね」


「糸が見えているのに、そんなに大変なんだ……彼女、一体どこにいるの?」


「まだ、推測でしかないんだけど、彼女……魔導剣士クラーラは、おそらく、我々と次元が平行する場所……わかりやすく言えば、『異世界』にいる」


 俺のその言葉に、ユナは目を見開いて驚いたのだった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る