異世界結婚相談所

エール

第一章 導かれし恋人達

第1話 究極縁結能力者(アルティメイト・キュービッド)

一人暮らしのしがない樵(きこり)だった俺は、密猟者達に襲われていた、『神の化身』とも呼ばれる希有な白い子鹿を助けようと、彼等の前に立ちふさがった。


 結果、子鹿を逃がす事には成功したが、密猟者の放った毒矢によって瀕死の重症を負った。

 その事を不憫に思った自称・神が、自分の使いである白い子鹿を救ってくれたことに感謝の意を示し、俺の体を復元してくれた。

 その際、一つだけ特別な能力を与えてくれるというではないか。


 俺は、強大な魔力も、凄まじい剣の腕も望まなかった。

 争いに巻き込まれて命を落としかけた俺は、『他人を幸福にする』能力を望んだのだ。

 いろんな人と出会い、彼・彼女らを幸せに導きながら生きていればそれでいい、と。

 その事に、神は感銘を受けたらしく、俺に『とっておきの能力』を授けてくれた。


 最高に幸せになれる結婚相手を見つけ出す能力。

究極縁結能力者アルティメイト・キュービッド』、ちょっと名前を言うのは恥ずかしい能力だ。


 神の最後のアドバイスは


・今後は手助けはできない

・能力あげてるのだから有効活用して頑張れ

・後は自力で何とかしろ


 という完全放置プレイだった。


 幸い、山奥で育ったとはいえ、読み書きぐらいはできた。

 その後、せっかくもらった能力を活かそうと、なんだかんだ頑張って人脈を作り、近くの港街(サウスバブルという名前、人口約三万人)に、仮店舗ながら自分の店を出すまでになった。


 その屋号は、『タクヤ結婚相談所』。ちなみに、『タクヤ』は俺の名前だ。

 結婚相談所と言っても、実態は『占いの館』に近い。

 お金をもらって、相談者の理想の相手が、どこに住んでいて、どんな容姿をしているかを告げるのだ。

 もちろん、それだけなら怪しまれるし、信じてもらえないので、


「もし外れたら、全額返金します!」


 と看板を出しておいた。

 すると、「まあ気休めにでも」、と占いに来る人がちょくちょく現れて、それが良く当たって、理想のパートナーが見つけられると話題になり……オープンから二ヶ月、すでに百人以上を占い、そして返金率ゼロという、まさにパーフェクトな記録を更新中なのだ。


 いつしか、俺の店は、「奇跡の結婚相談所」と噂されるようになった。 


 もうすでに、生活に困ることはないぐらいには稼げるようになっている。

 このまま相談者に感謝されながら、ゆるゆると生きていくのもいいかな、と思い始めていた。

 今思えば、ちょっと調子に乗っていたのかもしれない。


 この日も、「さあ、今日も迷える子羊を救ってあげよう」と、張り切って店をオープンさせた。

 すると、さっそくドアを開ける音が聞こえた。

 俺はすっと立ち上がり、慣れた仕草で


「『タクヤ結婚相談所』に、ようこそ!」


 と、お辞儀をした。

 そして顔をあげ、そこに立っていた人物を見て……ちょっと唖然としてしまった。


 小柄な体型に、さらに小柄な顔がちょこんと乗っている。

 背中まで伸びる、栗色の髪と、同色のぱっちりとした瞳。

 鼻や口のパーツも小さく、しかしはっきりとしている。

 やや日焼けしているが、元々は白色と思われる、透き通るように綺麗な肌。

 一言で表現するならば、ぶっちゃけ相当な美少女だ。


 年齢で言えば、まだ十代中頃だろうか。

 だからこそ、その来客は奇異に思えた。

 なぜなら、この店、『結婚相談所』なのだから。


 しかもこの娘、丈夫そうな服装に短いマント、腰に剣という、いわゆる『旅人の服装』をしている。

 これって、実は今この街で、子供達の間で流行っている『冒険者ごっこ』の格好だ。

 十代中頃でこのコスチュームプレイなのだとすると、ちょっとイタい。

 それとも、見た目より若いのだろうか?


「えっと……お嬢さん……一人? いや、そんなわけないか……お姉さんかお兄さん、いるのかな?」


「なんの事? 私一人だけだけど?」


 それを聞いて、まだ世間知らずな夢見る女の子なんだな、と、俺は直感した。


「えっと、あの……ここ、結婚相談所だけど……」


「知ってるわよ。理想の結婚相手がどんな人で、どこに住んでいるのか占ってくれるんでしょう? すごく良く当たるんですってね」


 目を輝かせてそう語りかけてくる少女。


「あ、ああ……そうだけど……君、年はいくつ?」


「私? 十六歳になったばかりよ」


 最初の印象よりは、ちょっと大人だ。しかし……。


「……えっと、ひょっとして、その歳で結婚相手を占ってもらいに来たの?」


「うん、もちろん。だってもう結婚出来る歳でしょ?」


 確かに、この国の法律では、女性は十六歳になれば結婚出来る。

 しかし、法律上そうだとしてもそんなことは滅多に無く……実際は二十歳での結婚でも、相当早いと言われるのが実情だ。


「……結婚って、もうそんなの考えているの?」


「……まあ、実際に結婚するのはずっと先でしょうけど、今のうちから相手がどんな人なのか知っておいて損はないかな、って思ってて」


 ……なるほど、そういうことか。本気で結婚相談に来たわけではなく、単なる占いとしか思っていないんだ。

 だったら、まあ、このぐらいの歳の娘であれば興味を持ってもおかしくはない。


「それで……えっと、占いの先生はどこにいるの?」


 俺を初めて見た客の、この反応には慣れている。


「俺だよ。俺がこの店の店主、タクヤだ」


「……えっ……うそ……あなた、何歳なの?」


「十八歳だよ。こう見えても、自分の能力には自信あるから」


「そ、そうなのね……まあ、当たるのならいいんだけど……」


 少女は、ちょっと不満そうだ。

 一応、俺は黒ずくめの格好で怪しい雰囲気を醸しだし、最大限大人っぽく見せているつもりなのだが、童顔であることも災いして、頼りなく見られてしまうらしい。


「それで、そこの看板に書いている通り、外れたらお金返してくれるって、本当なの?」


「ああ、それも本当。けど、俺が占った相手を言われたとおり探し出して、話しかけてみれば、たいていの人は『この人が運命の人だ!』って直感してくれるらしい。中には、しばらく様子見の人もいるけど、会ってすぐに『この人は違う』ってなったことはないみたいだね。つまり、今まで外れたことはない」


「……すっごーい! 噂通り、パーフェクトなんだ!」


 ますます目を輝かせる少女。うん、なかなか可愛い反応だ。


「えっと、それで、私、どうすればいいの?」


「ああ、占うんだったな。じゃあ、まず、名前と年齢……は十六歳だったね。じゃあ、あと、職業、教えてくれる?」


「ええ。名前は『ユナ』、職業は『冒険者』よ」


「……冒険者? ごっこじゃなくて?」


「ごっこ? まさか。ちゃんと冒険者ギルドにも登録してるわよ」


 ……やばい、ちょっと機嫌を損ねたか。


「い、いや、君みたいな可愛い子が、まさか冒険者だとは思わなかったから……」


「そ、そう? まあ、確かに、意外だとはよく言われるけど……」


 ……ふう、可愛いって褒められて、機嫌が直ったみたいだ。

 それにしても、こんな女の子でも冒険者登録って出来るんだ……。


「じゃあ、事前にシステムを言っておくよ。今から、君がこの世で一番幸せになれる結婚相手を占う。俺の頭の中にイメージとして浮かび上がってくるから、それを告げることになる」


 ユナと名乗った少女は、ふんふん、と真剣に聞いている。


「それで、相手の大体の容姿や年齢、どんなところに住んでいるかが分かるから、それを手掛かりに探してもらう事になる」


「……え? ……相手の名前とか、分からないの?」


「ああ、それはこの遠距離での『占い』では分からないんだ」


「……そんな……それじゃ不完全じゃない」


 彼女は不満そう。まあ、これも慣れた反応だ。


「いや、心あたりのある人は、それだけで分かる場合も多いけどね。で、やっぱり分からないっていうことになったら、俺がその相手の人のところまで同行していって、直接出会わせてあげる」


「……それって、すごいじゃない! そんな事できるの?」


「ああ。俺には二人を結ぶ『運命フォーチューンライン』が見えるからね。でも、そうなるとその間、店を閉めなきゃならないから、別料金になる」


「……なるほど、商売上手ね」


「必要経費だよ。でも、その方が確実だから。具体的には、相手を占うだけなら一万ウェン、同行するなら、往復の日数×三万ウェンだよ」


「……結構かかるのね……」


「俺の宿泊代込み、だからね」


 その回答に、


「運命の相手に確実に会えるんだったら……まあ、仕方無いね」


 と頷いた。


 ちなみに、一万ウェンといえば、肉体労働者の一日の日給に相当する。

 ちょっと占い一回に支払う金額としては高いかもしれないが、最高の結婚相手を見つけ出すこの能力、あまり安売りしたくない。

 その分、相談には誠実に対応しているつもりだ。


 とりあえず、相手がどんな人なのかまずは占ってみよう、ということで、彼女は銀貨一枚(一万ウェン)を差し出した。

 これがこの店における定番の流れだ。

 そして俺は椅子に座り、テーブル上の水晶玉に手をかざし、それにそっと触れ、そして目を閉じた。


「……水晶玉使うのに、目を閉じるの?」


「ああ、水晶玉からイメージが、直接俺の意識に流れ込んでくるんだ……」


「……今、ウソついたでしょ?」


「……」


 ユナにずばり指摘され、そこは華麗にスルーした。


 実は水晶玉は、単なる雰囲気作りでしかない。頭の中に映像化はされるが、それは俺の『能力』によるものだ。


「……」


「……」


 しばらく沈黙が続く。


 ――正直、俺は焦っていた。

 この娘はすごく難しい……っていうか、映像が浮かんでこなかった。

 俺はゆっくりと目を開け、不安と、期待の入り交じった表情の彼女を見た。


 そして、


「ごめん……」


 と謝って、銀貨を彼女の方に差し戻した。

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