第25話
朝、八時半。凛太くんがお屋敷から出てきた。
寝癖のついたボサボサの姿がとっても可愛い。これからどこにいくんだろう? 私が凛太くんを守ってあげなきゃだから、ついていかないわけはないわ。
私は彼の通う学校へ行き、彼の落し物を拾ったから届けに行きたいと嘘をつき、彼の住所を手に入れた。まさか彼の家がこんな豪邸だったなんて、想像すらしたことがなかった。
凛太くんがハンバーガー屋に入る。私がバイトしているハンバーガー屋。凛太くんはかにみそバーガーを注文するのかな? ううん、凛太くんはかにみそバーガーはまずいって言ってたから、やっぱり王道のモグラバーガーよね。
そんなことを想像していると、ふと気がついたことがあった。それは、自ら彼を探さずとも、普通に生活していれば彼に会えたのではないか、ということ。彼は現にハンバーガー屋にきている。私が余計なことをしなければ、彼はまた私に一目惚れをしたのでは……?
そんなことよりも、きちんと凛太くんを監視しておかないと、目を離した隙に見失ってしまうかもしれない。
凛太くんが両手でハンバーガーを持って食べている。なんだかハムスターみたいでとっても可愛い。今すぐあの金髪のサラサラな髪を撫で回したい。宝石のように輝く大きな瞳に見つめられたい。
そう思ったと同時に、あの冷酷な表情が頭によぎる。
違う、あれは本当の凛太くんじゃない。凛太くんが私にあんな表情を見せるわけがない。かすみ、しっかりしなさい。彼はあなたの彼氏でしょ!
そう自分に言い聞かせ、私は冷静を保った。
凛太くんは食事を済ませると、学校へ行くわけでもなく街を徘徊しだした。だらしなくずり下がったズボンのポケットに両手を入れ、眠たげな表情で歩く凛太くんが愛しくてたまらない。あの寝癖を櫛で梳かして、シャツにアイロンをかけてあげて、そしてただただきつく抱きしめたい。
そんな妄想をしながら彼のあとをつける。なんの法則性もなく、彼はただ街を歩き回る。一度私のマンションの前で立ち止まった。エントランスを覗き込み、首を傾げ、また歩き出す。そんなこんなで夜になり、彼は大きな門の中へと消えていった。
そんな生活が続き、夏が来た。
私はちっとも寂しくなんかない。毎日凛太くんとお出かけをしてるんだから。お風呂に入ってるときも、夕飯を食べているときも、ベッドで寝るときも、ずっと彼の幻影が隣にいる。だからちっとも寂しくなんかない。明日は凛太くんはどこに行くんだろう? と想像すると胸が高鳴る。
翌日、いつものように彼とお出かけをし、日が暮れ、彼を見送るために彼の屋敷の大きな門にしがみついていると、後ろから声をかけられた。
「失礼ですが、ずっと凛太おぼっちゃまを付け回しているというのは貴女のことですかな?」
振り返ると、長い白髪を後頭部で結んだ凛々しいタキシード姿の老人が私に話しかけていた。
「え? 私じゃないと思いますよ?」
「でも、現に今ずっとおぼっちゃまを見つめていらしてましたよね?」
「えぇ、でもつきまとったりなんかしてません。私は凛太くんとお出かけしてたんですよ。それで今はお見送りしてたんです。誰ですか? 凛太くんを付け回してる人って。そんな人、許さない!」
老人は片眉を少しあげ、口ひげをつまみながら私に訊いた。
「貴女は凛太おぼっちゃまとどういったご関係なのです?」
「恋人同士ですよ」
私は即答した。
「ふむ。しかし私はおぼっちゃまからそのような事実は聞き及んでおりませんな」
「思春期ですからね。話してないかもしれませんね」
「いえいえ、おぼっちゃまは私に隠し事はいたしません。それにおぼっちゃまは女性とあまり接したことがない。彼女ができるとは思えませんな」
「でも、私たち付き合って三年目なんですよ。もう、いろんなことしちゃいましたし」
「三年? おぼっちゃまが十二歳の時からとおっしゃるのですか?」
「違うんです。でも言っても信じるわけないので、言いません」
老人はうろたえる様子もなく、少し腰を曲げ、右手を左胸にやり、
「信じるか信じないか、それは言葉に出してみないとわからないのではないでしょうか? それに私は頭ごなしに物事を否定したりはいたしません。お聞かせ願えないでしょうか?」
と言ったので、私は仕方なく全てを話した。私以外の人間は、年が明けるごとに記憶を失ってしまうこと。二年前の私が彼と出会い、交際するようになり、年が明けて彼の記憶から私との記憶が失われ、二年目も偶然私と出会い、また想い合うようになったこと。そして今年のこと。
「なるほど、それは興味深いですね。ということは三年前の凛太おぼっちゃまは相変わらず十五歳なのですね? ということは本当ならば今年で十八歳。今年の記憶がなくなると、去年の記憶に戻るということですかね? でないとただの記憶喪失となり帰る家もわからなくなるはずです」
「そこまで詳しく分析したことないから私にはわからないけど、そうなのかもしれませんね。だから、今年は私から凛太くんに会いにきたんです。私の凛太くんに……」
そう言うと、老人はふっとため息をつき申し訳なさそうに言った。
「申し訳ありませんが、もう凛太おぼっちゃまとは会わないでいただきたいのです」
「そんなの嫌っ!」
老人の言葉に、本気で反発し、声を荒げた。
「おぼっちゃまは貴女に付きまとわれ、少しお心を病んでしまわれました。どこに行っても貴女からの視線を感じる。風呂に入っていても、夜眠ろうとベッドに入っているときでさえ気配を感じると言うのです。おぼっちゃまはデミゴッド社の大切な跡取り。どうかそっとしてあげてはくれませんか?」
「大変! 凛太くんが病んじゃったの? じゃぁ看病してあげなくっちゃ。膝枕して、よしよしさせてください! 私を中に入れてください」
私は必死に老人に懇願した。大切な凛太くんが苦しんでるのに、何もしないようじゃ彼女として失格だ。
「なりません。どうかお引き取りください」
老人はそう言い放ち、門の中へと消えていってしまった。
ふとお屋敷の二階の窓を見上げると、凛太くんがこちらをみていた。私は嬉しくて、笑顔で手を振ると、彼はカーテンを閉ざし隠れてしまった。
「早く元気になって、また一緒にお出かけしようね」
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