第59話 正体

「それは凄い。ならば貴殿は、『究極完全回復魔法アルティメイト・ヒーリング』も使えるというのか?」


 アクトが問うた。


「いや……残念ながら、今の僕では使えませんよ。でも……そうだなあ、半年もあれば、使えるようになるかも」


「ほう、その根拠は?」


 アクトは、チラチラと指輪を見ながら話を進める。

 遠目から見た限りでは、指輪は光っていない。


「それだけ、僕が有能って事だよ」


「なるほど……しかし、我々はすぐにでも『究極完全回復魔法』を使って欲しいのだ。半年も待てない」


「……だったら、他を当たってもらうしかないね。どのみち、アイゼンハイム様が居たって、半年は使うことができないんだ……おっと、これは失言だったか」


 人を食ったような話し方をする青年だが、アクトの指輪が光らないところを見ると、嘘は言っていないようだった。


「……では、半年後であれば『究極完全回復魔法』、使ってもらえるのですか?」


 今まで黙って聞いていたミウが、切羽詰まった様子でそう問いかけてくれた。


「それは、アイゼンハイム様次第だ。でも、無理だと思うよ。あの人は、もはやお金や地位、名誉なんかでは動かないんだ。そしてそれが女性であっても、子供であっても、同情するような事もない。キリがないからね」


 確かに、アイゼンハイムが『究極完全回復魔法』を使えると知って、藁をもすがる思いでここを訪れる者は多いだろう。実際、俺達もそうだ。


 しかし、術者が生涯で数回しか使えないというのが、この大魔法のネックのようだ。よっぽどの理由がなければ使用できない、というのもまた頷ける話だ。


「そもそも、僕が話を聞くだけで特別対応なんだ。王女様の紹介状があったから、僕が対応せざるをえなくなった……まあ、呪われて眠っていた姫様を助けたっていうのに興味を持ったのもあるけどね。どうやって助けたのか、教えてもらってもいいかな?」


 相変わらず上から目線の青年だが、彼にせよアイゼンハイムにせよ、『究極完全回復魔法』の鍵を握っている以上、向こうの方が立場は強い。


 それに、ソフィア王女が呪いを受け眠っており、誰も助けられなかったところを俺達が解呪した、という事情も知っているようだ。まあ、どこまで紹介状に書いてあったのか、開封していない俺達には分からないのだが。


「……それでアイゼンハイム殿に会わせてもらえるなら、喜んで教えるが」


 アクトが揺さぶりをかける。


「……分かったよ。教えてくれたら、アイゼンハイム様に会わせてあげる」


 あっさりと、彼は言い放った。

 俺達はその言葉に驚いたが、アクトは冷静だ。


「ほう……いつ会わせてくれるのだ?」


「そうだなあ……なるべく早く」


「それでは、教えることはできないな」


 アクトはなるべくこちらが有利になるようにと交渉を進める。


「だったら話は終わりだよ……って言いたいところだけど、僕でも助けられなかったあの状態の姫様をどうやって救ったのか気になるなあ……」


 彼は真剣に悩み始めた。

 そしてどうやら、彼もソフィア王女の解呪に挑戦した一人であるらしいことも分かった。


「じゃあさ、もう一つぐらい、何かないかな。僕は興味本位で解呪の方法を知りたいだけだけど、君たちはどうしてもアイゼンハイム様に会いたい。だったら、条件として釣り合わないでしょ? 何かもう一つ、僕を満足させてくれたら、本当にすぐにでも会わせてあげるよ。ただし、秘密は守るって言う約束……いや、契約魔法は使わせてもらうけど」


「……ふむ、すぐに会わせてもらう事も契約のうちなのだな?」


「もちろん。ただし、さっきも言ったように僕が満足できたら、だよ?」


 ここでいう契約魔法とは、条件を確認して、それを必ず守ると約束して、互いに魔法を掛け合うことだ。


 いくつか種類は存在するが、今回使用するのは最も基本的な、秘密保守・及び依頼契約魔法であり、秘密保守に関してはそれを漏らそうとしても言葉に出ず、文章にも書けず、さらに契約内容を最優先で誠実に実行するよう強制力が働き、それを逸する行動ができなくなってしまう魔法だ。

 それは深層心理に刷り込まれ、両者合意の上で契約破棄するまで一生続く。


「……だったら、貴方にとって最高に幸せになれる結婚相手を見つけ出すっていうのはどうですか? 俺はそれを実践する能力を神に与えられています」


 俺は一歩前に進み出て、そう宣言した。


「……へえ、それは面白いや。いっとくけど、契約魔法を使ったら、嘘はつけなくなるよ?」


「もちろん。貴方も、『満足できなかった』なんて嘘はつけなくなりますよ」


 ウィンが若い男性だったので、ひょっとしたら乗ってくるかと賭けに出たのだが、予想以上に彼が食いついてきたのでラッキーだった。


 そして互いに契約魔法をかけ合って、そして俺は彼を占った。


「……まだ若い、二十歳ぐらいの女性が見える……」


「……へえ、二十歳!? これは面白いや……」


 ウィンがそう茶化してくるが、それは無視する。


「……これはどこだ? 見たこともない建物、部屋の中……形容するのが難しいけど、我々が住んでいるのとは全く異国の地に思える……彼女が着ている服も、なんて言うか、異国のものだ……」


「それだけ聞いても、さっぱりわからないね」


 彼は依然として疑っているようだ。


「……彼女は美しい顔立ちで、口元に小さなほくろがある。それに、右手首に、アザがある……」


「……口元にほくろ? 右手首にアザ!?」


 ウィンの反応が変わった。


「……ハンターライセンスを持っている……かなり年季が入っている、本人のものだろうか……ランクは上級……名前はぼやけていて見えないが、発行年は……六十年前になっている……」


「なん……だと!?」


 ウィンが、驚きの声を上げた。


「そ、その右手のアザは、どんな形だ!?」


「……掌側を上にしたならば、いわゆるハート型。やや細長い形状だ」


「……ばかな……あり得ない……」


 俺が目を開けると、ウィンは目を見開いて驚いていた。


「……それが事実なら……その女性は、僕と同じく、六十年以上歳を取っていないことになる……まさか、『究極完全回復魔法』を使った副作用か……」


 ウィンの言葉の意味が分からず、俺達はしばらく混乱していたが、彼は一旦深呼吸をした後、目をカッと見開き、内に秘めたる何かを解放した。

 その途端、彼から強烈な魔力、威圧感、オーラを感じて、俺達は思わず身構える程だった。


「……我が本名はアイゼンハイム。皆、騙してすまなかった。若者よ、おまえの占い、とても興味深いものだった。それだけで、名を明かすにふさわしい満足を得てしまった。まあ、契約通り、王女の解呪の方法も教えてもらうがな」


 唖然としている俺達に対して、彼はニヤリと笑みをこぼした――。

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