第2話 悪魔の二択
「……どういうこと?」
ユナが困惑の表情を浮かべる。
「……相手、分からなかったんだ。こんな事、初めてだけど……」
「そ、そんな……せっかく噂を聞きつけてここまで来たのに……」
「……ああ、それは本当に申し訳なく思っている。けど、初めてなんだ、依頼者の理想の相手が見えなかったのは」
「……それって、ひょっとして、凄く悪い事だったりしない?」
核心を突く質問だった。
「い、いや、単に俺の能力が低いか、調子が悪かっただけっていう可能性もあって……」
「またウソついた!」
彼女は一瞬視線を下に落とし、そして俺のウソを見抜いた。
「……なんでそう思うんだ?」
すると彼女は、左手を差し出し、その人差し指にはめられている指輪を見せてきた。
小さく透明な宝石が埋まっている。
「この指輪、相当価値のあるマジックアイテムで、相手のウソを見抜く事ができるの。赤く光って教えてくれるわ。まあ、嘘つきスキルの高い人には通用しないけど……」
そんなアイテム、あるんだ……あと、そんなスキル、あるんだ……。
「とにかく、本当の事を教えて! 私の人生、かかっているだから!」
彼女の瞳は、真剣だった。
「……いや、俺の口からは……」
「お願い、どんな悪い結果でも受け入れるから、教えてっ!」
ユナの真剣な表情と口調に、俺は折れた。
っていうか、これは本当に残酷だけど、ユナに教えておかなければならない情報だ。
「わかった……そこまで言うのならば、きちんと言っておく」
「うん」
ユナも、俺のただならぬ様子に、覚悟を決めたようだ。
「言いにくいけど……君は、誰と結婚しても幸せになれない。以上だ」
「……」
「……」
しばらく気まずい沈黙が続いた後――。
「な、なに、その結論っ! 嘘、嘘だわっ! ひどい、あんまりよ! インチキ、インチキよっ!」
立ち上がり、烈火の如く怒り狂う彼女。
十六歳の女の子には言い方がきつかったか……。
「さ、さっき、どんな結果も受け入れるって行ったじゃないか……」
「……それにしても、あんまりだわ……」
今度はさめざめと泣き出してしまう始末。
これは困った、とオロオロしていると……。
「……だいたい、あなたはどうなのよっ!」
「……どうって?」
「あなたは結婚しているの?」
「いや、俺は結婚してないよ」
「どうして? 理想の相手が分かるんでしょう?」
「いや、俺は俺自身に対してはこの能力、使えない」
「……ほら、やっぱりインチキじゃないっ!」
そんな事言われても、使えないものはしょうがない。
自称『神』からも、そのことについては説明を受けていた。
あ、そういえばもう一つ、言われていたことがある。
「そうだ! 思い出した、君の『最高の結婚相手』が見えないパターン、もう一つあったんだ!」
と、明るく話す俺を見て、彼女はぱっと泣き止んだ。
「本当!? うん、指輪も光ってないし、本当よねっ! 何、何!?」
「気休めにしかならないと思うけど、その相手が『俺』の場合だよ。これは間接的に自分のことになるから、俺には見えないんだ」
「……」
「……」
またちょっと沈黙が続いた後、ユナはさっきよりも赤くなって、両手で机を叩いた。
「なっ……なんで私が、今日会ったばかりのあなたと結婚しないといけないのよっ!」
「えっ? ……あ、いや、そういうつもりじゃなくて……あれ? でも、いつかそうなるのかな?」
「……だめよ、そんなの! そうだっていう確証、ないんでしょう!」
「まあ、その通りだよ。でも、違うとなると、君はやっぱり誰と結婚しても不幸になるわけで……」
「何よ、その悪魔的な二択っ!」
彼女が怒るのも無理はない。俺も動揺しているせいか、なんか自分がムチャクチャ言っているような気がしてきた。
「……私が三つ目の案を教えてあげる。あなたの占いなんか、アテにならないし、信用もしない。だってインチキだから。はい、これで解決、話はおしまい! 大体、占えないって言われた時点でそういう判断すべきだったのよ! あーあ、貴重な時間、損しちゃった。じゃあ、もう用はないから、もう私、帰る!」
顔を赤くして頬をふくらませ、ぷい、とそっぽを向いて、そのまま勢いよくドアを開けて出て行ってしまった。
……うーん、かなり可哀想な事をしてしまった。
さすがに、衝撃的な占い結果だったか……。
なまじ可愛い少女だっただけに、余計に罪悪感を感じてしまった。
ふと、占い台の上を見ると、彼女は銀貨を持って帰っていなかった。
……ものすごく受け取りづらいお金だ。
どうしようか、と悩んでいると、また急にドアが開いて、ユナが入ってきた。
「……ああ、君か。よかった、一万ウェン返そうと……」
「私、いいこと思いついたの! 今から、私の事、ほんの少しだけあなたの助手っていうことにして!」
「……へっ? どういうこと?」
「今、ここのお客らしい人が来てるの、見えたの! で、あなたの占いが本当に凄いのか、インチキなのか、この目で見たいって思って」
いまいち、何の事を話しているのか、要領を得ない。
「ほら、お客さん、来るわよ。しゃきっと立って!」
なんかよく分からないが、とりあえず客が来るならきちんとしなければならない。
数秒後、彼女の言葉通り、扉が開いて、三十歳手前ぐらいの、小綺麗な紳士っぽい人が入ってきた。
俺はいつも通り、
「『タクヤ結婚相談所』に、ようこそ!」
と、お辞儀をした。
すると、隣のユナが、
「いらっしゃいませ。こちらが当館のマスター『タクヤ』、そして私が助手のユナです」
彼女の取って付けたような挨拶で、俺は悟った。
確かに助手ならば、堂々と他の客に対する占いをのぞき見ることができる。
ユナは、本当に俺の占いが、他の客に対しては完璧なのか確認するつもりなのだ。
「これはこれは、ご丁寧にありがとうございます。私、ジルという者です。こちらのお店では、最高の結婚相手を正確に教えていただけるということで、大変興味を持ちまして、お伺いさせていただいた次第です」
うーん、流れるように丁寧な台詞。やっぱり大人の紳士だ。
そして、この日のユナとの出会いと、ジルと名乗るこの男性の登場が、俺を奇妙な冒険の旅へと導くきっかけになるのだった。
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