第4話 量子魔法

 ノース・サイドの巨大団地棟は基本的に同じ造りをしている。高さでいえば三分の一に当たる下層部には南北の端にそれぞれ螺旋状のスロープがあり、これはトラックの移動用のものである。北側から入り、南側から出ていく。団地下層部の各フロアには中央を突っ切るように車道が走り、物資の運搬がしやすくなっている。

 団地の各階は中央の通路を挟んで東側と西側に別れる。中層以上の居住区も同様である。これは高度経済成長期に急激な人口増に対応するために採用された、ツインコリダーという団地の構造を発展させた形状だ。

 床面積が広く、天井も高くなっている下層部は工場、倉庫、店舗といった商工業施設に使われているが、学校や病院といった公共施設も入っている。この下層のテナント使用料は、他の行政区でオフィスや工場を借りるよりもずっと安くなっていた。低所得者向けのエリアであるために、優遇措置が取られているのだ。そしてエリア内に住む低所得者を雇用するとそれなりの補助金を手にすることもできる。

 もっともその優遇措置を受けるためには、それなりの代償が必要でもあるのだが。


 均質すぎて却って迷ってしまいそうな広大な団地街の中、大地は難なく目的地へと到着する。

「大丈夫だって。ゼンゼン……いや、ホントは緊張してる」

 赤羽大地あかばだいちは不安そうに洩していた。

「でも、会社には茜姉あかねぇがいるし、それに茜姉ぇ、言ってた。学校みたいにイジメッ子なんていないって。みんな大人だって」

 自分に言い聞かせるように、声を張ってみせる。

 こうして話をしていると、大地は明るい普通の少年にしか見えなかった。

 十代の少年らしい率直な物言いと、コロコロと変わる表情。

 学校はもちろんのこと、ハウスで一緒だった茜にも舞にも見せることのない素の態度だ。

「……あ、ああ。ありがとな。心配して付いてきてくれて。でも、平気だから」

 大地は元気に手を振りながら、早歩きになっていた。

「じゃあ、またな!」


 株式会社クリーン・スイープ。

 今日から大地が勤務する会社だ。登記上の業務はリサイクル業。資源ゴミを集めて解体し、使えるものとそうでないものを仕分ける。リユースやリサイクルできるものは売却し、使えない物は法に則った手順で廃棄するという仕事で、出来高に応じて自治体からの報酬も入る。

 設立して五年も経っていない新興企業だが、業績はきれいな右肩上がり。期待の新興企業だ。

 ゴツい業務用エレベーターで十階まで上がり、会社の入り口に入る。

 受付にあるのは一台の固定電話だけ。

「えっと……」そこでどうすればいいのか迷ってしまう大地。

 茜が一緒に来てくれると当てにしていたのだが、その茜は急用ができたらしく、大地を置いて先に出社してしまっていた。

「確か、人事だったっけ?」

 不安そうな独り言を洩らす。面接の時に一回来ているのだが、その時も茜任せでよく憶えていないのだった。

 オドオドと周囲を見回す。気弱な大地は見ず知らずの先輩社員に話しかけることなど、できはしない。

「よう、どうした?」そこで気さくな声が大地にかけられてきた。

「あ、その(……に、逃げたい!)」

 見知らぬ人間に話しかけられ、大地は戸惑い、逃げ出したいという衝動に駆られてしまう。

 恐る恐る眼を向けると、そこにいるのはいかにも元ヤンという出で立ちの少年。

 銀色の短髪に高い背丈。顔が細いせいで痩せている印象を与えるが、無駄のない筋肉をまとう細マッチョ体型。前をはだけた作業服の内側は大きく「油圧」とプリントされたTシャツ。

 顎先にはわざと伸ばしている無精ひげ。

 やたら尖った眉と鋭い眼光がムダに周囲を威圧している。

 どう見ても狂犬――極悪非道なヤンキーという風貌だ。

 しかし少年は大地と眼を合わせると、途端に人懐こい笑顔を浮かべる。

「もしかして、新入りか?」

 好奇心丸出しという視線で大地を観察してくる。

「は、はい……」

「ふうん」

 ジロジロと大地を見回してから少年は意地悪そうに口端を吊り上げる。

「若いな。もしかして、中卒?」

 大地は答えにくそうに頷く。

 すると少年はこれ以上なく感じのいい、ニカッとした笑みを浮かべるのだった。

「そうか。オレと同じか」言いながら大地の背中をドンと叩く。「よろしくな、後輩くん!」

 予想外の反応に大地は驚きつつも、茜の言葉を思い出す。会社の先輩には礼儀正しくしなければならない。

「よ、よ、よ、よろしく……お願い、しま……、ます」

 言えた! 

 初対面の人間になんとか挨拶ができて大地はほっと息をついた。

「おう、よろしくな」今度は笑いながら大地の肩に手を置く。「オレは桐丘郷きりおかごう。困ったことがあれば、なんでも訊いてくれ! 金と女のことはカラキシだけど、他のことは任せてくれッ!」

「は、はあ」

「おいッ そこは笑うとこだぜ?」

 いきなり何を言いたいのか理解することはできなかったが、悪い感じはまるでなかった。

「それにしても、その髪、派手だなあ」郷は大地の真っ赤な髪を見て笑う。「どう染めてんだ?」

 地毛ですからという控えめな返事に耳を貸さず、郷は豪快な笑い声を上げた。

「オレも今度、そんな色にしてみっかな」

 郷は大地にとって初めてのタイプだった。

 どうみても凶悪なヤンキーそのものだが、それでいてやたらフレンドリー。

 それは大地にとって珍しい形の出会いでもあった。

 これまでの人生では、見知らぬ場所で自分を迎えるのは嫌悪か敵意。或いはその両方だったのだから。

「中卒同士、仲良くしようぜ」郷は親指を突き立てる。「あと、人事ならここ、まっすぐ進んだとこだぜ」

「は、はい。……ありがとう、ござい……ございます」

「じゃ、がんばれよ」

 郷は踵を返し、背中を向けたまま右手を挙げて、再び親指を突き立てた。

 大地の顔がついほころんでしまう。

 会社という未知の場所に来て不安一杯だった心の中に、明るい陽射しが差し込んできた。

「(……学校とは違うんだ……。茜姉ぇの、言う通りなんだな)」

 大地は桐丘郷という少年の名を心に刻み、銀髪、細マッチョ体型と結びつけることにした。

 こうしておけば、顔は分からなくてもあの先輩だと識別することはできる。

 それに「油圧」と書いてあるTシャツを着てくれていれば間違えることはないはず。

 少し軽い足取りで、大地は言われた通り人事の部屋へと向かっていった。

 

 人事に行った大地は、そこでいきなり社長室へ行くように言われていた。

 指示された通り社内を進んでいくと、社長室の近くで内装の様子がガラリと変わっていった。

 無味乾燥、無駄のない安普請な内装だったのが、ある一画を境にして急にゴージャスになっていたのだ。

 ふかふかのカーペットが足許に絡みついてくるような抵抗を与えてくる。

 立派な額縁に飾られた絵画が一定間隔で配置されている廊下の壁。

 左右に見える扉はいかにも重厚そうな木材でできていて、ドアノブも見たことのない立派な形状をしている。

 どこか慣れない雰囲気に、大地は緊張してつい歩幅が狭くなってしまう。

「あ、大地」

 背後からかけられてきたのはよく知る、低いハスキーボイス。

「茜姉ぇ!」思わず笑みがこぼれる。

 作業服姿の豊島茜とよしまあかねがほっとした顔をして近寄ってきた。

「ちゃんと着いたみたいね」

 無意識のうちに差し出されていた大地の右手を、茜は優しく受け取った。

 大地が引っ張られていったのは通路の奥にある社長室。

 そこで待っていたのは社長の霞治郎かすみじろうという男だった。

「やあ! ようこそわがクリーン・スイープへ」

 株式会社クリーン・スイープ代表取締役社長の霞治郎は応接のソファに腰を下ろしてからわざとらしく脚を組む。そして一呼吸おいてから大地と茜に腰掛けるよう促した。

 年齢は二十代の半ばといったところか。

 ピンクと白の太いストライプという奇抜な細身のスーツに、目も醒めるようなライムグリーンと白の水玉ネクタイ。同じ柄のスカーフを左胸に差し込んでいる。

 背は高く、やたら細い。

 遊び人という風情で、とても従業員数が百を超える会社の代表には見えない。

 しかも自分で起業したなど信じられないくらい、軽い雰囲気を持つ男だった。

 大地は面接の時に一度は会っているはずなのだが、顔を憶えることはできなかった。代わりに、そのやたら細長い指は奇妙なまでに印象に残っている。

「よろしく……お願いし……ます」

 社長はウンウンと頷きながら役者のように完璧な笑みを返す。

 口の両端が上を向き、どう見ても笑顔なのだが、眼の底は何故か笑っていない気がした。

 大地の視覚は社長の瞳の奥に引きつけられて離れない。

「失礼します」

 遠慮がちに響いてきたのは若い女の声。

 いかにも昔風のOLといった制服姿の秘書だった。

 左足首に巻いた包帯が痛々しい。

 歩くのが大変なのか、微かに苦痛の声を上げながら、テーブルにコーヒーカップを置いていく。

「どうぞ」

 置かれたカップは社長用の一客のみ。

 社長は一瞬だけ、それまでと違う種類の笑みを浮かべるが、すぐに元の表情に戻す。秘書には眼も向けない。

 大地は心の中で奇妙な感覚に浸っていた。

 一度相手を認識してしまうと、今度は逆に細かいところまで見えてしまう。

 顔のない人間が、やたら表情豊かな存在と化して、勝手に、雄弁に語り始めてしまうのだ。

 そうなったらそうなったで、制御が利かなくなる。見たくもない部分まで眼につくのだ。

 社長の内側から発せられる不快感を、大地は感じ取っていた。

「ゴホン」

 社長はわざとらしい咳払いを一つ。すると秘書は「失礼しました」と小声で言い残してから、足を引き摺っていく。

 大地が困ったように周囲を見回すと、今度は茜の不機嫌そうな眼。

 きっと、あの秘書の人が嫌われているせいなんだろうな。そう思ってから、秘書のことは頭の外に追いやる。

「ずっとキミを待ってたンだよ、えっと……」

「赤羽大地です」

 言い淀む社長に対して、茜が大地の名前を告げる。

「あ、そうそう。赤羽大地くん!」

 社長は急に立ち上がると、大地の背後に回って両肩に手を置いた。

「今日からボクたちはファミリーだ。ファミリー!  楽しみも苦しみも共に分かち合う、大切な存在なンだヨ」

 予想外の歓迎に大地はむしろ戸惑ってしまう。

 社長は大地の耳元で囁いた。

「ボクたちの力で、この社会の不条理を駆逐していこうじゃナイか」

「は、はい」

 中卒の自分に社長が直々に話しかけてくる。世間知らずな大地でも期待の大きさが伝わる。

 だが、それ以上に肩に置かれた掌の感触をどう判断していいのか分からなかった。

 先ほどの先輩とはまるで違うのだ。

 言いようのない、違和感が両方の肩から全身に拡がっていく。

「は、はい……。こ、これから、これから……頑張りま……」

「というわけで、」大地の言葉をあっさりと遮ると、社長はニッと笑った。「早速だけど、最初のお仕事だヨ」

「は、はあ」

「茜クンも一緒に来てくれたまえ」

「あの、社長? ウチこれから急ぎの仕事が……」

「来てくれると嬉しいンだケド?」

 口調こそ穏やかだが、その眼が放つ雰囲気は反論を許さない。

 この会社の社長は、社長だけあって相当に押しが強いようだった。


 茜に伴われて大地が通されたのは団地内の中央通路を隔てた反対側の区画だった。

 標識は何もなく、一見するとクリーン・スイープの事務所とは思えない。

 一見簡素なドアは巧妙に隠されたセンサに、認められた者のIDをかざさなければ開かないようになっている。社長が慣れた手つきでロックを外し、向こうへと入っていった。

 その先は体育館のようにだだっ広い空間で、壁際にはトレーニング用の機材が並べてあった。

 社長は大地たちの様子など注意もせずに真っ直ぐに進んでいく。ひどく浮かれたような足取りだった。

 広いスペースの突き当たりにはガラス窓が並んであり、その奥へと入っていく。

 中は研究室という趣で、大地が見たこともないような機材ややたらスペックの高そうなコンピュータが無気味な音を立てて稼働していた。

 室内で作業をしているのは五人。全員が白衣姿であることから、何らかの研究をしているように大地には思えた。

 一番奥の席にいた男が、社長の姿を認めて立ち上がる。

「ヤア!」社長はやたら愛想のいい声をかけると大地を指さした。「カレが噂の大型新人、えっとあか……ば?」

「赤羽大地です」代わりに茜が伝える。

「そうそう。赤羽、大地クン」特に悪びれた様子もなく周囲に紹介する。「さっそくだけど彼の適性を見たくてネ」

「はあ」

 困惑する研究者たち。しかしそんな気まぐれにも慣れているのか、彼らの行動は早かった。

 すぐに計測用の脳波計を取り出すと、大地に装着しようとする。

「あ、ソレいらないから」

 そう言い放つと、奥のキャビネットにある量子デバイスを指さした。

「いきなり、ですか?」

 社長がニヤリと笑うと、別の研究者がそのデバイスを取りにいく。

「ソコ、座ってヨ」

 歯科医にあるようなシートを指し、そこに座るように指示するのだった。

 大地がシートに腰掛けると、リクライニングがゆっくりと下がっていく。

「じゃ、始めようかナ?」

 アシスタントから装置を受け取ると、もったいぶった感じで大地に見せつけてきた。

「これは……?」

「量子デバイスだヨ」社長はニタリと含みのある笑みを浮かべた。

「このヘッドフォンみたいな装置の中にはネ、」嬉々として説明していく。「量子コンピュータユニットが格納されているんだヨ。知っているかどうかは分からないケド、量子デバイスは適性がない者には使うことができないんダ。無理に使おうとすると、とんでもないコトになっちゃうんだよネ。……死んじゃうとかサ!」

「は……い」

「だから使用が制限されている、というのが建前なワケ。でも、それとは別に本当の理由があったりするんだネ」

「……そう、なんですか?」

 社長はそこで嗜虐的な笑みを浮かべた。

「人殺しに使えちゃうンだよネ!」

 笑いながらもその眼は大地のリアクションをしっかりと見据えていた。

 だが大地がさして驚きを見せないでいると、不服そうに肩を竦める。

「ま、茜クンから聞かされてない方が不思議だったネ?」


 社長に手渡された量子デバイスを大地は受け取った。

「付けたまえ」社長は不敵に笑った。「キミ自身の手でネ」

 デバイスは、テスト用のものであるせいか、ハウジングには収められておらず、基盤やチップが剥き出しの状態だった。ブリッジ中央部に配置されている卵形のケースが大地の意識を集める。

 大地は言われるがままにデバイスを装着した。

 ヘッドフォンをつけるように両耳をパッドで挟み、ブリッジ部分を後頭部に当てる。

 その行動を待っていたかのようにデバイスの起動音が静かに響く。

 口元に笑みを浮かべながら自分を見つめている社長の姿が、一瞬揺らいで見えてしまう。

「立てるかナ?」

 その問いには頷いて応じ、大地はリクライニングシートから体を起こした。

 シートから離れて両脚で立つ。

 一瞬、大きく体が揺らいだ気がしたが、倒れはしない。

 平気? という茜の問いには、うん……と小声で応えた。

 まっすぐに立ち上がって前方を見つめる。

 奇妙な感覚だ。まるで何かに心の奥底を覗かれているような気がする。

「え?」次の瞬間、思わず声を上げてしまう。「な、なにこれ!?」

 自分の隣にもう一人の自分自身がいるような、不思議な気配だった。

 決して見ることはできないが、その存在を肌で感じてしまう。

 やがてその数が急速に、指数関数的に増えていった。

 まるで、二枚の合わせ鏡の中に立たされているような風景で、右にも左にも、同じ自分が延々と連なっているのだ。

 それぞれの自分が、それぞれに驚きと困惑を見せていた。

 だがここで大地は気づく。

 自分の鏡像に見える存在それぞれが、ほんの僅かずつだが異なっているということに。

 

 それが無数に近い並行世界にいる自分自身であると大地が知るのは後のことになる。

 今、大地は量子コンピュータを使った大規模な演算を実行していた。

 量子論の予測する並行世界は本来局所的なものである。

 一度分裂してしまえば、それぞれが交わることはなく、永遠に別々のプロセスを辿っていく。

 そんな互いに干渉し合わないはずの並行世界同士を量子コンピュータは人為的に結合する。

 その不自然な力は、四次元時空自体に局地的な負荷を与えていった。


「目の前のマネキンは分かるかナ?」社長が甲高い声で訊ねる。

 大量の自分に問いかけてくる、大量の社長――そんな幻想を抱いてしまっていた。

 大地の視界に映っているのは一体のトルソー。

 強化プラスチックで成形された、頭も腕もないマネキンの胴体部分である。

 しかしそれを見つめているのは無限とも思えるそれぞれの自分。

「このマネキンを敵だと思ってみなヨ」

「ちょっ――っ! 大地にはまだ早いんじゃ……」慌てた茜が不安げに声を上げていた。

 社長は茜に一瞥もくれないまま、大地を注視し続ける。

「だ、大丈夫」奇妙な感覚に全身をグラリと揺らされながらも大地は言った。「やれるから」

「大地……」

「じゃア、」社長の声が更に低くなった。「このマネキンを敵だと思ってみてヨ」

「は、はい」応じながら大地はトルソーが敵対的な存在だと考えようとしていた。

 敵――

 中学の三年間で執拗に自分にケンカを売ってきた、見沼という少年を思い出してみる。

「アイツは……敵」

 だが何も起きない。若干だが感情がブレただけだった。

 すると、社長の声が耳元で囁いてくる。

「キミが斃したい、ホントの敵は、誰なンだい?」

 問われてハッとする。

 大地は思い出していた。

 この場所にいる理由。

 高校に行かず、この仕事場へ来た本当の理由を。

「オレの敵は……、敵は……」見開いた眼が怒りに染まっていく。「オレの敵は、茜姉ぇの敵ッ! 茜姉ぇが斃す、官僚貴族だッ!!」

 瞬間、思考の深淵から単文詠唱が這い出てくる。

 まるで導かれるかのように、眼をカッと見開いた大地は絶叫しながら掌底を突き出していた。

「――斬ッ!!」

 量子魔法に慣れている茜は奇妙な、しかし圧倒的な気配に全身を震わせる。

 それは同じ室内にいる研究者たちも同様だった。

 彼らの注視しているモニターは、そこに激しい量子魔法反応の検知を示していたのだ。

 が、目の前にあるトルソーは微動だにしていなかった。

 吹き飛ばされるどころか、何かが壊れた形跡もないのだ。


 誰よりも早く行動を取っていたのは社長の霞治郎だった。

 無傷のトルソーの前に立ちはだかると、

「ヒィッ、ヒィ、ヒィ、ヒィ、ヒィ……」

 奇声を発する。

 やがてその声は不気味な笑いへと転じていった。

「ヒャーハッハッハッハッハッハハハ!」

 社長の壊れたような笑い声だけが、静かな室内で響いていた。

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