第3話 魔導剣士

 臨時の助手を宣言したユナに、俺は困惑したものの、真剣に相談しに来たと思われるこの男性にあたふたした姿を見せるわけにはいかない。


「この助手のユナはまだ見習いですが、俺と同様、秘密は絶対に守ります。ですので安心してご相談くださいね」


 と笑顔で語りかける。

 これにはユナに対する注意も含んでいるのだが、ジルさんも


「はい、分かりました」


 と、笑顔で返してくれる。

 とはいえ……なんとなく、苦笑いっぽい。


 そりゃ、そうか……だって、結婚相談に来たのに、十八歳と十六歳の男女がその相談相手なのだから。

 まあ、最初っから全面信頼されないのは俺一人の時だって同じだ。

 これまで同様、占いの結果で信用してもらうしかない。


 ジルさんにシステムを説明し、年齢と職業を聞く。

 すると、歳は二十九歳で、なんと医者だという。

 この国の医者も免許制で、最難関と言われる試験を通らないとなれない。

 人数も少ないので、大抵お金持ちだ。

 三十歳を目前にして、漠然と結婚を意識するようになったと言い、意中の相手がいるわけではないとの事だった。


 身長は百七十センチ程度、つまり俺と同じぐらいだが、がっしりとした体型。

 顔は、まあまあイケメン。

 それで医者なんだから、モテないはずはない。

 想像だが、候補はたくさんいるのだが、本当に誰と結婚すれば幸せになれるのか、絞り切れていないというところだろうか。


 ふと、気になってユナの方を見てみるが……さっきの、自分が占われる前の目の輝きはない。

 さすがに歳が離れているので、彼女にとっては恋愛対象にはならないようだ。


 早速占いを開始。

 水晶玉に手をかざし、目を瞑る。


 恐らく、ジルさんもユナと同じように、「水晶玉使うのに目を閉じるのか」という疑問を持ったに違いないが、大人な彼は何も言ってこない。

 そして浮かんできた映像を、俺は口に出した。


「山奥の村……といっても、そんなに小さくはない。賑やかな通りがあって、そこで買い物をしている娘……歳は二十代前半ぐらい。濃い茶色の髪で、綺麗な顔立ち。素朴そうな印象を受ける……朝の市場で買い物を終えた後、自分の家に戻って食事の支度をしている。作っている分量からすると、一人分……たぶん、一人暮らし。彼女はほとんど村から出ることはないようだ……村の入り口近くまで行く事はあるようだが、そこで警備兵に笑顔で挨拶して、そのまま引き返してくる。……そのあたりに、看板が見える。『アーテムの村へようこそ』と書いてある……」


 そこでふっと、イメージが消えた。


「……以上が、俺が見た結果です」


 目を開き、呟くようにそう言った。

 すると、ジルさんは、ほうっ、っと息をはいた。


「……いや、占っている時のタクヤさんは神秘的というか……思わず見入り、そして聞き入ってしまいました。息が詰まるような思いでした……」


 と、率直な感想をくれた。

 この手の反応、結構多い。自分では分からないが、そういう雰囲気らしい。

 隣に立つユナも、ちょっと驚いていた。


「……それでは、本題に入りますが……『アーテム』という村の名に、心あたりはありますか?」


「ええ、それはもちろん。ここから馬車で半日ほどの距離ですが……ご存じないですか?」


「いえ、最近ここに引っ越してきたもので……それで、その村に、先程言ったような特徴の、心あたりのある女性はいますか?」


「うーん……あの村には、一年に数回、定期診療で訪れるのですが、多いときは一日数十人の患者さんと会います。若い人が患者さんであることは少ないのですが、付き添いで来られている方もいますので、特定はできないですね……」


「なるほど……それに、『まだ会ったことのない女性』である可能性もありますからね」


「えっ? そうなんですか?」


「はい。俺の占いの中に出てくるのは、『全ての異性の中で、結婚すると双方とも最高に幸せになれる』パートナーですから」


 そう断言する俺に、ジルさんは深く頷いた。


「……ねえ、どうして料理の分量だけで、一人暮らしだと思ったの? たまたまその時に自分の分だけ作ってた、ってことはないの?」


 ユナが余計な質問をしてくる。


「俺が、そう思ったからだよ」


「……どういう意味?」


「俺の頭の中に浮かんでくるイメージには、余計な情報は含まれておらず、相手を特定するための手掛かりだけが存在するんだ。だから、朝、市場で買い物をしているっていう情報も有効で、たぶん毎日の習慣になっているんだろうな。だからそこで待っていれば、会えるっていうことになる」


「……すごーい」


 ユナは目を丸くして驚いている。

 さっきまでさんざんインチキだと言っていたくせに。


「……なるほど、よく分かりました。ですが……あの村の朝市は有名で、規模も大きい。さっき言われたような女性とも、おそらく会えるのでしょうが、見かけただけでは特定は困難だと思います。もし間違えてしまうと、相手の女性にも失礼ですし……ですので、可能なのであれば……」


「……同行しての特定、ですね」


 俺が口に出すと、ジルさんはまた大きく頷いた。


「一日あたり、三万ウェン必要となります。行きと帰りの分がかかりますので六万ウェン、追加となりますが、構いませんか?」


「もちろん。それで生涯の最良のパートナーが見つかるのであれば、安いものです」


 彼はもう、俺の事を信用しているようだ。

 外れたら全額返金、という俺の自信も、役立っているのだろう。


「それで、いつ出発にしましょうか」


「それなんですが……実は、私の診療所、医者が二人しかおりませんで、今回、あまり長い休暇はもらっていないのです。できれば、早いほうがいいのですが……」


「……でしたら、今日出発でいかがですか? 私の方も、今日と明日は、占いの予約は入っていませんので」


「そうですか、それは助かります……馬車はすぐに手配できます。あと、冒険者ギルドで護衛を雇わなければなりませんが……」


「護衛? 道中、危険なのですか?」


「ええ……最近、どういうわけかあの辺りに、灰色熊が出没するらしいんです。万一の時のために、中級以上のハンターを雇っておいた方がよろしいかと」


 うーん、結構怖い道のりなんだな……。


「……でしたら、問題ありません。私もハンターですから」


 隣でずっと話を聞いていたユナが、声を弾ませた。


「……いや、確かに君も冒険者ギルドに登録しているかもしれないが、灰色熊は結構危険だ。初心者じゃあ心許ない……」


 と、俺の話が終わらないうちに、彼女はおもむろに一枚のカードを取りだし、見せつけた。


「ユナ・ロックウェル、ランク……星三つ!?」


 俺は思わず声を上げてしまった。

 続いて見せられたジルさんも、驚きの表情を浮かべている。


 冒険者ギルドにおけるランクの星は、その者の実力を簡易的に現している。

 星一つが初心者、星二つが中級者、星三つが上級者に相当する。

 最上位の星七つともなると、国の命運を左右する、と言われるほどの勇者となるらしい。

 そこまで行かずとも、星三つでも十分にすごい。通常ならば、五年以上かけて実績を作り上げ、ようやく才能ある少数の者が到達できる領域だ。


 それをこの歳で成し遂げると言うことは、幼い年齢から冒険者業に従事しているか、あるいはよっぽど突出した特別な才能を持っているかのどちらかだ。


 俺達の疑問を理解したのか、ユナは、両手を肩幅ぐらいに広げて差し出し、何か呪文の様な言葉を口にした。

 すると、その両掌の間に、バチバチと、複数の小さな雷が発生しているではないか。


「……魔導剣士ユナ・ロックウェル……こう見えても、その筋ではちょっと名前が知られているんですよ」


 イタズラっぽくにこっと笑う。


 小規模とはいえ、幻想的な魔術を披露する、栗色の髪と瞳の美少女。

 俺は、そのシュールな光景に、トクンと鼓動が高まるのを感じた――。

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