第34話 侵食
「その『強大な魔核』は、数奇な運命を経て私の手元に至りました。詳しくはお話できませんが……『災厄級』以上の魔族のものと考えて頂いて結構です。通常ならば、直接見るだけで精神が錯乱しかねない、おぞましい魔界の遺物……幸か不幸か、私は『
……ジフラールさんには悪いが、さっぱり分からなかった。
「……えっと、よく分からないのですけど……直接見ても大丈夫なようになったっていうことですか?」
こういうとき、素直に質問できるユナがうらやましい。
「……まあ、そういうことです。無害化、とでも言いましょうか。しかし、それは単純に保管する場合の話です。この特殊な魔核の最大の特徴……それは、単独でも生きている、ということです」
「魔核が……生きている?」
ユナはきょとんとしている。
「そうです。だが、それ単体では何もできない……しかし、肉体を持つ『優秀な個体』に同化することができれば、確率は低いですが、共存することができる」
「……あの……もう少し、わかりやすく言ってもらえませんか?」
ユナは、ジフラールさんの説明に全くついて行けていないようだった。
よかった、彼が何を言っているのか分からないの、俺だけじゃなかった。
「……この魔核は、人体にとって、とてつもなく危険で、しかしその反面、使いこなせば非常に有用であるものと思われました。その実験の成否を確認するには、生きている人間に直接その魔核を埋め込む必要があった……失敗すれば、その人間は死んでしまう……それどころか、魔核に支配され、魔族として復活してしまう恐れすらあった。だから、使いようのない危険物として、永久に封印される予定でした。しかし……」
そこまで話して、ジフラールさんはデルモベート老公の方を見た。
「……儂が予言していたのですじゃ。目の前に瀕死の人間がいたならば、その魔核を移植して助けてやるがよい、とな……」
老魔術師は、青年の言葉に続けるように、そう説明した。
「……デルモベート先生の言葉は神の啓示……それであれば従うべきだと考え、それで気が楽になっていました。そしてその夜、馬車の横転事故を発見し、そこに瀕死の重体で倒れていたのは母と娘の二名だったのです……正確には父親もいましたが、既に死亡していました……私は二人に応急の治癒魔法をかけ、自分の馬車に乗せて、十分ほどでたどり着ける自分の研究所へと運んだのです……母親の方がより重篤な状態たっだので、魔核を移植することを考えましたが……彼女は、ずっとうわごとを言い続けていたのです……『神様、どうか娘の……ミリアの命をお救いください』と……」
ジフラールさんは淡々と語るが、これって相当、重い話だ。
ミリア本人の前でそれを話すということは……彼女も、すでに理解しているということだ。
「それで私は、その母親の意思を尊重し、ミリアに魔核を移植することにしました。『貴方の娘さんは、私が必ず助けます』と宣言すると、彼女は少しだけ笑顔を見せ、そして事切れました……」
……ミリアの母親、助からなかったんだな……。
「まだ十歳ぐらいのミリアに、この魔核の移植は過酷だと思いましたが……彼女の母親との約束もある。慎重に手術を施し、鶏の卵ほどの、超高濃度である
「……脳にまでも、ですか……」
ジル先生が、顔をしかめながらそう言った。
「そうです……しかし、脳まで侵食が辿り着いて、初めて、ミリアの体が瀕死の状態で有ることを、魔核は悟りました。本能的に、彼女の肉体に上級の回復魔法をかけ始めました。同化した以上、ミリアの命は、魔核の命でもあったからです」
「……ミリアが魔法を使えないのに、魔核が、単独で使ったと言うことですか……」
ジル先生が、信じられないといった表情で質問した。
「いえ……正確には、『魔核』が命令し、侵食した『脳』が魔核の記憶を頼りに魔法を使ったのです。魔核に残っていた魔力を利用して……」
「……では、彼女はもう、魔核の支配下にあるのですか?」
「いいえ……そこは、私の『
……相変わらず意味はよく分からないが、大変な状況であることだけはわかった。
「……しかし、それが奇跡的に絶妙のバランスをもたらした……ミリアは自我を失わず、それでいて魔核が覚えている全ての魔法を使うことができます。さらに、魔核と脳の半分の連携により、攻撃を回避したり、回復魔法を使ったりという高度な防御魔法を、フルオートで働かせることができるのです」
「……しかしそれでは……いや、だからこれほど表情の切り代わりが乏しいのですね……」
ジル先生が、ずばり指摘した。
「その通りです……ミリアには、命を助ける為に、禁呪に手を出さざるをえませんでした。そして強大な魔法を手に入れたが、その代償として感情の多くを失ったのです……しかし、完全になくしたわけではありません……なぜなら、ごく希に、この娘は笑顔を浮かべてくれるのです」
そう説明するジフラールさんの表情がわずかに緩むのを見て、ミリアは、実験体としてではなく、人として大事にされているんだな、と、少し安心した。
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