第33話 ミリアという名の少女

「ここは以前、兵士や騎士の訓練に使用されていた場所ですじゃ。しかし、宿舎の移動に伴い、もっと使いやすく、大きな訓練場ができたため、今はほとんど使われておりませぬ。ここでミリアの真の力を見て頂こうと思いましてな」


 デルモベート老公が、不敵な笑みを浮かべながらそう語った。


「真の力……では、やっぱりその娘、特別な力があるのですね?」


 俺は確認するように問いを投げかけた。


 最初、この娘を『究極縁結能力者アルティメイト・キュービッド』で見たときから、その特異性には気付いていた。

 ユナにミリアの印象を聞かれたとき、


「オーラが極端に、まるで小鳥ほどしか見えなかった……なのに、それが異常にまぶしかった。それに……そのオーラも、対流していない……つまり動いていなかった」


 と答えていた。


「それって、どういうこと?」


 と聞かれた俺は、


「わからない……まるで人工的な……人形か何かが、ほんの少し、けれど強力なオーラを纏っているような……本当によく分からない」


 としか答えようがなかったし、ユナも、釈然としない様子だった。


 俺の質問に答えたのは、イケメン青年のジフラールさんだった。


「その通りです。まずは見ていただいた方が早いですね……」


 彼はそう言うと、どこに隠し持っていたのか、剣術練習用の木剣を構えた。


「えっ……ちょ、ちょっと!」


 ユナが慌てて制止する。


「……貴方達は、この娘を見て、そして共に旅に出ると聞いて、足手まといのように思ったのではありませんか? もし、何らかのトラブル、争いに巻き込まれても守る事ができるかどうかわからないし、第一、自分達が進むペースにすらついてこられないのでは、と……しかし心配は無用です!」


 彼はそう言うと、ローブを着た魔導師とは思えない速度で、いきなりミリアを切りつけた。


「「「ああっ!」」」


 小さな悲鳴とも、驚きとも取れる声が重なった。


「「「……えっ?」」」


 その次に、今度は戸惑いの声が重なった。

 ミリアは、青年の攻撃をかわしていたのだ。


「……この娘は、この程度の物理的攻撃は、自動的に回避します。それも、予測機能を働かせて……」


 ジフラールはそう言うと、どこで学んだのか、まるで中級冒険者並の剣捌きでミリアに波状攻撃を仕掛けるが、ことごとく空を切る。

 少女は、まるで地面を滑るように、ほとんど体幹を動かさず、無表情のまま高速で移動し続ける。


「嘘でしょう……あの娘……浮いてる……」


 ユナは、信じられないものを見たような驚愕の表情だ。

 確かに……彼女、地面からほんの数センチだが、浮いていた。


「……はあぁっ!」


 ジフラールは鋭い二連突きを放った後、今度は木剣を投げつけた。

 後方に移動していたミリアだが、今回ばかりは避けられない!


 ――誰もがそう考えた次の瞬間、彼女はジフラールの背後に出現していた。


「今の……見えなかった……まさか、瞬間移動能力テレポート……」


 ユナは目を見開き、右手を口に当てて呆然としている。


「……そうです……この娘は……上級冒険者を……上回る……攻撃回避力を……無意識に発動……している。それだけでは……ありません……ミリア、あの人形に……火炎攻撃を」


 イケメン青年は、息を切らしながら彼女に指示を出した。


「了解」


 その娘はそれに素直に従うと、先程までと明らかにその印象を変えた。

 途端に溢れ出る、俺ですら鳥肌が立つほどの、強力な魔力。

 次の瞬間、彼女の体は宙に浮かんだ。


「……空中浮遊っ!」


 ユナが叫ぶ。


 ミリアは、初めてやや苦しそうな表情を浮かべて、三メルほどの空中に浮かんだまま両手を前に突き出し、強力な光を放った。


 それは、杭に結ばれた、藁で出来た人間サイズの人形に向かって真っ直ぐ高速で進み、命中した。

 次の瞬間、轟音と共に業火の渦が巻き起こった。


 直径五メル、高さ十メルにも成長した火炎の竜巻は、約十秒近くも燃え続け、後には、焼け焦げた地面に真っ黒なすすが残るのみであった。


 ……俺達は、全員呆然としていた。


 目の前の光景が、全く信じられない。

 というか、何が起こったのか理解できなかった。


「……これが、この娘の真の力です。才能有る人間が、何年、何十年という修行を積んで初めて使いこなせるはずの大魔法を、軽々と、まるで息を吐くように使いこなす……しかし、リスクもあります。疲れやすい……いや、正確には、身が持たない……」


 確かに、よく見ると地面に降り立ったミリアは、苦しそうにハアハアと荒い息をしている。

 ジフラールさんは、彼女の側に行き、魔法をかけた。

 一瞬、ミリアの体全体が、霜が付いたように白くなり、そしてすぐに元に戻った。


「……下級の氷結呪文……でも、人に使うなんて、あり得ないです……」


 同じ氷結系の魔術師であるミウが、小さく首を振りながらそう言った。

 しかし、このミリアに対してはこれが適切だったようで、先程まで荒かった息も整い、元の無表情な娘に戻っていた。


「これは、一体……この少女は、一体、何者なのですか!?」


 医師であるジル先生が、珍しく大きな声を上げた。

 その言葉には、わずかながら抗議の意志も感じられた。


 それに対し、青年は、少し悲しそうな表情で話し始めた。


「実は、この娘は馬車の事故により致命的な怪我を負い、助かるためにはある特別な処置を行う必要があった……本来であれば、人間に対して実施すべきではない、いわば禁呪なのですが……母親の最後の願いもあって、それを施した。彼女は世界でただ一人、『強大な魔核』を移植された……いわば『半人造人間』なのです」


 魔術師・ジフラールの、重く、恐ろしげな言葉に、一同、思わず息を飲んだ――。

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